第五十話「生きていてくれてありがとう」
王都への帰路は、往路以上に過酷だった。
俺たちは一刻も早くルナのもとに帰るため、ほとんど休憩を取らずに馬を走らせ続けた。
だが、運命は俺たちに最後の試練を用意していた。
王都まであと一日という地点で、俺たちは盗賊団に襲撃された。
「おい、そこの旅人!」
森の中から十数人の盗賊が現れた。
「金目のものを全部置いていけ!」
「面倒だな」
ガルドが舌打ちする。
「こんな時に」
「仕方ない」
グロムが武器を構える。
「さっさと片付けよう」
戦闘が始まった。
俺は瞬間移動を使って盗賊たちを翻弄し、グロムとガルドも得意の武器で応戦する。
ルビーも血魔法で盗賊たちを圧倒する。
だが、盗賊の一人が隠れていて、不意打ちを仕掛けてきた。
「ガルド、後ろだ!」
俺が叫ぶが、間に合わない。
盗賊の剣がガルドの右目を直撃した。
「ぐああああ!」
ガルドが右目を押さえて倒れる。
「ガルド!」
俺が駆け寄る。
ガルドの右目からは血が流れ、明らかに失明していた。
「大丈夫か?」
「くそっ…やられた」
ガルドが歯を食いしばる。
「右目が見えない」
俺は怒りで震えた。
こんな時に、こんな場所で。
「『剣技・怒りの連撃』!」
俺が残った盗賊たちを一人残らず倒した。
「ガルド、すぐに治療を」
「いや、大丈夫だ」
ガルドが俺を制止する。
「目玉一個くらい、気にする怪我じゃない」
「でも…」
「それより、急いでルナのもとに帰ろう」
ガルドが立ち上がる。
「薬の効果に時間制限があるかもしれない」
確かに、ガルドの言う通りだった。
俺たちは応急処置だけを施して、再び馬を走らせた。
翌朝、ついに王都に到着した。
王宮の門が見えた時、俺の心は安堵と不安で複雑だった。
「ついに帰ってきたな」
グロムが感慨深く呟く。
「長い旅だった」
俺たちは急いで王宮に向かった。
門番が俺たちを見つけて驚く。
「タクヤ様! お帰りなさい!」
「ただいま」
俺が答える。
「ルナは?」
「奥様は居住区におられます」
俺は薬瓶を握りしめて居住区に駆け込んだ。
部屋の扉を開けると、ルナが窓辺の椅子に座っていた。
俺が出発した時より、石化の範囲は明らかに広がっている。
既に腰のあたりまで灰色に変色していた。
「タクヤさん!」
ルナが俺の姿を見て立ち上がろうとするが、足に力が入らない。
「おかえりなさい」
俺はルナの返事を聞く前に、薬瓶を取り出した。
「ルナ、これを飲んで」
俺が薬瓶をルナに差し出す。
「え? これは何ですか?」
「薬だ。君の病気を治す薬だ」
俺が必死に説明する。
「頼む、すぐに飲んでくれ」
「でも、私は病気なんて…」
「いいから!」
俺が強く言うと、ルナが驚く。
その時、エリカが部屋に駆け込んできた。
「タクヤ! 帰ってきたのね!」
エリカが俺を抱きしめる。
「薬は? 薬は手に入ったの?」
「ああ」
俺がエリカに薬瓶を見せる。
「これがルナを治してくれる」
エリカがルナに近づく。
「ルナちゃん、お薬よ」
「でも、私…」
ルナが困惑している。
エリカと俺が顔を見合わせる。
この期に及んで、ルナに真実を伝えるべきか?
「ルナちゃん」
エリカが決意を込めて言う。
「実は、あなたは石化病にかかってるの」
「え?」
ルナが驚く。
「石化病?」
「そうよ」
エリカが涙を浮かべる。
「私たち、嘘をついててごめんなさい」
ルナが自分の足を見下ろす。
確かに、膝から下は完全に石のようになっている。
「これが…石化病?」
「そうだ」
俺がルナの手を握る。
「でも、もう大丈夫だ。薬があるから」
ルナが薬瓶を受け取る。
「本当に治るんですか?」
「ああ」
俺が力強く頷く。
「必ず治る」
ルナが薬を一気に飲み干した。
「苦い…」
しばらくすると、奇跡が起こった。
ルナの足の先端から、少しずつ肌色が戻り始める。
「あ…」
ルナが自分の足を見つめる。
「本当に…戻ってる」
「やった!」
エリカが歓声を上げる。
その時、他のみんなも部屋に入ってきた。
グロム、ガルド、ルビー、透、フェリス先生、ミミ。
「おかえりなさい」
透が俺たちを迎えてくれる。
「無事に薬を手に入れられたんですね」
「ああ」
俺が頷く。
みんなでルナの回復を見守る。
石化した部分が徐々に、でも確実に元に戻っていく。
「すげぇな」
ガルドが感嘆する。
「本当に治ってる」
「ガルドさん、目は大丈夫ですか?」
ルナがガルドの怪我に気づく。
「これか?」
ガルドが右目の包帯を指差す。
「盗賊にやられただけだ。気にするな」
「すみません…私のせいで」
ルナが申し訳なさそうに言う。
「何を言ってる」
ガルドが笑う。
「目玉一個で仲間が救えるなら安いもんだ」
一時間ほどで、ルナの石化は完全に消失した。
元の美しい肌が戻ってきた。
「信じられない…」
ルナが自分の足を触って確認する。
「本当に治った」
俺はほっとして、その場にへたり込んだ。
「よかった…本当によかった」
緊張の糸が切れて、急に疲れが襲ってくる。
「タクヤ、大丈夫か?」
グロムが心配してくれる。
「ああ、ちょっと疲れただけだ」
その時、ルナが俺の前に来て座り込む。
「タクヤさん」
「何だ?」
「実は…お話ししたいことがあるんです」
ルナが恥ずかしそうに言う。
「大切なお話しです」
「どんな話?」
俺が尋ねると、ルナがお腹に手を当てる。
「私…赤ちゃんができました」
その場が静まり返った。
「え?」
俺が聞き返す。
「赤ちゃんって…」
「はい」
ルナが微笑む。
「タクヤさんの赤ちゃんです」
俺は頭が真っ白になった。
ルナが妊娠?
