第三十四話「グロムの故郷復興」
セリア大陸に戻った俺とルナを、ガルドが複雑な表情で迎えた。
「おかえり、二人とも」
「ただいま、ガルド」
俺が挨拶すると、ガルドがどこか寂しそうな顔をする。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「実は…ルビーが帰っちゃったんだ」
「ルビーが?」
俺が驚くと、ガルドが頷く。
「三日前に突然、『もうしばらく血は必要ないわ』って言って、どこかに行っちゃった」
ルビーがいなくなった…
確かに、彼女は最初から俺の血が目当てだと言っていた。もう満足したということなのだろうか。
「置き手紙はあったのか?」
「ああ」
ガルドが紙切れを差し出す。
『タクヤへ
しばらく血は足りてるから、旅に出るわ
また血が恋しくなったら戻ってくる
それまでお元気で
ルビー』
いかにもルビーらしい、そっけない手紙だった。
「寂しくなるな…」
俺が呟くと、ルナが俺の手を握る。
「きっとまた戻ってきますよ」
「そうだな」
ルビーは自由な性格だ。束縛を嫌い、自分のペースで生きている。
それに、彼女は恋愛感情がないと明言していたから、いつかはこうなると予想していた。
「また血が飲みたくなったら、きっと帰ってくるだろう」
「そうですね」
ルナが同意する。
その時、エリカがロビーに降りてきた。
「あ、おかえりなさい二人とも」
エリカが明るく挨拶してくれる。
以前の廃人状態からは完全に回復し、元の元気なエリカに戻っていた。
「ただいま、エリカ」
「ヴェリア大陸はどうだった?」
「色々とあったけど、無事に両親に挨拶できたよ」
俺が簡単に報告すると、エリカが嬉しそうに頷いた。
「そう、良かったわね」
エリカとルナの関係も、以前より良好になっている。
俺と結婚してから、二人の間にあった緊張が和らいだようだ。
「それより、グロムはどこにいるんだ?」
「ああ、それなら工房にいるよ」
ガルドが答える。
「でも、最近ちょっと様子がおかしいんだ」
「おかしい?」
「何か重要な話があるから、タクヤが帰ってきたら必ず呼んでくれって言ってた」
重要な話…何だろう。
「わかった、すぐに行ってみる」
俺は工房に向かった。
ドアをノックすると、グロムの声が聞こえる。
「タクヤか? 入れ」
工房に入ると、グロムが大きな地図を広げて見つめていた。
「おかえり。ヴェリア大陸はどうだった?」
「色々とあったけど、無事だったよ」
俺が答えると、グロムが頷く。
「そうか。それより、お前に相談がある」
「相談?」
「ああ」
グロムが地図を指差す。
「俺の故郷を取り戻す作戦を開始したい」
グロムの故郷…確か、隣国に奪われたドワーフの村だったはずだ。
でも、先遣隊として俺は隣国エルヴァン王国に派遣された時にはもう滅んでいたはずだ。
「もうエルヴァン王国は滅んでいたはずだ」
俺は疑問をグロムにぶつける。
「なんだそれ? そんな国知らない」
「…ん?」
俺は訳がわからなかった。
つまり、別の隣国という訳なのだろうか。
一応、説明を聞こう。
「どういう作戦だ?」
「アレンに協力を依頼した」
グロムが説明する。
「王国騎士団として正式に隣国と交渉し、平和的に領土を返還してもらう」
「平和的に?」
「ああ。戦争はしたくない」
グロムの表情が真剣だ。
「俺の故郷の人々を危険にさらしたくないからな」
「でも、隣国が素直に応じるだろうか?」
「それは分からん。だからこそ、お前の力が必要なんだ」
グロムが俺を見つめる。
「お前は魔王軍幹部を複数倒した英雄だ。その名声があれば、交渉も有利に進むはずだ」
確かに、俺の実績は王国内では有名になっている。
「わかった。協力しよう」
「ありがとう」
グロムが安堵の表情を見せる。
「それで、いつ出発するんだ?」
「三日後だ。アレンが準備を整えてくれる」
◇◇◇
三日後、俺、グロム、アレン、そして少数の騎士団メンバーは隣国エルドラン公国に向かった。
エリカとルナも一緒に来たがったが、今回は外交交渉が主目的なので、戦力よりも政治的な配慮が必要だった。
「グロムの故郷はどんなところなんだ?」
馬上で俺がアレンに尋ねる。
「『鉄鉱の谷』と呼ばれる場所だな」
アレンが答える。
「良質な鉄鉱石が採れることで有名だった」
「それで隣国が狙ったのか」
「その通り。二十年前の戦争で奪われた」
