第四十五話「王座トーナメント開幕式」
俺たちは参加者用の入り口を通り、バトルアリーナの内部へと入った。
内部は想像以上に巨大で、観客席には既に数万人の観衆が詰めかけている。
「すげぇ…」
ガルドが圧倒される。
「こんなに大勢の観客がいるのか」
中央のリングも巨大で、コロッセオそのものだった。砂の敷かれた地面に、観客席が円形に取り囲んでいる。
「緊張してきたわ」
エリカも普段の自信満々な態度とは違い、少し震えている。
「でも、やるしかないわね」
俺はもう足が震えそうだった。
こんな大勢の観客の前で戦うなんて、考えただけで気が遠くなる。
参加者控室に案内されると、そこには百人を超える獣人たちが待機していた。
みんな戦闘前の集中状態に入っており、静寂が支配している。
「対戦表が発表されるまで、ここで待機してください」
係員の獣人が説明する。
「第一試合から順番に呼び出します」
しばらくすると、巨大な対戦表がホールに掲示された。
「見に行こう」
俺たちは対戦表を確認しに向かう。
エリカの名前を探すと…
「第三試合 エリカ・ローゼン 対 フェンリル・ストームファング」
「狼の獣人ね」
エリカが確認する。
「ストームファングって、嵐の牙って意味かしら」
「強そうな名前だな」
ガルドが呟く。
続いてガルドの名前を探す。
「第五試合 ガルド・アイアンハンド 対 アクイラ・スカイハンター」
「アクイラ…鷹か鷲の獣人だな」
ガルドが分析する。
「空中戦が得意そうだ」
そして俺の名前は…
「第八試合 タクヤ・キリタニ 対 ???」
俺の対戦相手の名前だけが「???」となっている。
「どういうことだ?」
俺が困惑する。
「俺の相手だけ名前がない」
「係員に聞いてみましょう」
エリカが提案する。
係員に尋ねると、困ったような表情を見せる。
「実は、第八試合の対戦相手は…特別枠の参加者なんです」
「特別枠?」
「詳細は試合開始まで秘密になっています」
係員が申し訳なさそうに説明する。
「毎年、サプライズ要素として一人だけ正体不明の参加者がいるんです」
「なんだそれ」
俺が不安になる。
「正体不明って…」
「大丈夫よ、タクヤ」
エリカが俺を励ます。
「どんな相手でも、あなたなら勝てるわ」
そんな根拠のない自信はどこから来るんだ…
しばらくして、ついに第一試合が始まった。
観客席からの大歓声が控室まで聞こえてくる。
「すごい盛り上がりだな」
ガルドが感心する。
第二試合も終わり、いよいよエリカの番が来た。
「第三試合の参加者、エリカ・ローゼン選手、入場してください」
係員がエリカを呼ぶ。
「行ってきます」
エリカが立ち上がる。
「頑張れ、エリカ」
俺が声をかける。
「ありがとう」
エリカが微笑んで、リングに向かっていく。
俺とガルドも観客席に向かい、エリカの試合を観戦することにした。
リングに入ったエリカを見ると、改めて彼女の美しさを実感する。
銀色の鎧に身を包み、腰に月光剣ルナライトを佩いた姿は、まさに美しき女騎士だった。
対戦相手のフェンリル・ストームファングは、予想通り狼の獣人だった。
身長は二メートル近くあり、筋骨隆々。鋭い爪と牙を持っている。
「人間の女か」
フェンリルが嘲笑する。
「こんな小さな女に何ができる」
「小さな女ですって?」
エリカが眉を顰める。
「失礼な人ね」
「実力で証明してやる」
フェンリルが構える。
審判が試合開始を宣言すると、フェンリルが一気に距離を詰めてきた。
「速い!」
俺が驚く。
獣人の身体能力は人間を遥かに凌駕している。
「エリカ、危ない」
俺が心配した瞬間、エリカが動いた。
月光剣ルナライトを抜き放つと、剣身が美しく光る。
「『月光剣技・三日月斬り』!」
エリカの剣が弧を描いて、フェンリルの爪を受け止める。
「なに!?」
フェンリルが驚く。
エリカの剣技は想像以上に鮮やかだった。
「そんな…エリカってあんなに強かったのか?」
俺が呟く。
確かに俺はエリカの戦闘をじっくり見たことがなかった。いつも自分が必死で、他人のことを見る余裕がなかった。
「『月光剣技・満月連撃』!」
エリカが連続攻撃を仕掛ける。
