第九十九話「バカは魔法大学お断り」
エリカからの認定を受けた翌日、オルテンシアは早速俺に甘え始めた。
「タクヤ、なでなでして」
オルテンシアが俺の前で手をひらひらと振る。
「約束でしょ?
奥さんになったから、なでなでしてもらえるって」
「ああ、そうだったな」
発端はそれだったか。
あの出来事からこんなに大きくなると思ってなかった。
オルテンシアの頭を撫でる。
「よしよし」
「えへへ」
オルテンシアが嬉しそうに笑う。
そして、突然床に寝そべった。
「ごろにゃー」
オルテンシアがお腹を見せながら、猫のような声を出す。
「猫じゃないんだから」
「なんで猫の真似をするんだ?」
「だって、フェリス先生が猫みたいに可愛いから」
猫なんだよな、フェリス先生は。
獣人というだけで。
「アタシも猫みたいに甘えたいの」
人間が床でごろごろしている光景は、かなりシュールだった。
でも、オルテンシアは本気で猫の真似をしているようだ。
「もっとなでなでして」
オルテンシアがお腹を出したまま要求する。
くびれが強調されてかなり色っぽい。
「お腹も撫でて」
「お腹はダメだ」
「そこは撫でちゃいけない場所だぞ」
「なんで?」
不満そうな顔をするがダメなものはダメなんだ。
ちゃんとした理由もあるが、一番の理由は俺の理性が保てなくなる。
「猫はお腹撫でてもらうの好きよ?」
「君は猫じゃない」
こんなセリフを言うなんて思ってもみなかった。
普通に考えればそうだろう。
変な初体験だ。
「人間の女性が、男性にお腹を撫でられるのは
…そういう意味があるんだ」
「そういう意味?」
彼女の純粋さに、説明に困った。
すると突然、オルテンシアの態度が変わった。
「ちょっと待ちなさい」
むくっと起き上がり、こちらを睨んでくる。
さすがに怒ったか?
「アタシはレーヴェン家の令嬢よ?」
「床に寝そべらせるなんて、どういうつもり?」
「いや、自分から寝そべったんだろ」
都合の悪いことは忘れるのか?
「そ、そうだったわね」
額から汗を流しオドオドしている。
言い訳を探すように家の中を歩き始めた。
「でも、でも!
もっと優雅な甘やかし方があるはずよ!」
「例えば、膝枕とか!」
オルテンシアが突然、俺の膝に頭を乗せてくる。
この世界に建物の中に入る時、靴を履き替える、脱ぐと言う概念はない。
つまり、土汚れた靴をそのまま履いておくから地面は汚く定期的に掃除をしないといけない。
最近はマットを買ったはいいものの、オルテンシアが使わないので汚れまくりだ。
地面は汚いから座りたくないだかな。
「これよ、これ! 貴族の令嬢らしい甘え方は!」
「さっきまで床でごろごろしてたのに」
「忘れなさい!」
顔を赤くして甘えている。
「今のアタシは貴族モードなの!」
結局、頭だけを撫でることで妥協した。
絶対、貴族はこうやって甘えないだろと思ったが、言っても聞かないから言うのをやめた。
見下すように見るオルテンシアも可愛い。
そんな俺たちの様子を、ルナが少し離れた場所から見ていた。
彼女の表情には、微かに羨ましそうな色が浮かんでいる。
「私も、もっとタクヤさんに甘えたいです」
普段は控えめなルナだが、時には甘えたい気持ちもあるのだろう。
でも、彼女は遠慮がちな性格だから、なかなか素直に甘えられない。
オルテンシアのような積極的な甘え方を見て、少し複雑な気持ちになっているようだった。
一方、クロエは別のことを考えていた。
オルテンシアの豊かな胸を見つめながら、顔を赤らめている。
「あの胸に、顔を埋めてみたい」
アホ毛がぴょこぴょこと跳ねていて、興奮しているのが分かる。
クロエの胸への憧れは、相変わらず強いようだった。
そして、エリカは。
「なんなのよ、あの甘え方」
血管が破裂しそうなくらい顔を赤くしていた。
「猫の真似って、バカじゃないの」
「しかも、タクヤが優しく応じてるし」
エリカの嫉妬が、また始まっていた。
オルテンシアを認めると決めたものの、実際に俺に甘えている姿を見ると、やはり面白くないようだ。
「タクヤ、私にももっと優しくしなさいよ」
「最近、私への愛情が足りないんじゃない?」
「そっ、そんなことない!」
焦ってしまい、噛んだ。
早く答えないとエリカに、やられてしまうと思ったからだ。
家庭内の強さならエリカが一番。
俺なんかが敵うわけない。
