第九十八話「純粋すぎてむしろ」
すみません。
前日は忙しくて投稿ができませんでした。
なので、今日と明日にかけてこの話を合わせて8本投稿したいと思います。よろしくお願いします。
オルテンシアの「奥さん認定」への挑戦が始まってから一週間が経った。
エリカが出した条件は、ルナ、クロエ、エリカの三人全員から認めてもらうことだった。
「分かったわ!」
オルテンシアが胸を張る。
「三人から認めてもらえばいいのね。簡単じゃない。アタシはレーヴェン家の誇り高き剣士なんだから、こんなの朝飯前よ!」
「朝飯前って...」
呆れた。
その変な自信はどこから来るんだ。
「そんなに簡単じゃないと思うぞ」
「大丈夫よ」
オルテンシアは自信満々だ。
「アタシの魅力があれば、すぐに認めてもらえるわ」
◇ ◇ ◇
まず最初に、オルテンシアはルナに相談に行った。
「ルナさん、アタシを認めてくれる?」
オルテンシアがルナに頭を下げた。
この瞬間、家族のプライドはないに等しい。
むしろ、成長したと言える。
「タクヤの奥さんとして」
「その前に…」
「オルテンシアさんは、本当にタクヤさんのことを愛しているんですか?」
「愛してる?」
オルテンシアが首を傾げる。
オルテンシアは恋愛について知らない。
拓也が初恋だから。
「それって、一緒にいたいってこと?」
「そうですね」
「それも愛の一つの形です」
「じゃあ、愛してるわ!」
オルテンシアが即答した。
「だって、タクヤは強いし、優しいし、一緒にいると楽しいもの。それに、レーヴェン家の誇りをかけて、アタシが選んだ男なんだから、愛してないわけないじゃない」
「レーヴェン家の誇り...」
ルナが苦笑いする。
「それから」
「家族のことも大切にできますか?
リオネルやアナスタシアのことも?」
「もちろんよ!」
オルテンシアが力強く答えた。
「アタシ、子供好きだもの。
レーヴェン家では、跡取りを産むのが女の義務だって教えられたし、子育てもできるわ。多分」
最後の「多分」が不安だった。
「でも」
「子供ってどうやってできるの?
キスしたらできるんでしょ?」
「え?」
ルナが驚いた。
彼女が知っている貴族の常識と違ったからだ。
貴族は跡取りを残すために盛んだと聞いたことがある。
それなのに、オルテンシアはその常識を知らない。
それが衝撃的だったのだ。
「オルテンシアさん、本当に知らないんですか?」
「知らないわよ」
オルテンシアが当然のように答える。
「レーヴェン家の家庭教師は、そういうこと教えてくれなかったもの。
ただ、母上と父上がキスして、次の日に母上のお腹が大きくなってたから、きっとキスで子供ができるのよ」
ルナが頭を抱える。
今のオルテンシアの発言と内容には色々と破綻している。
常識的に考えておかしい。
「それは...まあ、いずれ分かることですから」
ルナは少し考えてから、優しく微笑んだ。
「オルテンシアさんが本当にタクヤさんを愛していて、家族のことも大切にしてくれるなら」
「私は反対しません」
「本当?」
オルテンシアが目を輝かせる。
ルナは本当に優しい。
エリカとクロエも優しいが、頭ひとつ抜けている。
「ありがとう、ルナさん!
やっぱりエルフは優しいのね! 最初は化け物だと思ってごめんなさい!」
「化け物って...」
ルナが苦笑いする。
「でも、認めてくれてありがとうございます」
ルナはもともと心が広く、他人を受け入れることに寛容だった。
しかも、この世界では一夫多妻制が一般的だから、夫に新しい妻が増えることに抵抗感もない。
オルテンシアにとって、最初のハードルはあっけなくクリアされた。
そう、一番簡単なハードルを。
「やった!」
オルテンシアが喜んで跳ね回る。
「一人目、クリア! さすがアタシ!