俺の子供を?
「本当か?」
俺が震え声で尋ねる。
「本当です」
ルナが嬉しそうに答える。
「お医者様にも確認していただきました」
その瞬間、俺の意識が飛んだ。
あまりの衝撃と疲労で、そのまま倒れてしまった。
「タクヤ!」
エリカの声が遠くに聞こえる。
「タクヤさん!」
ルナの心配する声も聞こえる。
だが、俺の意識は闇の中に沈んでいった。
◇◇◇
俺が目を覚ましたのは、翌朝だった。
ベッドの上で横になっていて、エリカとルナが両側で看病してくれている。
「気がついた?」
エリカが心配そうに俺を見つめる。
「大丈夫?」
「ああ…」
俺がゆっくり起き上がる。
「疲れてただけだ」
「よかった」
ルナがほっとした表情を見せる。
「心配しました」
俺は昨日のことを思い出した。
ルナの妊娠報告。
「ルナ、昨日の話は本当なのか?」
「はい」
ルナが嬉しそうに頷く。
「本当に妊娠してます」
俺は改めて驚いた。
父親になる。
俺が父親に。
「いつ頃産まれる予定なんだ?」
「あと八ヶ月ほどです」
ルナが答える。
「エリカさんが王女を辞任されるころです」
「そうか…」
俺が感慨深く呟く。
その時、扉がノックされた。
「入ってもいいニャ?」
フェリス先生の声だった。
「どうぞ」
エリカが答える。
フェリス先生が入ってくると、後ろにみんながついてきた。
「体調はどうニャン?」
フェリス先生が俺を診察してくれる。
「単純な疲労ニャンね」
「よかった」
透がほっとする。
「心配しました」
「みんな、ありがとう」
俺が感謝を伝える。
そして、改めてルナの妊娠を報告すると、みんなが大喜びした。
「すげぇじゃないか」
ガルドが拍手する。
「父親になるのか」
「おめでとうございます」
透も祝福してくれる。
「タクヤにぃ、パパ?」
ミミが首を傾げる。
「そうよ、ミミちゃん」
ルナがミミを抱き上げる。
「あなたはお姉ちゃんになるのよ」
「おねえちゃん!」
ミミが嬉しそうに飛び跳ねる。
「それじゃあ、お祝いのパーティーをしようニャン」
フェリス先生が提案する。
「でも、ルナちゃんの体調に配慮して、薄味の料理にするニャン」
「いいですね」
エリカが賛成する。
「みんなでお祝いしましょう」
その夜、王宮の食堂でささやかなパーティーが開かれた。
ルナの体調を考慮して、薄味で栄養のある料理が並ぶ。
「乾杯」
俺がグラスを掲げる。
「ルナの回復と、新しい家族の誕生に」
「乾杯」
みんなが声を合わせる。
ルナは果汁を飲みながら、幸せそうに微笑んでいる。
「本当に…夢みたいです」
ルナが呟く。
「病気も治って、赤ちゃんもできて」
「夢じゃないよ」
俺がルナの手を握る。
「これが俺たちの現実だ」
エリカも嬉しそうだが、どこか複雑な表情も見せる。
「私も頑張らなきゃね」
エリカが小声で言う。
「え?」
俺が聞き返すと、エリカが頬を赤らめる。
「私も早く赤ちゃんが欲しいって思ってるの」
「そうか」
俺も嬉しくなる。
家族が増えるということは、素晴らしいことだ。
「タクヤにぃ、あかちゃん、いつくる?」
ミミが無邪気に尋ねる。
「まだ八ヶ月先だよ」
俺がミミに説明する。
「長い時間がかかるんだ」
「そうなの?」
ミミが不思議そうにする。
「でも、その分楽しみが続くニャね」
フェリス先生がミミを慰める。
パーティーは夜更けまで続いた。
みんなでルナの回復と妊娠を心から祝った。
そして俺は、改めて家族の大切さを実感していた。
ルナを救うために必死になった一ヶ月半。
その間、どれだけ家族が大切かを思い知らされた。
そして今、新しい命がお腹の中で育っている。
俺は父親になる。
責任も増すが、それ以上に喜びが大きい。
「ありがとう、みんな」
俺が仲間たちに感謝を伝える。
「君たちがいてくれたから、ルナを救うことができた」
「当然のことをしただけだ」
グロムが答える。
「家族なんだから」
そうだ、俺たちは家族だ。
血のつながりはなくても、心でつながった家族だ。
そしてその家族に、また新しいメンバーが加わる。
俺は幸せでいっぱいだった。
ルナの手を握りながら、お腹の中の赤ちゃんのことを考える。
男の子だろうか、女の子だろうか。
どちらでも構わない。
元気に生まれてくれれば、それだけでいい。
「楽しみだな」
俺が呟くと、ルナが微笑んでくれた。
「はい、とても楽しみです」
新しい命の誕生を待ちながら、俺たちの幸せな日々が続いていく。
そんな確信を持てた、素晴らしい夜だった。