「エリカのことも、ちゃんと愛してる」
「なら、証拠を見せなさい」
俺の腕はエリカのものにされた。
女性の嫉妬の恐ろしさを改めて実感した。
オルテンシアが加わったことで、家庭内の力関係がまた複雑になりそうだった。
◇ ◇ ◇
それから数日後、俺はそろそろ魔法大学に戻ろうと準備を始めた。
家族との時間も大切だが、学業も疎かにできない。
二年の授業も開始されるし、遅れるわけにはいかない。
「そろそろ魔法大学に戻るよ」
「魔法大学って何?」
オルテンシアが興味深そうに聞く。
彼女は、まだ魔法大学のことを知らなかった。
「魔法を学ぶ学校だ」
「魔法理論や実技を勉強して、魔法使いとしての技術を身につける場所だ」
正直に言って、俺も魔法大学のことを詳しいわけではない。
ルナに勧められて入って、そこから丸一年。
授業自体には、週一で入るようにはしているが、どれも自分には合わない気がする。
レベルが高すぎるのだ。
「へー、面白そうね」
目を輝かせるオルテンシア。
魔法に興味を持つことは大切だ。
剣士だからと言って魔法を使わないと言うことはない。
オルテンシアも雷魔法を纏い、剣技を行っているからわかっているかと思うが。
「どんな魔法を教えてくれるの?」
「火魔法、水魔法、土魔法、風魔法、光魔法、闇魔法。
それに、治癒魔法や造形魔法、解毒魔法もある」
「すごいじゃない!」
鼻息を荒くする。
するとまた、彼女の態度が変わった。
「アタシも行くわよ!」
オルテンシアが胸を張って宣言した。
「レーヴェン家の令嬢が、魔法大学に入学してあげるわ!」
「光栄に思いなさい!」
「行きたいって」
「魔法大学は、入学試験に合格しないと入れないんだぞ」
「試験?」
オルテンシアがドヤ顔しながら笑っている。
「そんなもの、余裕よ!」
「アタシはレーヴェン家の令嬢なのよ?」
「試験なんて、鼻で笑えるわ!」
オルテンシアの根拠のない自信に呆れた。
彼女は読み書きもできないのに、魔法大学の入学試験に合格できるわけがない。
でも、オルテンシアは聞く耳を持たなかった。
「決めたわ、アタシも魔法大学に行く」
「タクヤと一緒に勉強するの」
「レーヴェン家の血統が、魔法大学に新たな歴史を刻むのよ!」
◇ ◇ ◇
俺が魔法大学に戻る日、オルテンシアは勝手についてきた。
クロエと一緒に瞬間移動で移動する時、彼女も無理やり手を繋いできたのだ。
「オルテンシア、君は」
「一緒に行くのよ」
オルテンシアが遮った。
結局、三人で魔法大学に瞬間移動することになった。
でも、魔法大学に到着してすぐに問題が発生した。
「すみません、関係者以外の立ち入りはお断りしています」
門番の職員がオルテンシアを止めた。
「学生証を提示してください」
「学生証?」
オルテンシアが困惑している。
学生証というのは、魔力を込めた紙のことである。
例えば、冒険者カードも同じ素材でできている。
使用目的は違えど、所持者の情報や位置も確認することができる優れものだ。
「そんなもの、必要ないわよ」
「アタシはオルテンシア・フォォン・フォン・レ…レヴェン、レーヴェンよ!」
「レーヴェン家の名前を出せば、どこでも通れるはずよ!」
「では、入学許可書は?」
職員が冷静だった。
「それも持ってない」
オルテンシアが素直に答える。
素直さは見習いたいが、こういうところがバカって思えてしまう。
「でも、これから入学するのよ」
「入学試験を受けずに、勝手に敷地内に入るのは不法侵入です」
オルテンシアが一人王都に取り残されそうになっている。
「お帰りください」
「えー、なんで?」
「アタシ、タクヤの奥さんよ。
しかもレーヴェン家の令嬢よ!」
「それでも規則は規則です」
抗議をしているが、どれも理にかなっていない。
全て私情でしかないからだ。
もちろん、職員が譲らない。
結局、オルテンシアは魔法大学から追い出されてしまった。
「なんでアタシだけ追い出されるのよ」
不満気に言っているが、職員は悪くない。
どちらかといえば、オルテンシアの方が10:0 で悪いだろう。
常識知らずということもあるし、しょうがないのかもしれない。
「不公平じゃない」
「レーヴェン家の名前を知らないなんて、無教養ね!」
「規則を守らなかったからだ」
「ちゃんと入学試験を受けないと、学生になれないんだ」
「じゃあ、その試験を受ければいいのね」
