第二十三話「村に帰ってきた悲劇」
俺とエリカは瞬間移動で久しぶりにカレン村に到着した。
だが、村の雰囲気は明らかにおかしかった。
いつもなら賑やかな村の中心部に、人影がほとんど見えない。家々の窓には厚いカーテンが引かれ、まるで村全体が喪に服しているかのようだった。
「変ね…なんだか静かすぎる」
エリカが不安そうに呟く。
「何かあったのかな」
俺も嫌な予感を感じていた。
村の入り口付近で、ようやく一人の村人を見つけた。中年の男性で、俺たちに気づくと驚いたような表情を見せる。
「あ…エリカちゃん?」
「おじさん、お久しぶりです」
エリカが挨拶すると、男性の表情が急に暗くなった。
「エリカちゃん…知らないのかい?」
「何をですか?」
男性が口ごもる様子を見せる。
「村長のところに…急いで行きなさい」
男性はそれだけ言うと、足早にその場を去ってしまった。
「何なのかしら」
エリカが困惑している。
「とりあえず、村長のところに行ってみよう」
俺たちは村役場に向かった。
村役場の前には数人の村人が集まっていて、みんな深刻な表情をしていた。俺たちを見つけると、哀れみの目を向けてくる。
「村長はいますか?」
エリカが尋ねると、村人の一人が頷いて中を指差した。
俺たちが村役場に入ると、村長が机に向かって座っていた。だが、その背中は小刻みに震えている。
「村長」
エリカが声をかけると、村長がゆっくりと振り返った。
その瞬間、村長の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「エリカちゃん…」
村長が立ち上がり、エリカに近づく。
「帰ってきてくれたのか…」
「村長、どうして泣いて…」
エリカが困惑していると、村長が彼女の肩に手を置いた。
「エリカちゃん…辛い知らせがあるんだ」
俺の心臓が嫌な鼓動を刻み始める。
「辛い知らせって?」
「お母さんが…お母さんが殺されたんだ」
その言葉が村役場に響いた瞬間、時が止まったかのような沈黙が流れた。
「え…?」
エリカが呆然として村長を見つめる。
「殺されたって…何のことですか?」
「一週間前の夜のことだった…」
村長が重い口調で説明を始める。
「朝になってもお母さんが起きてこないから、お父さんが部屋を見に行ったんだ」
村長の声が震える。
「そしたら…エリカちゃんの部屋で…首の骨を折られて死んでいたんだ」
「嘘…」
エリカの顔から血の気が引く。
「そんな…嘘よ…」
「本当なんだ、エリカちゃん。本当に辛い話なんだ…」
村長も涙を流している。
「犯人は見つかったんですか?」
俺が代わりに尋ねる。
「それが…全くわからないんだ」
村長が首を振る。
「家に侵入された形跡はあったが、盗まれた物は何もない。動機もわからない」
エリカが膝から崩れ落ちた。
「お母さん…お母さんが…」
震える声で呟いている。
「まだ…まだ続きがあるんだ」
村長がさらに辛そうな表情を見せる。
「お父さんが…その翌日に…」
「お父さんが?」
「後を追ったんだ」
エリカが息を呑む。
「自分で命を…」
「そんな…そんなことって…」
エリカが過呼吸を起こし始める。
「はあ…はあ…はあ…」
「エリカ!」
俺は慌ててエリカを支える。
「大丈夫、落ち着いて」
「だって…だって…」
エリカの目から涙があふれる。
「お母さんもお父さんも…もういないなんて…」
「エリカちゃん…」
村長も一緒に泣いている。
「私が…私が村を出て行ったから…」
エリカが自分を責め始める。
「私がいれば…お母さんを守れたのに…」
「そんなことない」
俺がエリカを抱きしめる。
「君のせいじゃない」
「でも…でも…」
エリカが俺の胸で泣き崩れる。
その痛々しい姿を見ていると、俺の心も張り裂けそうだった。
「村長、もう少し詳しく教えてください」
俺が冷静に尋ねる。
「現場の状況とか、何か手がかりになりそうなものとか」
「現場は…エリカちゃんの部屋だった」
村長が説明する。
「なぜかそこでお母さんが殺されていたんだ」
エリカの部屋…なぜそこに?
