第十二話「偶然から始まった勇者でも…」
あれから三日が経った。
俺は宿の部屋で、ただ横たわっていた。
食事もろくに取れない。エリカが心配して持ってきてくれた食事も、ほとんど手をつけていない。
カインの死が、俺の心に重くのしかかっていた。
彼は俺を信じてくれていた。純粋な目で、俺のことを勇者だと思ってくれていた。
そんな彼が、俺のせいで死んでしまった。
雪菜が強くなったのは、俺が瞬間移動を使い続けたからだ。
俺がみんなを巻き込んだから、カインは死に、グロムも行方不明になった。
「全部俺のせいだ…」
天井を見つめながら呟く。
もうこの世界で生きていく気力がない。
でも、死ぬ勇気もない。ただ、雪菜に見つかれば、今度こそ死ぬまで監禁されてしまう。
そう考えると、一つだけ選択肢があった。
一人でこの街から逃げ出すことだ。
エリカには悪いが、これ以上彼女を危険に巻き込むわけにはいかない。
俺一人なら、どこか遠くの街で身を隠して生きていけるかもしれない。
その夜、俺は荷物をまとめて宿を出た。
できるだけ音を立てないよう、慎重に廊下を歩く。
エリカの部屋の前を通る時、少し胸が痛んだ。
でも、彼女のためだ。俺がいなくなれば、雪菜に狙われることはない。
宿の外に出て、王都の門に向かう。
深夜の街は静まり返っていて、俺の足音だけが響く。
門が見えてきた。あと少しで王都から出られる。
その時だった。
「今度はどこにいくつもり?」
聞きなれた声が闇の中から聞こえた。
門の前に、エリカが立っていた。
月明かりに照らされた彼女の顔は、悲しそうでもあり、怒っているようでもあった。
「エリカ…どうしてここに?」
「タクヤの考えてることなんて、手に取るようにわかるもの」
エリカがため息をつく。
「また一人で逃げようとしてるのね」
俺は何も言えなかった。完全に見透かされている。
「どうして一人で背負い込むの? 私たちは仲間でしょう?」
「でも…カインが死んだのは俺のせいだ」
俺の声が震える。
「俺が瞬間移動を使うから、雪菜が強くなった。俺がみんなを巻き込んだから…」
「それは違うわ」
エリカが強い口調で言う。
「カインさんは自分の意思で私を守ってくれた。グロムさんだって、自分で選んで戦ってくれた」
「でも…」
「タクヤは勇者よ。本物の勇者なの」
エリカが俺に近づく。
「ブラックウルフの群れを倒して村を救ったのも、魔王軍幹部を捕らえたのも、ドラゴンを倒したのも、全部タクヤがやったことよ」
「それは全部偶然だ」
俺は首を振る。
「偶然なんかじゃないわ」
エリカは俺の手を取る。
「確かに最初は偶然だったかもしれない。でも、タクヤはその偶然を活かして、みんなを守ってきた」
「エリカ…」
「ドラゴン戦の時を思い出して。タクヤは逃げ出そうとしてた。でも、私たちのことを思って立ち上がった」
エリカの瞳に涙が浮かんでいる。
「それが本物の勇者よ。恐怖に負けそうになっても、大切な人を守るために戦う。それがタクヤなの」
俺の胸が熱くなる。
「でも、俺はまだ何も成し遂げていない。雪菜を止めることもできないし…」
「今はそうかもしれない。でも、いつかきっと本物の勇者になれる」
エリカが微笑む。
「“偶然から始まった勇者でも、本物の勇者になることはできるのよ“」
その言葉が、俺の心に響いた。
確かに、今までの俺は偶然に頼ってきた。でも、その偶然を活かして、結果的に多くの人を救ってきた。
もしかしたら、これから本物の勇者になることも可能かもしれない。
「そのためには、雪菜を倒さなければならない」
俺が呟くと、エリカが嬉しそうに頷いた。
「そうよ。ユキナを倒して、この世界に平和をもたらすの」
エリカの言葉に、俺は決意を固めた。
「わかった。夜逃げは諦める」
「本当に?」
「ああ。みんなでもう一度、雪菜に立ち向かおう」
エリカが安堵の表情を見せる。
「でも、今度はもっと強い仲間が必要だ。グロムクラスの実力を」
「そうね。明日、ギルドに行ってみましょう」
◇◇◇
翌朝、俺たちは王都のギルドに向かった。
昨日の決意は変わらない。雪菜を倒すために、より強い仲間を探すのだ。
ギルドに入ると、いつものように多くの冒険者が集まっていた。
だが、その中に一人、目立つ人物がいた。
大きな魔法の杖を持った、小柄な人影。
ローブが深くかぶっているが、その下から銀色の髪がのぞいている。
「あの人、すごい魔力を感じるわね」
エリカが呟く。
確かに、その人物の周りには特別な空気が漂っている。
間違いなく、相当な実力者だ。
「話しかけてみよう」
俺たちはその人物に近づいた。
「あの、すみません」
俺が声をかけると、その人物がゆっくりと振り返る。
ローブの下から現れたのは、驚くほど幼い顔立ちだった。
大きな青い瞳に、白い肌。どう見ても十歳程度の少女にしか見えない。
「はい? なんでしょうか?」
その声も、幼い少女のものだった。
「え…君は…」
「私はルナ・ムーンライト。魔法使いです」
少女が自己紹介する。
魔法使い? この子が?