馬車で一日半ほど移動し、ついにエルドラン公国の国境が見えてきた。
「あそこがグロムの故郷か」
谷間に小さな集落が見える。
だが、その光景は想像していたものとは全く違った。
「これは…」
グロムが愕然とする。
村は完全に廃墟と化していた。
家々は崩れ落ち、草木が生い茂っている。人の気配は全くない。
「住民はどこに行ったんだ?」
アレンが呟く。
「もぬけの殻じゃないか」
俺たちは馬から降り、村の中を調査した。
「これは…二、三年前に放棄されたような状態に見える」
アレンが建物を調べながら言う。
「住民は別の場所に移住させられたのかもしれない」
グロムが無言で自分の生家を見つめている。
その表情は、言葉では表現できないほど複雑だった。
「グロム…」
俺が声をかけると、グロムが振り返る。
「大丈夫だ」
だが、その目には涙が浮かんでいる。
「覚悟はしていた」
俺たちは村の奥まで調査を続けた。
すると、グロムの家の台所で奇妙なものを発見した。
「これは…」
俺が拾い上げたのは、透明なガラスの瓶だった。
現代のフラスコと同じような、非常に精巧な作りをしている。
「珍しい瓶な」
アレンが興味深そうに見る。
「どこで作られたものだろう?」
だが、俺は背筋が凍るような感覚を覚えていた。
この世界には科学技術がない。このフラスコを使う機会なんて、当然存在しない。
それなのに、こんな精巧なガラス瓶があるということは…
「まさか…」
俺の頭に恐ろしい考えが浮かんだ。
もしかして、俺と雪菜以外にも、この世界に転移してきた人間がいるのか?
「タクヤ、どうした?」
グロムが心配そうに尋ねる。
「いや…何でもない」
俺は瓶をポケットにしまう。
この件は、後でじっくり考える必要がある。
「それより、復興作業を始めよう」
「復興?」
アレンが驚く。
「でも、ここは他国の領土じゃないか」
「それでも、ここは俺の故郷だ」
グロムが決意を込めて言う。
「せめて、先祖たちが眠る墓地だけでも整備したい」
「わかった」
俺が同意する。
「手伝うよ」
「私たちも協力します」
アレンも騎士団の仲間たちも、グロムの気持ちを理解してくれた。
俺たちは数日かけて、村の清掃と墓地の整備を行った。
作業中、グロムは故郷の思い出を語ってくれた。
「この辺りで、よく子供たちと遊んだものだ」
「あそこの川で、初めて魚を釣った」
「この家には、親切なおばあさんが住んでいた」
一つ一つの場所に、グロムの大切な記憶が刻まれている。
作業を終えた夜、グロムが俺に言った。
「ありがとう、タクヤ」
「いや、俺は何も…」
「いや、お前がいてくれたから、ここに来る勇気が出た」
グロムが夜空を見上げる。
「故郷は変わり果ててしまったが、それでも帰ってきて良かった」
「そうか」
「ああ。これで区切りがついた」
グロムが俺を見る。
「これからは前を向いて生きていこう」
その言葉に、俺は安堵した。
グロムにとって、この旅は過去との決別の意味もあったのだろう。
「そうだな。みんなで新しい未来を作ろう」
「ああ」
俺たちはヴェリアント王国に戻った。
グロムの故郷復興という目標は、形を変えて達成された。
物理的な復興はできなかったが、グロムの心の中での整理はついたようだ。
そして俺は、ポケットの中のガラス瓶のことを考えていた。
この世界に、俺と雪菜以外の転移者がいる可能性。
それは新たな問題を引き起こすかもしれない。
だが、今はまだその正体はわからない。
注意深く情報を集めながら、その時に備えるしかないだろう。
王都に戻ると、エリカとルナが心配そうに俺たちを迎えてくれた。
「お疲れ様でした」
「どうでしたか?」
俺はグロムの故郷の状況を報告した。
二人とも、グロムに同情してくれる。
「大変でしたね…」
「でも、グロムさんが前向きになれて良かったです」
その夜、俺は一人でガラス瓶を詳しく調べた。
やはり、現代の技術で作られたものに間違いない。
底には、小さく「Made in Japan」という文字まで刻まれている。
「やはり…日本から来た転移者がいる」
俺は確信した。
だが、その人物が敵なのか味方なのかはわからない。
雪菜のような危険人物である可能性もある。
俺は警戒を怠らないことにした。
そして、仲間たちにも、いずれは話さなければならないだろう。
新たな謎と脅威。
俺たちの冒険は、まだまだ続きそうだった。