レーヴェン家の血は伊達じゃないわね!」
◇ ◇ ◇
次に、オルテンシアはクロエのところに向かった。
「クロエちゃん、お話があるの」
オルテンシアがクロエを呼び出す。
「アタシのこと、認めてくれる?」
「み、認めるって」
クロエがオドオドしながら首を傾げる。
一つに植え付けられた価値観は変わらない。
拓也のおかげで改善されたといえ、まだ人と話すのは苦手だ。
特に、オルテンシアのような気が高いものとは。
「何をですか?」
「タクヤの奥さんとして」
「アタシ、タクヤの奥さんになりたいの。
だから、クロエちゃんの許可が欲しいのよ」
「許可です…か...」
クロエが少し考える。
「でも、ボクより先にタクヤさんに告白するべきじゃないですか?」
「告白?」
「何それ?」
「え…?」
クロエが驚いた。
オルテンシアは本当に常識知らずだ。
「告白も知らないんですか?」
「知らないわよ」
「レーヴェン家では、貴族の結婚は親が決めるものだって教えられたもの。
告白とか、そういうのは平民がするものだって」
「そうなんですか...」
クロエが困った顔をする。
自分が庶民と言われている感が否めない。
「じゃあ、まずは告白の練習をしましょうか」
「練習?」
オルテンシアが興味津々に聞く。
机に乗り出してクロエと顔が近い。
クロエは頑張って顔を背ける。
「どうやるの?」
「簡単です…よ」
クロエが説明し始める。
「タクヤさんに『好きです、付き合ってください』って言うだけです」
流石に自分がやったように、「妻になりたいです」とはやらせないようだ。
唯一無二感がいいのだろう。
「好きです、つ...つ...」
オルテンシアが言葉に詰まる。
箱入り娘だったオルテンシアからすると、聞きなれない言葉だろう。
言ったことがない言葉を言うのは至難の業だ。
「なんて言うの?」
「付き合って…ください」
「す、好きです、くっついてください!」
オルテンシアが叫ぶ。
どう言い間違えたらそうなるんだ。
謎が深い。
「違うよ…」
「付き合ってください、です」
「好きです、くっつき合ってください!」
「違います!」
何度練習しても、オルテンシアは正しく言えなかった。
「もういいです…」
クロエは諦めた。
いくら言っても無駄だろう。
覚えられないし。
バカだし。
「その代わり、一つお願いがあります」
「お願い?」
「何?」
クロエは少し恥ずかしそうに言った。
「む、胸を揉ませてくれたら…いいですよ」
「胸?」
オルテンシアが困惑する。
クロエから言われることは、オルテンシアからすれば全てが新鮮だ。
いや、普通の人からしても新鮮かもしれない。
「なぜ?」
「ボク、女性の胸に興味があるんです」
クロエが正直に告白する。
「特に、オルテンシアさんのような、立派な胸に」
オルテンシアは自分の胸を見下ろした。
確かに、彼女の胸は豊かで、クロエのような控えめなサイズとは対照的だった。
「まあ、それくらいなら」
「アタシの立派な胸、レーヴェン家の誇りだもの。触るくらいいいわよ。
どうぞ」
クロエが恐る恐るオルテンシアの胸に手を伸ばす。
むにゅ。
そして、優しく触れた。
「柔らかいです」
クロエが感動する。
エリカの胸よりも大きい。
クロエとルナは比較対象にならない。
そのくらい大きい。
「素晴らしいです。
私もこんな胸が欲しいです」
「そ、そう?」
オルテンシアが照れる。
「ありがとう。レーヴェン家の女は代々、立派な胸を持つのよ。
母上もそうだったし、祖母上もそうだったわ」
「それから」
「もう少し、いいですか?」
「え? まだ触るの?」
「はい」
クロエがゆっくりと頷く。
「もう少しだけ」
「まあ、いいけど...」
オルテンシアが許可する。
クロエは、さらに詳しくオルテンシアの胸を触り始めた。
形、重さ、柔らかさ、すべてを確認するように。
「ね、ねえ、クロエちゃん」
オルテンシアが少し息を荒くする。
さっきまでの自信満々な顔はない。
あるのは、声を我慢しながら悶えている純粋な子。
「そんなに触られると、変な気分になるんだけど...」
「変な気分?」
クロエが興味津々に聞く。
クロエってこんなに積極的だっただろうか。
一体誰が変えさせたのだろう?
「どんな気分ですか?」
「なんか、体が熱くなってきて...」
オルテンシアが顔を赤らめる。
「これって、何?」
「それは...」
クロエが説明しようとしたが、やめた。
説明しても理解できないはずだ。
「いずれ分かりますよ」
こうして、クロエからも簡単に認めてもらえた。
クロエの条件は、オルテンシアにとっては全く問題なかった。
むしろ、女性らしい魅力を認めてもらえて嬉しいくらいだった。
「やった!」
オルテンシアが喜ぶ。
「二人目もクリア!
