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第三十五話「エセ占い師を信じてはいけない」


 ヴェリアント王国に戻って三日後、グロムが俺に重要な話があると言ってきた。


「タクヤ、少し話がある」


 工房でいつものように剣の手入れをしていた俺は、グロムの真剣な表情を見て手を止めた。


「どうしたんだ?」

「故郷のことで決断した」


 グロムが深いため息をつく。


「あそこを本格的に復興したい」

「復興って…でも、あの状態じゃ」

「ああ、簡単じゃない。でも、やらなければならない」


 グロムが拳を握る。


「元住民たちがどこに移住したのか調べて、もう一度みんなを集めたいんだ」


 俺はグロムの決意を感じ取った。


「それで、パーティを離脱するのか?」

「しばらくの間だけだ」


 グロムが申し訳なさそうに俺を見る。


「すまない。勝手なことを言って」

「いや、グロムの気持ちはわかるよ」


 俺が頷く。


「故郷のことは、そう簡単に諦められるもんじゃない」

「ありがとう」


 グロムがほっとした表情を見せる。


「必ず戻ってくる」

「ああ、俺たちも待ってる」


 こうして、グロムは一人で故郷復興の旅に出ることになった。

 翌朝、宿の前でグロムを見送った。


「体に気をつけろよ」

「ああ。お前たちも無茶をするな」


 グロムが右手…いや、残った左手を俺に差し出す。


「必ず戻ってくる。それまで、パーティを頼む」

「任せろ」


 俺はグロムの手を握り返した。

 エリカとルナも心配そうにグロムを見送る。


「グロムさん、お元気で」

「無理しないでくださいね」

「ありがとう、二人とも」


 グロムは馬車に乗り込み、手を振りながら去っていった。

 しばらくしてから、俺は二人に向き直る。


「俺も少し一人で旅に出ようと思う」

「えっ?」


 エリカが驚く。


「タクヤも離脱するの?」

「どうしてですか?」


 ルナも心配そうだ。


「実は、調べたいことがあるんだ」


 俺はポケットからガラス瓶を取り出す。


「これのことだ」

「そのガラス瓶がどうかしたの?」

「この世界では必要ないはずなんだ」


 俺が説明すると、二人とも納得したような表情を見せる。


「確かに、見たことないものですね」

「もしかして、タクヤと同じ世界から来た人がいるってこと?」


 エリカが察する。


「その可能性が高い」


 俺が頷く。


「でも、その人が俺や雪菜みたいに危険人物かもしれない」

「それは…確かに心配ね」

「だから、先に調べておきたいんだ」


 俺の説明を聞いて、二人は納得してくれた。


「わかりました。でも、危険だったらすぐに戻ってきてくださいね」

「ああ、約束する」

「私たちはここで情報収集するわ」


 エリカが決意を込めて言う。


「何か分かったら、伝達魔法で連絡しますね」

「頼む」




◇◇◇




 翌日、俺は一人で旅に出た。

 まずは、グロムの故郷周辺から調査を開始する。

 あのガラス瓶が見つかった場所の近くに、何か手がかりがあるかもしれない。


 だが、二日間調べ回っても、有力な情報は見つからなかった。


「やっぱり簡単じゃないな」


 俺は少し離れた町、クロードタウンに向かった。

 クロードタウンは中規模の商業都市で、多くの冒険者や商人が行き交う場所だ。


 もし転移者がいるなら、こういう情報の集まる場所に現れる可能性が高い。

 まずはギルドに向かい、受付嬢に尋ねてみた。


「すみません、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」

「はい、何でしょうか?」


 ブロンドの髪をした若い受付嬢が笑顔で応じてくれる。


「丸みを帯びた胴体と細い首の容器、ガラスでできた瓶を持った人を見かけませんでしたか?」

「丸みを帯びた胴体と細い首の容器…?」


 受付嬢が首をかしげる。


「ガラス、ですか?」

「ええ、こんな感じの」


 俺は例の瓶を取り出して見せる。


「あっ!」