やっと理解してくれた。
「いつ試験があるの?」
「来月だ」
試験は一月に一回ある。
本来は、入学の本試験というものがあるが、レオナルドと俺は編入試験を受けた。
オルテンシアは本試験を受けることになる。
「でも、君には難しすぎると思うぞ」
「失礼ね!」
オルテンシアが憤慨する。
「アタシはレーヴェン家の令嬢よ!」
「試験なんて、寝てても合格できるわ!」
俺は、オルテンシアの無謀さに頭を抱えた。
でも、彼女の熱意は本物のようだった。
仕方なく、俺は彼女に勉強を教えることにした。
◇ ◇ ◇
それから一ヶ月間、俺はオルテンシアに魔法の基礎を教えた。
まずは、読み書きから始めなければならなかった。
「これは『Ā』の文字だ」
文字を書いて見せる。
「『あ』の音を表している」
「ふーん」
オルテンシアが適当に聞いている。
「で、これをどうするの?」
「覚えるんだ」
「文字を覚えれば、文章が読めるようになる」
「面倒くさいわね」
オルテンシアが嘆く。
「もっと簡単な方法はないの?」
「ちょっと待って、なんで『Ā』が『あ』なの?」
「『い』じゃダメなの?」
「それは、そういう決まりだから」
決まりという言葉は非常に便利だ。
説明できないこともこれを使えば説明した気になる。
「誰が決めたのよ」
オルテンシアが不満そうに言った。
ごめん、知らない。
「アタシだったら、もっと分かりやすい文字を作るわ」
「例えば、りんごの絵を書いたら、それが『りんご』って読めるとか」
「それは象形文字だ」
この世界に造形文字はあるのだろうか。
絵画自体はあるらしいから、あるとは思うが想像がつかない。
「今はケイ文字を覚えるんだ」
「めんどくさい! もっと簡単な方法とかないの?」
「ない」
勉強に近道があってたまるか。
俺だってこのケイ文字を完全に覚えるのに一年はかかったんだ。
それを1ヶ月で詰め込む必要がある。
ほぼ不可能に近いが、オルテンシアならやってくれると信じている。
…多分。
「勉強に近道はない」
「レーヴェン家には近道があるはずよ!」
オルテンシアの主張はめちゃくちゃだ。
そんな理論が通じる世界はどこにあるのだろうか。
「だって、アタシたちは特別なんだから!」
「ない」
読み書きを教えるだけで、一週間かかった。
いや、正確には二週間だった。
オルテンシアの覚えの悪さは、想像以上だった。
ケイ文字を52文字覚えるのに、丸二週間。
途中で「『ɲ』と『ɱ』の違いが分からない」と言い出したり、
「『Ȯ』と『Q』は同じ文字じゃないの?」と混乱したり、
「『ĺ』と『Í』なんて、誰が見分けられるのよ!」と逆ギレしたりした。
単語を覚えるのに、さらに三週間。
文章に至っては、十行読めるようになるまで、一ヶ月かかった。
しかも、「ĦȯɽʈēɲṩÍā」の「ɽ」を「ʈ」と書いてしまう。
「『ɽ』と『ʈ』の違いって何よ!」
オルテンシアが怒鳴る。
俺も同意見だ。
「同じにしか見えないわ!」
「線の向きが違うんだ」
「『ɽ』は縦線が右から下に下ろす、『ʈ』は横線と縦線をクロスさせる」
「意味が分からない!」
オルテンシアが叫ぶ。
「誰がそんな細かいこと気にするのよ!」
「試験官が気にする」
しかも筆ペンだから字が滲む。
消すことができないから、解答は一回きりということだ。
よく受かったな、俺。
魔法理論の勉強は、さらに困難だった。
「魔力とは、すべての生物が持つ生命エネルギーの一種である」
教科書を読み上げる。
この教科書を開くのは指で数えるほどだ。
ほぼ、テスト週間の時にしか使わない。
購入したはいいものの、「結局これ使わなかったよな」ということはよくあることだ。
「これを制御することで、魔法を発動することができる」
「難しすぎて分からない」
机に突っ伏して諦めモードに入っている。
このままではいけない。
「もっと簡単に説明して」
「魔法を使うには、体の中の力を使う」
分かりやすく言い直した。
俺も勉強ができるわけではないから、正直に言えば、俺も理解してない。
これはルナの入れ知恵だ。
「その力をうまくコントロールすることが大切だ」
「ああ、それなら分かる」
理解できるのか。
意外と理解力があるのかもしれない。
「要するに、気合いで魔法を使うのね」
「そういうことじゃない」
いや、でも理論を知らないので魔法が使えるってことは、やっぱり気合いのかもしれない。
