第十一話「絶望の襲来」
一週間後、俺たちは王都北部の山岳地帯に向かっていた。
この一週間、俺は密かに特訓を重ねていた。夜中にこっそり宿を抜け出し、人気のない場所で剣の素振りを繰り返す。筋力トレーニングも欠かさない。
なぜなら、格好をつけたかったからだ。
エリカやカインの前で、少しでも勇者らしいところを見せたい。特にエリカには、頼りがいのある男として見てもらいたかった。
でも、内心では震えが止まらない。相手はドラゴンだ。伝説の魔物と戦うなんて、正気の沙汰じゃない。
「見えたぞ」
グロムが指差す先に、巨大な洞窟が見えた。
「あそこがレッドドラゴンの巣穴か」
「でけぇな…」
洞窟の入り口だけでも、家一軒分はありそうだ。
そして、その奥から低い唸り声が聞こえてくる。
「グルルル…」
地面が微かに振動している。
「本当にいるのね…ドラゴンが」
エリカが緊張した声で呟く。
「大丈夫です。タクヤさんなら必ず勝てますよ」
カインが俺を励ましてくれる。その眼差しには、純粋な信頼が込められていた。
「そうだな。魔王軍幹部を二体も倒した英雄だからな」
グロムも俺に期待している。
みんなの期待が重い。でも、同時に力になる。
「よし…行くぞ」
俺は震える声でそう言った。
洞窟に足を踏み入れた瞬間、熱気が襲ってきた。まるでかまどの中にいるような暑さだ。
「暑いわね…」
エリカが額の汗を拭う。
「ドラゴンの体温の影響だな」
グロムが説明する。
奥へ進むにつれて、唸り声がどんどん大きくなる。そして巨大な影が見えてきた。
「あ…あれが…」
俺の声が震える。
洞窟の最奥部に、それはいた。
真紅の鱗に覆われた巨体。翼を広げれば家一軒を覆えそうな大きさ。鋭い牙と爪。そして、炎のように燃える赤い瞳。
まさに、子供の頃に絵本で見たドラゴンそのものだった。
「うわあ…本物だ…」
カインが息を呑む。
レッドドラゴンが俺たちに気づき、ゆっくりと首をもたげる。
「グルルル…人間どもが…我が領域に足を踏み入れるとは…」
ドラゴンが口を開くと、人の言葉を話した。知能の高い古龍だ。
「我はレッドドラゴン・インフェルノ。愚かな人間よ、何の用だ」
「あなたが商隊を襲っているから、討伐にしたのよ」
エリカが勇敢に声を上げる。
「ほう…小娘が生意気な。では、焼き殺してくれよう」
インフェルノの口から、炎が立ち上る。
「みんな、散れ!」
俺が叫んだ瞬間、エリカが剣を構えて飛び出した。
「待て、エリカ!」
俺は慌ててエリカを抑える。
実は、この一週間で考えた作戦があった。瞬間移動を活かした立体機動戦法だ。正面から挑むより、機動力で翻弄する方が勝機がある。
「俺が行く。みんなは後方支援を頼む」
「でも、タクヤ…」
「大丈夫だ。任せてくれ」
俺は剣を構え、ドラゴンと対峙した。
インフェルノが大きく息を吸い込む。火炎放射の準備だ。
「死ね、虫けらが!」
灼熱の炎が俺に向かって放たれる。
俺は瞬間移動でドラゴンの側面に回り込んだ。
「なに!?」
インフェルノが驚く。
俺は剣をドラゴンの脇腹に突き立てる。だが、硬い鱗に阻まれ、浅い傷しかつけられない。
「小癪な!」
ドラゴンの尻尾が俺を薙ぎ払おうとする。瞬間移動で回避。
今度は背中に回り込み、翼の付け根を狙う。
「チョロチョロと…鬱陶しい!」
インフェルノが翼を大きく羽ばたかせる。強風で俺の体が吹き飛ばされそうになる。
「うわあ!」
バランスを崩した俺は、洞窟の壁に叩きつけられた。
「タクヤ!」
エリカが心配して叫ぶ。
「大丈夫だ!」
俺は立ち上がり、再びドラゴンに向かう。
でも、攻撃が全然通じない。鱗が硬すぎて、剣が弾かれてしまう。
