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第四十三話「血の手紙」


 昨夜、エリカとルナと本当の夫婦になれた俺は、これまでにない満足感に包まれていた。

 朝食を終えて、俺はミミと一緒にロビーで紅茶を飲んでいる。


「タクヤにぃ、あまい」


 ミミが砂糖をたっぷり入れた紅茶を飲んで嬉しそうに言う。


「そうだな、甘くて美味しいな」


 俺もミミに合わせて砂糖を多めに入れる。

 ミミの言葉も随分と上達してきて、簡単な会話ができるようになった。


「ミミ、きょう、べんきょう」

「フェリス先生のところだな」

「うん、がんばる」


 ミミが小さな胸を張る。

 その姿がとても愛らしくて、俺の心が温かくなる。


「タクヤにぃ、しあわせ?」


 ミミが突然そんなことを聞いてくる。


「幸せって…どうして?」

「きのう、ルナねぇと、エリカねぇと、しあわせそうだった」


 ミミの言葉に、俺の顔が赤くなる。

 まさか、ミミに気づかれていたとは。


「そ、そうだな。俺は幸せだよ」


 俺が答えると、ミミが嬉しそうに笑う。


「ミミも、しあわせ」

「そうか、それは良かった」


 俺がミミの頭を撫でていると、ガルドが慌てた様子でロビーに駆け込んできた。


「タクヤ! 大変だ!」


 ガルドの表情は真剣そのものだった。


「どうしたんだ?」

「これを見ろ」


 ガルドが一通の手紙を俺に差し出す。


「宿のポストに突き刺さってたんだ」

「突き刺さって?」


 俺が手紙を受け取ると、確かに封筒に何かで刺した跡がある。


「投げて突き刺したみたいだな」


 ガルドが説明する。


「かなり勢いよく」


 俺が差出人の名前を見た瞬間、血の気が引いた。

 そこには「雪菜」という文字が踊り書きで書かれている。


「まさか…」


 俺の手が震える。


「どうしたんだ?」


 ガルドが心配そうに尋ねる。


「知ってる人なのか?」

「ああ…」


 …なるほど。漢字で名前が書かれているから読めないのか。

 俺は恐る恐る封筒を開ける。

 中から取り出した便箋を見た瞬間、俺は声にならない叫びを上げそうになった。


 白い紙一面に、赤い血で文字が書かれている。


『拓也くん♡』


『拓也くんの初めてを返してください♡』


『私が最初のはずだったのに♡』


『拓也くん愛してます♡』


『すぐに迎えに行きます♡』


『待っててね♡』


『愛しています愛しています愛しています』


 最後の方は文字が重なり合って、まるで血だまりのようになっている。


「うわっ」


 ガルドが手紙を覗き込んで驚く。


「これ、血で書いてあるのか?」

「たぶん…」


 俺の声が震える。

 間違いない、雪菜の血だ。


「誰だ、この雪菜って女は?」

雪菜ユキナ…だ」


 その時、階段から他のみんなが降りてきた。


「タクヤ、朝から騒がしいわね」


 エリカが俺を見て微笑む。

 昨夜のことがあったから、いつもより優しい表情だ。


「どうしたんですか?」


 ルナも心配そうに近づいてくる。


「タクヤさん、顔が真っ青ですよ」

「僕も気になります」


 透も俺を見つめる。


「何かあったんですか?」


 グロムだけは、俺の表情を見て何かを察したようだった。


「まさか…」


 グロムが低い声で呟く。


「あの女か?」


 俺が頷くと、グロムの表情も青ざめた。


「何が書いてある?」

「これを…」


 俺が震える手で手紙をグロムに渡す。

 グロムが手紙を読むと、その顔が怒りで歪んだ。


「この野郎…」


 グロムが拳を握る。


「まだ諦めていなかったのか」

「どれどれ」


 ガルドが手紙を覗き込む。


「うわ、気持ち悪い文章だな」

「僕も見せてください」


 透も手紙を読んで、顔をしかめる。


「これは…異常ですね」

「ミミにも見せて」


 ミミが背伸びして手紙を見ようとする。


「だめだ」


 俺が慌てて手紙を隠す。


「子供が見るものじゃない」

「なに、これ?」


 エリカが手紙を見た瞬間、その表情が変わった。

 血の気が引いて、体が震え始める。


「ユキナ…」


 エリカが掠れた声で呟く。


「あの女…まだ…」

「エリカさん?」


 ルナがエリカの異変に気づく。


「どうしたんですか?」