それがオルテンシアには魔法の才能があるのか。
けど今は、試験の勉強だ。
甘やかすべきではない。
「気合いじゃなくて、理論に基づいて」
「理論?」
やっぱりわからないか。
どう伝えれば良いものだろうか。
「それって何?」
「理論っていうのは、物事の仕組みや原理のことだ」
「なんでそうなるか、説明できることだ」
「ふーん」
オルテンシアが適当に聞いている。
せっかく説明したのに。
「要するに、魔法を使えばいいんでしょ?」
「理屈なんて後からついてくるわ」
「試験では理屈が問われるんだ。
ちゃんと理論を理解しないと」
「面倒くさいわね」
オルテンシアが嘆く。
俺だって、ちゃんと話を聞いてくれないオルテンシアに嘆いている。
「アタシはレーヴェン家の令嬢なのよ?」
「こんな面倒なこと、本来は考えなくていいはずなのに」
「でも、試験に合格したいんだろ?」
「それは、そうだけど」
首を縦に振っているが、本当に勉強するかな?
すると突然、彼女の目が輝いた。
「そうだ! タクヤ、アタシに膝枕してちょうだい!」
「は?」
「勉強の途中で何を言い出すんだ」
「だって疲れたのよ!」
妻になった途端これだ。
愛されるているということは伝わるが、愛される過ぎている気がする。
他の3人の妻と比べてだ。
「貴族は疲れたら休憩するものなの!」
「それに、タクヤの膝枕で休めば、頭が良くなる気がするわ!」
「そんなわけないだろ」
「いいからいいから!」
オルテンシアが膝に頭を乗せる。
「ああ、これよ、これ」
「貴族の特権ってやつね」
「勉強しろ」
どうせやらないんだろうな。
「はーい」
オルテンシアが素直に答える。
でも、その後すぐに寝てしまった。
オルテンシアに魔法理論を理解させるのは、至難の業だった。
彼女の頭では、複雑な理論を理解することができない。
すべてを単純化して説明しなければならなかった。
◇ ◇ ◇
そして、ついに入学試験の日がやってきた。
オルテンシアは、一ヶ月間の勉強の成果を試すことになる。
「頑張って」
頭を撫でて励ました。
「今まで勉強したことを思い出して」
「分かったわ」
意気込んでいるが本当に大丈夫だろうか。
自分の名前すら覚えてるか心配だ。
「アタシの実力、見せてあげる」
「レーヴェン家の血統が、いかに優れているか証明するわ!」
試験は、筆記試験と実技試験に分かれていた。
これは本試験のみの話だ。
編入試験は筆記試験だけである。
オルテンシアには実技で点数を取ってもらいたいのと、たまたま試験日が近かったことから本試験になった。
筆記試験は、魔法理論の基礎知識を問う問題。
実技試験は、実際に魔法を使って課題をこなす試験だった。
◇ ◇ ◇
筆記試験が始まった。
オルテンシアは問題用紙を見て、固まった。
「これ、全部文字じゃない」
当たり前だろ。
試験監督を任された俺は、オルテンシアの呟きにそう思った。
でも、オルテンシアは真剣に悩んでいるようだった。
それよりもテストなのに、なんで声を出しているんだ。
周りの受験生たちは、試験に集中してオルテンシアなんかに、目もくれていない様子だ。
「えーと、『魔力の性質について説明せよ』」
問題を読み上げるオルテンシア。
「魔力の性質? 何それ?」
彼女は答案用紙に、何かを書き始めた。
不安でしかない。
試験終了後、俺はオルテンシアの答案用紙を見せてもらった。
問題:「魔力の性質について説明せよ」
オルテンシアの回答:「魔力はすごい。以上」
目を疑った。
何度も擦ったが、どれだけみても、見方を変えても解答は変わらなかった。
「これだけ?」
「だって、魔力がすごいのは事実じゃない」
説明不足の俺のせいかもしれない。
「それ以上、何を書けばいいのよ」
次の問題。
問題:「魔法陣の基本構造を図示し、各部分の役割を説明せよ」
オルテンシアの回答:[丸を書いて]「これが魔法陣。役割は魔法を出すこと」
「もっと詳しく書かないと」
「魔法陣の各部分には、それぞれ意味があるんだ」
「知らないわよ、そんなこと」
開き直られても困るんですが。
やっぱり、オルテンシアにテストは難しかったのかもしれない。
でも理解すれば、解けそうな問題もある。
次はそれを頑張ってほしい。
「アタシは実践派なの!」
「理論なんて、どうでもいいわ!」
筆記試験の結果は、散々だった。
