第二十六話「吸血鬼との出会い」
物語の土地関係を描写しました。
航海時間に関しては、大航海時代の船の速さ(時速約4.7キロメートル)を参考にしました。これから大陸間の移動の際は、これを用いていきたいと思います。
宿で一夜を過ごした俺は、翌朝から本格的な情報収集を開始した。
元いた大陸に帰る方法を見つけなければならない。
街の市場を歩き回り、様々な商人に話を聞いて回った。だが、大陸間の移動について詳しい情報を得ることはできなかった。
「大陸間の移動? そんなの魔法使いか金持ちしかできないよ」
「船で行くにしても、相当な金がかかる」
「それに危険だ。海には魔物がうじゃうじゃいる」
どの商人からも、似たような答えしか返ってこない。
俺は落胆しながら、街の中央広場で休憩していた。
噴水のベンチに座り、頭を抱えている。
一週間という制限時間で、大陸を越える方法を見つけるなんて不可能に思えてきた。
「困ったような顔をしてるわね」
突然、女性の声がした。
顔を上げると、俺の前に一人の女性が立っていた。
年は二十代前半ほどで、長い黒紫髪に銀色のメッシュ、赤い瞳。肌は透けるように白く、美しい顔立ちをしている。
だが、どこか人間離れした雰囲気があった。
「あの…何か?」
「その制服、見覚えがあるわ」
女性が俺の王国騎士団の制服を指差す。
「中央大陸―セリア大陸のヴェリアント王国の騎士団ね」
「え? ご存じなんですか?」
俺が驚くと、女性が微笑んだ。
「知ってるも何も、私はそこから来たのよ」
「本当ですか?」
俺が立ち上がると、女性が手を上げて制止した。
「でも、タダで情報を教えるつもりはないわ」
「報酬が必要ということですか?」
「そうね…」
女性が俺をじっと見つめる。その視線が、なぜか俺の首筋に集中している。
「あなたの血をちょっとだけ分けてもらえる?」
「血?」
俺が困惑すると、女性がにっこりと笑った。その時、彼女の口元に鋭い牙が見えた。
「あ…」
「そう、私は吸血鬼よ」
女性があっけらかんと自己紹介する。
「名前はルビー。よろしく」
吸血鬼…この世界には本当に色々な種族がいるんだな。
「でも、安心して。全部吸い取るつもりはないから」
ルビーが手をひらひらと振る。
「ちょっとだけよ。お腹がすいてるの」
「その代わりに、セリア大陸の情報を教えてくれるんですね?」
「そういうこと」
俺は少し考える。
血を吸われるのは不安だが、情報がなければ帰ることができない。
「わかりました。お願いします」
「あら、意外と素直なのね」
ルビーが嬉しそうに手を叩く。
「それじゃあ、どこか人目につかない場所に行きましょう」
俺たちは街外れの森に向かった。
人気のない場所で、ルビーが俺の前に立つ。
「首を少し傾けてくれる?」
「こうですか?」
俺が首を傾けると、ルビーが俺に近づく。
彼女の体温は人間より低く、ひんやりとしていた。
「ちょっとチクッとするわよ」
ルビーが俺の首筋に牙を立てる。
「ちゅ…ん、ちゅるる…」
「うっ…」
確かに痛みがあったが、思ったほどではない。
むしろ、不思議と心地よい感覚もある。
「あ…美味しい…」
ルビーが恍惚とした表情を見せる。
「こんな上質な血、久しぶりに飲んだわ…」
「上質?」
「そうよ。あなたの血、すごく特殊なの」
ルビーが俺から離れる。
「魔力が込められてる。普通の人間じゃないわね」
「そうなんですか?」
「ええ。それに…」
ルビーが俺をじっと見つめる。
「とても美味しい」
何だか複雑な気分だ。
「それで、約束の情報を教えてもらえますか?」
「もちろんよ」
ルビーが木の枝に腰をかける。
「まず、ここがどこか説明するわね」
ルビーが空中に指で地図を描く。
「ここは北大陸、別名イラリア大陸。あなたが帰りたいのはセリア大陸のヴェリアント王国でしょう?」
「はい」
「距離にして約二万キロメートル」
「二万…」
俺が愕然とする。
「歩いて行くなら、四年以上かかるわね。まあ、歩けないけど」
「四年以上…」
「船を使っても、半年はかかる」
ルビーが説明を続ける。
「それに、セリア大陸に行く定期船は月に一本しかない」
「月に一本…」
「しかも、料金は金貨一万枚よ」
俺の所持金は金貨数十枚程度だ。到底足りない。
「そんな…」
俺は絶望的な気持ちになった。
一週間どころか、何年かかるかわからない。
「でも、諦めることはないわ」
ルビーが慰めるように言う。
「他にも方法があるもの」
「他の方法?」
「魔法の転移門を使う方法よ」
ルビーが説明する。
「古代魔法で作られた転移門が、各大陸に数カ所ずつある」
「転移門…」
「ただし、使うには特別な鍵が必要」
「特別な鍵?」
「『星の欠けら』と呼ばれる魔石よ」
ルビーが続ける。
「それを手に入れれば、瞬時に大陸間移動ができる」