あとはエリカだけね! これも簡単にクリアできるわ!」
◇ ◇ ◇
しかし、最後のエリカは違った。
エリカは、徹底的にオルテンシアを試すために、様々な課題を出した。
「オルテンシア」
エリカがオルテンシアを呼び出す。
エリカの表情は険しい。
「あなたが本当にタクヤを愛しているか、そして妻としてふさわしいか、確かめさせてもらうわ」
「確かめる? どうやって?」
「まず、料理のテストよ」
正直に言えば、エリカも料理はできない。
カレン村にいた時は、両親に。
拓也と二人きりだった時は、外食。
ルナが仲間になってからは、ルナに。
料理ができない妻と舐められたくないのだ。
特に、調子に乗っているオルテンシアには。
「タクヤの好きな料理を作りなさい」
「料理?」
クロエとは違うベクトルの条件。
それも高難易度の。
「タクヤの好きな料理って、何?」
「それを知らないで、妻になろうとしてるの?」
エリカは呆れた。
「まず、タクヤの好みを知ることから始めなさい」
「分かったわ!」
オルテンシアが意気込む。
オルテンシアは俺のところに走っていった。
「タクヤ、好きな料理って何?」
オルテンシアが聞く。
「好きな料理?」
この世界の料理は奥が深い。
魔獣や魔魚なんかは取れる場所によって味が変わる。
しかも、魔獣に関しては、討伐難易度によっても味が変わる。
「そうだな、肉料理かな」
「肉料理ね!」
オルテンシアが嬉しそうに頷いた。
意外と可愛いかもしれない。
「分かったわ! 任せなさい!」
オルテンシアが台所に向かう。
そして、一時間後。
「できたわよ!」
オルテンシアが誇らしげに料理を持ってくる。
でも、その料理を見た瞬間、みんなが絶句した。
真っ黒に焦げた何かが、皿の上に乗っていた。
しかも、煙が出ている。
「これ...何?」
エリカが恐る恐る聞いた。
「肉料理よ!」
「レーヴェン家秘伝のステーキなの!
外はカリカリ、中はジューシーに仕上げたのよ!」
「どう見ても炭だけど...」
「炭じゃないわよ!」
オルテンシアが否定する。
いや、どう見ても炭だ。
火の加減をミスった?
火の中に投入した?
「これは、高温で焼き上げた、最高級のステーキなの!
レーヴェン家では、これが一番のご馳走なのよ!」
「じゃあ、食べてみて」
エリカがオルテンシアに促す。
誰もこんなものを食べたくない。
「もちろんよ」
おいまじか。
やめた方がいいって。
オルテンシアが一口食べた瞬間、彼女の顔が歪んだ。
やっぱり。
「ま、まずい...」
「何これ、本当に炭の味がする...」
「だからタクヤが言ったとおりしょ」
エリカが溜息をつく。
自分よりも料理が下手だと安心している。
自分の立場を守れそうで。
「料理のテストは不合格ね」
「ちょ、ちょっと待って!」
オルテンシアが慌てる。
「もう一回チャンスを!」
「いいわよ」
「じゃあ、次は洗濯のテストよ。
タクヤの服を洗濯しなさい」
「洗濯ね!」
オルテンシアが頷く。
「それくらいなら簡単よ!
レーヴェン家では、アタシが自分の服を洗濯してたもの!」
次の日、オルテンシアが洗濯した服を見て、みんなが再び絶句した。
すべての服が、ピンク色に染まっていた。
俺も昔、洗濯機で変色させたことがある。
あの時は、ガキだったからしょうがなかった。
当然親には怒られたが。
手洗いで変色するか?
「な、何でこんなことに...」
「あ、赤い服と白い服を一緒に洗っちゃったのかな」
オルテンシアが頭を掻く。
「ごめんなさい。
でも、ピンク色も可愛いじゃない? レーヴェン家では、ピンクは高貴な色なのよ」
「可愛くないわよ!」
すごい形相だ。
服の一つくらいでも怒らないでも。
いくら高いとは言え、また買えばいい話だ。
「タクヤの服が全部台無しじゃない!」
「ご、ごめんなさい...」
オルテンシアがしょんぼりする。
後で慰めてやった方がいいだろう。
これから家事をするなら尚更。
「洗濯のテストも不合格ね」
その言葉は非常に冷たかった。
もう期待は残っていない。
「じゃあ、最後のテストよ。愛しているなら、証明してみなさい」
「証明?」
証明って…
変なことされたりしないよな?
「どうやって?」
「愛の証を見せるのよ」
どうせできないと思ってるからこんなことが言えるのだ。
常識を知らないオルテンシアなら、きっと。
オルテンシアは少し考えてから、行動に出た。
彼女は俺のところに走っていき、いきなり俺の唇に自分の唇を重ねた。
「んっ」
突然のキスに、頭が混乱する。
ぎこちないキスの感触が唇に残る。
どうしてこんなことに。
「これで子供ができるから、証明できたわね!
