第四十七話「なんで石化病なんて病気があるんだよ…っ!」
エリカが女王になってから二か月が経った。
俺たちは王宮での新生活にも慣れ、平穏な日々を送っていた。
エリカは女王としての職務をこなしながらも、家族との時間も大切にしてくれている。
ルナは女王の側近として、外交や内政の補佐を行っている。その知識と魔法の技術は、この国の発展に大いに貢献していた。
ミミも王宮で健やかに成長し、言葉もかなり流暢になってきた。
「タクヤにぃ、きょうは、なにする?」
朝食の席で、ミミが俺に尋ねてくる。
「そうだな、今日は街を見て回ろうか」
「うん! ミミ、がんばる」
ミミが元気よく返事をする。
そんな平和な朝のひとときが、突然崩れ去った。
「タクヤさん! 大変です!」
ルナが慌てた様子で食堂に駆け込んできた。
「どうしたんだ?」
俺が立ち上がると、ルナが自分の足を指差す。
「これを見てください」
ルナの左足の指先が、わずかに灰色に変色している。
「これは…」
俺が驚いていると、エリカも駆けつけてきた。
「ルナちゃん、どうしたの?」
「足が…変なんです」
ルナが震え声で答える。
「昨夜から、感覚がおかしくて」
「すぐに医者を呼びましょう」
エリカが即座に判断する。
王宮付きの医師がすぐに呼ばれ、ルナの診察を行った。
「これは…」
医師が深刻な表情を見せる。
「ルナさん…席を外してもらえますか?」
「…わかりました」
医師が伝えると、ルナにそう伝えた。
ルナは不安そうに部屋から出ていった。
そして、医師は言いにくそうな顔をする。
「どうでしたか?」
「石化病ですね」
「石化病?」
俺が聞き返す。
「どんな病気ですか?」
医師が重い口を開く。
「足の先端から始まり、徐々に全身が石のように硬くなっていく病気です」
「治療法はあるんですか?」
エリカが必死に尋ねる。
医師が首を振る。
「申し訳ありません。この病気に対する有効な治療法は…現在のところ見つかっておりません」
「そんな…」
エリカが青ざめる。
「では、ルナちゃんは…」
「進行を遅らせる薬はありますが」
医師が申し訳なさそうに続ける。
「根本的な治療は…」
医師の言葉に、俺は絶望的な気持ちになった。
ルナが…俺の大切な妻が…
「どのくらい時間があるんですか?」
俺が震え声で尋ねる。
「個人差がありますが…」
医師が躊躇する。
「通常、発症から三ヶ月程度で…」
三ヶ月。
あまりにも短い時間だった。
「そんな…」
俺の足に力が入らない。
その時、ルナが扉から顔を覗かしていた。そしてルナが俺たちを見て微笑んだ。
「どうでしたか?」
ルナが明るく言う。
「どんな病気でもきっと治りますよね」
「ルナちゃん…」
エリカが涙をこらえる。
「そうね、きっと治るわ」
エリカがルナに嘘をつく。
「私が女王の権限で、最高の医師を呼ぶから」
「ありがとうございます、エリカさん」
ルナが安心したような表情を見せる。
だが、俺たちには医師の言葉の重さがわかっていた。
現在の医学では治せない病気。
それが石化病だった。
その夜、俺たちはルナを除いてエリカの執務室に集まった。
エリカ、俺、グロム、ガルド、透、ミア先生、そしてミミ。
「どうしましょう…」
エリカが机に突っ伏す。
「ルナちゃんが…」
「本当に治療法はないのか?」
グロムが悔しそうに拳を握る。
「何か方法があるはずだ」
「でも、医師がああ言うってことは…」
透も落ち込んでいる。
「ルナちゃん…」
ミミも状況を理解しているのか、悲しそうな顔をしている。
「ミミ、かなしい」
「みんな悲しいよ、ミミ」
俺がミミを抱きしめる。
その時、エリカが泣き崩れた。
「私のせいよ…」
エリカが自分を責める。
「私がルナちゃんに無理をさせたから…」
「エリカのせいじゃない」
俺がエリカを慰める。
「誰のせいでもない」
だが、俺たちにできることは何もなかった。
ただ、ルナの前では明るく振る舞い、彼女に心配をかけないようにするだけだった。
みんなで泣き続けていると、突然執務室の扉が開いた。
「やっほ〜、久しぶり」
聞き覚えのある声だった。
振り返ると、そこには見慣れた人影が立っていた。
「ルビー!」