「この程度か、人間よ。失望したぞ」
インフェルノが口を大きく開く。今度はより強力な炎を放つつもりだ。
「危ない!」
俺は瞬間移動で距離を取ろうとしたが、タイミングが遅れた。
「ゴオオオオオオ!」
炽烈な炎が俺を包む。
咄嗟に剣で防御したが、剣が赤熱して持てなくなった。
「あちち!」
俺は剣を手放す。剣は洞窟の奥に飛んでいってしまった。
「武器を失ったか。では、終わりだ」
インフェルノが俺に向かって巨大な爪を振り下ろす。
死ぬ。本当に死んでしまう。
俺は恐怖に支配され、逃げ出そうとした。
その時、ふと後ろを振り返る。
エリカとカインが、心配そうにこちらを見ていた。でも、その瞳には恐怖だけでなく、期待も込められていた。
「タクヤなら勝てる」
そんな信頼の眼差しだった。
グロムも、腕を組んで俺を見守っている。
「試されているのか…俺は」
逃げるわけにはいかない。みんなの期待に応えなければ。
俺は地面に落ちている予備の剣を拾い上げ、再びドラゴンと向き合った。
「まだやるか、愚か者め」
「ああ…まだ終わりじゃない」
俺は深呼吸し、集中する。
この一週間の特訓で身につけた技術。そして、瞬間移動の特性を最大限に活かす戦法。
俺はドラゴンの死角に瞬間移動し、今度は首を狙った。
「また同じ手を!」
インフェルノが首を振って攻撃を回避しようとする。だが、俺はさらに瞬間移動でその動きを先読みし、移動先に先回りしていた。
「なに!?」
剣がドラゴンの首筋に命中する。今度は少し深く切れた。
「ぐああ!」
インフェルノが苦痛の声を上げる。
「やったね、タクヤ!」
エリカが喜ぶ。
だが、まだまだ致命傷には程遠い。
俺は攻撃を続ける。瞬間移動で各所に現れ、ドラゴンを翻弄する。
顔、翼、足。狙えるところは全て攻撃した。
だが、決定打に欠ける。ドラゴンの生命力は驚異的だった。
「小癪な…もう我慢ならん!」
インフェルノが天井を見上げ、大きく息を吸い込む。
「これは…まずい」
グロムが警告の声を上げる。
「全力の火炎放射だ! 洞窟ごと焼き払うつもりだぞ!」
「そんな!」
俺たちに逃げ場はない。この狭い洞窟では、全力の火炎放射を避けることは不可能だ。
その時、俺にアイデアが浮かんだ。
鼻だ。ドラゴンの鼻の頭。あそこなら、鱗が薄いかもしれない。
俺は最後の瞬間移動で、インフェルノの鼻の頭に移動した。
「何をする気だ!」
ドラゴンが驚く。
俺は剣を両手で握り、全力で鼻の頂点に突き刺した。
「うぎゃああああああ!」
インフェルノが絶叫する。
剣は深々と突き刺さり、鼻を貫通していた。ドラゴンの最も敏感な部分への致命的な攻撃だった。
「ぐ…ぐああ…」
巨体がぐらりと揺れ、そして地面に倒れ込んだ。
「やった…やったぞ!」
俺は信じられない思いで呟く。
「タクヤ! すごいじゃない!」
エリカが駆け寄ってくる。
「本当にドラゴンを倒しちゃった!」
カインも興奮している。
「ふむ…見事だったぞ、小僧」
グロムが満足そうに頷く。
「瞬間移動を使った立体機動戦法。理にかなっている」
「ありがとうございます」
俺は安堵のため息をつく。
「これで正式に俺はお前の仲間だ。よろしく頼むぞ、タクヤ」
グロムが手を差し出す。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
俺はその手を握り返した。
ついにグロムという強力な仲間を得ることができた。これで雪菜との戦いにも、少しは希望が見えてきた。
「それにしても、まさか本当にドラゴンを倒しちゃうなんて」
エリカが嬉しそうに笑う。
「タクヤって本当にすごいのね」
