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第四十九話「医療には犠牲がつきもの」


 医療都市ヒーリングポートは、俺が想像していたよりもはるかに大きく、近代的な街だった。

 まるで現代日本の医療区域のような清潔感があり、街を歩く人々も穏やかで上品な雰囲気を醸し出している。


「すげぇな、この街」


 ガルドが感嘆の声を上げる。


「本当に病院の街みたいだ」

「清潔で整然としてるな」


 グロムも周りを見回す。


「さすが医療都市と呼ばれるだけのことはある」


 俺たちは街の中央にある最も大きな建物に向かった。

 その建物の入り口には大きな看板があった。


『総合医療センター』


『院長 リオ・タカナシ』


 ついに、ルナを救ってくれるかもしれない医師に会える。

 俺の心臓がドキドキと鳴っている。


「緊張するな」


 俺が呟くと、ルビーが肩を叩いてくれる。


「大丈夫よ。きっとうまくいく」


 受付で小鳥遊莉央に面会したい旨を伝えると、受付嬢が驚いたような顔をした。


「院長に直接お会いになりたいとのことですが…」

「はい」


 俺が答える。


「とても重要な用件なんです」

「少々お待ちください」


 受付嬢が奥に連絡を取る。


 しばらくして、一人の女性が現れた。

 年齢は二十代後半くらいで、知的で上品な雰囲気を持っている。長い黒髪を後ろで束ね、白衣を着ている。

 まさにお姉さんという感じの美しい女性だった。


「はじめまして」


 女性が俺たちに近づいてくる。


「うちがリオ・タカナシじゃけん」


 広島弁だった。

 意外にも可愛らしい方言で話している。


「こちらこそ、はじめまして」


 俺が挨拶する。


「タクヤ・キリタニです」

「ああ、転移者の方なんじゃね」


 莉央が俺を見て微笑む。


「うちと同じ日本から来られた方かいな」

「はい」


 俺が頷く。


「実は、お願いがあって参りました」

「お願い?」


 莉央が首を傾げる。


「どがいなお願いじゃろうか?」

「石化病の治療をお願いしたいんです」


 俺が真剣に頼む。


「俺の妻が石化病にかかってしまって」

「石化病…」


 莉央の表情が急に真剣になる。


「そりゃ大変じゃね」

「治療法があると聞いたんですが」

「ああ、あるけんのう」


 莉央が頷く。


「じゃが、ちいと複雑なんじゃ」

「複雑?」


 グロムが尋ねる。


「どういう意味ですか?」

「まず、わたしの研究室に来てもらえるかのう」


 莉央が俺たちを案内する。


「そこで詳しく説明するけん」


 研究室は最新の機器が並ぶ、まさに現代的な実験室だった。


「すごいですね」


 俺が感嘆する。


「現代の実験室みたいです」

「そりゃそうじゃ」


 莉央が得意げに言う。


「うち、東京大学医学部出身なんじゃけん」

「東大?」


 俺が驚く。


「すごいじゃないですか」

「まあ、それなりにのう」


 莉央が照れる。


「それで、石化病のことじゃが」


 莉央が真剣な表情になる。


「治療法はあるんじゃけど、代償が必要なんじゃ」

「代償?」


 俺が心配になる。


「どんな代償ですか?」

「誰かの片目じゃ」


 莉央がはっきりと言う。


「え?」


 俺たちが一斉に驚く。


「片目って…」

「そうじゃ。片方の目玉が必要なんじゃ」


 莉央が説明を始める。


「石化病についてじゃが、うちはメデューサとの関連性を研究したんじゃ」

「メデューサ?」


 ガルドが首を傾げる。


「神話の怪物ですか?」

「そうじゃ」


 莉央が頷く。


「メデューサは見た者を石に変える能力を持っとった」

「つまり、石化と目にゃあ関連性があるということじゃ」


 莉央が図表を見せながら説明する。


「うちが実験した結果、特定の成分を含んだ薬を作りゃ石化を元に戻せることがわかったんじゃ」

「その特定の成分というのが?」


 俺が尋ねる。


「生物の目玉に含まれる特殊なエキスじゃ」


 莉央が申し訳なさそうに言う。


「だから、誰かの片目をもらわにゃいけん」


 俺は愕然とした。

 片目を失うということは…


「俺がやります」


 俺が即座に申し出る。


「俺の目を使ってください」

「タクヤ」


 グロムが心配そうに言う。


「本当にいいのか?」

「当然だ」


 俺がきっぱりと答える。


「ルナのためなら」

「ちょっと待ちなさいよ」


 ルビーが俺を制止する。


「私がやるわ」

「ルビー?」

「私は吸血鬼よ」


 ルビーが説明する。


「再生能力があるから、目も元に戻る」

「本当ですか?」


 俺が驚く。


「どのくらいで治るんですか?」

「一週間もあれば完全に再生するわ」


 ルビーが自信を見せる。


「だから、私の目を使いなさい」

「でも…」

「でもじゃないわ」


 ルビーが俺を睨む。


