第十九話「秘密のデートと月光花」
王国騎士団への入団から三日が経った。
俺は騎士団本部での初日の業務を終え、宿に戻ってきたところだった。
「お疲れ様でした、タクヤさん」
部屋に入ると、ルナが出迎えてくれる。いつものように可愛らしい笑顔だった。
「ありがとう、ルナ。エリカは?」
「エリカさんなら、武器屋さんに剣の手入れ用品を買いに行きました」
そういえば、エリカは新しく手に入れたルナライトのメンテナンスにこだわっていた。
「それで…」
ルナが少し恥ずかしそうに俯く。
「タクヤさん、お時間ありますか?」
「時間? ああ、大丈夫だけど」
「実は…お話ししたいことがあって」
ルナの頬が微かに赤くなる。
「話?」
「はい。でも、ここだと…その…」
ルナがもじもじと手をいじる。
「どこか静かな場所で、二人きりでお話しできればと思うんです」
二人きり…まさか告白か?
「わ、わかった。どこに行こうか?」
「王都の中央公園はいかがでしょうか?」
ルナが提案する。
「夕方の公園って、とても綺麗なんですよ」
「そうだね。行ってみよう」
俺はルナと一緒に宿を出た。
エリカには内緒の、二人だけの外出。なんだかドキドキする。
◇◇◇
王都中央公園は、王宮の近くにある美しい庭園だった。
色とりどりの花が咲き、噴水が涼しげな音を立てている。
夕方の柔らかい日差しに照らされて、確かに美しい光景だった。
「綺麗ですね」
ルナが嬉しそうに呟く。
「ああ、本当に」
俺たちは公園のベンチに座った。
「それで、話って?」
俺が尋ねると、ルナが深呼吸する。
「実は…タクヤさんにお礼を言いたくて」
「お礼?」
「はい。私、タクヤさんと出会えて本当に良かったです」
ルナが真剣な表情で言う。
「それまでの私は、一人ぼっちで…」
「一人ぼっち?」
「はい。エルフの血を引いているせいで、見た目が子供のままで…」
ルナが悲しそうに俯く。
「他の冒険者からは子供扱いされるし、普通の人からは化け物扱いされることもあって…そして家族からも」
そんな辛い過去があったのか。
「でも、タクヤさんは違いました」
ルナが俺を見つめる。
「最初から、私を一人の魔法使いとして認めてくれた」
「それは当然だよ。君の魔法の実力は本物だから」
「ありがとうございます」
ルナの目に涙が浮かんでいる。
「タクヤさんと一緒にダンジョンを攻略した時、本当に楽しかったです」
あのダンジョン攻略か。確かに良いコンビネーションだった。
「俺も楽しかった。君の魔法サポートがなければ、とても一人では攻略できなかった」
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
ルナが笑顔を見せる。
その時、公園に音楽が響いてきた。
どこからか、街の楽師が演奏しているらしい。
「素敵な音楽ですね」
ルナがうっとりと聞き入る。
「そうだね」
優雅なワルツの調べが、夕暮れの公園に響いている。
「あの…タクヤさん」
ルナが恥ずかしそうに立ち上がる。
「私と…踊りませんか?」
「踊る?」
「はい。せっかく素敵な音楽が流れてますし」
ルナが手を差し出す。
「でも、俺はダンスなんて…」
「大丈夫です。私がリードしますから」
ルナの瞳が期待に輝いている。
「わかった」
俺はルナの手を取った。
小さくて柔らかい手。エリカの手とは違う、繊細な感触だった。
「それでは、始めましょう」
ルナが俺をエスコートして、公園の開けた場所に移動する。
音楽に合わせて、ルナが踊り始めた。
彼女の動きは流れるように美しく、まるで妖精が踊っているようだった。
「すごいな、ルナ。どこでダンスを覚えたんだ?」
「昔、宮廷で働いていた時期があって」
ルナが優雅にステップを踏む。
「その時に覚えました」
宮廷で働いていた経験もあるのか。ルナの過去は謎が多い。
「タクヤさんも、とても上手です」