レーヴェン家では、キスで子供ができるって教えられたもの!」
その場にいた全員が、ポカーンとした。
エリカ、ルナ、クロエ、フェリス先生、グロム、ガルド、透。
みんなが呆然とオルテンシアを見つめている。
そして、全員の頭に同じ考えが浮かんだ。
「こいつ、バカだった」
みんなで顔を見合わせた。
オルテンシアが、キスで子供ができると本気で思っていることに、全員が衝撃を受けた。
「オルテンシアちゃん」
「キスじゃ子供はできないのよ」
「えっ?」
「じゃあ、どうやって作るの?
レーヴェン家では、キスで子供ができるって...」
「それは間違ってるわ」
誰だよ教えたやつ。
教育係をクビにしろ。
「じゃあ、教えてあげるわ。本当の子作りの方法を」
エリカが、本当の子作りの方法を詳しく説明し始めた。
生物学的なメカニズムから、具体的な行為まで。
医学書を読んだかのような、正確で詳細な説明だった。
いや、なんで?
「まず、男性と女性が裸になって...」
ちょっと待ってくださいよ、エリカさん。
みんなの前ですよ!
本当、ここにミミがいなくてよかった。
「裸?」
ちんぷんかんなオルテンシア。
オルテンシアの立場だったら、俺も困惑している。
というか、困惑しないやつはいない。
「何で裸になるの?」
「服を着たままじゃできないからよ」
「そして、男性の...」
エリカさん、もうやめて!
オルテンシアの顔が、もうやばい。
妙に熱ってるし。
「そ、そんな複雑なの?」
「それから、女性の...」
「ちょ、ちょっと待って!」
ナイスだオルテンシア!
このまま止まってくれ。
「難しすぎて、頭がショートしそう! そんなこと、レーヴェン家では教えてくれなかったわよ!」
オルテンシアの頭から、本当に煙が出ているように見えた。
あまりの情報量に、彼女の脳がオーバーヒートを起こしているようだった。
「それで、最後に...」
「うう、頭が痛い」
オルテンシアが頭を抱える。
「そんな難しいこと、覚えられない。アタシの頭じゃ無理よ」
「覚えなくても大丈夫よ」
「自然にできるようになるから」
自然にできたら苦労しない。
「本当?」
「本当よ」
不安なオルテンシアを慰めるように言っている。
あまり変なことを教えないでくれ。
「でも、今のあなたでは、まだ妻として認められないわ」
「そんな...」
ショックしている。
オルテンシア、ごめんね。
でも、エリカはまだ悩んでいた。
オルテンシアのバカさ加減を目の当たりにして、本当に拓也の妻として認めていいのか迷っていた。
確かに剣の腕は立つし、心根は悪くない。
でも、あまりにも世間知らずで、常識が欠けている。
料理も洗濯もできない。子作りの方法も知らない。
拓也の妻として、家族の一員として、本当に大丈夫なのだろうか。
エリカの葛藤は続いていた。
「でも」
「もう一度だけチャンスをあげるわ」
「本当?」
そんなに俺の妻になりたいのか。
いや、なんで?
「本当よ」
「何か、タクヤのためになることをしてみなさい。
それで、あなたの本当の気持ちが分かるから」
「分かったわ!」
オルテンシアが意気込みにずっと困惑している。
ちょっと優しくしただけだぞ。
「絶対に、タクヤのためになることをするわ! レーヴェン家の誇りにかけて!」
エリカの葛藤は続いていた。オルテンシアを認めるべきか、それとも拒絶するべきか。その答えは、まだ出ていなかった。
◇ ◇ ◇
その日の夜、疲れて早めにベッドに入った。
最近は子育てと魔法大学の課題(自由だからしなくても良い)で忙しく、睡眠不足気味だった。
ようやく眠りについた時、誰かが激しく揺り起こした。
「タクヤ、起きて」
甲高い声。
オルテンシアだ。
「大変なの、すぐ来て」
「何だ?」
眠たい。
寝かせてくれ。
「夜中に何の騒ぎだ?
レーヴェン家では、夜は静かに過ごすものだって...」
あれ?
そうだっけ?
寝ぼけて頭が回ってない。
「いいから、すぐ来て」
無理矢理腕を掴まれて引っ張られる。
痛い。
「緊急事態よ! 村が危ないの!」
本当に面倒くさいが起き上がった。
本当にピンチならいけないから。
オルテンシアに引っ張られて、家の外に出る。
でも、外の景色を見た瞬間、俺は完全に目が覚めた。
村が炎に包まれている。
そして、村の中央に巨大な影が立っていた。
魔王軍の幹部だった。
全身が黒い鎧に覆われ、禍々しいオーラを纏っている。
間違いなく、魔王軍幹部の一人だ。
俺がこの村にいるから?
