第二十話「やっぱり偶然の勝利なんてやだ!」
王国騎士団に入団してから一週間後、俺は騎士団本部に呼び出された。
「タクヤ騎士、お疲れ様です」
騎士団長のアルバート卿が俺を迎える。歴戦の勇士らしく、傷だらけの顔に威厳が漂っていた。
「お疲れ様です、団長」
俺は敬礼する。
「さて、君に重要な任務を与える」
アルバート卿が地図を広げる。
「隣国エルヴァン王国への侵攻作戦だ」
「侵攻作戦ですか?」
「そうだ。長年の領土紛争に決着をつける時が来た」
グロムが言っていた、故郷を取り戻す戦いがついに始まるのか。
「エルヴァン王国は我が国の東側に位置する大国だ。軍事力は侮れない」
アルバート卿が説明を続ける。
「だが、最近情報部からの報告によると、内部で政変が起きているらしい」
「政変?」
「詳細は不明だが、王都が混乱状態にあるという情報がある」
「それで侵攻のチャンスということですか」
「その通りだ。君にはマルクス、セレナと共に先遣隊として敵国の王都偵察を命じる」
マルクスとセレナか。一緒に騎士団に入った仲間だから、連携は取りやすいだろう。
「承知いたしました」
「作戦は明日開始する。準備を整えておけ」
「はい」
◇◇◇
その夜、俺は仲間たちに任務のことを話した。
「隣国への侵攻作戦…ついに始まるのね」
エリカが心配そうな表情を見せる。
「危険な任務になりそうですね」
ルナも不安そうだ。
「当然の流れだ」
グロムが満足そうに頷く。
「俺の故郷を取り戻すための第一歩だからな」
「でも、大丈夫なの? タクヤ一人で」
エリカが俺の手を握る。
「一人じゃない。マルクスとセレナも一緒だ」
「でも…」
「心配するな」
俺がエリカを安心させようとすると、ルナが口を開いた。
「私も一緒に行けませんか?」
「え?」
「魔法使いがいれば、きっと役に立ちます」
ルナが真剣な表情で言う。
「でも、君は王国騎士団のメンバーじゃない」
「それなら私も!」
エリカも立ち上がる。
「私も騎士団に入る!」
「無茶だ。そう簡単には入れない」
「でも…」
二人の心配はわかるが、これは正式な軍事作戦だ。勝手についてくるわけにはいかない。
「今回は俺一人で行く。君たちには王都で待っていてもらいたい」
「タクヤ…」
エリカが悲しそうな表情を見せる。
「必ず帰ってくるから」
俺が約束すると、ルナが小さく呟いた。
「気をつけてください…」
「ああ、約束する」
◇◇◇
翌朝、俺はマルクス、セレナと共に王国騎士団の馬で出発した。
「久しぶりの実戦だな」
マルクスが弓の手入れをしながら言う。
「気が引き締まりますね」
セレナも剣の確認を怠らない。
「エルヴァン王国までは丸一日の道のりか」
俺が地図を確認する。
「瞬間移動を使えば一瞬だが…」
「いえ、今回は通常移動で行きましょう」
セレナが提案する。
「途中で情報収集もしたいですし」
「そうだな。急ぎすぎて失敗しては元も子もない」
マルクスも同意する。
俺たちは国境沿いの街道を進んだ。
途中で出会った商人や旅人から情報を収集すると、やはりエルヴァン王国で異変が起きているらしい。
「王都から黒い煙が上がっていた」
「最近、軍隊の姿を全く見ない」
「街の様子もおかしい」
様々な証言が集まった。
「やはり内乱が起きているのかもしれませんね」
セレナが分析する。
「それなら、我々にとっては好都合だ」
マルクスが言う。
夕方、ついにエルヴァン王国の国境が見えてきた。
だが、国境の検問所には誰もいない。
「無人だな」
「本当に政変が起きているようですね」
俺たちは警戒しながら国境を越えた。
エルヴァン王国の領内に入ると、異様な静けさが支配していた。
畑は荒れ放題で、村には人影がない。
「住民はどこに行ったんだ?」
「避難したのでしょうか」
不気味な雰囲気の中、俺たちは王都に向かった。
◇◇◇
日が沈む頃、エルヴァン王国の王都が見えてきた。
だが、その光景は俺たちの予想を遥かに超えていた。
「これは…」
王都の城壁は崩れ、建物の多くが破壊されている。
街全体が廃墟と化していた。
「まるで戦場跡ですね」
セレナが呟く。
「でも、死体が見当たらない」
マルクスが鋭い観察をする。
確かに、これだけの破壊があったなら、もっと死体があってもおかしくない。
「住民は本当にどこに消えたんだろう」
俺たちは慎重に王都の中に入った。
街の中も外観と同様に荒廃している。だが、やはり人の姿はない。
「まるでゴーストタウンだな」
「不気味です」
俺たちは王宮に向かった。
エルヴァン王国の王宮は、我が国ほど大きくはないが、立派な建造物だった。
だが、その王宮も一部が崩落している。
「中に入ってみましょう」
俺たちは王宮の正門から侵入した。
内部も外と同様に荒れていた。豪華だったであろう調度品は破壊され、絵画は引き裂かれている。
「何があったんだ…」