100点満点中、わずか5点。
合格ラインの60点には、遠く及ばなかった。
しかも、その5点は「名前を書いた」ことによる配点だった。
「どうして5点しか取れないのよ」
不満そうに言っても結果は変わらない。
「アタシ、頑張って勉強したのに」
「文字が書けないからだ」
さっきあげた問題は、唯一解答が読めた問題だ。
それ以外は書いてあるのかすらわからない、歪な塊ばかり。
採点者には同情する。
「問題は読めても、答えを文字で書けなかったんだろ?」
「そういえば、そうかも」
まあお察しの通りだ。
「でも、レーヴェン家の令嬢が5点なんて、おかしいわよ!」
「もっと点数をくれてもいいはずよ!」
「試験は公平だ」
実技試験も、同じような結果だった。
課題は「直径1メートルの氷の球を作り、それを1分間維持せよ」というものだった。
オルテンシアは張り切って魔法を発動した。
「氷よ、出なさい!『水魔法:アイスパレット』!」
オルテンシアが叫ぶ。
すると、巨大な氷の塊が出現した。
しかし、それは球ではなく、いびつな塊だった。
しかも、直径が5メートル以上ある。
「これは大きすぎる」
初めて使う魔法なのにこの威力とは。
魔法の才能自体はあるのかもしれない。
しかし、これは試験だ。
試験監督は納得していない。
「直径1メートルと指示したはずだ」
「大きい方が良いでしょ?」
めちゃくちゃだ。
「レーヴェン家は何事も大きくやるのよ!」
「それに、この形の方が芸術的じゃない?」
「球と指示したはずだ」
試験監督は冷静すぎる。
「しかも、維持できていない」
確かに、氷の塊はすでに溶け始めていた。
魔力の制御ができていないのだ。
「ちょっと待って!」
試験監督の足を掴んで離そうとしないオルテンシア。
本当に貴族のプライドはどこに行ったんだ。
「もう一回やらせて!」
「今度はもっと上手くやるから!」
「試験は一回きりだ」
試験監督は冷たく言い去って、オルテンシアの元から離れた。
結果的に、オルテンシアは魔法大学の入学試験に不合格となった。
筆記試験5点、実技試験10点、合計15点。
合格ラインの120点(筆記60点+実技60点)には、遠く及ばなかった。
「不合格って、なに?」
オルテンシアが結果を理解していない。
「落ちたってことだ。
魔法大学に入学できない」
「えー、なんで?」
可哀想だが、現実は変わらない。
オルテンシアは魔法大学に落ちたのだ。
「アタシ、頑張ったのに。しかもレーヴェン家の令嬢よ!
こんなの、おかしいわ!」
「頑張っただけじゃダメなんだ」
「結果が伴わないと」
「結果なら出したじゃない!」
その主張が曲がり通るのなら、誰も苦労しないだろう。
「あの大きな氷を見たでしょ?」
「あれは指示と違うから」
確かに、あの大きな氷は素晴らしかった。
俺が試験監督なら、問答無用で合格にしていただろう。
でも、試験監督はオルテンシアのことを一切知らない他人だ。
私情はない。
「大きければいいってもんじゃない」
オルテンシアは、しばらく落ち込んでいた。
どう慰めてやるものか。
「レーヴェン家の令嬢が、試験に落ちるなんて。
こんなの、初めてよ」
「貴族の試験なんて、名前を書けば合格だったのに」
でも、彼女の前向きな性格は、すぐに復活した。
「じゃあ、次また受ければいいわ」
立ち直りが早い。
「それまで、もっと勉強するから」
「次こそは、レーヴェン家の名誉を守るわ!」
オルテンシアの諦めの悪さに感心した。
確かに、簡単に諦めない心は大切だ。
でも、彼女が魔法大学に合格する日は、まだまだ遠そうだった。
◇ ◇ ◇
魔法大学に戻った俺は、久しぶりにクラスメイトたちと再会した。
「師匠、おかえりなさい」
レオナルドが嬉しそうに迎えてくれる。
「家族の時間、楽しめましたか?」
「ああ、とても」
「娘も生まれたし、充実した時間だった」
「娘さんが生まれたんですか?」
「お、おめでとうございます///」
顔を真っ赤にしているアリシアだが、素直に祝福されるとは思わなかった。
「タクヤって…えっ、えっち、あわわ/// 変態!」と言われると思っていた。
少しは成長したのだろう。
「ありがとう」
みんなに家族の近況を報告していると、噂話が始まった。
「それで、新しい奥さんができたって本当ですか」
どこからそんな噂が流れたのだろう。
クロエかな?