いや、自分のことを高く見すぎか。
「なんで今頃」
魔王軍幹部は、既に5体(本当に俺が倒したのは3体)。
残りは5体のはずだが、なぜこのタイミングでエルフの村を襲撃するのか。
「他の家族を起こすわけにはいかない」
エリカもルナも、子育てで疲れている。
戦闘に巻き込むのは危険だ。
「オルテンシア、俺たち二人で何とかしよう」
「分かったわ」
オルテンシアの剣は美しい。
しかし、刃こぼれが目立つ。
グロムに直してもらわないと。
「任せなさい。レーヴェン家の剣技を見せてあげるわ」
でも、オルテンシアはいきなり魔王軍幹部に向かって突進しようとした。
「待て」
「無策で突っ込んだら死ぬぞ」
「でも…」
「村の人たちが危険よ。レーヴェン家の剣士として、見過ごすわけにはいかないわ」
いつものオルテンシアならこんなことは言わないはずだ。
平民なんてどうでもいいと普通は考える。
この数日間で彼女は変わったのだ。
「分かってる」
「でも、戦略が必要だ」
予知輪を使って、10秒後の未来を確認した。
正面から攻撃しても、魔王軍幹部に軽くいなされる未来が見えた。
「瞬間移動で隙を狙おう」
あまり戦えないが、頭は回る。
少しでもサポートして役に立たなければ。
「君が正面から攻撃して、俺が背後から」
「分かったわ」
よかった。
ちゃんと伝わってくれて。
「アタシが囮になるのね。
レーヴェン家の剣士として、誇りに思うわ」
俺たちは作戦を実行した。
オルテンシアが正面から『剣技:雷光一閃』で攻撃し、俺が瞬間移動で背後に回る。
でも、魔王軍幹部に動きを完全に読まれていた。
「遅い」
攻撃が、全て回避されてしまう。
オルテンシアの剣も、魔王軍幹部の鎧に突き刺さらない。
「くそ」
チッ。
予想以上に強敵だった。
このままでは、俺たちが倒されてしまう。
「タクヤ、諦めないで」
「アタシ、まだ妻として認められてないのよ。
ここで死ぬわけにはいかないわ」
オルテンシアが再び突進する。
でも、魔王軍幹部の攻撃がオルテンシアを襲う。
「危ない!」
俺は咄嗟に瞬間移動で、オルテンシアの前に移動した。
でも、方向を間違えてしまった。
魔王軍幹部の背後に移動するはずが、オルテンシアの真正面に出てしまった。
そして、オルテンシアと俺の唇が重なってしまった。
「んっ」
どうして…
どうしてこんな偶然が。
おかしいだろこれは。
でも、その瞬間、魔王軍幹部の動きが止まった。
「尊し」
何を言っているんだ。
気でも狂ったのか。
何もしてないのに。
「愛の力か。これは、我々が求めていたものだ」
「何?」
「どういう意味だ?」
「人族の愛の力」
「それは、我々魔王軍が最も恐れるものだ。
お前たちの愛は本物だ。故に、我リュセフィアはここから去る」
そして、魔王軍幹部は突然姿を消した。
まるで、最初からいなかったかのように。
「え?」
「何が起こったんだ?」
「分からないわ」
意味がわからない。
本当に。
「でも、村は助かったみたい」
確かに、村を包んでいた炎も消えていた。
魔王軍幹部が去ったことで、すべてが元に戻ったようだった。
偶然のキスが魔王軍幹部を退散させたことに驚いていた。
まさか、愛の力がこんな形で発揮されるなんて。
ところで愛の力ってなんだ?
