第四十話「猫耳不良系家庭教師」
ミミを家族として迎え入れてから三日が経った。
ルナは魔法の才能があるかもしれないミミに、基礎的な魔法を教えようと張り切っていた。
「それでは、ミミちゃん」
ルナが宿の部屋で魔法書を開く。
「まずは簡単な光の魔法から始めましょう」
ミミは床に座り、ルナを見つめている。その瞳にはまだ警戒心があるが、以前より和らいできていた。
「『ライト』と唱えながら、手のひらに意識を集中させるんです」
ルナが実際にやって見せる。
彼女の手のひらに小さな光の玉が浮かび上がる。
「ライト」
ルナがゆっくりと発音する。
「さあ、ミミちゃんも一緒に」
ミミが口を開こうとするが、声が出ない。
一生懸命に口を動かすが、音にならない。
「あ…」
ルナが気づく。
ミミは喋れないのだ。呪文を唱えることができない。
「ごめんなさい、ミミちゃん」
ルナが慌てて謝る。
「私、忘れていました」
ミミの表情が暗くなる。自分ができないことを実感して、悲しそうな顔をする。
「大丈夫です」
ルナがミミを抱きしめる。
「魔法は後回しにしましょう」
ルナが涙ぐむ。
ミミを傷つけてしまったことに、深く後悔していた。
「まず、お話しできるようになりましょうね」
その夜、俺たちは家族会議を開いた。
「ミミの言語訓練をどうするかだが」
俺が切り出すと、エリカが提案した。
「家庭教師を雇いましょう」
「家庭教師?」
透が首を傾げる。
「そんな専門的な人がいるんですか?」
「この王都なら、きっといるはずよ」
エリカが答える。
「言語障害の専門家もいるでしょうし」
「それがいいな」
ガルドも同意する。
「俺たちじゃ限界があるだろう」
「そうですね」
ルナも頷く。
「専門知識を持った方にお願いしましょう」
翌日、俺たちは王都の職業紹介所を訪れた。
「言語訓練の専門家ですか」
職員が考え込む。
「それでしたら、フェリス・コレット先生がおすすめです」
「フェリス・コレット?」
俺が聞き返すと、職員が頷く。
「猫獣人の方で、言語教育の専門家です」
「猫獣人…」
「見た目は若いですが、実力は確かです」
職員が保証してくれる。
「特に、心に傷を負った子供たちの教育が得意なんです」
「それは心強いな」
俺が安心する。
「お会いできますか?」
「はい。今日の午後なら空いているはずです」
午後、俺たちは指定された場所でフェリス先生を待った。
やがて現れたのは、猫の耳と尻尾を持つ可愛らしい女の子だった。
年齢は十代後半くらいに見える。メイド服のような服装で、とても上品だ。
「よお、アタシがフェリス・コレットだニャン」
彼女が片手を上げて軽く挨拶する。不良っぽい口調だが、どこか憎めない雰囲気だ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
俺が挨拶すると、フェリスがミミに視線を向ける。
「この子がミミちゃんだニャンか」
「はい」
ルナがミミを紹介する。
「まだ話すことができません」
「へーっ、なるほどニャン」
フェリスが自信満々に言う。
「任せときなニャ。必ず喋れるようにしてやるニャン」
フェリスがミミの前にしゃがみ込む。
「よろしくニャ、ミミちゃん」
少し乱暴だが温かい声で話しかけると、ミミが僅かに反応する。
「おっ、この子、猫に興味があるみたいだニャ」
フェリスがにやりと笑う。
確かに、ミミは猫の耳を持つフェリスを興味深そうに見つめている。
「それじゃあ、明日から特訓開始だニャン」
フェリスが提案する。
「週に三回、一回二時間程度でどうだニャン?」
「お願いします」
俺が即答する。
「料金は?」
「一回金貨三枚だニャン」
決して安くない金額だが、ミミのためなら惜しくない。
「わかりました」
こうして、ミミの言語訓練が始まった。
◇◇◇
フェリス先生の指導は、想像以上に効果的だった。
最初の一週間で、ミミは簡単な発声ができるようになった。
「あ」
ミミが小さく声を出すと、俺たちは大喜びした。
「ミミちゃんやるニャン!」
フェリスが満足そうに言う。
「なかなかやるニャンな」
「よく頑張ったわね」