俺たちは王宮の奥へ進んだ。
そして、玉座の間にたどり着いた時―
「ようこそ、愚かな人間どもよ」
低い声が響いた。
玉座の間の奥、王座に座っているのは…人間ではなかった。
黒いローブを纏い、顔は闇に隠れている。だが、その存在感は圧倒的だった。
「魔族…?」
セレナが息を呑む。
「正確には、魔王軍第三軍団長『影の公爵デュークシャドウ』だ」
その魔族が立ち上がる。
「貴様らがこの国を狙っていることは知っていたぞ」
「魔王軍がエルヴァン王国を…?」
「征服済みだ。住民は全員、我が魔王軍の奴隷として連れ去った」
デュークシャドウが不気味に笑う。
「そして次は、貴様らの国を頂く予定だったのだが…」
魔族が俺たちを見据える。
「丁度良い。手始めに、貴様らの命をもらおう」
デュークシャドウが黒い剣を抜く。
「戦闘態勢!」
セレナが叫ぶ。
俺たちは武器を構えた。
「『暗黒剣技・闇斬り』!」
デュークシャドウが剣を振るう。
黒いオーラを纏った斬撃が俺たちに向かってくる。
「散れ!」
俺たちは左右に分散して回避する。
「『連続射撃・鷹の目』!」
マルクスが矢を放つ。
だが、デュークシャドウは余裕で回避する。
「『剣技・光斬り』!」
セレナが光を纏った剣で斬りかかる。
しかし、デュークシャドウの剣がそれを受け止める。
「ふん、この程度か」
デュークシャドウがセレナを弾き飛ばす。
「セレナ!」
俺が駆け寄ろうとすると、デュークシャドウが俺に向かってくる。
「『暗黒剣技・影の舞』!」
デュークシャドウが高速で移動しながら斬撃を繰り出す。
俺は瞬間移動で回避を試みる。
「逃がさん!」
だが、デュークシャドウは俺の移動先を読んでいた。
「ぐあっ!」
俺の脇腹に剣が突き刺さる。
「タクヤ!」
マルクスが援護射撃を行う。
「邪魔だ!」
デュークシャドウが手から黒いオーラを放つ。
マルクスが吹き飛ばされる。
「くそっ…強すぎる」
俺は傷を押さえながら立ち上がる。
だが、デュークシャドウとの実力差は歴然だった。
瞬刃での攻撃も、全て防がれてしまう。
「もう終わりか? つまらん」
デュークシャドウが俺に向かって歩いてくる。
「このままでは…」
俺は決断した。瞬間移動で逃げるしかない。
「マルクス、セレナ!」
俺は二人の元に駆け寄る。
「今から瞬間移動で撤退する!」
「でも…」
「いいから!」
俺は二人の手を掴み、瞬間移動を試みた。
だが、その瞬間―
ドクン。
心臓に激痛が走る。
今までにない疲労感が俺を襲った。
瞬間移動の連続使用と戦闘の疲労、そして傷の痛み。
全てが一気に俺の体に押し寄せる。
「うわあああ!」
俺は意識を失いかけ倒れた。
「タクヤ!」
セレナの声が遠くに聞こえる。
だが、俺の体は動かない。
「ほう、力尽きたか」
デュークシャドウが俺に近づいてくる。
「では、とどめを―」
その時だった。
デュークシャドウが俺につまずいた。
「何っ!?」
魔族の体が大きくよろめく。
俺が倒れた場所が、ちょうど彼の足元だったのだ。
「くっ…」
デュークシャドウが体勢を崩す。
そして、彼が立っていた場所は王宮のバルコニーの近くだった。
バランスを崩したデュークシャドウは、そのまま後ろに倒れ―
「うわあああああ!」
王宮の外に落下した。
ドシャーン!
地面に激突する音が響く。
「え…」
俺は朦朧とする意識の中で、信じられない光景を見ていた。
強大だったデュークシャドウが、俺につまずいて転落死してしまった。
「タクヤ、しっかりして!」
セレナが俺を抱き起こす。
「デュークシャドウは…?」
「落ちました。間違いなく死んでいます」
マルクスが窓から下を確認する。
「信じられない…」
「また偶然で…魔王軍幹部を倒してちゃった」
セレナが呆然とする。
「偶然って…こんなことある?」
マルクスも困惑している。
俺も信じられなかった。
今度こそ死ぬと思ったのに、まさかの展開で勝利してしまった。
「とりあえず、タクヤの手当てを」
セレナが回復薬を取り出す。
「ありがとう…」
俺は薬を飲んで、なんとか起き上がる。
「でも、これでエルヴァン王国の魔王軍は撤退するでしょう」
「そうだな。指揮官を失った以上、維持は困難だろう」
マルクスが分析する。
「つまり、任務完了ですね」
「ああ…でも、こんな形で勝つなんて」
俺は複雑な気持ちだった。
また偶然の勝利。俺の実力ではない。
でも、結果的に魔王軍幹部を三体目も倒してしまった。
「帰国しよう。報告しなければ」
俺たちは王宮を後にした。
エルヴァン王国は無人の廃墟となったが、魔王軍の脅威は去った。
グロムの故郷奪還への道が開けた瞬間でもあった。
だが、俺の心は晴れなかった。
いつまで偶然に頼り続けるのだろうか。
本当の実力を身につける日は来るのだろうか。
重い気持ちで、俺は故国への帰路についた。




