第四十一話「男同士の絆の始まり」
説教をシーンに改変を加えました。(2025/09/20)
パーティーから三日後の朝、俺たちは宿のロビーで朝食を取っていた。
ミミは相変わらず元気で、「おはよう」の挨拶も上手になっていた。
「タクヤにぃ、おはよう」
「おはよう、ミミ」
俺がミミの頭を撫でると、彼女が嬉しそうに笑う。
平和な朝の風景だった。
その時、ガルドが興奮した様子で俺たちのテーブルに駆け寄ってきた。
「おい、タクヤ、トオル!」
ガルドが声を潜める。
「とんでもない情報を仕入れたぞ」
「情報?」
俺が首を傾げると、ガルドがさらに声を小さくする。
「実は…男にとって非常に重要な本が王都で出回ってるらしいんだ」
「本?」
透も興味を示す。
「どんな本ですか?」
「その…」
ガルドが周りを見回す。
「お色気系の、かなり希少な本だ」
俺と透の顔が赤くなる。
「え…えっちな本ですか?」
透が小声で確認する。
「そういうことだ」
ガルドが頷く。
「しかも、この世界では滅多に手に入らない超レア物らしい」
俺の心臓がドキドキし始める。
確かに、この世界に来てからそういう本は見たことがない。
「でも…そんなもの」
「男だろう?」
ガルドが俺を見つめる。
「興味ないのか?」
「そ、そんなことは…」
俺が慌てると、透も赤面している。
「ぼ、僕も…少しは興味が…」
「だろう?」
ガルドがにやりと笑う。
「実は俺、情報源を知ってるんだ」
その時、グロムが会話に気づいた。
「何の話をしてるんだ?」
「あ、グロム」
ガルドが慌てる。
「実は…」
「色気のある本の話か?」
グロムが苦笑いする。
「若い連中は元気だな」
「グロムも一緒にどうだ?」
ガルドが誘うが、グロムは首を振る。
「俺はもう歳だからな」
グロムが髭を撫でる。
「お前たちとは五回りも違う」
確かに、グロムは七十代後半。俺たちとは明らかに世代が違う。
ただ、ドワーフだから、人間的には俺たちの世代だろう。
「そういうものに興味を持つのは、もう卒業したよ」
「そうですか…」
透が残念そうに言う。
「まあ、お前たち三人で頑張れ」
グロムが宿を出ていく。
工房に向かうようだ。
俺たちは男三人で顔を見合わせる。
「それで、どこで手に入るんだ?」
俺がガルドに尋ねる。
「王都の裏市場だ」
ガルドが説明する。
「でも、簡単には手に入らない」
「どうして?」
「希少すぎて、競争が激しいんだ」
ガルドが真剣な表情になる。
「金だけじゃダメ。コネとタイミングが必要だ」
「コネ?」
透が心配そうに言う。
「僕たち、そんなものありませんよ」
「大丈夫だ」
ガルドが胸を叩く。
「俺が元密輸業者だったことを忘れるな」
確かに、ガルドなら裏の世界に詳しそうだ。
「でも、一人じゃ無理だ」
ガルドが俺たちを見る。
「協力してくれ」
「どんな協力を?」
俺が尋ねると、ガルドが作戦を説明し始める。
「まず、情報収集だ。裏市場の開催場所と時間を調べる」
「それから?」
「資金調達。一冊金貨五十枚はする」
「五十枚!?」
透が驚く。
「高すぎませんか?」
「希少品だからな」
ガルドが説明する。
「でも、三人で割り勘すれば一人十七枚だ」
「う…まあ、なんとか」
俺が頷く。
「最後に、実際の購入作戦だ」
ガルドが真剣な顔をする。
「これが一番難しい」
◇◇◇
その日の午後、俺たちは王都の下町に向かった。
ガルドの知り合いから情報を収集するためだ。
「久しぶりだな、ガルド」
酒場で会った男が手を上げる。
「元気にしてたか?」
「ああ、おかげさまでな」
ガルドが挨拶を返す。
「ところで、例の件なんだが」
「ああ、あれか」
男が声を潜める。
「明日の夜、西地区の倉庫街で開催される」
「時間は?」
「十時頃からだ」
男がガルドに紙切れを渡す。
「詳しい場所はこれに書いてある」
「ありがとう」
ガルドが紙を受け取る。
「注意しろよ。最近、王国騎士団の見回りが厳しいからな」
「わかってる」
