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第五十一話「別れは突然に」


 ルナの石化病が完治してから一週間が経った平穏な朝、俺は透がいないことに気づいた。


「透を見なかったか?」


 朝食の席でみんなに尋ねる。


「そういえば、昨日の夜から見てないわね」


 エリカが首を傾げる。


「お仕事で忙しいんじゃないかしら」

「工房にもいないんだ」


 俺が説明する。


「部屋も空っぽだった」


 グロムが考え込む表情を見せる。


「まさか…」


「何か知ってるのか?」


 俺がグロムに尋ねる。


「いや、ただの憶測だが」


 グロムが躊躇する。


「もしかしたら、元の世界に帰ろうとしてるのかもしれない」

「元の世界?」


 その時、ルビーが食堂に入ってきた。


「あ、トオルのことを探してるの?」


 ルビーが俺たちを見る。


「知ってるのか?」


 俺が身を乗り出す。


「ええ」


 ルビーが頷く。


「昨夜、彼に会ったわ」

「どこで?」


「王都の外れでね」


 ルビーが説明する。


「荷物をまとめて、旅支度をしてた」

「旅支度?」


 エリカが心配そうに言う。


「どこに行くつもりなの?」

「元の世界に帰るための方法を探すって言ってたわ」


 ルビーが答える。


「転移者には時間制限があるから、急がなきゃいけないって」


 俺は透の言葉を思い出した。

 確か、一年以上同じ世界にいると、元の世界に帰れなくなる可能性があると言っていた。


「それで、一人で行ってしまったのか」


 俺が落胆する。


「一言くらい挨拶して欲しかったな」

「彼は別れが苦手なのよ」


 ルビーが苦笑いする。


「きっと、みんなに会ったら決心が揺らぐと思ったんでしょう」

「そうかもしれないな」


 グロムが理解を示す。


「男はそういう時がある」


 俺の心に寂しさが広がった。

 透とはもう会えないのかもしれない。

 同じ世界から来た仲間として、いろんな話をしたかった。


 でも、彼には彼の事情がある。

 元の世界に帰りたいという気持ちも理解できる。


「元気でやってくれればいいんだけど」


 俺が呟く。


「きっと大丈夫よ」


 ルナが俺を慰めてくれる。


「トオルさんは頭がいいから」

「そうね」


 エリカも同意する。


「心配ないわ」


 その時、ミミが俺の膝に上がってきた。


「トオルにぃ、いない?」


 ミミが寂しそうに尋ねる。


「お仕事で遠くに行ったんだよ」


 俺がミミに説明する。


「でも、きっと元気にやってるから」

「そう…」


 ミミも寂しそうだった。


 透はミミにも優しくしてくれていたから。


「私も旅に出るわ」


 ルビーが突然宣言した。


「え?」


 俺が驚く。


「君もどこかに行くのか?」

「ええ」


 ルビーが頷く。


「しばらく血は足りてるから」


 ルビーが小さな袋を取り出す。


「これ、あなたの血液パックよ」

「血液パック?」


 俺が袋を見ると、確かに俺の血が保存されている。


「いつ作ったんだ?」

「昨夜よ」


 ルビーがにやりと笑う。


「あなたが寝てる間に、こっそりと」

「勝手に血を抜くなよ」


 俺が抗議すると、ルビーが肩をすくめる。


「必要な分だけよ。これで数ヶ月は持つわ」

「それで、どこに行くんだ?」

「ヴェリア大陸よ」


 ルビーが答える。


「昔の知り合いに会いに行くの」

「そうか…」


 俺はまた寂しくなった。

 透に続いて、ルビーまでいなくなる。


「寂しくなるな」


 俺が正直に言うと、ルビーが少し照れる。


「別に、永遠の別れじゃないわよ」

「血が恋しくなったら、また戻ってくる」


 ルビーがいつもの調子で言う。


「その時は、またよろしく」

「ああ」


 俺がルビーと握手を交わす。


「気をつけて行けよ」


 こうして、俺たちの仲間がまた一人減った。

 ルビーも翌日には王都を出発していった。


 残されたのは、俺、エリカ、ルナ、グロム、ガルド、フェリス先生、ミミ。


 少し寂しいが、これでもまだ大きな家族だ。

 ある日、俺はふと疑問に思った。

 俺がこの世界に来てから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。