でも、これもまた「偶然の勇者」らしい勝利の仕方かもしれない。
癪だけど。
「オルテンシア、ありがとう」
「君がいてくれなかったら、村が危なかった」
「当然よ」
ドヤ顔しないと気が済まないのか。
そんなところも愛おしく思える。
「アタシ、タクヤの奥さんになるんだから。
レーヴェン家の誇りにかけて、タクヤを守るわ」
この夜の出来事を通じて、オルテンシアの真の姿を見た気がした。
確かに彼女はバカで、常識知らずだ。
料理も洗濯もできない。
でも、いざという時には勇敢に戦ってくれる。
村の人々を守ろうとする心も、本物だった。
俺の妻として、家族の一員として、彼女は十分な資格があるかもしれない。
明日、エリカにこの話をしてみよう。
きっと、エリカも考えを改めてくれるはずだ。
オルテンシアの「奥さん認定」への道のりは、まだ続いている。
でも、今夜の出来事で、大きく前進したかもしれない。
そんな期待を胸に、オルテンシアと一緒に家に戻った。
新しい家族の一員を迎える日が、近づいているような気がしていた。
◇ ◇ ◇
翌朝、昨夜の出来事をエリカに報告した。
魔王軍幹部の襲撃、オルテンシアとの共闘、そして偶然のキス。
すべてを包み隠さず話した。
「そんなことがあったのね」
キスの話は嫌な顔をしていた。
昨日の子供キス事件が思い浮かんだのだろう。
俺も思い出す。
「オルテンシアも、いざという時は頼りになるのね」
「ああ」
「彼女がいなかったら、村が危なかった」
エリカは少し考えてから、複雑な表情を浮かべた。
「でも、まだ納得できないわ」
自分よりも剣技は優れていないとは言え、オルテンシアもかなりの実力者だ。
活発な性格から行動力もある。
「確かに、オルテンシアは勇敢だし、タクヤを守ってくれた。それは認めるわ」
「でも?」
「でも、あまりにもバカすぎるのよ」
本当にその通りだ。
エリカがため息もつくのもわかる。
「料理もできない、洗濯もできない、子作りの方法も知らない。
こんなんで、本当に妻としてやっていけるの?」
「それは...」
何も言い返せない。
「確かに、家事は壊滅的だけど」
「壊滅的どころじゃないわよ」
エリカが呆れる。
これはしょうがない。
「炭を料理だと思ってるし、服を全部ピンク色に染めるし。
このままじゃ、家が崩壊するわよ」
「でも」
オルテンシアはバカだ。
だから、元貴族だからと言って最初は平民のことをバカにしていた。
それは常識知らずのこともあるかもしれない。
けれども、理解をしようとする姿勢。
諦めないと言う強い意志があるんじゃないかと思う。
自分なりに行動して、それがプラスの方向に行けば誰も損をしない。
「彼女なりに頑張ってるじゃないか。
昨日も、村を守るために命がけで戦ってくれた」
「それは認めるわ」
だったら…
「でも、それだけじゃ足りないのよ。妻として、家族として、もっと大切なものがあるの」
「大切なもの?」
「そうよ」
キッパリと言われる。
「家族を思いやる心、困った時に助け合う精神、そして何より、タクヤを本当に愛する気持ち」
「オルテンシアは、それを持ってると思うよ」
子供ができるかもしれないのにその行為をするのは、至難の業だと思う。
好きじゃなきゃできない。
むしろ、愛があるからこそできる一番の行動だろう。
「彼女なりに、一生懸命なんだ」
エリカは黙って考え込んだ。
確かに、オルテンシアは頑張っている。
でも、それで十分なのだろうか。
その時、オルテンシアが部屋に入ってきた。
「おはよう、みんな」
「今日も、レーヴェン家の誇りをかけて頑張るわ」
「オルテンシア」
エリカ、認めてやってくれ。
「昨日のこと、聞いたわ。村を守ってくれてありがとう」
「当然よ」
オルテンシアが胸を張る。
きっと認められたと思ったのだろう。
「アタシは、タクヤの奥さんになる女なんだから」
「でも」
「まだ、あなたを妻として認めたわけじゃないわ」
「え?」
まじか。
「まだダメなの?
でも、アタシ、村を守ったのに」
「それだけじゃ足りないのよ」
十分だと思うが。
ただ、男の俺にはわからないことがあるのかもしれない。
「妻として、もっと必要なものがあるの」
「必要なもの?」
本当にわかっていない様子だ。
「何? 料理? 洗濯? 掃除?