「他に変わったことは?」
「そうだな…窓の鍵が壊されていた。そこから侵入したようだ」
「窓の鍵を? 相当な力ですね」
「ああ。普通の人間には不可能だろう」
普通の人間には不可能…俺の心に嫌な予感が広がる。
「すみません、現場を見せてもらえませんか?」
「タクヤ殿が調べてくれるのか?」
「はい。必ず犯人を見つけます」
俺が約束すると、村長が頷いた。
「わかった。案内しよう」
「私も…私も行く」
エリカが立ち上がる。
「でも…」
「お願い。自分の目で確かめたいの」
エリカの決意は固いようだった。
「わかった。一緒に行こう」
◇◇◇
エリカの家は、村の中でも比較的大きな家だった。
だが、今はその家全体に重苦しい雰囲気が漂っている。
「ここが…私の家…」
エリカが震え声で呟く。
玄関の鍵を開けて中に入ると、家の中は荒れていた。
調度品が散乱し、明らかに何者かが暴れた形跡がある。
「ひどい…」
エリカが呟く。
「でも、盗まれた物はないんです」
村長が説明する。
「金品も手付かずでした」
俺たちは二階のエリカの部屋に向かった。
階段を上る途中、エリカの足が震えている。
「大丈夫?」
「うん…頑張る」
エリカが勇気を振り絞る。
エリカの部屋のドアを開けると、そこには血痕が残っていた。
「ここで…お母さんが…」
エリカが再び過呼吸を起こしそうになる。
「外で待ってて」
俺がエリカに提案する。
「でも…」
「俺が調べるから。辛い思いをする必要はない」
「…わかった」
エリカが廊下で待つことになった。
俺は一人で部屋の中を詳しく調べ始める。
血痕の位置から、犯行の様子をある程度推測できる。
被害者はドア付近で殺害されたようだ。
窓の方を見ると、確かに鍵が壊されている。
金属の鍵が、まるでペンチで挟まれたかのようにねじ曲がっていた。
「こんな力…普通じゃない」
俺はさらに詳しく調べる。
ベッドの近くに何かが落ちていないか、床を這いつくばって探した。
その時、ベッドの下で何かを見つけた。
「これは…」
つまみ上げると、それは一本の髪の毛だった。
長くて、艶やかな黒髪。
エリカの髪は茶色だし、エリカの母親も同様だった。
この家の住人のものではない。
「まさか…」
俺の心臓が激しく鳴り始める。
この黒髪…見覚えがある。
雪菜の髪だ。
「雪菜が…ここに来たのか?」
俺の手が震える。
雪菜がエリカの家に侵入し、エリカの母親を殺害した。
なぜエリカの部屋で? なぜエリカの母親を?
答えは一つしか考えられない。
雪菜は俺の痕跡を探していたのだ。
そして、それを邪魔した人を排除した。
「畜生…」
俺は拳を握りしめる。
エリカの両親が死んだのは、間違いなく俺のせいだ。
雪菜が俺を追っているから、無関係な人々が巻き込まれている。
「タクヤ? 何か見つかった?」
エリカが心配そうに部屋に入ってくる。
「あ…ああ」
俺は慌てて髪の毛をポケットにしまう。
「でも、今は何も言えない」
「そう…」
エリカが失望したような表情を見せる。
「でも、必ず犯人を見つけるから」
俺が約束すると、エリカが小さく頷いた。
「ありがとう、タクヤ」
だが、俺の心は重かった。
犯人はわかっている。雪菜だ。
でも、それをエリカに言えるだろうか?
エリカの両親を殺したのは、俺を愛している狂った女だなんて。
「帰ろう」
俺がエリカの肩に手を置く。
「うん…」
エリカが力なく答える。
俺たちは家を出た。
外で待っていた村長に報告する。
「何か手がかりは見つかりましたか?」
「少し調べる必要があります」
俺が曖昧に答える。
「そうですか…」
村長が残念そうな表情を見せる。
「今日は宿を取りますので、明日もう一度調べさせてください」
「わかりました」
俺たちは村の宿に向かった。
道中、エリカはずっと無言だった。
時々、過呼吸を起こしそうになり、俺がその度に支える。
「私のせいよ…私のせいなのよ…」
エリカが自分を責め続けている。
「そんなことない」
「でも、私が村にいれば…」
「エリカ」
俺が強い口調で言う。
「君のせいじゃない。絶対に」
でも、本当は俺のせいなのだ。
雪菜という俺の過去が、エリカの家族を奪った。
俺はこの真実を、どうエリカに伝えればいいのだろうか?
宿に着いても、エリカは食事を取ろうとしない。
部屋に閉じこもって、ただ涙を流している。
俺は一人で外に出て、星空を見上げた。
ポケットの中の黒い髪の毛が、俺の罪悪感を物語っている。
雪菜…今度こそ、決着をつけなければならない。
エリカの両親の仇を取るためにも。
そして、これ以上無関係な人を巻き込まないためにも。
俺の決意は固まった。
明日、エリカに全てを話そう。
そして、雪菜との最終決戦に向けて動き出すのだ。