 ルナも手紙を読んで、困惑する。


「これは一体…」

「説明が必要だな」


 俺が重い口を開く。


「ユキナは…俺を追いかけている女だ」

「追いかけているって?」


 透が尋ねる。


「ストーカーのようなものです」

「ストーカー?」


 ルナが首を傾げる。


「でも、なぜそこまで…」

「異常な愛情を持ってるんだ」


 グロムが説明する。


「そして、非常に危険な女だ」

「危険?」


 ガルドが疑問を口にする。


「手紙を書いただけだろう?」

「そうじゃない」


 エリカが震え声で言う。


「あの女は…私の両親を殺した」

「え?」


 透、ガルド、ルナ、ミミが驚く。


「殺したって…」

「本当だ」


 グロムが自分の右腕の袖をまくる。

 そこには、明らかにちぎられた跡がある。


「俺の腕も、あの女にやられた」

「うそでしょう…」


 透が青ざめる。


「そんな危険な人が」

「だから俺は逃げ続けてるんだ」


 俺が説明する。


「でも、ついに居場所がバレた」

「この手紙が証拠だ」


 グロムが手紙を指差す。


「宿のポストに正確に投函されてる」

「ということは…」


 ルナが理解する。


「もうすぐここに来るということですか?」

「その可能性が高い」


 俺が頷く。


「このままここにいるのは危険だ」

「それじゃあ、どうするんだ?」


 ガルドが尋ねる。


「逃げるのか?」

「そうするしかない」


 俺が決断する。


「みんなを巻き込むわけにはいかない」

「何を言ってるの」


 エリカが俺を見つめる。


「私たちは家族でしょう?」

「そうです」


 ルナも同意する。


「一緒に逃げます」

「でも…」

「でもじゃないニャン」


 突然、フェリス先生が宿に入ってきた。


「話は聞こえてたニャ」

「フェリス先生…」


 ミミがフェリス先生に駆け寄る。


「あぶない、ひと?」

「そうニャン」


 フェリス先生がミミを抱き上げる。


「でも大丈夫ニャン。みんなで守ってやるニャン」

「フェリス先生まで…」


 俺が恐縮する。


「関係ない人まで巻き込むわけには」

「関係ないじゃないニャ」


 フェリス先生がきっぱりと言う。


「ミミちゃんはアタシの大切な生徒ニャン」

「そうか…」


 俺は皆の優しさに胸が熱くなる。

 でも、雪菜の恐ろしさを知らない人たちを危険にさらすわけにはいかない。


「それで、どこに逃げるんだ?」


 ガルドが実用的な質問をする。


「この王国内じゃ、すぐに見つかるだろう」


 俺は思い出した。

 確か、ガルーという獣人が東大陸に誘ってくれていた。


「エストリア大陸だ」


 俺が言うと、みんなが驚く。


「エストリア大陸?」

「ああ。獣人の国がある大陸だ」


 俺がガルーとの出会いを説明すると、グロムが頷いた。


「それがいいかもしれん」

「でも、そんなに遠くまで…」


 エリカが不安そうに言う。


「船で何ヶ月もかかるんでしょう?」

「それでも安全だ」


 俺が説得する。


「雪菜もさすがにエストリア大陸までは追ってこないだろう」

「でも、お金は?」


 透が現実的な問題を指摘する。


「全員分の船代なんて、相当な金額になりますよ」


 確かにその通りだ。

 俺たちだけでも七人。相当な費用がかかる。


「アタシの貯金があるニャン」


 フェリス先生が突然言う。


「え?」

「アタシ、実は結構稼いでるニャン」


 フェリス先生が胸を張る。


「家庭教師の料金、高く設定してるからニャン」

「でも、そんな…」

「いいニャン」


 フェリス先生が手を振る。


「ミミちゃんの安全のためニャ」


 俺はフェリス先生の優しさに感動する。


「ありがとうございます」

「それに、俺も協力する」


 ガルドが申し出る。


「密輸業者時代の蓄えがあるんだ」

「僕も少しなら」


 透も同意してくれる。


「みんな…」


 俺の目に涙が浮かぶ。


「ありがとう」

「家族なんだから当然よ」


 エリカが俺を抱きしめる。


「一緒に行きましょう」

「そうです」


 ルナも俺の手を握る。


「どこまでも一緒です」

「タクヤにぃ、いっしょ」


 ミミも俺にしがみつく。


「ミミも、いっしょ」


 俺は決断した。