その笑顔を見て、俺の心は温かくなった。格好をつけた甲斐があった。
「記念撮影しましょうよ」
カインが提案する。
「そんなことができるのか…?」
「投影魔法の応用です。僕が確立しました」
スマホもカメラもないこの世界で、思い出を作れることはすごいことだろう。
「ドラゴン討伐なんて、滅多に経験できませんから」
「そうね。せっかくだから」
エリカが同意する。
俺たちはドラゴンの前に並んで立った。束の間の、幸せな時間だった。
その時だった。
突然、エリカの前に風のような影が現れた。
「みっけ♡ 拓也くーん♡」
俺の血液が凍りついた。
その声は、間違いなく雪菜だった。
黒髪を風になびかせ、いつもの完璧な笑顔を浮かべた雪菜が、エリカの目の前に立っていた。
「ゆ、雪菜…」
俺の声が震える。
「お疲れ様でした♡ 拓也くんがドラゴンを倒すところ、ずっと見てましたよ♡」
雪菜の目が異様に光っている。
「でも、悪い虫が拓也くんにくっついてますね♡ 駆除しないと♡」
雪菜の視線がエリカに向けられる。
「悪い虫って…まさか」
エリカが後ずさりする。
「そうです♡ あなたのことですよ♡」
雪菜がエリカに向かって手を伸ばす。
その瞬間、カインが二人の間に飛び込んだ。
「させません!」
カインが雪菜の前に立ちはだかる。
「あら? あなたも邪魔者ですね♡」
雪菜の表情が一瞬で冷酷になる。
次の瞬間――
ズブリ。
鈍い音が響いた。
「カイン!」
俺が叫ぶ。
カインの胸に、ぽっかりと穴が空いていた。雪菜の腕が、彼の体を完全に貫通していたのだ。
「あ…あ…」
カインが血を吐く。
「カイン! しっかりしろ!」
俺は慌ててカインの元に駆け寄る。
でも、彼の瞳はもう光を失っていた。
「嘘だ…嘘だろ?」
俺はカインを抱き上げる。まだ温かい体が、急速に冷たくなっていく。
「死なないでくれ…頼む…」
俺は必死にカインの名前を呼び続ける。
だが、彼はもう二度と答えることはなかった。
「タクヤ! 早く逃げて!」
エリカが俺の腕を引っ張る。
「でも、カインが…」
「もう手遅れよ! 私たちまで殺されちゃう!」
エリカが涙を流しながら俺を引きずる。
雪菜が一歩一歩、俺たちに近づいてくる。
「拓也くん♡ 今度こそ二人きりになれますね♡」
その笑顔が悪魔のように見えた。
その時、グロムが俺たちの前に立ちはだかった。
「ここは俺が食い止める」
「グロム!」
「仲間を守るのは当然だろう。お前らは先に行け」
グロムが巨大な戦斧を構える。
「でも…」
「いいから行け! 生きていたら、もう一度仲間にしてくれよ」
グロムが振り返って笑う。
「頼んだぞ、真の勇者よ」
俺は涙が止まらなかった。
「グロム…ありがとう」
俺はエリカの手を握り、瞬間移動で王都まで逃げた。
最後に見えたのは、雪菜と戦斧を交えるグロムの姿だった。
王都に到着した俺は、その場で泣き崩れた。
カインが死んだ。グロムも生きているかわからない。
全て俺のせいだ。俺が瞬間移動を使い続けたから、雪菜が強くなった。俺がみんなを巻き込んだから、こんなことになった。
「タクヤ…」
エリカが俺を抱きしめる。
「私たちは生きてる。それだけでも…」
「でも…みんなを失った…」
「諦めちゃダメよ。グロムさんはきっと生きてる」
エリカの言葉が、俺の心に少しだけ光をともした。
でも、現実は厳しい。雪菜はもう、ドラゴンすら倒せるほど強くなっているはずだ。
俺に、彼女を止めることができるのだろうか。
絶望的な気持ちで、俺は夜空を見上げた。
記念撮影の部分が異世界らしからずだったので、魔法でとしました。急な変更すみません。