俺たちは酒場を出た。
「これで場所と時間はわかったな」
ガルドが満足そうに言う。
「次は資金調達だ」
俺たちはそれぞれ金貨を持ち寄った。
俺は十八枚、透は十五枚、ガルドは十七枚。
「合計五十枚だ」
ガルドが金を数える。
「ちょうど足りる」
「でも、これで本当に手に入るんですかね?」
透が不安そうに言う。
「大丈夫だ」
ガルドが自信を見せる。
「俺に任せろ」
翌日の夜、俺たちは指定された倉庫街に向かった。
暗い路地に人影がちらほら見える。
「あそこだ」
ガルドが指差す。
古い倉庫の前に、男たちが集まっている。
「緊張するな」
俺が呟くと、透も頷く。
「僕もです」
「しっかりしろ」
ガルドが俺たちを励ます。
「男の勝負だ」
俺たちは人混みに紛れて倉庫に入った。
中では闇市場が開かれている。
様々な怪しい商品が並んでいるが、俺たちの目当てはただ一つだ。
「あった」
ガルドが小声で言う。
奥の方で、中年の商人がカバンから本を取り出している。
「あれがそうだ」
確かに、男たちがその本の周りに群がっている。
「どうやって近づく?」
俺が尋ねると、ガルドが作戦を説明する。
「俺が先頭に立つ。お前たちは後ろからついてこい」
「わかりました」
透が頷く。
俺たちはゆっくりと商人に近づく。
「その本、いくらだ?」
ガルドが堂々と尋ねる。
「金貨五十枚だ」
商人が答える。
「ただし、先着順だ」
「俺たちが最初だろう」
ガルドが主張すると、他の客たちが抗議する。
「何を言ってる、俺の方が先だ」
「いや、俺だ」
一触即発の雰囲気になる。
その時、ガルドが機転を利かせた。
「じゃあ、ジャンケンで決めよう」
「ジャンケン?」
商人が首を傾げる。
「公平な方法だろう?」
他の客たちも同意する。
「それもそうだな」
俺たちを含めて五人でジャンケンをすることになった。
「最初はグー」
みんなが拳を出す。
俺はパー、透はチョキ、ガルドはグー。
他の二人もグーとパーだった。
「僕の勝ちですか?」
透が困惑する。
「そうだな」
ガルドが頷く。
「トオルが代表で買え」
「え、でも…」
「大丈夫だ」
俺が透を励ます。
「頑張れ」
透が金貨を商人に渡し、本を受け取る。
「やった…」
俺たちは小声で喜ぶ。
「ついに手に入れたぞ」
倉庫を出て、人気のない路地で本を確認する。
「どれどれ…」
ガルドが本を開くと、俺たちは目を丸くした。
「おお…」
確かに、この世界では見たことがないような内容だった。
「すげぇ…」
俺も感嘆する。
「金貨五十枚の価値はありますね」
透も感激している。
「それで、誰が最初に読む?」
ガルドが尋ねると、俺たちは顔を見合わせる。
「ジャンケンで決めるか?」
俺が提案すると、みんなが頷く。
結果、俺が最初に読むことになった。
「一日ずつ交代で読もう」
俺が提案すると、二人が同意する。
「それがいいな」
「公平ですね」
俺は本を大切に抱えて宿に戻った。
◇◇◇
翌日の夜、俺は部屋で一人、例の本を読んでいた。
エリカとルナは下で夕食の準備をしている。
ミミも一緒だ。
「ふむふむ…」
俺が本に集中していると、部屋の扉が開いた。
「タクヤ、夕食の準備ができたわよ」
エリカが顔を出す。
俺は慌てて本を隠そうとするが、間に合わない。
「何読んでるの?」
エリカが本のタイトルを見る。
その瞬間、エリカの表情が変わった。
「タクヤ…これは何かしら?」
「え、えっと…」
俺が言い訳を考えていると、ルナも部屋に入ってきた。
「どうしたんですか?」
ルナがエリカの様子に気づく。
「ルナちゃん、見てちょうだい」
エリカが本をルナに見せる。
ルナの顔も青ざめる。
「タクヤさん…これは一体…」
「あの…その…」
俺が冷や汗をかく。
「説明してください」
ルナが厳しい口調で言う。
「どこでこんなものを手に入れたんですか?」
「それは…」
俺が説明しようとすると、エリカが本を手に取った。
「こんなもの必要ないでしょう?」
