第十六話「新たな使命を果たすために」
あの日以来、俺は毎夜悪夢にうなされるようになった。
夢の中で、雪菜がエリカを殺している。
ルナの胸を貫いている。
グロムが再び片腕をもがれ、今度は命を奪われている。
「やめろ…やめてくれ…」
俺が叫んでも、雪菜は笑顔のまま仲間たちを惨殺し続ける。
「拓也くん♡ 今度は二人きりですね♡」
血まみれの雪菜が俺に向かって手を伸ばす。
「うわあああ!」
俺は跳ね起きる。
汗でびしょ濡れになったパジャマ。激しく鳴る心臓。
夢だとわかっていても、恐怖は消えない。
「また夢か…」
俺はベッドから起き上がり、窓から外を眺める。
静かな王都の夜景が広がっているが、心の不安は晴れない。
この悪夢は、もう一週間も続いている。
最初は時々だったが、今では毎晩のように見る。
そのせいで、俺の顔には深いクマができ始めていた。
集中力も日に日に失われていく。
「このままじゃダメだ…」
でも、どうすればいいのかわからない。
雪菜の脅威は現実のものだ。彼女は確実に強くなっている。
いつか、夢の中の惨劇が現実になるかもしれない。
そんな俺の状態を、仲間たちも心配してくれていた。
「タクヤさん、最近顔色が悪いですね」
朝食の席で、ルナが心配そうに声をかけてくる。
「ちゃんと眠れてる?」
エリカも俺の顔を覗き込む。
「ああ、大丈夫だ」
俺は嘘をついた。心配をかけたくない。
「でも、目の下のクマがひどいわよ」
「そんなことない」
俺が否定すると、グロムがテーブルをドンと叩いた。
「嘘をつくな、タクヤ」
グロムの鋭い視線が俺を射抜く。
「明らかに参っているじゃないか。何があった?」
「何もない」
「何もないわけがあるか。仲間が心配してるんだぞ」
グロムの言葉に、俺は罪悪感を感じた。
「タクヤ、正直に話して」
エリカが俺の手を取る。
「私たちは仲間でしょう? 一人で抱え込まないで」
「そうです。みんなで支え合いましょう」
ルナも同調する。
俺は迷った。悪夢の内容を話すべきか。
でも、みんなが殺される夢を見てるなんて言えるだろうか。
「実は…最近、悪い夢を見るんだ」
俺は重い口を開く。
「悪い夢?」
「雪菜が…君たちを…」
そこまで言って、俺は口をつぐんだ。
「なるほど、そういうことか」
グロムが理解したような表情を見せる。
「戦場でよくあることだ。仲間を失う恐怖が夢に現れる」
「そうなんですか?」
ルナが尋ねる。
「ああ。俺も昔、よく見た。戦友が死ぬ夢を」
グロムが遠い目をする。
「でも、それに負けてはいけない。現実と夢は違うからな」
「わかってるんだけど…」
「タクヤ」
エリカが俺の顔を両手で挟む。
「私は死なないわよ。絶対に」
「エリカ…」
「だから、そんな顔しないで」
エリカの真剣な表情に、俺の心が少し軽くなる。
「それに、私たちには新しい武器もあるし、グロムさんもいる」
「そうです。以前より強くなってますから」
ルナも力強く言う。
「みんな…」
仲間たちの言葉が、俺の心に染みた。
だが、その時エリカが突然立ち上がった。
「そうだ! タクヤ、今度の休日にデートしましょう」
「デート?」
俺が驚くと、ルナも慌てて立ち上がる。
「ちょっと待ってください! それなら私が!」
「何よ、ルナちゃん。私の方が先に誘ったでしょう」
「でも、私の方がタクヤさんと二人きりで冒険した仲ですから」
エリカとルナが睨み合う。
「ダンジョン攻略が何だって言うのよ」
「エリカさんこそ、誕生日プレゼントもらっただけじゃないですか」
「だけって何よ! あの剣は特別製なのよ!」
「私だって、タクヤさんと手を繋いで瞬間移動しましたもの」
二人の言い争いが激しくなる。
「もう我慢できない!」
エリカがルナに掴みかかる。
「私だって負けません!」
ルナも応戦する。
二人が取っ組み合いの喧嘩を始めた。
「おい、やめろ!」
俺が止めに入ろうとした時、グロムが俺の肩を掴んだ。
「放っておけ。女同士の喧嘩だ」
「でも…」
「それより、お前と話がある。ついてこい」
グロムが俺を引っ張って宿から連れ出す。
後ろではまだエリカとルナが喧嘩している。
「どこに行くんだ?」
「王宮だ」
グロムが短く答える。
「王宮?」
「ああ。お前に見せたいものがある」
◇◇◇
王宮に到着すると、グロムは衛兵に何かを見せた。
特別な許可証のようなものだった。
「通してください」
「はい、グロム様」