俺が驚く。
確かにルビーだった。相変わらずの飄々とした表情で、俺たちを見つめている。
「どうして…」
エリカが涙を拭いながら尋ねる。
「どうしてここに?」
「血が恋しくなったから」
ルビーがいつものように答える。
「でも、何やら深刻そうじゃない」
「実は…」
俺がルナの病気について説明すると、ルビーの表情が変わった。
「石化病?」
ルビーが考え込む。
「それなら、知ってる人がいるわ」
「え?」
俺たちが一斉にルビーを見つめる。
「本当ですか?」
エリカが身を乗り出す。
「ええ」
ルビーが頷く。
「リオ・タカナシっていう女医者がいるの」
「リオ・タカナシ?」
俺がその名前を聞いて驚く。
小鳥遊莉央…間違いなく日本人の名前だ。
「転移者ですね?」
俺が尋ねると、ルビーが頷く。
「そうよ。あなたたちと同じ世界から来た人」
「その人が石化病の治療法を?」
グロムが期待を込めて尋ねる。
「ええ」
ルビーが説明する。
「彼女がこの大陸に来てから、石化病の治療法が確立されたの」
「本当ですか!」
エリカが立ち上がる。
「それなら、すぐにその人を呼んでください」
「でも、そう簡単じゃないの」
ルビーが首を振る。
「彼女はエストリア大陸の奥地にある医療都市にいるから」
「医療都市?」
「『癒しの都市』って呼ばれてる街よ」
ルビーが説明する。
「そこから動かないの」
「なぜですか?」
透が尋ねる。
「患者がたくさんいるからよ」
ルビーが答える。
「だから、こちらから会いに行くしかない」
「わかりました」
俺が即座に決断する。
「俺が行きます」
「タクヤ…」
エリカが心配そうに俺を見る。
「私も一緒に…」
「だめだ」
俺がエリカを制止する。
「君は女王だ。国を空けるわけにはいかない」
「でも…」
「ルナのことは俺に任せてくれ」
俺がエリカを説得する。
「必ず連れて帰ってくる」
「僕も行きます」
透が申し出る。
「ルナさんには本当にお世話になったので」
だが、透は途中で言葉を切った。
「でも…僕は…」
「どうしたんだ?」
俺が尋ねる。
「実は…」
透が困った表情を見せる。
「僕、もうこの世界に来てから一年以上経つんですが」
「それがどうかしたのか?」
「転移者には制限があるんです」
透が説明する。
「一年以上同じ世界にいると、体に異変が起こる可能性があるんです」
「異変?」
「元の世界に帰れなくなる可能性があるんです」
透が深刻な表情で続ける。
「だから、あまり遠出はできません」
「そうか…」
俺も同じ制限があるかもしれないが、今はルナのことが最優先だ。
「わかった。トオルは残ってくれ」
「すみません」
透が申し訳なさそうに頭を下げる。
「俺も行こう」
グロムが申し出る。
「ルナには世話になった」
「俺もだ」
ガルドも同意する。
「みんなで行こう」
「ありがとう」
俺が感謝を込めて言う。
「それで、その街まではどのくらいかかるんですか?」
俺がルビーに尋ねる。
「徒歩なら二ヶ月」
ルビーが答える。
「でも、馬を使えば一ヶ月程度ね」
一ヶ月…ルナの残り時間を考えると、一刻も早く行かなければならない。
「わかりました」
俺が決意を固める。
「明日の朝一番で出発します」
「私も一緒に行くわ」
ルビーが申し出る。
「道案内が必要でしょう?」
「助かります」
俺がルビーに感謝する。
その夜、俺たちは出発の準備を整えた。
馬、食料、装備…すべてを王宮の資源で調達する。
「本当にいいの?」
エリカが心配そうに俺を見つめる。
「危険な旅になるかもしれないのよ」
「大丈夫だ」
俺がエリカを抱きしめる。
「必ずルナを治して帰ってくる」
「私、ルナちゃんのこと、ちゃんと看病するから」
エリカが涙を浮かべる。
「だから、安心して行って」
「ありがとう」
俺がエリカにキスをする。
翌朝、俺たちは出発の準備を整えた。
馬に跨り、荷物を積んで、いよいよ出発だ。
「気をつけて行くニャよ」
ミア先生が見送ってくれる。
「タクヤにぃ、がんばって」
ミミも手を振ってくれる。
「必ず帰ってくるよ」
俺がみんなに約束する。
最後に、ルナが俺のもとにやってきた。
「タクヤさん」
ルナが俺を見つめる。
