第十五話「ここまでしてもらっていいんですか?!」
ダンジョン攻略から帰ってきた翌日、俺は一つの決心を固めていた。
グロムの安否を確認しに行く。
あの日、雪菜と戦ったグロムがどうなったのか、ずっと気になっていた。
生きているのか、それとも…
「タクヤさん、どこか浮かない顔をしてますね」
朝食の席で、ルナが心配そうに声をかけてくる。
「グロムのことを考えてたんだ」
「グロムさん…」
エリカの表情も曇る。
「あの人、生きてるのかしら」
「わからない。でも、確認しに行こうと思う」
俺が立ち上がると、二人も立ち上がった。
「私たちも一緒に行きます」
「でも、危険かもしれない。雪菜がまだそこにいる可能性も…」
「だからこそ、一人で行かせられない」
エリカが強い口調で言う。
「そうです。みんなで行きましょう」
ルナも同意する。
その時、宿の扉がノックされた。
「タクヤ、久しぶりだな」
聞き覚えのある声だ。
扉を開けると、アレンが立っていた。
「アレンさん? どうしてここに?」
「実は、相談がある」
アレンが真剣な表情で言う。
「王都北部で起きた異変について」
「異変?」
「数日前、王都北部の山岳地帯で巨大な爆発が起きた」
アレンが説明する。
「地形が変わるほどの規模で、王国も調査団を派遣したんだが…」
「それで?」
「調査団が全員行方不明になったんだ」
俺の心臓が跳ね上がる。
間違いなく雪菜の仕業だ。
「それで、タクヤにお願いがある。一緒に現地を調査してくれないか?」
「俺に?」
「そうだ。あの女囚…ユキナと関係があると俺は見込んでいる」
アレンは雪菜の恐ろしさを知らないが、何かを察している様子だった。
「わかりました。行きましょう」
これ幸いだった。アレンと一緒なら、より安全にグロムを探せる。
◇◇◇
俺たちは王都北部に向けて出発した。
アレンの馬に加えて、エリカとルナも同行する。
「瞬間移動で一気に現地まで行けますが」
「いや、段階的に近づいた方が安全だ」
アレンが慎重に判断する。
「何が起きているかわからない以上、準備を整えながら進むべきだ」
「そうですね」
山岳地帯の麓まで来ると、異変は明らかだった。
「これは…」
アレンが息を呑む。
以前ドラゴンと戦った山々が、跡形もなくなっていた。
巨大な窪みがあちこちにあり、まるで隕石でも落ちたような惨状だった。
「こんなことって…」
エリカが呆然とする。
「人間にこんなことができるんですか?」
ルナも信じられないという表情だ。
俺とエリカだけが真実を知っていた。
これは雪菜の仕業だ。グロムとの戦いで、この地形を変えるほどの力を発揮したのだろう。
「仕方がない。現地まで瞬間移動で行くしか…」
「了解しました」
俺たちは手を繋いで、以前ドラゴンと戦った洞窟があった場所まで移動した。
さすがに、四人を同時は体への負担がきつい。
だが、それを忘れるほど着いた場所は想像を絶する光景だった。
「山が…ない」
以前は聳え立っていた山々が、完全に消失していた。
代わりにあるのは、直径数百メートルの巨大な窪み。
「まるで誰かが巨大な斧で削り取ったみたいね」
エリカが呟く。
その表現は的確だった。確かに、巨大な斧で山を削り取ったような跡があちこちに見える。
「グロムの武器は戦斧だったな…」
俺は小声で呟く。
「何か言った?」
「いえ、何でも」
俺はカインの遺体を探そうと、窪みの中を歩き回った。
でも、血痕すらも見つからない。
「骨も残らないなんて…」
俺の心は重かった。
その時、アレンが何かを発見した。
「これは…戦斧の跡だ」
地面に深々と刻まれた斧の跡があった。
「相当な威力だ。普通の人間には不可能だろう」
「ドワーフの戦士なら可能かもしれませんが…」
ルナが推測する。
グロムなら確かに可能だろう。でも、彼は今どこに?