衛兵が恭しく頭を下げる。
「グロム様?」
俺が驚くと、グロムが苦笑いした。
「昔、この王国に貢献したことがあるのでな。多少の便宜は図ってもらえる」
俺たちは王宮の中を通り、最上階まで向かった。
長い階段を上り、ついに屋上に到着する。
「ここだ」
屋上からは、王都全体を見渡すことができた。
石造りの建物が立ち並び、人々が行き交う街並み。
中世ヨーロッパのような美しい光景が広がっている。
「綺麗だな…」
俺は感嘆の声を上げる。
前の世界の現代的な街並みとは全く違う。
どこか温かみがあって、人々の営みを感じられる街だった。
「気に入ったか?」
「ああ。こんな美しい街だとは思わなかった」
「だろうな」
グロムが遠くを見つめる。
「だが、この王都は昔はもっと広大だった」
「もっと広大?」
「そうだ。今の三倍はあった」
グロムが指で範囲を示す。
「あの山の向こう、そのまた山の向こうまで、全てがこの王国の領土だったんだ」
「何があったんですか?」
「勢力争いだ」
グロムの表情が暗くなる。
「隣国との戦争で敗北し、領土の三分の二を失った」
「そんな…」
「多くの仲間も失った。俺の故郷も、今は隣国の支配下にある」
グロムの拳が握りしめられる。
「だから、俺は元の王都を取り戻したい」
「元の王都を…」
「そうだ。この国を元の大きさに戻し、失われた故郷を取り戻したい」
グロムが俺を見る。
「お前にも協力してもらいたい」
俺の胸が熱くなった。
その王都がどんなものかは見たことがないが、グロムの想いは痛いほど伝わってくる。
「どうすればいいんですか?」
「この国の王国騎士団に入るんだ」
グロムが提案する。
「王国騎士団?」
「ああ。正式な騎士になって、隣国を討伐するんだ」
「でも、俺なんかが騎士になれるんですか?」
「お前の実績なら問題ない。魔王軍幹部討伐、ドラゴン討伐…十分すぎる功績だ」
確かに、表面上の実績は華々しい。
「それに、王国騎士団ならユキナとも堂々と戦える」
グロムが付け加える。
「個人的な復讐ではなく、国家の任務として」
なるほど、それは一つの方法だ。
「わかりました。王国騎士団の試験を受けてみます」
「そうこなくては」
グロムが満足そうに頷く。
「明日、王国騎士団の本部に行こう。採用試験の申し込みをしてくる」
「はい」
俺は決意を固めた。
悪夢に怯えているだけでは何も変わらない。
積極的に行動し、雪菜を倒す力を身につけるしかない。
そして、グロムの故郷を取り戻すという新たな目標もできた。
「ありがとう、グロム。君のおかげで目標が見えてきた」
「何を言っている。仲間なんだから当然のことだ」
グロムがいつものように答える。
「それより、あの二人はまだ喧嘩してるだろうな」
「大丈夫かな…」
「心配するな。女同士の喧嘩は、最終的に仲直りするものだ」
グロムが経験豊富そうに言う。
俺たちは王宮を後にし、宿に戻った。
◇◇◇
宿に戻ると、エリカとルナは疲れ果てて椅子に座っていた。
髪も服もボサボサで、お互いに睨み合っている。
「お帰りなさい」
二人が同時に言う。
「喧嘩は終わったのか?」
「終わったというか…疲れたというか…」
エリカがため息をつく。
「とりあえず、引き分けということにしました」
ルナも同じような表情だ。
「そうか。それより、みんなに報告がある」
俺が切り出す。
「俺、王国騎士団の採用試験を受けることにした」
「えええ!?」
エリカとルナが同時に驚く。
「王国騎士団って、あの?」
「そうだ。正式な騎士になって、雪菜と戦う力をつけたい」
「でも、試験って難しいんじゃないの?」
エリカが心配そうに尋ねる。
「大丈夫だろう。タクヤの実績なら」
グロムが答える。
「それに、俺も推薦状を書いてやる」
「推薦状?」
「元王国騎士団の隊長だったからな。多少の影響力はある」
またグロムの隠された過去が明かされた。
「すごいじゃない! タクヤが騎士になるなんて」
エリカが興奮する。
「騎士様ですか…素敵です」
ルナも目を輝かせる。
「まだ試験に受かったわけじゃない」
俺が謙遜すると、グロムが笑った。
「心配するな。お前なら必ず受かる」
仲間たちの期待を背負って、俺は王国騎士団への道を歩み始めることになった。
悪夢はまだ続くかもしれない。
でも、立ち止まっているわけにはいかない。
雪菜を倒し、グロムの故郷を取り戻すために、俺は前に進むのだ。




