第三十一話「これ以上ない幸せ」
結婚式の当日、俺は王都の小さな教会で準備を整えていた。
急な結婚だったが、グロムとガルド、そしてルビーが協力してくれて、ささやかながら美しい式を準備することができた。
「緊張してるか?」
ガルドが俺の肩を叩く。
「まあ、少し」
俺は正直に答える。
確かに緊張していたが、それは結婚への不安ではなく、むしろ期待のようなものだった。
「ルナのやつ、朝から張り切ってるぞ」
グロムが苦笑いしながら言う。
「女の子にとって結婚式は特別だからな」
教会の扉が開き、ルナが現れた瞬間、俺の息が止まった。
純白のウェディングドレスに身を包んだルナは、まるで天使のように美しかった。
普段の魔法使い服とは全く違う、優雅で上品な姿。見た目は十歳の少女だが、そのドレス姿は年齢を超越した神聖な美しさを放っていた。
「きれい…」
俺が思わず呟くと、ルナが恥ずかしそうに微笑む。
「ありがとうございます、タクヤさん」
ルナがゆっくりと俺の前まで歩いてくる。
その一歩一歩が、まるでスローモーションのように見えた。
「それでは、始めさせていただきます」
老神父が厳かに宣言する。
俺とルナは祭壇の前に並んで立った。
「タクヤ・キリタニ、ルナ・ムーンライトを妻として、病める時も健やかなる時も、貧しき時も豊かなる時も、愛し続けることを誓いますか?」
神父の問いに、俺は一瞬躊躇した。
この結婚は、エリカを救うための手段として始まったものだった。
だが、ドレス姿のルナを見つめていると、心の底から湧き上がる感情があった。
「誓います」
俺は心を込めて答えた。
「ルナを愛します」
その言葉を聞いた瞬間、ルナの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「タクヤさん…」
「ルナ・ムーンライト、タクヤ・キリタニを夫として、病める時も健やかなる時も、貧しき時も豊かなる時も、愛し続けることを誓いますか?」
「誓います」
ルナが震え声で答える。
「私は…私はタクヤさんを心から愛しています」
そして、ルナが続けた。
「私はエルフの血を引いているので、タクヤさんよりもずっと長生きします」
ルナの声が涙で震える。
「でも、タクヤさんの見た目がどんなに変化しても、年老いて白髪になっても、ずっとずっと愛し続けます」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが変わった。
この結婚は、もはやエリカを助けるためだけのものではない。
俺は本当にルナを愛している。
彼女の純粋な想い、献身的な愛情、そして今この瞬間の美しい誓いの言葉。
全てが俺の心を打った。
「ルナ…」
俺もルナの手を握り返す。
「俺も君をずっと愛し続ける。約束する」
神父が微笑む。
「それでは、指輪の交換を」
グロムが手作りしてくれた指輪を、俺たちは互いの指にはめ合った。
「タクヤ・キリタニ、ルナ・ムーンライト、二人の愛を神に誓い、ここに夫婦として結ばれることを宣言いたします」
教会に拍手が響く。
「新郎は新婦にキスを」
神父が促すと、俺は恥ずかしながらルナの頬に軽くキスをした。
「タクヤさん…愛しています」
ルナが幸せそうに呟く。
「俺も愛している、ルナ」
俺が答えると、ルナがさらに涙を流した。
でも、それは悲しみの涙ではない。純粋な喜びの涙だった。
「おめでとう、二人とも」
グロムが祝福してくれる。
「美しい式だったぜ」
ガルドも感動している。
「まあ、悪くない結婚式ね」
ルビーもいつになく優しい表情を見せる。
「ルナちゃん、本当に綺麗だったわ」
こうして、俺とルナは正式に夫婦になった。
始まりは複雑だったが、この瞬間、俺は心から幸せだった。
◇◇◇
結婚式から三日後、俺とルナは嘆きの森に向かった。
エリカを救うための薬を作りに行くのだ。
「準備はいいですか?」
ルナが俺に確認する。
彼女は結婚してから、より積極的になった気がする。
