第四十八話「どうしてそんなに幸せそうな表情をするの…」
―エリカの視点―
タクヤたちが旅立ってから2週間が経った。
私は女王としての職務をこなしながら、ルナちゃんの看病も続けている。
彼女の足の石化は確実に進行していて、既に膝のあたりまで灰色に変色している。
でも、ルナちゃん本人は相変わらず明るく振る舞っている。
「エリカさん、今日のお仕事はどうでしたか?」
昼食の時間、ルナちゃんが私に尋ねてくる。
「大変だったけど、何とか片付いたわ」
私が答えると、ルナちゃんが嬉しそうに微笑む。
「さすがエリカさんですね」
こんな状況でも、ルナちゃんは私を気遣ってくれる。
本当に優しい子だ。
だからこそ、私の心は張り裂けそうになる。
医師の診断によれば、ルナちゃんの余命はあと二ヶ月程度。
石化はどんどん進行していて、もう足首から先は完全に石のように硬くなっている。
でも、ルナちゃんはまだ何も知らない。
私が「一時的な病気だから、すぐに治る」と嘘をついているからだ。
「エリカさん」
ルナちゃんが私を呼ぶ。
「はい、何?」
「実は…お話ししたいことがあるんです」
ルナちゃんが少し恥ずかしそうに言う。
「大切なお話しです」
私の心に不安が湧く。
まさか、自分の病気に気づいたのか?
「どんなお話?」
私が恐る恐る尋ねる。
「その…」
ルナちゃんが頬を赤らめる。
「体調不良のことなんです」
やはり、病気のことか。
私の表情が曇る。
「ルナちゃん…」
「昨日から、吐き気がひどくて」
ルナちゃんが続ける。
「朝も嘔吐してしまいました」
石化病の症状が悪化しているのか?
私の不安が増す。
「それで…」
ルナちゃんが私を見つめる。
「もしかしてと思って、お医者様に診てもらったんです」
私は心の中で叫んだ。
石化病のことがバレてしまったのか?
それとも、さらに悪い病気が併発したのか?
「ルナちゃん、まさか…」
私が言いかけた時、ルナちゃんが満面の笑みを浮かべた。
「エリカさん」
ルナちゃんが嬉しそうに言う。
「私、できちゃいました」
「え?」
私は一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「できちゃったって…何が?」
「赤ちゃんです」
ルナちゃんが幸せそうに微笑む。
「私、妊娠してるんです」
私の思考が停止した。
妊娠?
ルナちゃんが?
「え…えっと…」
私が混乱していると、ルナちゃんが説明してくれる。
「昨日、吐き気がひどかったので、身体検査の魔法をかけてもらったんです」
ルナちゃんが自分のお腹を撫でる。
「そうしたら、ここに小さな命があることがわかりました」
「それで、お医者様にも診てもらって確認したんです」
ルナちゃんが涙を浮かべる。
「タクヤさんの赤ちゃんです」
私の頭が真っ白になる。
ルナちゃんが妊娠?
でも、彼女は石化病で…
余命は二ヶ月なのに…
「エリカさん?」
ルナちゃんが心配そうに私を見る。
「大丈夫ですか?顔色が悪いですよ」
「あ…ああ、大丈夫よ」
私が慌てて取り繕う。
「ちょっと驚いただけ」
「そうですよね」
ルナちゃんが嬉しそうに続ける。
「私も信じられませんでした」
ルナちゃんがお腹に手を当てる。
「でも、確かにここにタクヤさんの子供がいるんです」
「十ヶ月後に会うのが楽しみです」
十ヶ月後…
ルナちゃんは十ヶ月後のことを話している。
でも、医師の診断では二ヶ月の命なのに。
「それで」
ルナちゃんが目を輝かせる。
「タクヤさんにはサプライズで驚かせたいんです」
「帰ってきたら、『お帰りなさい、お父さん』って言うんです」
ルナちゃんが想像しながら話す。
「きっと、とても驚くでしょうね」
私の胸が痛む。
こんなに幸せそうなルナちゃんを見ているのが辛い。
「それと」
ルナちゃんが私の手を握る。
「もし私が先に出産して、エリカさんがまだ妊娠してなかったら」
「私の赤ちゃんを抱いてもらってもいいですか?」
ルナちゃんが恥ずかしそうに言う。
「きっと、エリカさんも良いお母さんになると思うんです」
その言葉が私の心を深く刺す。
ルナちゃんは自分の未来を、希望に満ちて語っている。
赤ちゃんの誕生を、心から楽しみにしている。
でも、現実は…
「あの…エリカさん?」
ルナちゃんが心配そうに言う。
「やっぱり顔色が悪いです」
「ちょっと…お手洗いに」
私が立ち上がる。
「すぐに戻ってくるから」
私は急いで自分の部屋に向かった。
扉を閉めるなり、洗面台に駆け込んで嘔吐した。
「うっ…げほっ…」
胃の中のものを全て吐き出す。
でも、心の苦しさは消えない。
「どうして…」
私が鏡の中の自分を見つめる。
「どうしてあんな優しい子が病気になるのよ」
涙が頬を伝う。
「私にかかればよかったのに」
私が自分を責める。
「私のせいよ…全部私のせい」
もし私がルナちゃんに無理をさせなければ。
もし私が女王になっていなければ。
もし私が気づくのが早ければ。
「私が…私が代わりに病気になればよかった」
私が壁に向かって拳を振るう。
「なんで…なんでルナちゃんなのよ」
しばらく一人で泣いていると、部屋の外から声が聞こえてきた。
「ミミちゃん、すごいお話があるんですよ」
ルナちゃんの声だった。
「なあに、ルナねぇ?」
ミミの声も聞こえる。
「実は、ルナねぇのお腹に赤ちゃんがいるんです」
「あかちゃん?」
「そうです。私は母さんになるんです」
私の心が凍りつく。
「ママ?」
ミミが驚いている。
「そうです。ミミちゃんに弟か妹ができるんですよ」
ルナちゃんが嬉しそうに説明している。
「おとうと?」
「はい。小さくて可愛い赤ちゃんです」
ルナちゃんがミミに優しく話しかけている。
「ミミちゃんも、赤ちゃんのお世話を手伝ってくれますか?」
「うん、がんばる」
ミミが元気よく答える。
私はその会話を聞いて、精神が崩壊しそうになった。
ルナちゃんは本当に出産のことを考えている。
赤ちゃんの成長を、心から楽しみにしている。
ミミにお姉さんになることを教えている。
でも、現実は…
「ああ…」
私がその場にへたり込む。
「どうしよう…どうしたらいいの」
私は完全に混乱していた。
ルナちゃんに真実を伝えるべきなのか?