エリカが感激する。
「本当ですね」
ルナも涙ぐんでいる。
「少しずつ、でも確実に進歩しています」
「当然だニャ」
フェリスが胸を張る。
「アタシの特訓についてこれたんだから、大したもんだニャン」
二週間目に入ると、ミミは確実に進歩を見せた。
「ミミ」
自分の名前を言えるようになった。
「フェリス」
フェリス先生の名前も覚えた。
「タクヤ…にぃ」
俺のことを「タクヤにぃ」と呼ぶようになった。
「エリカ…ねぇ」
「ルナ…ねぇ」
二人の妻のことも、お姉さんと認識してくれている。
「へっ、順調だニャ」
フェリスが得意げに言う。
「アタシの教え方が上手いからニャンな」
「トオル…にぃ」
ミミが透にも話しかける。
「はい、ミミちゃん」
透が嬉しそうに答える。
「僕のことも覚えてくれたんですね」
「ガルド…にぃ」
ガルドも呼んでくれる。
「よぉ、ミミ」
ガルドが頭を撫でる。
「いい子だな」
そして半月が経った頃、ミミはついに二語文を話せるようになった。
「タクヤにぃ、おはよう」
朝起きた時、ミミが俺に挨拶してくれた。
「おはよう、ミミ」
俺が返すと、ミミが嬉しそうに笑う。
以前の暗い表情が嘘のように、明るくなっていた。
「エリカねぇ、ありがとう」
食事の後、エリカにお礼を言う。
「どういたしまして、ミミちゃん」
エリカが頬を撫でる。
「ルナねぇ、だいすき」
ルナに愛情を表現することもできるようになった。
「私も大好きよ、ミミちゃん」
ルナが抱きしめる。
「フェリス先生のおかげね」
「当たり前だニャ」
フェリスが威張る。
「アタシの特訓は伊達じゃないニャン」
でも、その表情は満足そうだった。
「ミミちゃんは本当に頑張り屋さんだニャン」
フェリスがミミを褒める。
「もう少し練習すれば、普通に喋れるようになるニャン」
「魔法はどうでしょうか?」
ルナが尋ねる。
「言葉が話せるようになれば、呪文も唱えられます」
「そりゃあ時間はかかるだろうニャ」
フェリスが答える。
「でも、ミミちゃんには魔法の才能があるみたいだニャン」
「本当ですか?」
俺が驚く。
「ああ、間違いないニャン」
フェリスが頷く。
「時々、無意識に小さな魔法を使ってるニャン」
確かに、ミミの周りでは時々不思議なことが起きていた。
枯れた花が元気になったり、小鳥が寄ってきたりしていた。
「きっと使えるようになります」
ルナが希望を込めて言う。
「私が責任を持って教えます」
「焦らず、ゆっくりとね」
俺がルナに釘を差す。
「ミミのペースに合わせて」
「わかっています」
ルナが微笑む。
「今度は失敗しません」
◇◇◇
ミミの言語訓練が軌道に乗った頃、グロムから手紙が届いた。
「故郷の復興が完全に終わったので、パーティーに戻りたい」という内容だった。
「やったじゃないか」
ガルドが喜ぶ。
「グロムが帰ってくるぞ」
「寂しかったですからね」
透も嬉しそうだ。
「早く再会したいです」
三日後、グロムが王都に戻ってきた。
「みんな、ただいま!」
グロムが宿のロビーに現れると、俺たちは大歓迎した。
「おかえり、グロム!」
「待ってたよ」
「お疲れ様でした」
グロムは少し痩せていたが、表情は充実していた。
「故郷の復興、本当にお疲れ様でした」
俺がグロムの手を握る。
「どうだった?」
「完璧だ」
グロムが満足そうに答える。
「村人たちも皆幸せそうだ」
「それは良かった」
エリカが微笑む。
「グロムの夢が叶ったのね」
「ああ」
グロムが頷く。
「でも、俺の居場所はここだ」
グロムが俺たちを見回す。
「お前たちと一緒にいる時が一番楽しい」
「俺たちもだ」
ガルドがグロムの肩を叩く。
「パーティーが揃って良かった」
その時、ミミがグロムに近づいた。
「グロム…にぃ、おかえり」
ミミが小さな声で言うと、グロムが驚く。
「おお、喋れるようになったのか!」
グロムが感激する。
「すごいじゃないか、ミミ!」
「ミミ、がんばった」
ミミが誇らしげに答える。
「本当によく頑張ったな」
グロムがミミを抱き上げる。
「立派になったじゃないか」
「グロムにぃ、だいすき」
ミミがグロムに甘える。