「まあ、そんなところかな」
「オルテンシアっていう、元貴族の女剣士だ」
「すごいなぁ」
家族が増えるたびに祝福されていたら、いつか埋もれそうだ。
迷惑ではないが。
「タクヤの家族がまた増えたんだね」
「...おめでとう」
クロウにも感謝しかないな。
天使族の魔神、アズラエルの情報をくれて、俺に対策の時間をくれたら。
意味のない時間だったけど。
みんなが俺の新しい家族について、好意的に受け止めてくれた。
でも、一人だけ違う反応を示す人がいた。
リリーだった。
「新しい奥さんかな?」
その声は震えていた。
声だけではない、足、手、体全身が震えていた。
「また増えたのかな?」
リリーの表情が、明らかに嫉妬で歪んでいた。
6年後の結婚の約束があるとはいえ、やはり他の女性が俺の妻になることは面白くないようだ。
しかも、自分が振られていることを考えると。
「リリー、大丈夫か?」
年齢の関係だ結婚できないと言ったつもりだ。
結婚は何歳からでもできるが、十歳未満の子供と結婚するのは流石に気が引ける。
リリーは突然、俺に抱きついてきた。
「わたしのものかな」
苦しい…
「タクヤはわたしのものかな」
力は相変わらず強く、肋骨が軋む音が聞こえた。
いつか本当に折れてしまいそうで、本当に怖い。
治癒魔法で治るのだろうか?
「リリー、苦しい」
「他の女なんて、どうでもいいかな」
リリーが俺への所有欲を露わにする。
「タクヤはわたしだけを見てればいいかな」
「他の女を見たら、その目を潰すかな」
「目は潰さないでくれ」
いつからリリーはこんな風になってしまったんだ。
暴力的な性格から、愛情深い性格へと。
「冗談かな」
微笑む顔だけは可愛かった。
でも、その目は笑っていなかった。
「本当に…冗談かな」
リリーのヤンデレ気質が、また表面化していた。
新しい妻が増えたことで、彼女の嫉妬心が刺激されたのだろう。
リリーをなだめるのに苦労した。
「分かった、分かった」
「君のことも大切に思ってる」
「本当かな?」
鋭い視線が俺に刺さる。
その目には、不安と愛情と、そして少しの狂気が混じっていた。
「本当だ」
「6年後の約束、忘れてないから」
「6年後じゃダメかな」
俺の服を強く握られ、今にも破られそう。
ちょ、誰か助けて。
「今すぐ結婚したいかな」
「今すぐは無理だ」
「君はまだ子供だから」
「子供じゃないかな」
リリーが反論する。
「もう八歳かな」
「それは子供だ」
まだ成人まで6年間ある。
だから断ったのに…。
リリーが少し安心したような表情を見せる。
でも、まだ完全には納得していないようだった。
「新しい奥さんが来たら、わたしに報告してほしいかな」
要求がハードすぎる。
「他の女が増えるのは、許せないかな」
「でも、タクヤが幸せなら、我慢するかな」
「でも、やっぱり許せないかな」
リリーの矛盾した感情が、言葉に表れていた。
そんな時、教室に新しい人影が現れた。
オルテンシアだった。
どうやって魔法大学に入ったのか、彼女が教室に立っていた。
「タクヤ、いたわね」
オルテンシアが俺を見つけて嬉しそうに言う。
「会いに来たのよ」
「君、どうやって入ったんだ?」
「不法侵入だぞ」
「抜け道があったのよ」
得意げに言っているが、立派な犯罪者だ。
ここに教授がいなくてよかった。
「裏門から堂々と入ったわ」
「守衛に『レーヴェン家の令嬢よ! 道を開けなさい!』って言ったら、びっくりして通してくれたの」
「それは不法侵入だ」
オルテンシアのバカさ具合と行動力をうまく調整できないものか。
「レーヴェン家の令嬢が通るのに、許可なんていらないわよ」
オルテンシアが胸を張っている。
「アタシには特権があるの」
オルテンシアの行動力は、時として問題を起こす。
「これは、師匠の新しい奥さんですか?」
「はじめまして、オル、オ…っオルテンシア・フォン・レレーヴェン、レーヴェンよ」
いつものように名前を噛んだ。