アタシ、全部やったわよ」
「全部失敗したでしょ」
反論できない。
「そうだけど...」
オルテンシアがしょんぼりする。
「アタシ、頑張ったのに」
「頑張っただけじゃダメなのよ」
エリカの厳しさを改めて理解した。
いや、本当は厳しくなんかない。
俺と…死んだエリカの両親が一番理解しているはずだ。
他の妻が優しい分、誰かが厳しくしないと行けない。
そうしないと、オルテンシアが甘えてしまう。
それに、これから妻が増えるとしたら条件を甘くしてしまう可能性がある。
エリカは自らを汚れ役になってくれているのだ。
「結果が大事なの」
「結果...」
オルテンシアが悲しそうに呟く。
その様子を見て、俺は少し可哀想になった。
確かに、オルテンシアは失敗ばかりだ。
でも、彼女なりに一生懸命やっている。
「エリカ」
「もう少し、優しくしてやれないか?」
「優しくしてどうするの?」
「このままじゃ、オルテンシアのためにならないわ」
「でも」
「タクヤ」
その顔は真剣そのものだ。
エリカの決意は固い。
「私は、オルテンシアが嫌いなわけじゃないの。
むしろ、彼女のことは好きよ。明るくて、元気で、純粋で」
「じゃあ、どうして?」
「だからこそよ」
「彼女が本当に幸せになるためには、もっと成長する必要があるの。
料理も、洗濯も、掃除も。そして、妻としての自覚も」
エリカの言葉に、オルテンシアがハッとした表情を浮かべた。
「妻としての自覚...」
「アタシ、まだ妻としての自覚がないのね」
「そうよ」
エリカの言葉を的確だ。
「あなたは、ただタクヤと一緒にいたいだけで、妻として何をすべきか分かってないの」
「じゃあ、教えて」
オルテンシアが真剣な顔で言う。
「妻として、何をすればいいの? レーヴェン家では、そういうこと教えてくれなかったから」
エリカは少し考えてから、優しく微笑んだ。
やっと伝わってくれたみたいに。
「妻としてすべきことは、たくさんあるわ」
「まず、夫を支えること。夫が困っている時、助けてあげること」
「支える...」
メモを取ろうとしているが、紙を覗くとなんて書いているかわからない。
ミミズのような字だ。
フェリス先生にお願いしよう。
「それから、家族を大切にすること。
子供たちの面倒を見て、みんなが幸せに暮らせるようにすること」
「家族を大切に...」
「そして、何より大事なのは」
「夫を心から愛すること。
体だけじゃなくて、心も一緒になること」
「心も一緒に...」
オルテンシアが真剣に聞いている。
「あなたは、タクヤのことを本当に愛してるの?」
「それとも、ただ一緒にいたいだけ?」
オルテンシアは少し考えてから、答えた。
「アタシ、最初はよく分からなかったわ」
わからなかったのか。
確かにあの時俺、めちゃくちゃバカにされていたくね。
平民だからという理由で。
「ただ、タクヤは強いし、優しいし、一緒にいると楽しいから、好きだと思ったの」
「でも」
「昨日、魔王軍幹部と戦った時、分かったの」
「何が?」
「タクヤが傷つくのが、すごく怖かったの」
オルテンシアが涙目になる。
保護欲。
オルテンシアが俺に向ける感情はそれらしい。
「タクヤが死んじゃったら、アタシ、どうすればいいか分からない。
そう思ったら、胸が苦しくなって」
「それが愛よ」
エリカはオルテンシアに寄り添った。
さっきまでの距離感とは違う。
分かり合えたのだ。
「相手を失うのが怖い、相手を守りたいと思う気持ち。それが、本当の愛なの」
「じゃあ、アタシ、タクヤを愛してるのね」
オルテンシアのスカートが濡れる。
「初めて分かったわ。これが愛なのね」
エリカは、オルテンシアの涙を見て、心を動かされた。
この子は、本当に拓也を愛している。不器用で、バカで、常識知らずだけど、その愛は本物だ。
「分かったわ」
エリカが大きなため息をついた。
「オルテンシアを認める」
「本当?」
オルテンシアが目を輝かせた。
「本当よ」
「あなたの愛は本物だもの。それだけで十分よ」
「やった!」
オルテンシアが喜んで飛び跳ねる。
「レーヴェン家の誇りをかけて、絶対にいい妻になるわ!」
「でも」
「洗濯と掃除は、私たちが教えてあげるからね。一緒に頑張りましょう」
料理は教えてやんないんだ。
「ありがとう、エリカ」
オルテンシアがエリカに抱きつく。
豊満なものがエリカに押し付けられた。
「アタシ、エリカのこと、姉妹みたいに思うわ」
「姉妹...」
同じ人を愛する同士、序列はあるものの愛の大きさは変わらない。
「まあ、これから家族なんだから、そう思ってくれて嬉しいわ」
この光景を見て、心が温かくなった。
最初は反対していたエリカが、最終的にはオルテンシアを受け入れてくれた。
それが、エリカの素晴らしいところだった。
最初は厳しいけど、最終的には相手の良さを認めてくれる。
「ありがとう、エリカ」
エリカを優しく抱きしめる。
「君のような妻がいて、本当に良かった」
「当然ね」
「私、できた嫁だもの」
こうして、オルテンシアの「奥さん認定」への挑戦は、ついに成功した。
ルナ、クロエ、エリカ、三人全員から認めてもらえたのだ。
俺の家族は、また一人増えることになった。
頭は悪いが、心優しく、剣の腕も立つ元貴族の女剣士。
きっと、家族に新しい活気をもたらしてくれるだろう。
「じゃあ、これからよろしくね、オルテンシア」
優しい妻のルナ。
「一緒に家族として、頑張りましょう」
「はい!」
少しはルナの優しさを見習ってほしい。
「胸、また触らせてくださいね」
自信がない妻のクロエ。
「もちろんよ」
オルテンシアが笑う。
「いつでもどうぞ」
「それと、フェリス先生の耳も触っていい?」
「もちろんニャ!」
ちゃんと勉強も教えてやってほしいものだ。
「フェリス先生、大好き!」
みんなが笑い合う中、新しい家族の一員を迎える喜びを感じていた。
「でも、一つだけ確認させて」
オルテンシアが突然真剣な顔になる。
「妻になったら、タクヤと一緒に寝られるのよね?」
「そ、そうね...」
顔が真っ赤にするエリカ。
「じゃあ、今夜から?」
おい、おい。
…最高です。
「今夜から、タクヤと赤ちゃん作れるのよね?
