第二十一話「忍び寄る影」
ここから第二章にしたいと思います!
第二章が完結するまでここは第一章と表示されると思いますが、まあいいですよね。
これからよろしくお願いします。
エルヴァン王国からの帰国報告を済ませた俺は、急いで宿に戻った。
玄関の扉を開けるなり、エリカが飛び出してきた。
「タクヤ! おかえりなさい!」
エリカが俺に抱きつこうとした瞬間、俺の傷ついた脇腹に気づく。
「え…血?」
俺の服に付いた血痕を見て、エリカの顔が青ざめる。
「大したことないよ。もう手当ても―」
「大したことないって!?」
エリカの声が震える。
「服をめくって見せて!」
「エリカ、そんなに慌てなくても…」
「いいから!」
エリカが強引に俺の服をめくる。
包帯で巻かれた傷跡が現れると、エリカの目に涙が浮かんだ。
「こんな…こんなひどい傷…」
「もう大丈夫だから」
「大丈夫じゃないわよ!」
エリカが声を上げて泣き始める。
「あと少しずれていたら…もしかしたら…」
「エリカ…」
その時、ルナもやってきた。
「タクヤさん、お帰りな…え?」
ルナも俺の傷を見て、顔が真っ青になる。
「そんな…ひどい傷…」
ルナの目にも涙があふれる。
「私が一緒に行けば…こんなことにならなかったのに…」
「ルナ、君のせいじゃない」
「でも…」
二人とも泣いている。俺はどう慰めていいのかわからなかった。
「とりあえず、部屋で話そう」
俺たちは部屋に移動した。グロムも合流し、俺は任務の詳細を報告した。
「魔王軍か…やはり奴らが動き始めたな」
グロムが深刻な表情を見せる。
「でも、タクヤが第三軍団長を倒したおかげで、当面の脅威は去ったな」
「それが…また偶然だったんだ」
俺は経緯を説明する。
「つまずいて転落死…」
グロムが呆れたような顔をする。
「お前という奴は、本当に…」
エリカとルナは、まだ俺の傷のことで動揺している。
「もう決めたわ」
エリカが突然立ち上がる。
「私、もう二度とタクヤのそばを離れない」
「え?」
「危険な任務には必ずついて行く。王国騎士団にも入る」
「私も同感です」
ルナも立ち上がる。
「タクヤさんを一人にしておくわけにはいきません」
「でも、君たちがついてきたら、もっと危険になる」
俺が反対すると、二人が同時に抗議する。
「そんなことない!」
「私たちだって戦えます!」
「でも、正式な軍事作戦だぞ。民間人は参加できない」
「だったら騎士団に入ってみせる」
エリカが決意を固める。
「私も魔法使いとして正式に登録します」
ルナも負けていない。
二人の決意は固いようだ。でも、俺としては危険にさらしたくない。
「気持ちはありがたいけど、やっぱり危険すぎる」
「タクヤ…」
「だから、今度はもっと気をつけて行く」
俺が説得すると、グロムが口を開いた。
「まあ、今夜のところはお前の無事を祝おう」
グロムが提案する。
「久しぶりに四人で食事でもするか」
「そうですね」
ルナが同意する。
「それがいいわ」
エリカも頷く。
「それじゃあ、どこに行こうか?」
俺が尋ねると、グロムが答えた。
「質素な店でいい。派手な場所より、落ち着いて話せるところがいい」
◇◇◇
俺たちは『老人と海』という小さなレストランを選んだ。
王都の下町にある庶民的な店で、料理は美味しいが装飾は質素だった。
「いらっしゃいませ」
店主の老人が温かく迎えてくれる。
「四名様ですね。あちらの席にどうぞ」
案内された席は窓際で、街の夜景が見えた。
「メニューはこちらです」
俺たちは料理を注文し、ビールとジュースで乾杯した。
「タクヤの無事な帰還に乾杯」
グロムが音頭を取る。
「乾杯」
みんなでグラスを合わせる。
「それにしても、魔王軍第三軍団長を倒すとは」
グロムが感嘆する。
「偶然とはいえ、大した功績だ」
「偶然だからこそ複雑なんだ」
俺はため息をつく。
「いつまで偶然に頼り続けるんだろう」
「でも、結果的にたくさんの人を救ってるじゃない」
エリカが励ましてくれる。
「偶然でも、タクヤさんがいなければできなかったことです」
ルナも優しく言ってくれる。
仲間たちの言葉が嬉しい。でも、やっぱり自分の実力不足が気になる。
「そういえば、グロム。エルヴァン王国に君の村に近いのか?」
「ああ。俺の村は、エルヴァン王国の北部にあった」
グロムが遠い目をする。
「もう何年も帰っていない」