「もう諦めるか…」
俺がそう思った時だった。
突然、窪みの底の地面が盛り上がった。
「何だ!?」
アレンが武器を構える。
土の中から、何かが這い出てきた。
それは…
「グロム!」
間違いなくグロムだった。だが、その姿は変わり果てていた。
右腕が肩から完全に失われ、体中が傷だらけ。髭も半分焼け焦げている。
「おお…タクヤか…」
グロムが弱々しい声で俺を見上げる。
「生きてたのか! 良かった…」
俺はグロムの元に駆け寄る。
「お前らも無事だったか…」
「グロムさん!」
エリカが心配そうに近づく。
「この方が、グロム・アイアンハンマーか」
アレンが驚く。
「伝説の鍛冶師…生きておられたとは」
「伝説は大げさだ…」
グロムが苦笑いする。
「それより、あの化け物のことを話さねばならん」
「化け物?」
「ああ。ユキナとか名乗っていた女だ」
グロムが真剣な表情になる。
「最初はいい勝負だった。俺の戦斧と、あいつの異常な身体能力で互角に戦えた」
グロムが振り返る。
「だが、時間が経つにつれて、あいつはどんどん強くなった」
「強くなった?」
「ああ。まるで戦闘中に力を吸収しているかのように」
俺の心臓が跳ね上がる。
やはり俺の瞬間移動で雪菜は強化され続けているのだ。
「最終的に、この右腕をもがれた」
グロムが失われた右腕を見る。
「そして、この穴に埋められた。殺されなかったのが不思議だが…」
「どのくらい埋まってたんですか?」
ルナが尋ねる。
「三日間だ。ドワーフの生命力でなんとか生き延びた」
三日間も土の中に…よく生きていたものだ。
「でも、どうして殺されなかったんだろう?」
エリカが疑問を口にする。
「わからん。ただ、最後に言われた言葉があるが…」
「何て?」
「『拓也くんとそこまで親しくなさそうなので殺さないでおきます。でも、二度と邪魔しないでね♡』と」
俺の背筋が凍る。
雪菜は俺との関係度から、グロムを殺さなかったのだ。
「変な女だったが、相当危険だ」
グロムが警告する。
「あれと戦うつもりなら、十分気をつけろ」
「ありがとう、グロム。それより、治療を…」
「大丈夫だ。ドワーフはそう簡単には死なん」
グロムが立ち上がる。
「それより、約束を守らねばならん」
「約束?」
「お前の仲間になると言ったろう。片腕になっても、その約束は変わらん」
グロムが力強く言う。
「本当にいいのか? 俺のせいであなたは…」
「何を言っている。仲間を守るのは当然のことだ」
グロムが俺の肩を叩く。
「それに、まだお前にしてやりたいことがある」
「してやりたいこと?」
「剣を作ってやろう。お前専用の特別な剣を」
グロムが笑う。
「片腕でも、俺の技術は衰えていない」
「でも、無理しなくても…」
「いいから黙って受け取れ。男の約束だ」
こうして、グロムが正式に俺たちの仲間になった。
◇◇◇
王都に戻ると、グロムは早速剣作りに取りかかった。
彼は王都の職人街に小さな工房を借り、毎日のように作業に没頭した。
「グロムさん、無理しないでくださいね」
エリカが心配そうに言う。
「片腕での作業は大変でしょう」
「心配無用だ。むしろ、集中できて調子がいいくらいだ」
グロムが火花を散らしながら答える。
「それに、これは特別な剣になる。タクヤの瞬間移動に最適化した設計だ」
「瞬間移動に最適化?」
「ああ。軽量で取り回しが良く、魔力の流れを阻害しない材質を使う」
グロムが説明してくれる。
「さらに、魔石を贅沢に使って、魔力増幅の効果も付ける」
「魔石を?」
「そうだ。ダンジョンで手に入れた魔石を使わせてもらう」
俺たちがダンジョンで獲得した宝物の中に、確かに良質な魔石があった。
「でも、それって相当高価なんじゃ…」
「金に変えられないものもある。とくに、命はな」
グロムがきっぱりと言う。
「それに、片腕になった俺にとって、これは償いでもある」
「償いなんて必要ない」
俺が抗議すると、グロムが微笑んだ。
「いいから受け取れ。一週間で完成させる」
◇◇◇
一週間後、グロムの約束通り、剣が完成した。
「できたぞ、タクヤ」
グロムが誇らしげに剣を差し出す。
それは美しかった。
青白く光る刀身に、柄の部分には魔石が埋め込まれている。
軽くて、手に完璧に馴染む。
「『瞬刃』と名付けた」
「ブリンク…」
「瞬間移動との相性を最大化した剣だ。魔力消費も抑えられるし、切れ味も抜群だ」
俺は剣を振ってみる。
信じられないほど軽く、まるで空気を切っているようだ。
「すごい…これなら戦闘でも活躍できそうだ」
「当然だ。俺の最高傑作の一つだからな」
グロムが満足そうに頷く。
「ありがとう、グロム。大切に使わせてもらう」
「それでいい」
その時、エリカとルナがやってきた。
「わあ、綺麗な剣ね」
エリカが感嘆の声を上げる。
「魔石がこんなに…羨ましいです」
ルナも目を輝かせている。
「私の剣も素晴らしいけど、これはまた格別ね」
エリカが少し羨ましそうに言う。
「私の杖も、魔石を使ったものが欲しいです」
ルナも同じような表情だ。
「そうか…それなら、お前たちの武器も作り直してやろう」
グロムが提案する。
「本当ですか?」
「ああ。仲間なんだから、みんな同じように装備を整えるべきだ」
エリカとルナが喜ぶ。
「でも、魔石が足りないんじゃ…」
「心配するな。俺のコネクションで良質な魔石を調達する」
グロムが請け合う。
こうして、俺たちの装備がさらに強化されることになった。
雪菜との最終決戦に向けて、着実に準備が整っていく。
「ありがとう、グロム」
俺が改めて礼を言うと、グロムが笑った。
「何度も言わせるな。仲間なんだから当然のことだ」
仲間…この言葉が、俺の心を温めた。
カインは失ったが、グロムという信頼できる仲間を得られた。
これで雪菜と戦う準備が、また一歩進んだのだった。