エリカが本のページをめくり始める。
「私たちがいるのに」
「ちょっと待って、エリカ」
俺が止めようとするが、時すでに遅し。
「ビリビリビリ!」
エリカが本を破り始める。
「エリカさん、私も手伝います」
ルナも本を破りにかかる。
「ビリビリビリ!」
「やめて!」
俺が叫ぶが、二人は容赦しない。
「金貨五十枚もしたんだぞ!」
「え?」
エリカが手を止める。
「五十枚?」
「そんなにお金を使ったんですか?」
ルナも驚く。
「三人で割り勘したんだけど…」
俺が小声で説明すると、二人の怒りがさらに増した。
「ガルドとトオルも一緒だったのね」
エリカが怒る。
「みんなでグルだったのね」
「後で二人にもお説教しないといけませんね」
ルナも立腹している。
そして、最後の一ページまで破られてしまった。
「ああ…」
俺が絶望する。
「五十枚が…」
「お金なんてまた稼げばいいでしょう」
エリカが俺を睨む。
「それより、こんなもの隠れて読んでたなんて信じられないわ」
「私たちに不満があるんですか?」
ルナも詰め寄る。
「そ、そんなことは…」
「それなら、こんなもの必要ないはずよね?」
エリカが畳み掛ける。
「はい…」
俺は降参するしかなかった。
「ごめんなさい」
「わかればいいのよ」
エリカが俺の頬を軽く叩く。
「今度からは正直に言いなさい」
「そうです」
ルナも同意する。
「隠し事はダメです」
こうして、俺たちの秘密の本は無残にも破られてしまった。
翌朝、ガルドと透が期待を込めて俺のところにやってきた。
「どうだった?」
ガルドが興奮して尋ねる。
「内容はどうでしたか?」
透も期待している。
「実は…」
俺が事情を説明すると、二人の顔が青ざめた。
「破られた?」
「マジかよ…」
ガルドが頭を抱える。
「五十枚が無駄になったじゃないか」
「でも、仕方ないですよね」
透がため息をつく。
「バレたらこうなることは予想できました」
「お前、隠すのが下手すぎる」
ガルドが俺を責める。
「もっと注意深くやるべきだった」
「ごめん」
俺が謝ると、ガルドがさらに続ける。
「それより、俺たちにもお説教が待ってるらしいな」
「え?」
俺が驚くと、後ろからエリカの声が聞こえた。
「ガルド、トオル」
二人が振り返ると、エリカとルナが立っている。
「ちょっと話があるの」
「あ…」
ガルドと透が観念する。
「覚悟を決めるか」
「ですね」
俺は遠くから、二人がお説教される様子を眺めていた。
十分ほど経って、ようやく解放された。
ガルドはくたびれた顔をしていたが、透だけは違った。
顔を赤らめて、喜んでいるみたいだった。
でも、この表情は気のせいのように見えなくなった。
「どうだった?」
俺が尋ねると、ガルドがため息をつく。
「散々だった」
「僕も反省文を書かされました」
透が紙を見せる。
丁寧な字で「今後は健全な娯楽を心がけます」と書かれている。
「まあ、これで終わりだ」
俺が慰めると、ガルドが苦笑いする。
「次はもっと上手くやろう」
「次って…」
透が驚く。
「まだ懲りてないんですか?」
「男だからな」
ガルドが開き直る。
俺も内心では同感だった。
でも、当分は大人しくしていよう。
「しばらくは控えよう」
俺が提案すると、ガルドも頷いた。
「そうだな。熱が冷めるまで待つか」
「そうしましょう」
透も同意する。
こうして、俺たちの秘密作戦は失敗に終わった。
でも、なぜか男同士の絆は深まったような気がする。
馬鹿なことを一緒にやる仲間ができたのは、悪くない。
「また機会があったら、今度は完璧にやろう」
ガルドが小声で言うと、俺たちは顔を見合わせて笑った。
男の友情というのは、こういうものなのかもしれない。
たとえ失敗しても、一緒に馬鹿なことをした思い出は残る。
それだけでも価値があるというものだ。
俺たちの愚かな冒険は終わった。
しかし、これは終わりではなく、新しい友情の始まりでもあった。
男同士の、少し恥ずかしい絆の証として。