「あなたが片目を失ったら、戦闘に支障が出るでしょう?」


 確かに、ルビーの言う通りだ。

 俺が片目を失えば、瞬間移動の精度にも影響が出るかもしれない。


「ありがとう、ルビー」


 俺が感謝を込めて言う。


「わかったのう」


 莉央が頷く。


「それじゃあ、すぐに手術の準備をするけん」


 手術は想像以上に壮絶だった。

 この世界に麻酔はない。

 だから、ルビーは麻酔を使わず、意識がある状態で目を摘出された。


「うああああああ!」


 ルビーの悲鳴が研究室に響く。

 俺たちは外で待っていたが、その声を聞いているだけで胸が痛んだ。


「大丈夫かな…」


 俺が不安になる。


「ルビーなら大丈夫だ」


 ガルドが俺を励ます。


「強い女だからな」




◇◇◇




 二時間後、手術が終わった。

 ルビーは右目に包帯を巻いて現れた。


「どうだった?」


 俺がルビーに尋ねる。


「想像を絶する痛みだったわ」


 ルビーがげんなりした表情で答える。


「二度とやりたくない」

「ありがとう」


 俺がルビーを抱きしめる。


「本当にありがとう」

「別に、あなたのためじゃないわよ」


 ルビーがそっぽを向く。


「血のためよ」


 でも、その表情は満足そうだった。


「それで、薬はいつできるんですか?」


 俺が莉央に尋ねる。


「一週間はかかるのう」


 莉央が答える。


「複雑な調合が必要じゃけん」


 一週間…

 ルナの容体は大丈夫だろうか。

 俺は不安でいっぱいだった。


 その間、俺たちはヒーリングポートに滞在した。

 莉央の研究を手伝いながら、薬の完成を待った。


「莉央さん」


 研究の合間に、俺が莉央に話しかける。


「どうして医師になったんですか?」

「元々、医学に興味があったんじゃ」


 莉央が答える。


「東大でも医学を学んどった」

「それで、この世界に来てからも医師を続けてるんですね」

「そうじゃのう」


 莉央が微笑む。


「この世界にゃあ、現代医学で治せる病気がたくさんあるけん」

「やりがいがあるんじゃ」


 莉央の目が輝いている。


「たくさんの人を救えるからのう」


 莉央は本当に医師という仕事を愛しているようだった。


「でも、寂しくないんですか?」


 俺が尋ねる。


「故郷を離れて、一人でこんな遠いところにいて」

「最初は寂しかったけんのう」


 莉央が遠い目をする。


「でも、今は患者さんたちがおるけん」

「それに」


 莉央が俺を見る。


「こうして同じ日本から来た人と会えることもあるしのう。まあ、初めてじゃがな」


 確かに、転移者同士の出会いは貴重だ。


「また機会があったら、ゆっくりお話ししましょう」


 俺が提案すると、莉央が嬉しそうに頷いた。


「ぜひじゃ」




◇◇◇




 一週間後、ついに薬が完成した。


「できたのう」


 莉央が小さな薬瓶を俺に渡す。


「これが石化病の治療薬じゃ」


 瓶の中には透明な液体が入っている。


「これを飲めば治るんですか?」

「そうじゃ」


 莉央が頷く。


「でも、効果が出るまで数日かかるかもしれん」

「わかりました」


 俺が薬瓶を大切に受け取る。


「これで、ルナを救うことができる」

「気をつけて帰るんじゃよ」


 莉央が俺たちを見送ってくれる。


「奥さんによろしゅう伝えてくれんかのう」

「はい」


 俺が答える。


「必ず伝えます」


 ルビーの目も一週間で完全に再生していた。


「すごいな、吸血鬼の再生能力は」


 俺が感心する。


「当然よ」


 ルビーが得意げに言う。


「これぐらい朝飯前よ」


 でも、その一週間は本当に大変だったはずだ。

 片目で過ごすのは想像以上に辛かっただろう。


「本当にありがとう、ルビー」


 俺が改めて感謝を伝える。


「もういいわよ」


 ルビーが照れる。

 俺たちは急いで王都に向かった。


 今度は往路と違い、復路は時間との勝負だった。

 馬を駆り、休憩を最小限にして進む。


「急ごう」


 俺が仲間たちに声をかける。


「一刻も早くルナのもとに」

「ああ」


 グロム、ガルド、ルビーも同意してくれる。


 俺の心は希望に満ちていた。

 これでルナを救うことができる。

 もう二度と、大切な人を失うことはない。


 薬瓶を胸に抱いて、俺は馬を走らせ続けた。

 ルナが待つ王都に向かって。

 治療薬を持って。

 愛する妻を救うために。


 風が俺の頬を叩く。

 馬の蹄の音が大地に響く。

 そして俺の心臓も、希望の鼓動を刻んでいた。


「待ってろ、ルナ」


 俺が心の中で呟く。


「必ず助けてみせる」


 薬瓶の中の透明な液体が、陽の光に輝いて見えた。

 それは希望の光だった。

 ルナを救う、最後の希望の光だった。

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