 受付嬢が驚いたような声を上げる。


「それと同じような物を持った人を見ました!」

「本当ですか?」


 俺の心臓がドキドキと鳴る。


「はい。青年の方でした」


 受付嬢が記憶を辿る。


「確か二日前に、ここに立ち寄られました」

「二日前…」

「はい。とても珍しい瓶でしたので、印象に残っています」


 俺はさらに詳しく尋ねた。


「どんな人でしたか?」

「二十歳くらいの青年で、黒い髪でした」


 黒い髪…俺と同じ日本人の特徴だ。


「背は高く、とても真面目そうな方でした」

「まだこの街にいるでしょうか?」

「それが…もうお帰りになったと思います」


 受付嬢が申し訳なさそうに言う。


「依頼を一つ完了されて、すぐに次の町に向かわれたので」

「次の町?」

「はい、東の方向に」


 俺は地図を確認する。

 東に行けば、隣国の王都フェリシアがある。


「ありがとうございます。とても助かりました」

「お役に立てて良かったです」


 俺はギルドを出ると、街中を歩き回った。

 もしかしたら、まだこの街にいるかもしれない。

 そんな淡い期待を抱いて、宿屋や酒場、商店街を回った。

 だが、それらしい人物は見つからない。


「やっぱり、もういないのか」


 夕方になって、俺は諦めることにした。

 明日、東の王都フェリシアに向かおう。

 そう決めて宿屋に向かおうとした時だった。


「ちょっと、あんた」


 突然、変な声をかけられた。

 振り返ると、奇妙な格好をしたおばさんが立っている。


 頭に色とりどりの布を巻き、全身を怪しげな装飾品で飾っている。

 典型的な占い師の格好だった。


「何ですか?」


 俺が警戒しながら尋ねる。


「あんた、何か探してるでしょう?」


 おばさんが不気味な笑みを浮かべる。


「私にはわかるのよ。あんたの心の中が」

「別に何も…」

「嘘おっしゃい」


 おばさんが俺の前に立ちふさがる。


「あんたは大切な何かを探してる。そうでしょう?」


 確かに、転移者を探している。

 だが、この怪しい占い師に話すわけにはいかない。


「失礼します」


 俺が立ち去ろうとすると、おばさんが腕を掴んだ。


「待ちなさい! あんたには天啓を授けてあげる」

「天啓?」

「そうよ。でも、タダじゃない」


 おばさんが金に汚そうな笑みを浮かべる。


「あんたの持ってる金、全部よこしなさい」

「全部?」


 俺が驚く。


「そんなの詐欺じゃないですか」

「詐欺じゃないわよ! 本物の天啓よ!」


 おばさんが熱弁する。


「あんたが探してるもの、きっと見つけてあげる」

「本当ですか?」

「嘘だと思うなら、やめときなさい」


 おばさんがそっぽを向く。


「でも、後悔しても知らないからね」


 俺は悩んだ。

 確かに怪しい。詐欺の可能性も高い。

 だが、もし本当に転移者の手がかりが得られるなら…


 俺の所持金は、それほど多くない。

 ギルドで貯めた報酬の一部だけを持ってきているからだ。

 全部失っても、何とかなるだろう。


「わかりました」


 俺が決断する。


「でも、嘘だったら許しませんよ」

「もちろんよ!」


 おばさんが急に元気になる。


「さあ、お金を出しなさい」


 俺は財布から金貨を全て取り出した。

 金貨十八枚と銀貨三十二枚。

 決して少なくない金額だ。


「はいはい、確かに」


 おばさんが素早く金を数える。


「よし、それじゃあ天啓を授けてあげる」


 おばさんが俺の手を掴み、目を閉じる。


「見える…見えるわ…」


 大げさな演技をしている。

 やっぱり詐欺かもしれない。

 そう思いかけた時、おばさんの表情が急に変わった。


「あっ…これは…」


 今度は演技ではなく、本当に驚いているようだ。


「どうしたんですか?」

「あんた…とんでもない人ね」


 おばさんが俺を見つめる。


「二つの世界を繋ぐ者…」

「二つの世界?」

「そうよ。あんたは別の世界から来たのね」


 俺はぎくりとした。


 まさか、本当に見えているのか?