美しい剣の軌跡が、まるで月光のように輝いて見える。
フェンリルは必死に防御するが、エリカの攻撃についていけない。
「こんなはずでは…」
フェンリルが後退する。
「人間ごときに…」
「人間ごときですって?」
エリカが怒りを込めて言う。
「『月光剣技奥義・新月無双』!」
エリカの最後の攻撃が、フェンリルを完全に捉えた。
一瞬で勝負がついた。
フェンリルは地面に倒れ、動かない。
「勝者、エリカ・ローゼン!」
審判が勝負を宣言すると、観客席が大歓声に包まれる。
「すげぇ…」
俺が呆然とする。
「エリカってあんなに強かったのか」
「当然だろう」
隣にいた獣人の観客が俺に言う。
「あの女性は相当な実力者だぞ」
「え?」
「見ればわかる。剣の腕前は一流だ」
獣人の観客が感心している。
「人間でもあれだけ強ければ、我々も認めざるを得ない」
俺は改めてエリカを見直した。
彼女は俺が思っている以上に強い。おそらく、俺の何十倍も強いのだろう。
エリカがリングから戻ってくる。
「お疲れ様」
俺が労う。
「どうだった? 私の戦い」
エリカが嬉しそうに尋ねる。
「すごかった」
俺が正直に答える。
「あんなに強いなんて知らなかった」
「当然よ」
エリカが胸を張る。
「私を誰だと思ってるの」
確かに、エリカは王国騎士団の騎士だった。実力があって当然だ。
俺も王国騎士だったのは忘れておこう…
第四試合が終わり、いよいよガルドの番が来た。
「行ってくる」
ガルドが立ち上がる。
「頑張れ」
俺とエリカがガルドを見送る。
ガルドの対戦相手、アクイラ・スカイハンターは鷲の獣人だった。
翼を持ち、空中からの攻撃を得意とするようだ。
「厄介な相手ね」
エリカが分析する。
「空中戦はガルドには不利よ」
「でも、ガルドなら何とかするだろう」
俺がガルドを信じる。
試合が始まると、予想通りアクイラが空中に舞い上がった。
「上から攻撃してくるぞ」
俺が心配する。
「ガルド、気をつけろ」
アクイラが急降下攻撃を仕掛ける。
だが、ガルドは冷静だった。
「『闘気拳・鉄壁の構え』!」
ガルドの全身に金色のオーラが纏われる。
闘気だ。
「おお、人間が闘気を」
観客席がざわめく。
アクイラの爪がガルドに迫るが、ガルドは避けずに正面から受け止めた。
「なに!?」
アクイラが驚く。
「私の爪が通じない?」
「甘いな」
ガルドがアクイラの足を掴む。
「『闘気拳奥義・大地割り』!」
ガルドが闘気を込めた拳を放つ。
アクイラは地面に叩きつけられ、そのまま気絶してしまった。
「勝者、ガルド・アイアンハンド!」
またしても観客席が沸く。
「ガルドも強いな」
俺が感心する。
「闘気まで使えるなんて」
「みんな、私が思ってるより強いのね」
エリカも同感だった。
第六試合、第七試合が終わり、ついに俺の番が来た。
「第八試合の参加者、タクヤ・キリタニ選手、入場してください」
係員が俺を呼ぶ。
「行ってくるよ」
俺が立ち上がる。
「頑張って、タクヤ」
エリカが応援してくれる。
「無理するなよ」
ガルドも心配してくれる。
俺はリングに向かった。
観客席からの視線が全て俺に集中している。
緊張で足が震えそうだ。
リングに入ると、対戦相手が反対側から入場してくる。
その姿を見た瞬間、俺は血の気が引いた。
黒いローブに身を包み、顔は見えないが、明らかに人間ではない。
そして、その邪悪なオーラは…
「魔王軍…」
俺が呟く。
対戦相手がローブを脱ぎ捨てると、そこには見たことないはずなのに、見覚えのある姿があった。
灰色の肌に赤い目、頭に角を生やした魔族だった。
「初めましてだな、人間よ」
魔族が不気味に笑う。
「私は魔王軍第五軍団長『血戦のバルザック』だ」
バルザック…また新しい幹部か。
「まさか、こんなところで会うとはな」
バルザックが続ける。
「この国を支配するために出場したが、まさか貴様もいるとは」
観客席がざわめき始める。
「魔族だ」
「魔王軍の幹部だぞ」
「危険だ、逃げろ」
パニックが起こり始める。
多くの観客が席を立って逃げ出そうとしている。
参加者たちも同様だ。
「これはヤバいことになったな」