「アタシはレーヴェン家の令嬢にして、タクヤの正妻よ!」
「正妻じゃないぞ」
正妻はルナだ。
と、エリカが勝手に決めた。
俺としては全員が正妻なんだけどな。
「よろしくお願いします」
みんながオルテンシアを歓迎してくれる。
でも、リリーだけは違った。
彼女は、オルテンシアを警戒するような目で見ていた。
いや、警戒を超えて、敵意を向けていた。
「この人が、新しい奥さんかな」
小さな足音がオルテンシアの耳に近くなる。
小さな目が、危険な光を放っている。
「はじめまして」
オルテンシアが小さな子供を見下ろすように、リリーを見る。
「あら、可愛い子ね」
「タクヤの妹?」
「妹じゃないかな」
その言葉の強さを今まで以上だった。
確実な否定。
「わたしはタクヤの未来の妻かな」
「未来の妻?」
オルテンシアやめて…
まずいって…
「アタシが現在の妻よ」
「未来より現在の方が偉いわよね」
オルテンシアの頭の悪さが、またしても発揮された。
リリーの「未来の妻」という主張を、単純な時間軸の問題だと思ってしまったのだ。
「そんなことないかな」
「未来の妻の方が、ずっと重要かな」
「なんで?」
オルテンシアが不思議そうに聞く。
「現在があるから未来があるのよ
つまり、アタシの方が重要ってことね」
「違うかな」
イライラし始めている。
リリーのパンチは、普通に内臓損傷レベルの威力だ。
そんなもの受けたくないだろ。
だからオルテンシア、もうしゃべるな。
「ちょっ——」
「未来の妻っていうのは、まだ結婚してない人のことじゃないかな」
「ああ、そういうことね」
本当に理解しているのだろうか。
「つまり、まだ奥さんじゃないのね」
「アタシの方が格上じゃない」
リリーの目が、さらに危険な光を放った。
「格上とか格下とか、そういう問題じゃないかな」
「タクヤは私のものかな」
「誰にも渡さないかな」
そして、突然抱きつかれた。
「わたしのものアピール」
リリーが俺を抱きしめながら、オルテンシアを見る。
明らかに、縄張りを主張している行動だった。
でも、オルテンシアはリリーの行動を誤解した。
「あら、この子も甘えん坊なのね」
違うって…
抱きしめられて一切の身動きができなくなった。
まるで縫い付けられて、2つのぬいぐるみがくっついてるような構図だ。
「タクヤに甘えてるだけね」
「可愛いじゃない」
オルテンシアがリリーの頭を撫でようとする。
「触らないでほしいかな」
リリーが即座に拒否する。
でも、オルテンシアは聞かなかった。
「いいじゃない、可愛がってあげるわ」
オルテンシアがリリーの頭を撫でる。
「汚い…かな」
「アタシも昔は、こんな風に甘えてたわ」
「レーヴェン家の令嬢として、可愛がってあげるわね」
リリーの表情が、困惑と怒りで歪んだ。
自分の嫉妬心を「甘え」だと誤解されて、しかも頭を撫でられてしまった。
しかも「可愛がってあげる」と上から目線で言われた。
「この人...」
「天然なのか、バカなのか、分からないかな」
「でも、それが逆に怖いかな」
「だって、わたしの敵意が全く通じないかな」
リリーは、初めて自分の嫉妬心が通じない相手に出会った。
普通なら、リリーの危険なオーラを感じ取って距離を取るはずだ。
でも、オルテンシアは全く気づいていない。
むしろ、リリーを子供扱いして可愛がろうとしている。
「ねえ、あなた名前は?」
オルテンシアがリリーに聞く。
「リリーかな」
「リリーちゃんね」
オルテンシアが微笑む。
「可愛い名前じゃない」
「ちゃん付けしないでほしいかな」
リリーが不機嫌そうに言う。
「あら、そう?」
オルテンシアが首を傾げる。
「でも、子供には『ちゃん』をつけるものよ」
「子供じゃないかな」
リリーが抗議する。
「わたしはタクヤの未来の妻かな」
「だから、もっと敬意を払ってほしいかな」
「敬意?」
オルテンシアが笑う。
「子供に敬意なんて、おかしいわよ」
「レーヴェン家では、子供は可愛がるものなの」