「わかった。みんなでエストリア大陸に行こう」

「それで、いつ出発するんだ?」


 グロムが尋ねる。


「今日中にでも」


 俺が答える。


「一刻も早い方がいい」

「準備が大変だな」


 ガルドが考え込む。


「船の手配、荷物の整理…」

「分担しよう」


 俺が提案する。


「グロムとガルドは船の手配」

「任せろ」

「トオルとフェリス先生は必要な道具の調達」

「わかりました」

「エリカとルナは荷物の整理」

「はい」

「俺とミミは…」


 俺が考えていると、ミミが手を上げる。


「ミミ、てつだう」

「ありがとう、ミミ」


 俺がミミを抱き上げる。


「一緒に準備しよう」


 その時、宿の外から馬の蹄の音が聞こえた。

 俺たちは一斉に窓の方を向く。


「まさか…」


 俺が呟くと、グロムが窓際に移動する。


「大丈夫だ」


 グロムがほっとした様子で言う。


「商人の馬車だ」


 俺たちも安堵する。

 でも、これで雪菜の脅威を実感した。


「やっぱり早く出発した方がいい」


 エリカが言う。


「そうだな」


 俺が頷く。


「今日の夕方には出発しよう」

「了解ニャン」


 フェリス先生が返事をする。


「急いで準備するニャン」


 俺たちはそれぞれの役割に分かれて、慌ただしく準備を始めた。


 グロムとガルドは港に向かい、船の手配をする。

 透とフェリス先生は街に買い出しに行く。

 エリカとルナは部屋で荷物をまとめる。

 俺とミミは宿の支払いを済ませ、必要な書類を整理する。


「タクヤにぃ、だいじょうぶ?」


 ミミが心配そうに俺を見上げる。


「大丈夫だ」


 俺がミミを抱きしめる。


「みんなで一緒だから」


 でも、心の中では不安でいっぱいだった。

 雪菜の執念は異常だ。


 本当にエストリア大陸まで追ってこないだろうか?

 そして、みんなを危険に巻き込んでしまって大丈夫だろうか?


 様々な思いが頭を駆け巡る。

 でも、今は前に進むしかない。

 家族みんなで、安全な場所を目指すしかない。


 夕方になり、俺たちは港に集合した。

 グロムとガルドが手配してくれた船は、中型の商船だった。


「これでエストリア大陸まで行けるのか?」


 俺が不安に思うと、ガルドが答える。


「大丈夫だ。船長も信頼できる人だ」


 船長は中年の男性で、厳格そうな顔をしている。


「皆さんがエストリア大陸行きの乗客ですか」


 船長が俺たちを見回す。


「随分大勢ですね」

「すみません」


 俺が頭を下げる。


「急な話で」

「いえいえ」


 船長が手を振る。


「お金をいただいてるんですから」


 船は夜明けに出発予定だった。

 俺たちは船室で一夜を過ごすことになる。


「明日からいよいよエストリア大陸への旅ね」


 エリカが窓から海を眺めながら言う。


「どんなところなんでしょうね」


 ルナも興味深そうだ。


「獣人の国って、初めてです」

「きっと面白いところだよ」


 俺がミミに言うと、ミミが目を輝かせる。


「たのしみ」


 フェリス先生も期待している様子だ。


「新しい環境での言語教育も興味深いニャン」


 透は技術者らしい関心を示している。


「獣人の技術がどんなものか見てみたいです」


 ガルドは実用的なことを考えている。


「向こうでの仕事も考えないとな」


 グロムは故郷を離れることに複雑な気持ちのようだ。


「また故郷を離れることになるとは」

「でも、今度は一人じゃない」


 俺がグロムを励ます。


「みんな一緒だ」

「そうだな」


 グロムが微笑む。


「それなら心強い」


 その夜、俺たちは船の中で最後の準備を整えた。

 明日からは新しい冒険の始まりだ。

 雪菜から逃れるための逃避行だが、きっと素晴らしい体験になるだろう。


 エストリア大陸では、どんな出会いが待っているのだろうか。

 どんな冒険が待っているのだろうか。

 不安もあるが、期待の方が大きい。


 家族みんなで支え合えば、きっと乗り越えられる。

 そう信じて、俺たちはエストリア大陸への旅路に備えた。

 雪菜の脅威から逃れて、新しい土地で新しい生活を始めるために。


 家族の絆を信じて。

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