「それで、天啓というのは?」

「ああ、そうそう」


 おばさんが我に返る。


「あんたが探してるもの、見つける方法を教えてあげる」

「どうすればいいんですか?」

「二日後、隣国フェリシアの王都でお祭りがあるのよ」


 おばさんが真剣な表情で言う。


「そこに行きなさい」

「お祭りに?」


「そうよ。『星降祭(アストラルナイト)』って呼ばれてる」


 俺は首をかしげる。


「それが転移者探しと何の関係が?」

「そこで、すごい力を手に入れられるわ」


 おばさんが謎めいた笑みを浮かべる。


「その力があれば、あんたが探してる人も簡単に見つけられるはず」

「すごい力?」

「詳しくは言えないけど、とにかく行きなさい」


 おばさんが俺の肩を叩く。


「きっと後悔しないから」

「でも、本当に大丈夫なんですか?」

「信じるか信じないかは、あんた次第よ」


 おばさんがそう言うと、急に周りが暗くなった。

 気づくと、おばさんの姿が消えている。


「えっ?」


 俺は辺りを見回すが、もうどこにもいない。

 まるで幻だったかのように、跡形もなく消えていた。


「何だったんだ、あれは…」


 俺は呆然と立ち尽くした。

 だが、財布の中身が空になっているのは確かだ。


「参ったな…」


 俺は頭を掻く。

 結局、金を取られただけかもしれない。

 だが、なぜか嘘をついているようには見えなかった。

 特に、俺が別の世界から来たことを看破したのは驚きだ。


「星降祭…か」


 とりあえず、フェリシア王都には行くつもりだった。

 転移者の手がかりもそこにあるはずだ。

 なら、ついでにその祭りも覗いてみるか。


「でも、その前に金がない」


 俺は困った。

 宿代も食事代もない。


 ギルドに戻り、緊急の依頼でも受けるしかないだろう。

 だが、夜も遅い。ギルドはもう閉まっている。


「今夜はどうするか…」


 俺は途方に暮れた。

 野宿するしかないのか?

 そんなことを考えながら、とりあえずギルドに向かった。


 すると、夜警の騎士が巡回していた。


「こんな時間にどうしたんだ?」

「あ、すみません」


 俺が事情を説明すると、騎士が苦笑いした。


「占い師に騙されたのか?」

「多分…」

「よくあることだ。気にするな」


 騎士が同情してくれる。


「ギルドの休憩室なら、一晩くらい使わせてもらえるだろう」

「そんなことできるんですか?」

「冒険者なら普通のことだ」


 騎士がギルドの裏口を開けてくれる。


「受付嬢に事情を話しておこう」

「ありがとうございます」


 こうして、俺はギルドの休憩室で一夜を明かすことになった。

 硬い机を枕に、椅子を二つ並べて簡易ベッドを作る。


「情けないな…」


 俺は苦笑いした。

 勇者とか英雄とか呼ばれているのに、一文無しでギルドの机で寝るなんて。

 だが、これも冒険の一部だろう。


 翌朝、受付嬢が心配して声をかけてくれた。


「大丈夫でしたか?」

「はい、ありがとうございます」

「朝食、差し入れしますね」


 受付嬢がパンと温かいスープを持ってきてくれる。


「すみません、お世話になって」

「いえいえ、困った時はお互い様です」


 俺は感謝して食事をいただいた。


「それで、今日はどうされるんですか?」

「緊急の依頼があれば受けたいのですが」

「ちょうど良いのがありますよ」


 受付嬢が依頼書を取り出す。


「街の近くに現れた盗賊討伐です。報酬は金貨五枚」

「それでお願いします」


 俺は早速準備を整えた。


 瞬刃ブリンクだけは手放さずに持っているので、戦闘に問題はない。

 盗賊は三人組で、それほど強くなかった。

 瞬間移動を使って背後に回り込み、あっという間に制圧した。


「さすがですね!」


 依頼人の商人が感激してくれる。


「これで安心して商売ができます」


 報酬の金貨五枚を受け取り、俺は次の依頼も探した。


 午後にはもう一つ、魔物討伐の依頼を完了し、さらに金貨三枚を稼いだ。


「これで当面は大丈夫だな」


 合計金貨八枚。

 食事と宿代、そして移動費を考えれば十分だ。

 翌日、俺はフェリシア王都に向かった。


 道中、星降祭のことを考える。

 あの占い師は本物だったのだろうか?

 それとも、ただの詐欺師だったのか?


 だが、俺が別世界の人間だと見抜いたのは事実だ。

 もしかしたら、本当に何かの力を持っているのかもしれない。


「まあ、行ってみればわかるか」


 俺は前向きに考えることにした。

 転移者を探すのが第一目的だが、ついでに祭りも楽しもう。

 そう思いながら、俺はフェリシア王都への道を急いだ。


 エリカとルナには、伝達魔法で近況を報告しておく必要がある。

 特に、転移者らしき人物の手がかりを得たことは重要だ。


「二人も心配してるだろうな」


 俺は少し申し訳ない気持ちになった。

 だが、この調査は必要なことだ。


 もし危険な転移者がいるなら、早めに対処しなければならない。

 雪菜のような存在が他にもいたら、大変なことになる。

 俺は決意を新たに、フェリシア王都を目指した。


 星降祭まで、あと一日。

 果たして、そこで何が待っているのだろうか。

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