「お仕事、頑張ってくださいね」
ルナは自分の病気のことを知らない。
エリカが「タクヤは外交の仕事で遠出する」と説明したのだ。
「ああ、頑張ってくる」
俺がルナを抱きしめる。
「君も体に気をつけて」
「はい」
ルナが微笑む。
「お土産、楽しみにしてます」
「必ず買ってくるよ」
俺がルナに約束する。
こうして、俺たちは医療都市ヒーリングポートへの旅を始めた。
俺、グロム、ガルド、そしてルビーの四人。
ルナを救うための、命がけの旅だった。
「さあ、行きましょう」
ルビーが先頭を切る。
「時間がないのよ」
俺たちは王都を後にした。
エストリア大陸の奥地にある医療都市を目指して。
道のりは長く、危険も多いだろう。
だが、ルナを救うためなら、どんな困難も乗り越える。
そう決意して、俺たちは馬を走らせた。
最初の数日間は、比較的平坦な道を進んだ。
王都周辺は整備された街道があり、宿場町も点在している。
「順調だな」
ガルドが馬上で言う。
「このペースなら予定より早く着けそうだ」
「でも、これからが本番よ」
ルビーが警告する。
「奥地に入ると、道も険しくなるし、魔物も出る」
「魔物?」
俺が尋ねる。
「どんな魔物がいるんですか?」
「色々よ」
ルビーが説明する。
「エストリア大陸特有の魔物もいるし」
「具体的には?」
グロムが興味を示す。
「『石喰いトカゲ』とか『風切りワシ』とか」
ルビーが名前を挙げる。
「どれも厄介な相手よ」
「石喰いトカゲ?」
俺が首を傾げる。
「文字通り、石を食べるトカゲよ」
ルビーが説明する。
「でも、生き物の骨も大好きなの」
「危険じゃないか」
ガルドが心配する。
「大丈夫よ」
ルビーが自信を見せる。
「私がいるもの」
三日目の夜、俺たちは小さな村で宿を取った。
「明日からいよいよ奥地に入るな」
グロムが地図を確認する。
「道も悪くなる」
「覚悟が必要ね」
ルビーが同意する。
「でも、必ず辿り着くわ」
俺は部屋で一人、ルナのことを考えていた。
今頃、彼女の病気はどの程度進行しているだろうか。
足の石化は広がっているのか。
不安で眠れない夜が続く。
「必ず助ける」
俺が自分に言い聞かせる。
「絶対に助けるんだ」
四日目、ついに奥地への道に入った。
舗装されていない獣道を、馬で進んでいく。
「道が悪いな」
ガルドが馬の手綱を握り直す。
「気をつけないと」
その時、前方から何かの鳴き声が聞こえてきた。
「何の声だ?」
俺が警戒する。
「魔物の鳴き声ね」
ルビーが確認する。
「『風切りワシ』よ」
空から巨大な影が降りてくる。
翼を広げると三メートルはありそうな、巨大なワシだった。
「でかいな」
グロムが武器を構える。
「やるしかないか」
俺たちは馬から降りて、戦闘態勢に入った。
風切りワシが空中から攻撃してくる。
その爪は鋭く、翼から放たれる風の刃も危険だった。
「『血魔法・血の槍』!」
ルビーが反撃する。
血の槍が風切りワシの翼を掠める。
「『瞬間移動剣技・空中斬り』!」
俺が瞬間移動で空中のワシに接近し、剣を振るう。
だが、ワシは素早く回避する。
「厄介だな」
俺が着地しながら呟く。
「『闘気拳・天空砲』!」
ガルドが闘気を込めた拳を空中に放つ。
闘気の波動がワシを直撃し、ワシは地面に墜落した。
「やったな」
グロムが安堵する。
だが、これは始まりに過ぎなかった。
奥地に進むにつれて、魔物との遭遇は増えていく。
それでも、俺たちは前進し続けた。
ルナのために。
三週間後、俺たちはついに医療都市ヒーリングポートの入り口にたどり着いた。
街の外観は想像以上に立派で、まるで現代の病院のような建物が立ち並んでいる。
「ここが…」
俺が感嘆する。
「すごい街ね」
ルビーも感心している。
「あの医師、相当やるわね」
街の入り口には大きな看板があった。
『癒しの都市ヒーリングポート』
『どんな病気も諦めません』
『院長 リオ・タカナシ』
ついに、希望の医師に会うことができる。
俺の心に、久しぶりに光が射した。
「行こう」
俺がみんなに声をかける。
「ルナを救うために」
俺たちは医療都市の門をくぐった。
ルナの治療への希望を胸に。