「本当か? 適当に合わせてるだけなんだけど」
「でも、私とぴったり息が合ってます」
確かに、不思議と息が合う。まるで以前から一緒に踊っていたかのようだ。
音楽が高まりを迎える。
ルナが俺の腕の中でくるりと回転し、再び向き合う。
「タクヤさん…」
ルナが俺を見つめる。その瞳が潤んでいる。
「どうした?」
「私…」
ルナが何かを言いかけた時、音楽が終わった。
公園に静寂が戻る。
「お疲れ様でした」
ルナが俺から離れ、丁寧にお辞儀する。
「楽しかったよ、ルナ。ありがとう」
「こちらこそ」
ルナが嬉しそうに微笑む。
「あの…もう少し、公園を歩きませんか?」
「いいよ」
俺たちは公園内を散歩し始めた。
薔薇の花壇、小さな池、石造りの橋…様々な景色が楽しめる。
「この花、綺麗ですね」
ルナが白い花の前で立ち止まる。
「月光花という花です。夜に光るんですよ」
「夜に光る?」
「はい。月明かりを吸収して、薄く光るんです」
ルナが花を愛でるように見つめる。
「私の名前の由来でもあります」
「ルナ…月か」
「はい。月光のように美しくなりたいと、両親が名付けてくれました」
ルナが少し寂しそうな表情を見せる。
「両親は…冷たくなっちゃいましたけど」
「そうか…」
重い話題になってしまった。
「でも、寂しくないです」
ルナが振り向いて笑顔を見せる。
「今は、タクヤさんたちがいますから」
その笑顔が眩しくて、俺は少し胸が苦しくなった。
「ルナ…」
「はい?」
「俺たちと一緒にいて、楽しい?」
「とても楽しいです」
ルナが即答する。
「特に、タクヤさんと一緒の時間は…」
そこで言葉を切る。
「特に?」
「その…特に大切です」
ルナの頬が赤くなる。
この雰囲気…告白されるのだろうか?
その時、池の向こうから声が聞こえた。
「あら、可愛いカップルね」
中年の女性が微笑みながら通りかかる。
「お似合いですわ」
「あ、あの…私たちは…」
ルナが慌てて否定しようとする。
「でも、お幸せそうに見えますよ」
女性がウインクして去っていく。
「カップルって…」
俺も少し照れる。
「すみません、タクヤさん。変に思われちゃいましたね」
「いや、別に気にしないよ」
むしろ、少し嬉しかったりする。
「それより、もう夕食の時間だ。何か食べに行かない?」
「はい! でも…」
ルナが困ったような表情をする。
「エリカさんに知られたら、怒られちゃうかも」
確かに、エリカは嫉妬深い。二人きりでデートしてるなんて知られたら大変だ。
「それなら、街の外れのレストランに行こう。人目につきにくい場所を知ってる」
「本当ですか? ありがとうございます」
ルナが嬉しそうに手を叩く。
◇◇◇
俺たちは王都の外れにある小さなレストランに向かった。
『森の小径』という名前の、こじんまりとした店だった。
「いらっしゃいませ」
店主の老人が温かく迎えてくれる。
「窓際の席が空いてますよ」
案内された席からは、王都の夜景が一望できた。
「綺麗ですね」
ルナが窓の外を見つめる。
街の明かりがキラキラと輝いて、確かに美しい光景だった。
「この店、どうやって知ったんですか?」
「前に一人で散歩してた時に見つけたんだ」
実際は、エリカとの関係で悩んだ時に一人で来た店だった。
「お料理、美味しそうですね」
ルナがメニューを見ている。
「何か好きなものを頼んでいいよ」
「本当ですか? それなら…」
ルナが恥ずかしそうに言う。
「甘いものが食べたいです」
「甘いもの?」
「はい。この店のケーキ、有名なんですよね?」
確かに、この店は手作りケーキで評判だった。
「それじゃあ、ケーキセットを頼もう」
「やったあ!」
ルナが子供のように喜ぶ。
しばらくして、美味しそうなケーキとお茶が運ばれてきた。
「いただきます」
ルナが嬉しそうにケーキを頬張る。
「美味しい!」