「ああ、大丈夫だ」
俺は瞬刃を確認する。
「君は?」
「魔法の準備は完璧です」
ルナが杖を握る。
「『癒しの泉』は森の最深部にあります。道のりは険しいですが、必ず辿り着いてみせます」
嘆きの森は、その名の通り不気味な雰囲気に包まれていた。
木々は黒ずんでおり、鳥のさえずりも聞こえない。
「静かすぎる…」
俺が呟くと、ルナが頷く。
「この森では、多くの人が絶望して命を落としたと言われています」
「絶望?」
「ええ。この森には特殊な魔力が漂っていて、人の心の暗い部分を増幅させるんです」
なるほど、それで嘆きの森と呼ばれているのか。
「大丈夫なのか?」
「私たちなら大丈夫です」
ルナが俺の手を握る。
「愛し合う二人なら、絶望に負けることはありません」
森の奥へ進むにつれて、確かに心が重くなってくる。
様々な不安や後悔が頭をよぎる。
エリカのこと、雪菜のこと、カインの死…
「タクヤさん」
ルナが俺の名前を呼ぶ。
「大丈夫ですか?」
「ああ…君がいてくれるから」
ルナの手の温かさが、俺を現実に引き戻してくれる。
途中、魔物に襲われることもあったが、俺の瞬間移動とルナの魔法で乗り切った。
「あ、見えました」
ルナが指差す先に、青白い光を放つ小さな泉が見えた。
「あれが癒しの泉?」
「はい。伝説通りの美しさですね」
泉に近づくと、確かに神聖な雰囲気が漂っている。
水は透明で、底まで見えるほど澄んでいた。
「それで、どうやって薬を作るんだ?」
「特別な魔法の儀式が必要です」
ルナが魔法書を取り出す。
「『心の癒しの秘薬』の調合法…」
ルナが呪文を唱え始めると、泉の水が光り始める。
「『光よ、闇を払い、絶望を希望に変えたまえ』」
泉から小さな光の玉が浮かび上がり、ルナの手のひらに収まった。
「これが…」
「はい。心の傷を癒す薬です」
ルナが大切そうに光の玉を小瓶に移す。
「これでエリカさんを救うことができます」
俺たちは急いで王都に戻った。
エリカの部屋で、俺は彼女に薬を飲ませた。
「エリカ、これを飲んで」
最初は反応しなかったエリカだったが、薬の香りを嗅ぐと、ゆっくりと口を開けてくれた。
薬を飲み終えると、エリカの顔に少しずつ色が戻ってきた。
「タクヤ…?」
エリカが俺の名前を呼ぶ。
その声には、久しぶりに感情がこもっていた。
「ああ、エリカ。俺だ」
「本当に…帰ってきたのね」
エリカが涙を流し始める。
「ごめん…ごめんなさい…」
「謝る必要はない。辛い思いをさせて、ごめん」
俺がエリカを抱きしめると、彼女がわんわんと泣き始めた。
「怖かった…一人ぼっちで…」
「もう大丈夫だ。俺はもう逃げない」
その時、ルナが部屋に入ってきた。
「エリカさん、気分はいかがですか?」
「ルナちゃん…ありがとう」
エリカがルナに感謝を込めて言う。
「あなたがいてくれたから…」
「いえ、私は…」
ルナが複雑な表情を見せる。
その時、エリカが俺とルナの手にある結婚指輪に気づいた。
「その指輪…まさか」
「エリカ…」
俺は覚悟を決めて説明した。
ルナとの結婚のこと、薬を手に入れるための条件だったこと、でも今は本当にルナを愛していること。
全てを正直に話した。
「そう…」
エリカが静かに答える。
「ルナちゃんと結婚したのね」
「エリカ、俺は…」
「いいのよ」
エリカが微笑む。
まだ少し弱々しいが、確かに以前の彼女の笑顔だった。
「ルナちゃんが幸せなら、私も嬉しいわ」
「エリカさん…」
ルナが驚く。
「でも、一つだけお願いがあるの」
エリカが俺を見つめる。
「私のことも、忘れないでいて」
「当然だ」
俺がはっきりと答えると、エリカが安心したような表情を見せた。
「ありがとう」
こうして、エリカは元の彼女に戻った。
俺とルナの結婚も、みんなに受け入れられた。
複雑な恋愛関係だが、今はこれが最良の形なのかもしれない。
「これからも、みんなで一緒にいような」
俺が言うと、エリカとルナが頷いた。
「はい」
俺たちの新しい生活が始まった。