あ、でもキスじゃダメなのよね。じゃあ、エリカが教えてくれた方法で...」
「ちょ、ちょっと待って!」
エリカ、君のせいだ。
今夜は、責任をとってもらわないといけない。
「まだ早いわよ!」
「何で? 妻になったんでしょ?」
オルテンシアが不思議そうに言う。
「だったら、すぐに赤ちゃん作らないと。
レーヴェン家では、結婚したらすぐに跡取りを産むのが義務なのよ」
「義務って...」
「そういう問題じゃないんだが」
「じゃあ、いつならいいの?」
俺はいつでも。
「今夜? 明日? 明後日?」
「もっと先よ!」
「まずは、お互いをもっと知ってからよ!」
「お互いを知る?」
オルテンシアが首を傾げる。
「それって、どういうこと? 一緒にお風呂に入るとか?」
「違う!」
「もっと心を通わせることよ!」
「心を通わせる...」
本当にわかっていないようだ。
これから教えなきゃな。
「難しいわね。レーヴェン家では、そういうこと教えてくれなかったもの」
「これから教えてあげるわ」
エリカに教えるのは任したくない。
安心できるルナにお願いしたんだが。
「ゆっくりでいいんですよ、オルテンシアさん」
「ありがとう、ルナさん」
オルテンシアが微笑む。
この新しい展開を楽しみにしていた。
オルテンシアが家族に加わることで、きっと毎日が更に賑やかになるだろう。
問題は山積みだ。
料理も洗濯も掃除もできない。常識も欠けている。
そして、何より純粋すぎて、えっちな発言を平気でする。
でも、それもまた彼女の魅力だ。
完璧じゃないからこそ、愛おしい。
俺の家族は、また一人増えた。
多様性に富んだ、面白い家族構成だ。
人族、エルフ族、獣人族、そして元貴族の女剣士。みんな違って、みんな良い。
これからも、この家族と一緒に、色々な困難を乗り越えていこう。
そして、いつか、オルテンシアとも本当の夫婦になる日が来るだろう。
その日を、俺は楽しみにしていた。
「タクヤ!」
オルテンシアが突然叫ぶ。
「今日から、アタシもこの家の一員よね!
だったら、家事も手伝うわ! 料理も、洗濯も、掃除も!
レーヴェン家の誇りをかけて、完璧にこなしてみせるわ!」
「いや、それは...」
俺が止めようとしたが、遅かった。
勘弁してくれ。
オルテンシアは既に台所に向かっていた。
そして、数分後、爆発音が聞こえた。
「きゃー!」
オルテンシアの叫び声。
「何で鍋が爆発するのよ!」
みんなが台所に駆けつけると、オルテンシアが真っ黒になって立っていた。
火だけなのになんで爆発するの?
ガスとかもないのに。
「大丈夫か?」
「大丈夫よ」
笑っている場合じゃないぞ、オルテンシア。
「これくらい、レーヴェン家では日常茶飯事だもの」
「日常茶飯事って...」
「やっぱり、洗濯と掃除は私たちに任せなさい」
だから料理は!
「でも...」
「アタシも、役に立ちたいのに」
「大丈夫です」
悔しそうなオルテンシアにルナが寄り添う。
「オルテンシアさんには、オルテンシアさんにしかできないことがあります」
「アタシにしかできないこと?」
「そう…です」
「剣の腕を活かして、家族を守ること…です」
自分には家族を守る才能がないと言っていたクロエが、自分の代わりにやってくれと言っている。
クロエも人にお願いすることは苦手だ。
つまり、成長してくれていると言うことだ。
とても嬉しい。
「家族を守る...」
「それなら、アタシにもできるわ。
レーヴェン家の剣士として、必ず家族を守ってみせる」
オルテンシアの決意に満ちた表情を見て、確信した。
彼女は、きっと素晴らしい妻になる。
不器用で、バカで、常識知らずだけど、その心は誰よりも真っ直ぐだ。
これから、彼女と一緒に歩んでいく人生が、楽しみでしょうがなかった。
新しい家族の一員、オルテンシア・フォン・レーヴェン。
彼女の物語は、今、始まったばかりだった。