「今度、一緒に見に行ってみるか?」
俺が提案すると、グロムが嬉しそうに頷いた。
「そうだな。魔王軍も撤退したことだし、安全になったかもしれん」
料理が運ばれてきて、俺たちは久しぶりにゆっくりとした食事を楽しんだ。
戦場の緊張から解放されて、平和なひと時だった。
「美味しいわね、この魚料理」
エリカが満足そうに食べている。
「この店の名物だからな」
グロムが教えてくれる。
「パンも焼きたてで美味しいです」
ルナも喜んでいる。
みんなの笑顔を見ていると、俺も心が温まった。
こんな平和な時間を守るためにも、もっと強くならなければ。
「タクヤ、何を考えてる?」
エリカが俺の顔を覗き込む。
「みんなのことを考えてた」
「私たちのこと?」
「ああ。君たちみたいな仲間がいて、俺は幸せだ」
俺が素直に気持ちを伝えると、エリカとルナが嬉しそうに笑った。
「私たちも、タクヤと出会えて幸せよ」
「そうです。タクヤさんのおかげで、毎日が楽しいです」
ルナも同感だと頷く。
「よし、それじゃあもう一度乾杯だ」
グロムが提案し、俺たちは再びグラスを合わせた。
平和で幸せな夜だった。
でも、この平和がいつまで続くかはわからない。
雪菜の脅威は去っていないし、魔王軍の活動も活発になっている。
俺は覚悟を新たにした。みんなを守るために、もっと強くなろう。
◇◇◇
―同じ頃、カレン村―
月明かりに照らされた小さな村に、一つの影が忍び込んでいた。
黒髪をなびかせ、完璧な美貌を持つその少女は、村の家々を一軒一軒見て回っている。
「拓也くんの匂い…どこにあるのかしら♡」
雪菜が鼻をひくひくと動かしながら歩いている。
彼女の目は異常に光り、口元には不気味な笑みが浮かんでいた。
「この村…拓也くんが最初にいた場所よね♡」
雪菜は情報収集を怠っていなかった。拓也がどこから来て、どこで何をしたか、全て調べ上げていた。
「きっと、拓也くんの匂いが残っている場所があるはず♡」
雪菜が一軒の家の前で立ち止まる。
少し大きめの家で、庭には花が植えられている。
「ここね♡」
エリカの実家だった。
雪菜が家に近づくと、確かに微かな匂いを感じ取る。
「あった♡ 拓也くんの匂いがする♡」
雪菜の瞳が異常に輝く。
「でも薄いわね…もっと濃い匂いがあるはず♡」
雪菜が家の窓に手をかける。
鍵などは雪菜の怪力の前には無力だった。窓が音もなく開く。
「お邪魔します♡」
雪菜が家の中に侵入する。
居間、台所、寝室…各部屋を回りながら匂いを嗅いでいる。
「この部屋が一番濃いわ♡」
雪菜がエリカの部屋にたどり着く。
「きっと、拓也くんがここに泊まったのね♡」
雪菜がベッドに顔をうずめる。
「はぁ…拓也くんの匂い♡」
恍惚とした表情を浮かべる雪菜。
その時、廊下から足音が聞こえた。
「あら? 誰かしら?」
エリカの母親が起きてきたらしい。
「エリカ? もう帰ってきたの?」
母親がエリカの部屋のドアを開ける。
そこで、見知らぬ美少女がベッドに顔をうずめている光景を目撃した。
「え? あなた、誰?」
母親が驚く。
雪菜がゆっくりと振り返る。その瞳は暗い光を宿していた。
「あら…邪魔者ね♡」
「泥棒!? 誰か―」
母親が叫ぼうとした瞬間、雪菜が動いた。
信じられない速度で母親の前に現れ、首に手をかける。
「拓也くんとの思い出の場所を汚さないで♡」
雪菜の声は甘いが、その行動は冷酷だった。
「ぐ…が…」
母親が苦しそうにもがく。
「すぐに楽にしてあげます♡」
ゴキッ。
鈍い音が響き、母親の体が力なく崩れ落ちる。
「あーあ♡ 汚しちゃった♡」
雪菜が無邪気に呟く。
「でも、拓也くんのためなら仕方ないわね♡」
雪菜は母親の遺体を見下ろしながら、狂気的な笑みを浮かべる。
「今度は、拓也くんの新しい居場所を探しましょう♡」
雪菜は何事もなかったように家を出て行く。
後には、エリカの母親の遺体だけが残された。
月明かりが、その悲劇的な光景を冷たく照らしていた。
雪菜の狂気は、ついに罪のない人にまで及んでしまった。
そして、この悲劇をエリカが知る日は、そう遠くないだろう。
「拓也くん♡ 今度こそ、二人きりになりましょうね♡」
雪菜の声が夜風に消えていく。
王都で平和な夜を過ごしている拓也は、まだこの悲劇を知らない。
だが、雪菜の魔の手は確実に、彼らの身近なところまで伸びてきていた。