リリーの怒りが、限界に達しようとしていた。
でも、オルテンシアの天然ぶりに、どう反応していいか分からない。
普通の相手なら、嫉妬心を向ければ怯えるか距離を取る。
でも、オルテンシアは全く動じない。
それどころか、リリーを子供扱いして可愛がろうとしている。
「この人、本当に頭悪いかな」
本当にそう思います。
「でも、それが逆に厄介かな」
「わたしの攻撃が全く効かないかな」
この二人の関係が今後どうなるか、少し心配になった。
リリーのヤンデレ気質と、オルテンシアの天然ぶり。
水と油のような組み合わせだった。
「ねえ、タクヤ」
甘え声で近づいてくる。
「アタシ、疲れたわ」
「なでなでして」
俺の腕はまた俺のものじゃなくなった。
「教室で甘えないでくれ」
クロエはどこに行ったんだ。
止めてくれ…
「でも、アタシはタクヤの奥さんよ」
「奥さんが夫に甘えるのは当然でしょ?」
「レーヴェン家では、妻は夫に甘えるものなの」
そして、オルテンシアは俺の膝の上に座ろうとした。
「ちょっと待て」
「ここは公共の場だぞ」
「関係ないわよ」
慌てている俺なんか見ずに、一瞬で乗られてしまった。
「アタシはレーヴェン家の令嬢よ」
「人目なんて気にしないわ」
教室中の視線が、俺たちに集まった。
みんなが驚いた顔で、俺とオルテンシアを見ている。
「タクヤ、大胆だね」
俺じゃないだろ、大胆なのは。
「教室で奥さんを膝に乗せるなんて」
「違う、これは」
俺の弁解は空気に流されて消えた。
そして、リリーの殺気が、さらに強まった。
「タクヤ...」
リリーが低い声で呟く。
「わたしの前で、他の女を膝に乗せるのかな」
「いや、これは違うんだ」
「オルテンシアが勝手に」
「言い訳はいいかな」
小さい体が俺にひっつく。
「わたしも膝に乗せてほしいかな」
そして、リリーも俺の膝に乗ろうとした。
「ちょっと、そこは空いてないわよ」
近くで叫ばれると耳に響く。
「アタシが先に座ってるんだから」
「わたしの方が先にタクヤを好きになったかな。
だから、わたしの方が優先権があるかな」
「何を言ってるのよ」
リリーを押し除けながら反論する。
「アタシは正式な奥さんよ」
「恋人より妻の方が偉いに決まってるでしょ」
「未来の妻の方が、もっと偉いかな」
二人の言い争いが、教室中に響いた。
この状況をどうにかしなければならなかった。
止められない俺が悪くなる。
「二人とも、落ち着いてくれ」
「ここは学校だぞ」
「もっと落ち着いて」
でも、二人は聞く耳を持たなかった。
「タクヤはわたしのものかな」
リリーが俺を抱きしめる。
「いいえ、アタシのものよ」
オルテンシアも俺を抱きしめる。
二人の女性に挟まれて身動きが取れなくなった。
教室中の視線が、羨望と呆れの混じった目で俺を見ている。
「師匠、うらやましいです」
レオナルド、後で殴る。
「でも、大変そうです」
「...頑張れ」
魔法大学での生活が、また新しい局面を迎えたことを実感した。
オルテンシアの参入で、俺の周りの人間関係がさらに複雑になった。
特に、リリーとオルテンシアの関係は、今後も波乱を呼びそうだった。
リリーのヤンデレ気質と、オルテンシアの天然ぶり。
この二人が、どんな化学反応を起こすのか。
少し不安になりながらも、これからの日々を見守ることにした。
そして、教室の片隅で。
クロエが、オルテンシアの豊かな胸を羨ましそうに見つめていた。
「あの胸、いいな」
いまだに積極的にならないない少女がこちらを見ていた。
アホ毛がぴょこぴょこと跳ねている。
「ボクも、あんな胸が欲しい」
魔法大学での生活は、相変わらず賑やかだった。
ただ、この平和に慣れきっていたんだ。
こんなことになるなんて思っていたらもっと対策をしておくんだった。
第七章 魔病 魔法大学編 -終-
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第8章 北大陸 雪難編