それとも、最後まで希望を持たせてあげるべきなのか?
妊娠していることを、タクヤに伝えるべきなのか?
様々な思いが頭の中で渦巻く。
「エリカさん?」
扉の向こうからルナちゃんの声が聞こえる。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫よ」
私が慌てて返事をする。
「すぐに出るから」
「無理しないでくださいね」
ルナちゃんが心配してくれる。
「妊娠初期は体調が不安定になりがちですから」
妊娠初期?
私が?
ルナちゃんは私の体調不良を、妊娠の兆候だと思っているのか?
「私は妊娠してないわよ」
私が小声で否定する。
「でも、ルナちゃんは…」
私は再び現実に直面する。
ルナちゃんは妊娠している。
でも、石化病で余命二ヶ月。
どちらも事実なのだ。
私は顔を洗い、なんとか平静を装って部屋を出た。
「お待たせしてごめんなさい」
「大丈夫ですか?」
ルナちゃんが優しく尋ねる。
「心配になりました」
「大丈夫よ」
私が微笑む。
でも、その笑顔は作り物だった。
「それより、妊娠おめでとう」
「ありがとうございます」
ルナちゃんが嬉しそうに答える。
「エリカさんにも、きっと素敵な赤ちゃんができますよ」
その日の夜、私は一人で執務室にいた。
机の上には、様々な書類が積まれている。
でも、集中できない。
頭の中はルナちゃんのことでいっぱいだった。
「どうしよう…」
私が呟く。
このまま何も言わずにいるべきなのか?
それとも、真実を伝えるべきなのか?
妊娠のことを、タクヤに知らせるべきなのか?
でも、もしタクヤが戻ってきた時、ルナちゃんがもう…
私はその先を考えることができなかった。
「神様…」
私が天を仰ぐ。
「どうか、ルナちゃんを助けて」
私の涙が机の上に落ちる。
「私はどうなってもいいから、ルナちゃんだけは…」
その時、執務室の扉がノックされた。
「エリカさん、入ってもいいですか?」
ルナちゃんの声だった。
「どうぞ」
私が慌てて涙を拭く。
ルナちゃんが部屋に入ってくる。
「遅くまでお仕事、お疲れ様です」
「ありがとう」
私が答える。
「温かいお茶を持ってきました」
ルナちゃんがお茶を差し出してくれる。
「ありがとう、優しいのね」
「いえいえ」
ルナちゃんが微笑む。
「エリカさんには、いつもお世話になってますから」
私たちはしばらく無言でお茶を飲んだ。
「エリカさん」
ルナちゃんが口を開く。
「何か心配事がありますか?」
私がギクッとする。
「ど、どうして?」
「最近、とても疲れているように見えるんです」
ルナちゃんが私を心配そうに見つめる。
「女王のお仕事は大変だと思いますが、無理しないでくださいね」
こんな時でも、ルナちゃんは私を気遣ってくれる。
「大丈夫よ」
私が嘘をつく。
「ちょっと疲れてるだけ」
「そうですか…」
ルナちゃんが安心したような表情を見せる。
「それなら良いのですが」
ルナちゃんがお腹を撫でる。
「この子にも、健康な叔母様が必要ですから」
叔母様…
ルナちゃんは私を、生まれてくる子供の叔母だと思っている。
でも、現実は…
「ルナちゃん」
私が思わず声をかける。
「はい?」
「あなたは…本当に幸せ?」
私が尋ねると、ルナちゃんが満面の笑みを浮かべる。
「とても幸せです」
ルナちゃんが即答する。
「タクヤさんと結婚できて、エリカさんとも仲良くなれて」
「そして今度は、赤ちゃんまで」
ルナちゃんが涙を浮かべる。
「これ以上の幸せはありません」
その言葉を聞いて、私の心は完全に砕けた。
こんなに幸せなルナちゃんに、死の宣告をするなんてできない。
でも、このまま何もしないわけにもいかない。
「タクヤ…」
私が心の中で呼びかける。
「早く帰ってきて」
「そして、ルナちゃんを助けて」
私にできることは、祈ることだけだった。
タクヤたちが、必ずリオ・タカナシという医師を見つけてくれることを。
そして、ルナちゃんを治療してくれることを。
私は女王として、妻として、友人として、ルナちゃんを守り続ける。
たとえどんなに辛くても。
たとえ心が壊れそうになっても。
ルナちゃんの笑顔を守るために。