ガルドがエリカと一緒に俺を心配そうに見つめている。
「タクヤ、逃げなさい」
エリカが叫ぶ。
俺も逃げたい。心の底から逃げたい。
でも、こんなに大勢の人が見ている前で逃げるわけにはいかない。
みんなが俺のことを「魔王軍幹部を倒した英雄」として見ている。
ここで逃げたら、その信頼を裏切ることになる。
「逃げないのか?」
バルザックが嘲笑う。
「賢明ではないぞ」
「逃げない」
俺が震え声で答える。
「君と戦う」
「ほう、面白い」
バルザックが構える。
「では、死んでもらおう」
審判も逃げ出してしまったが、試合は開始された。
バルザックが魔法を発動する。
「『血魔法・血の槍』!」
赤い槍が俺に向かって飛んでくる。
俺は瞬間移動で回避した。
「ほう、瞬間移動か」
バルザックが興味深そうに言う。
「だが、それだけでは私には勝てん」
「『血魔法・血の嵐』!」
無数の血の刃が俺を襲う。
俺は必死に瞬間移動を繰り返すが、攻撃が激しすぎる。
「くそっ」
俺の頬に血の刃が掠める。
痛い。本当に痛い。
「どうした? それだけか?」
バルザックが余裕を見せる。
「魔王軍幹部を倒したと聞いたが、この程度とは失望したぞ」
俺は反撃を試みる。
瞬刃を抜いて、バルザックに突撃する。
だが、バルザックは俺の攻撃を簡単に受け止める。
「遅い」
バルザックが俺を蹴り飛ばす。
俺は地面に叩きつけられる。
「ぐあっ」
痛みで意識が朦朧とする。
「これで終わりだ」
バルザックが最後の攻撃を準備する。
「『血魔法奥義・血の処刑台』!」
巨大な血の刃が俺の頭上に現れる。
もうダメだ。死ぬ。
その時、俺の視界に何かが映った。
リングの端に、使われていない武器がいくつか落ちている。
前の試合で使われた武器だろう。
剣、槍、ダガー…
俺は最後の力を振り絞って、それらの武器に手を伸ばした。
そして、手当たり次第にバルザックに向かって投げる。
「無駄だ」
バルザックが呆れる。
確かに、俺の投てきは下手くそで、ほとんどが明後日の方向に飛んでいく。
だが、その中の一本のダガーが…
なぜか完璧な軌道を描いて、バルザックの急所に向かった。
「なに!?」
バルザックが慌てて避けようとするが、間に合わない。
ダガーがバルザックの心臓を貫く。
「まさか…こんな…偶然で…」
バルザックが信じられないという表情で倒れる。
「勝者…タクヤ・キリタニ…」
どこからか審判の声が聞こえる。
俺は呆然とする。
また偶然で勝ってしまった。
観客席に残っていた少数の観客が大歓声を上げる。
「すげぇ」
「魔王軍幹部をまた倒した」
「あの人間は本物の英雄だ」
俺はふらふらしながらリングから出る。
エリカとガルドが駆け寄ってくる。
「タクヤ、大丈夫?」
「怪我はない?」
「大丈夫だ」
俺が答える。
「でも、また偶然で勝っただけだ」
「偶然でも勝ちは勝ちよ」
エリカが俺を支える。
魔王軍幹部が出現したことで、多くの参加者と観客が逃げ出してしまった。
残っている参加者は十人程度だ。
「これで準決勝ね」
エリカが確認する。
確かに、参加者が激減したことで、次はもう準決勝になる。
「まさか、こんな展開になるなんて」
ガルドが苦笑いする。
「でも、俺たち三人とも勝ち残ったな」
「そうね」
エリカも頷く。
「でも、準決勝で当たる可能性もあるのよね」
確かに、参加者が少なくなったことで、俺たちが戦う可能性もある。
複雑な気持ちだ。
「とりあえず、今日は休もう」
俺が提案する。
「準決勝は明日だから」
「そうね」
エリカが同意する。
俺たちは控室を後にした。
明日はどんな戦いが待っているのだろうか。
そして、俺は本当に勝ち続けることができるのだろうか。
不安は尽きないが、とりあえず今日は無事に勝ち抜くことができた。
それだけでも十分だろう。
家族のもとに帰って、今日の出来事を報告しよう。
きっと、みんな驚くに違いない。
特に、魔王軍幹部が出現したことは、大きなニュースになるだろう。
だが、俺たちの戦いはまだ続く。
準決勝、そして決勝へと。
果たして、俺たちの中から新しい王が生まれるのだろうか。
明日が楽しみであり、同時に不安でもあった。