「その星の欠けらは、どこにあるんですか?」
「それが問題なの」
ルビーがため息をつく。
「この大陸にある星の欠けらは、『竜の谷』の奥にある」
「竜の谷?」
「その名の通り、ドラゴンが住んでる谷よ」
俺の心臓が跳ね上がる。
「ドラゴンって…あの?」
「そう、あの巨大な爬虫類よ」
ルビーが苦笑いする。
「しかも、古代竜だから、普通のドラゴンより遥かに強い」
「古代竜…」
俺が以前戦ったレッドドラゴンでさえ、相当苦戦した。それより強い相手なんて。
「でも、他に方法はないの?」
「船以外では、それくらいね」
ルビーが肩をすくめる。
俺は頭を抱えた。
古代竜と戦って星の欠けらを手に入れるか、なんとか一万金貨を貯めるか。
どちらも現実的ではない。
「ねえ、そんなに落ち込まないで」
ルビーが俺の隣に座る。
「一人で悩んでても仕方ないわよ」
「でも…」
「それに」
ルビーが俺を見つめる。
「あなたの血、本当に美味しかったの」
「はあ…」
「だから、決めたわ」
「何をですか?」
「あなたについて行く」
俺が驚く。
「え?」
「あなたと一緒に中央セリア大陸に行くの」
「でも、なぜ?」
「だって、あんな美味しい血を持つ人、滅多にいないもの」
ルビーがにっこりと笑う。
「それに、一人旅は退屈よ」
「勝手についてこられても…」
「いいじゃない。私、結構役に立つわよ」
ルビーが自慢げに言う。
「吸血鬼は夜目が利くし、魔法も使える」
「魔法も?」
「血魔法よ。戦闘にも使えるわ」
確かに、仲間がいた方が心強い。
特に、この見知らぬ大陸では。
「でも、俺に付いてきたら危険ですよ」
「危険?」
「俺を狙ってる奴がいるんです」
俺は雪菜のことを簡単に説明する。
「へえ、モテる男ね」
ルビーが面白そうに聞いている。
「でも、そんなの関係ないわ」
「関係ないって…」
「だって、私はあなたの血が目当てだもの」
ルビーがあっけらかんと言う。
「恋愛とかそういうのは興味ないの」
なるほど、それなら安心かもしれない。
「それに、そのユキナって子、今は遠くにいるんでしょう?」
「しばらくは戻ってこないと思います」
「だったら問題ないわね」
ルビーが立ち上がる。
「それじゃあ、決定! 私があなたのガイド兼パートナーよ」
「勝手に決めないでください…」
「文句言わない。血を分けてもらう代わりに、情報と護衛をしてあげるの」
ルビーが俺の腕を掴む。
「さあ、まずは装備を整えましょう」
「装備?」
「竜の谷に行くなら、それなりの準備が必要よ」
竜の谷…結局、そこに行くことになるのか。
「でも、古代竜なんて倒せるんですか?」
「倒す必要はないわ」
ルビーが説明する。
「星の欠けらは、竜の宝物庫にある。こっそり盗み出せばいいの」
「盗み出す…」
「私、忍び込むのは得意よ」
ルビーがウインクする。
「吸血鬼は元々、夜の住人だからね」
なるほど、それなら可能性がありそうだ。
「でも、もしバレたら?」
「その時は全力で逃げる」
ルビーが苦笑いする。
「まあ、最悪の場合は戦うことになるけど」
俺は考える。
確かに、一人で竜の谷に挑むより、ルビーと一緒の方が成功の可能性は高い。
それに、彼女の目的は俺の血だけで、恋愛感情はないという。
雪菜のような面倒なことにはならないだろう。
「わかりました。お世話になります」
「よろしくね、タクヤ」
ルビーが嬉しそうに笑う。
「それじゃあ、街に戻って準備を始めましょう」
俺たちは街に戻った。
武器屋で装備を確認し、食料を調達する。
ルビーは意外と頼りになる相棒だった。
この大陸の地理や文化に詳しく、商人との交渉も上手い。
「竜の谷までは、徒歩で三日かかるわ」
ルビーが地図を見ながら説明する。
「途中に街もあるから、補給は大丈夫よ」
「三日か…」
つまり、往復で六日。短い時間で星の欠けらを盗み出さなければならない。
タイトなスケジュールだが、やるしかない。
「大丈夫よ。私がついてるもの」
ルビーが自信たっぷりに言う。
「あなたの血を飲ませてもらう代わりに、必ずセリア大陸まで送り届けてあげる」
「ありがとう、ルビー」
俺は素直に感謝する。
見知らぬ土地で、頼れる仲間ができたのは心強い。
たとえ相手が吸血鬼でも。
「それじゃあ、明日の朝出発ね」
「はい」
俺たちは宿に戻った。
部屋は別々だが、ルビーは隣の部屋を取ってくれた。
「何かあったら、すぐに呼んで」
「わかりました」
その夜、俺は久しぶりに希望を感じながら眠りについた。
エリカたちの元に帰れるかもしれない。
そのためには、古代竜の住む竜の谷に向かわなければならないが。
「必ず帰る」
俺は決意を新たにした。
ルビーという頼もしい仲間もできた。
一週間という制限時間の中で、俺は故郷への帰路を切り開くのだ。
窓の外から見える異国の星空に、俺は静かに誓いを立てた。