その表情が本当に幸せそうで、俺も思わず笑顔になる。
「良かった」
「タクヤさんも食べてください」
「ああ」
俺もケーキを一口食べる。確かに美味しい。
「ねえ、タクヤさん」
ルナが突然真剣な表情になる。
「何?」
「もし…もしもの話ですが」
ルナが俯く。
「ユキナさんとの戦いが終わったら…どうするんですか?」
雪菜との戦いが終わったら…考えたことがなかった。
「わからないな。元の世界に帰れるかもしれないし」
「元の世界に…」
ルナの表情が暗くなる。
「それは…寂しいです」
「ルナ…」
「でも、タクヤさんにとってはそれが一番なんですよね」
複雑な気持ちだった。確かに元の世界に帰りたい気持ちはある。でも、この世界の仲間たちとの別れを考えると…
「今はまだわからない。でも、君たちと過ごした時間は忘れない」
「本当ですか?」
「ああ。特に君とのダンジョン攻略は、いい思い出だ」
「私も忘れません」
ルナが微笑む。
「タクヤさんと一緒に戦えて、本当に楽しかったです」
その時、ルナがケーキのクリームを頬につけているのに気づいた。
「ルナ、頬にクリームが」
「え? どこですか?」
ルナが慌てて頬を触る。
「違う、こっち」
俺は思わず手を伸ばし、ルナの頬についたクリームを拭った。
「あ…」
ルナが固まる。
俺たちの顔が、とても近い距離にある。
「タクヤさん…」
ルナが潤んだ瞳で俺を見つめる。
このままキスしてしまいそうな雰囲気。
でも…
「ご、ごめん」
俺は慌てて手を引っ込める。
「だ、大丈夫です」
ルナも真っ赤になって俯く。
気まずい沈黙が流れる。
「そ、そろそろ帰ろうか」
「は、はい」
俺たちは慌てて会計を済ませ、レストランを出た。
夜道を歩きながら、お互いに無言だった。
さっきの雰囲気は何だったんだろう。まさかルナも俺に…
「あの…タクヤさん」
宿に着く直前、ルナが声をかけてきた。
「今日は…ありがとうございました」
「こちらこそ、楽しかった」
「また…二人きりで出かけられたらいいですね」
ルナが恥ずかしそうに言う。
「そうだね」
俺も素直に答える。
宿に戻ると、エリカがロビーで待っていた。
「お帰りなさい、タクヤ。ルナちゃんも」
エリカの表情は普通だった。気づかれていないようだ。
「ただいま、エリカ」
「武器屋はどうだった?」
「ええ、いいお手入れ用品が買えたわ」
エリカが満足そうに答える。
「それより、二人はどこに行ってたの?」
俺とルナが慌てる。
「あ、あの…」
「公園を散歩してただけよ」
ルナが機転を利かせる。
「そうなの。一緒に?」
エリカの目が少し鋭くなる。
「た、偶然会ったんです」
俺が慌てて付け加える。
「そう…それなら良いけど」
エリカが疑わしそうな表情をする。
「それじゃあ、私は部屋に戻りますね」
ルナが慌てて階段を上がっていく。
「おやすみなさい」
「おやすみ、ルナちゃん」
エリカが見送る。
俺も自分の部屋に向かおうとすると、エリカが腕を掴んだ。
「タクヤ」
「何?」
「本当に偶然だったの?」
エリカの目が真剣だった。
「ああ、本当だ」
「そう…なら良いけど」
エリカが俺を離す。
「でも、あんまりルナちゃんと二人きりにならないでよ」
「どうして?」
「女の勘よ。あの子、タクヤのこと狙ってるもの」
エリカの勘は鋭い。
「気のせいだよ」
「そうかしら」
エリカが疑わしそうに呟く。
「とにかく、気をつけなさい」
「わかった」
俺は自分の部屋に戻った。
今日のルナとのデート…いや、散歩は楽しかった。
でも、同時に複雑な気持ちも生まれた。
エリカへの気持ちと、ルナへの気持ち。
どちらも大切な仲間だが、それ以上の何かを感じ始めている。
この想いは、どう整理すればいいのだろうか。
窓の外を見ると、月光花が薄く光っているのが見えた。
ルナの名前の由来となった花。
美しく、そして切ない光だった。




