第二十五話「なんか力しょぼいし、未知の大陸だし…」
「今夜は逃がさないわよ♡」
雪菜の不気味な笑顔を見て、俺は全身に戦慄を感じた。
この見知らぬ土地で、俺はどうすればいい?
瞬間移動で逃げようにも、目的地がわからない。適当に移動して、もっと危険な場所に出てしまう可能性もある。
「さあ、拓也くん♡ もう諦めましょう♡」
雪菜が一歩一歩、俺に近づいてくる。
その足音に合わせて、地面が小さく振動する。彼女の力がどれほど強大になっているかがわかる。
「待て…まだ話すことがある」
俺が時間稼ぎを試みる。
「話すこと?♡ 愛の言葉ですよね?♡」
「そうじゃない。もし俺が君の言うとおりにしたら、他の人を襲うのをやめてくれるのか?」
「他の人?♡ 拓也くん以外はどうでもいいんです♡」
雪菜が首を振る。
「でも、拓也くんが望むなら考えてもいいかも♡」
「本当か?」
「でも、その代わり条件があるの♡」
雪菜の笑顔が一層深くなる。
「今すぐ私のものになろうね♡」
やはり交渉の余地はない。
俺は決断した。走って逃げるしかない。
「悪いが、それは無理だ!」
俺は踵を返し、全力で走り出した。
「あら♡ 鬼ごっこですね♡ 楽しそう♡」
後ろから雪菜の楽しそうな声が聞こえる。
俺は草原を必死に駆け抜ける。
だが、背後から異常なスピードで追いかけてくる気配を感じた。
振り返ると、雪菜が人間離れした速度で俺を追ってくる。
まるで地面を滑るように、信じられない速さで移動していた。
「待って、拓也くん♡ そんなに急がなくても♡」
雪菜との距離がどんどん縮まる。
俺は瞬間移動を使おうとするが、躊躇する。
この見知らぬ土地で適当に瞬間移動を使えば、もっと危険な場所に出る可能性がある。それに、瞬間移動は体力を消耗する。何度も使えば、すぐに疲れ果ててしまう。
そうなれば、雪菜に捕まるのは時間の問題だ。
「くそっ…」
俺は走り続ける。
草原の向こうに、何か大きな構造物が見えてきた。
「あれは…遺跡?」
古い石造りの建物が見える。かなり古いものらしく、一部は崩れかけていた。
俺は遺跡に向かって走る。
あそこに隠れれば、少しは時間を稼げるかもしれない。
「拓也くん♡ どこに行くの?♡」
雪菜の声がすぐ後ろから聞こえる。
俺は遺跡の入り口に飛び込んだ。
中は薄暗く、古い石の匂いがする。壁には見たことのない古代文字が刻まれていた。
「どこかに隠れる場所は…」
俺は遺跡の奥へ進む。
廊下は迷路のようになっていて、いくつもの部屋に分かれている。
その時、一つの部屋から青い光が漏れているのに気づいた。
「あの光は…」
俺は恐る恐るその部屋に入った。
部屋の中央に、青白く光る石が置かれていた。
以前、俺と雪菜をこの世界に転移させた石とよく似ている。
「まさか…同じ種類の石?」
俺が石に近づくと、それはより強く光り始めた。
まるで俺に反応しているかのようだ。
「拓也くーん♡ どこにいるの?♡」
遺跡の入り口から、雪菜の声が聞こえる。
もう時間がない。
俺は躊躇なく石に手を伸ばした。
石に触れた瞬間—
ガシャーン!
石が爆発するように砕け散った。
青白い光が俺の体を包み込む。
「うわああああ!」
激しいめまいと共に、何かが俺の体に流れ込んでくるのを感じた。
新しい力…これは瞬間移動とは違う、別の能力だ。
「捕まえました♡ 拓也くん♡」
突然、後ろから雪菜の腕が俺を抱きしめた。
「いつの間に…」
「やっと見つけたわ♡ もう逃がさないからね♡」
雪菜が俺を強く抱きしめる。
その力は異常で、俺の肋骨が軋む音がした。
「苦しい…」
「ごめんなさい♡ でも、嬉しくて力が入っちゃうの♡」
雪菜が俺の耳元で囁く。
「さあ、今度こそ二人きりの時間ですね♡」
絶体絶命だった。
だが、その時俺の頭に新しい力の使い方が浮かんだ。
まるで石の破片が俺に教えてくれているかのように。
「雪菜…」
「何、拓也くん♡ ついに観念してくれるの?♡」
「どこかに行け!」
俺がそう叫んだ瞬間、雪菜の体が光に包まれた。
「え? 拓也くん、これは何—」
雪菜の声が途切れる。
次の瞬間、彼女の姿が跡形もなく消えていた。
「消えた…」
俺は呆然と辺りを見回す。
雪菜は本当に消えていた。
そして、俺の頭の中に声が響く。
『おめでとう、新たな能力者よ』
「誰だ?」
『我らは古の賢者の遺した石の意志』
砕けた石の破片が淡い光を放ちながら浮遊している。
『汝に与えた能力は「強制転移」』
「強制転移?」
『対象をランダムな場所に瞬間移動させることができる』