「エリカ」


 俺が妻に尋ねる。


「俺がこの世界に来てから、どれくらいになる?」

「そうね…」


 エリカが考え込む。


「私と出会ったのがちょうど一年半前よ」

「一年半…」


 俺が呟く。

 もうとっくに一年はすぎていた。

 透が言っていた時間制限によれば俺は帰れない。


「どうしたの?」


 エリカが心配そうに尋ねる。


「元の世界のことを考えてるの?」

「いや」


 俺が首を振る。


「もう帰るつもりはない」

「本当?」


 エリカが驚く。


「でも、あなたの故郷は…」

「故郷は大切だ」


 俺がエリカの手を握る。


「でも、今は君たちが俺の家族だ」


 俺がエリカとルナを見つめる。


「それに、もうすぐ子供も生まれる」


 ルナが嬉しそうに微笑む。


「タクヤさん…」

「俺はここで、みんなと一緒に幸せに暮らしたい」


 俺が心から言うと、エリカとルナが俺を抱きしめてくれた。


「ありがとう」


 エリカが涙を浮かべる。


「私たちを選んでくれて」

「私も嬉しいです」


 ルナも感激している。


「ずっと一緒にいられるなんて」


 俺は本当にそう思っていた。

 元の世界には確かに思い出もある。

 でも、この世界で築いた絆の方が、今の俺には大切だった。


 だが、一つだけ問題がある。

 雪菜の存在だ。

 あの狂気的なストーカーが、まだ俺を追っている可能性がある。


 セリア大陸からエストリア大陸まで追いかけてくるかは分からないが、用心するに越したことはない。


「エリカ」


 俺が真剣な表情で妻を見つめる。


「君の女王の任期はいつまでだっけ?」

「あと八ヶ月よ」


 エリカが答える。


「どうして?」

「その後は、みんなでここを出よう」


 俺が提案する。


「雪菜がまだ俺を狙ってるかもしれない」


 エリカの表情が曇る。


「そうね…用心するに越したことはないわ」

「でも、どこに行くの?」


 ルナが心配そうに尋ねる。


「まだ決めてないが」


 俺が答える。


「安全な場所を探そう」

「八ヶ月なら、赤ちゃんも生まれてるわね」


 エリカが計算する。


「家族みんなで新天地に向かうのね」

「そうだ」


 俺が頷く。


「みんな一緒だ」


 ルナがお腹を撫でる。


「この子も一緒に旅をしますよね」

「大丈夫だ」


 俺がルナを安心させる。


「みんなで守るから」


 その時、グロムが食堂に入ってきた。


「何の話をしてるんだ?」

「将来の話よ」


 エリカがグロムに説明する。


「八ヶ月に、みんなでここを出ることになるかもしれないの」

「そうか」


 グロムが頷く。


「それもいいかもしれんな」

「グロムも一緒に来てくれるか?」


 俺が尋ねる。


「当然だ」


 グロムが即答する。


「俺たちは家族だからな」


 ガルドも話を聞いて、同じように答えてくれた。


「俺も一緒だ」


 ガルドが右目の眼帯を直しながら言う。


「どこに行こうと、仲間は仲間だ」


 フェリス先生も賛成してくれた。


「もちろん一緒に行くニャ」


 フェリス先生がミミを抱き上げる。


「ミミちゃんの教育も続けてやるニャ」

「みんな…」


 俺が感動する。


「ありがとう」


 こうして、俺たちは八ヶ月の旅立ちを決めた。


 雪菜から逃れるための旅立ちだが、きっと新しい冒険になるだろう。

 そして、その頃には新しい家族も増えている。

 俺は希望に満ちた気持ちで、未来を見つめていた。


 だが、その時俺はまだ知らない。

 雪菜が既にエストリア大陸に向かっていることを。

 そして、俺たちの居場所を突き止めつつあることを。


 平穏な日々は、もうすぐ終わりを告げようとしていた。


 だが、今はまだその時ではない。

 俺は家族との幸せな時間を大切にしながら、新しい命の誕生を待つことにした。

 ルナのお腹の中で育つ、俺の子供。

 その子が安全に成長できる世界を作るために、俺は戦い続ける。


 どんな困難が待っていても。

 どんな脅威が迫ってきても。

 俺には守るべき家族がいる。

 それだけで十分だった。

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