「あの…失礼ですが、おいくつですか?」
エリカは恐る恐る尋ねる。
「見た目は十歳ですが、実際は百二十歳です」
ルナはあっけらかんに答える。
「ひゃ、百二十歳!?」
「エルフの血を引いてるので、成長が遅いのです。でも、魔法の実力はAランク冒険者クラスですよ」
Aランク…相当な実力者だ。
「それで、何のご用でしょうか?」
「実は、仲間を探しているんです」
俺が説明する。
「とても危険な敵と戦うことになるので、強い魔法使いが必要で…」
「面白そうですね」
ルナの瞳がキラキラと輝く。
「どんな敵ですか?」
「それは…」
俺は雪菜のことを説明するか迷う。
「とても強くて、危険な人物です」
「危険度はどれくらい?」
「Sランク以上…かもしれません」
「わあ、すごい!」
ルナは手を叩いて喜ぶ。
「ぜひ仲間に入れてください!」
「え? いいんですか?」
「もちろんです! 強い敵と戦うのは魔法使いの本望ですから」
ルナが元気よく答える。
「でも…」
エリカが困った顔をする。
「タクヤ、ちょっと」
エリカが俺を脇に引っ張る。
「女の子はダメって言ったじゃない」
「でも、Aランクの魔法使いだぞ。こんな機会は滅多にない」
「ダメよ! 約束でしょ?」
エリカが頑固に首を振る。
「それに、あの子、なんだか怪しいわ」
「怪しいって?」
「百二十歳なのに、あんなに無邪気すぎる。普通じゃないわよ」
確かに、ルナの反応は子供そのものだった。
本当に百二十歳なのだろうか?
「でも、実力があるなら…」
「絶対ダメ!」
エリカが断固として反対する。
その時、ルナが俺たちに近づいてきた。
「お話は決まりましたか?」
「あ、それが…」
「私、タクヤさんと一緒に冒険したいんです」
ルナが俺の腕に抱きつく。
「え?」
「だって、タクヤさんって有名な魔王軍幹部討伐の英雄でしょう? そんな人と一緒に冒険できるなんて、夢みたい」
ルナの瞳がキラキラと輝いている。
「ちょっと! タクヤから離れなさい!」
エリカが慌ててルナを引き離そうとする。
「あら? この人、タクヤさんの恋人ですか?」
「こ、恋人じゃないわよ!」
エリカの顔が真っ赤になる。
「じゃあ、私にもチャンスはありますね♪」
ルナがニッコリと笑う。
「な、何ですって?」
エリカが慌てふためく。
俺は頭を抱えた。
また面倒なことになりそうだ。
でも、Aランクの魔法使いを仲間にできるチャンス。
雪菜を倒すためには、強い仲間が必要だ。
「わかりました。ルナさん、仲間になってください」
「やったあ!」
ルナが飛び跳ねて喜ぶ。
「タクヤ!」
エリカが抗議の声を上げる。
「ごめん、エリカ。でも、今は実力を優先させてもらう」
「むー…」
エリカが頬を膨らませる。
「よろしくお願いします、タクヤさん♪」
ルナが俺の手を握る。
こうして、俺たちの新しい仲間が決まった。
エリカは不満そうだが、戦略的には大きな向上だ。
雪菜を倒すために、俺たちの戦いが再び始まろうとしていた。