なるほど、それで雪菜を飛ばすことができたのか。
『ただし、制約がある』
「制約?」
『この能力を使うと、一週間の間、汝の瞬間移動は封印される』
「一週間も?」
『強大な力には代償が必要だ。そして…』
石の声が途切れる。
『使った対象には2度と使えない。だからあの女は戻ってくる』
「戻ってくるって…どこに飛ばしたんだ?」
『わからない。ただ、この大陸のどこかに転移しただろう』
大陸のどこか…つまり、遠くに飛ばすことはできたが、永続的な解決にはならないということか。
『時間は稼げた。その間に力をつけるがいい』
石の声が完全に消える。
破片も光を失い、ただの石くずになって床に落ちた。
「一週間か…」
俺は重いため息をつく。
雪菜を一時的に遠ざけることはできたが、瞬間移動が使えなくなった。
つまり、俺はこの見知らぬ土地に一週間は留まることになる。
「とりあえず、ここがどこなのか調べよう」
俺は遺跡を出た。
草原の向こうに見えていた街に向かうことにした。
歩きながら、俺は考える。
雪菜はいずれ戻ってくる。その時までに、俺はもっと強くならなければならない。
この一週間が、俺にとって重要な時間になるだろう。
◇◇◇
街まで歩いて二時間ほどかかった。
近づいてみると、それは俺の知っている王都とは全く異なる建築様式の街だった。
建物は白い石造りで、屋根は青いドーム状になっている。街の人々の服装も、見たことのないデザインだった。
「ここは…どこの国だ?」
街の入り口には衛兵が立っている。
俺が近づくと、衛兵が警戒するような視線を向けてきた。
「旅の者か? どこから来た?」
「その…遠くから来ました」
俺が曖昧に答えると、衛兵が眉をひそめる。
「遠くからって、どの国だ? 君の服装、見たことがないが」
「えっと…」
俺は困惑する。
王国の騎士団制服を着ているが、この街の人には馴染みがないようだ。
「まさか、違法な手段でここに来たのではあるまいな?」
「違います。ただの旅人です」
「ふむ…」
衛兵が俺を値踏みするように見る。
「まあ、武器は持っているようだが、危険そうには見えないな」
衛兵が他の衛兵と相談する。
「よし、入城は許可する。ただし、街で問題を起こすなよ」
「ありがとうございます」
俺は街の中に入った。
街の中は活気に満ちていて、様々な商人や職人が働いている。
だが、明らかに俺が知っている文化とは違う。
俺は情報収集のため、酒場らしき建物に入った。
「いらっしゃい」
店主らしき男性が声をかけてくる。
「何か飲み物を」
「ああ、旅人さんか。珍しい服だね」
店主が興味深そうに俺を見る。
「どちらから?」
「えっと…北の方から」
「北? イラリア大陸の北から来たのかい?」
「イラリア大陸?」
俺が聞き返すと、店主が驚いた顔をした。
「まさか、君は別の大陸から来たのか?」
「別の大陸?」
「そうだよ。ここはイラリア大陸の東部、エーゲル王国の商業都市フィレンツェだ」
俺は愕然とした。
別の大陸…つまり、俺は瞬間移動で大陸を越えてしまったのか。
「別の大陸って、他にどんな大陸があるんですか?」
「西にはヴェリア大陸、南にはアフリス大陸がある」
店主が教えてくれる。
「君がもし別の大陸から来たなら、それはすごいことだ。大陸間の移動は簡単じゃないからね」
「そうなんですか…」
俺は頭を抱えた。
ということは、エリカたちがいる王都は別の大陸にあるということか。
瞬間移動が使えない今、どうやって帰ればいいんだ?
「君、大丈夫かい? 顔色が悪いよ」
「少し疲れているだけです」
「そうか。それなら、宿を紹介しようか?」
「お願いします」
店主が親切に宿を教えてくれる。
俺は宿に向かいながら、現状を整理した。
・俺は見知らぬ大陸に飛ばされた
・瞬間移動は一週間使えない
・雪菜は必ず俺の元へ来る
・エリカたちとは大陸が違うため、すぐには帰れない
絶望的な状況だった。
だが、諦めるわけにはいかない。
この一週間を使って、何か方法を見つけなければ。
宿に着いて部屋を取ると、俺は窓から異国の夜景を眺めた。
星座も見知らぬ配置で、本当に遠くに来てしまったことを実感する。
「エリカ…みんな…」
俺の心に、仲間たちの顔が浮かぶ。
きっと心配しているだろう。
特にエリカは、両親を失って傷ついているのに、俺までいなくなってしまった。
「必ず帰る」
俺は決意を新たにする。
この一週間で、帰る方法を見つけてみせる。
そして、雪菜との決着をつけるための力も身につけるのだ。
異国の夜風を感じながら、俺は長い一週間の始まりを感じていた。