「俺も大好きだぞ、ミミ」
グロムが涙ぐむ。
「こんなに可愛い妹ができて、幸せだ」
俺は提案した。
「今夜はパーティーをしよう」
「パーティー?」
ルナが首を傾げる。
「トオルの仲間入りと、グロムの復帰を祝ってな」
俺が説明すると、みんなが賛成してくれた。
「いいじゃないか」
ガルドが乗り気になる。
「久しぶりに盛大にやろうぜ」
「賛成です」
透も嬉しそうだ。
「僕の歓迎パーティーなんて、初めてです」
「準備しましょう」
エリカが張り切る。
「豪華な料理を作りましょう」
「私も手伝います」
ルナも同意する。
「みんなで協力して、素晴らしいパーティーにしましょう」
夕方から、俺たちは宿の大広間でパーティーの準備を始めた。
料理、飾り付け、音楽…すべてを手分けして用意する。
「ミミも手伝うよ」
ミミが小さな手で皿を運ぼうとする。
「危ないから、無理しなくていいよ」
俺がミミを止めると、彼女が不満そうな顔をする。
「ミミも、やる」
「わかった、わかった」
俺が苦笑いする。
「じゃあ、一緒に飾り付けしよう」
「うん!」
ミミが嬉しそうに頷く。
俺とミミは一緒に、広間に色とりどりの飾りをつけていく。
「タクヤにぃ、これ、どう?」
ミミが花の飾りを持って俺に見せる。
「とても綺麗だ」
俺がミミを褒めると、彼女が照れる。
「ミミ、うれしい」
料理の準備では、エリカとルナが腕を振るう。
「今日は特別料理よ」
エリカが張り切って肉料理を作る。
「私は魔法を使って、特製のスープを作ります」
ルナも負けていない。
「うまそうな匂いだな」
グロムが厨房を覗く。
「久しぶりのみんなの手料理だ」
「楽しみですね」
透も期待している。
「こんなに豪華な食事は久しぶりです」
ガルドは音楽の準備をしている。
「昔、船で使ってた楽器があるんだ」
小さなアコーディオンを取り出す。
「これで音楽を演奏してやるよ」
すべての準備が整った頃、日が暮れた。
広間には暖かい光が灯り、豪華な料理が並んでいる。
「それでは」
俺がグラスを掲げる。
「トオルの仲間入りと、グロムの復帰を祝して!」
「乾杯!」
みんなが声を合わせる。
ミミも小さなグラス(中身は果汁)を持って、一緒に「かんぱい!」と言う。
パーティーは大盛り上がりだった。
美味しい料理を食べながら、みんなでこれまでの冒険を語り合う。
「トオルが星降祭で力をもらった話は面白かったな」
グロムが透に話しかける。
「あれは本当に不思議な体験でした」
透が答える。
「魔道具作成の知識が一気に増えて」
「今度、見せてくれよ」
ガルドがリクエストする。
「どんなものが作れるか興味がある」
「もちろんです」
透が嬉しそうに答える。
ミミは初めてのパーティーに大興奮だった。
「おいしい!」
料理を食べて感激する。
「たのしい!」
音楽に合わせて手を叩く。
「みんな、だいすき!」
家族への愛情を表現する。
「俺たちもミミが大好きだ」
俺がミミを抱きしめる。
「本当の家族だからな」
「家族…」
ミミが新しく覚えた言葉を大切に呟く。
パーティーは深夜まで続いた。
最後にグロムが立ち上がって挨拶した。
「みんな、ありがとう」
グロムが感謝を込めて言う。
「故郷の復興は大切だったが、お前たちと過ごす時間の方がもっと大切だ」
グロムが俺たちを見回す。
「これからも、よろしく頼む」
「こちらこそ」
俺が答える。
「みんなで支え合っていこう」
「そうですね」
透も頷く。
「僕も、この家族の一員として頑張ります」
「俺たちはみんな家族だ」
ガルドが断言する。
「困った時は助け合う」
「当然です」
エリカとルナも同意する。
「私たちは一つの家族なのですから」
ミミが眠そうな目を擦りながら呟く。
「みんな、家族…」
彼女の言葉に、俺たちは心が温かくなった。
こうして、俺たちの家族に新しい仲間が正式に加わった夜が更けていった。
透、ミミ、そして帰ってきたグロム。
俺たちの絆はさらに深くなった。
これからどんな冒険が待っていても、みんなで力を合わせて乗り越えていける。
そんな確信を持てた、素晴らしい夜だった。




