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第九十七話「好きになったもんはしょうがない」

ついに五十万字を超えました。すごく嬉しいです。

しかも、百話を超えたことで2ページに突入したことが何よりの幸せでした。これからも応援お願いします

 

 オルテンシアが家族の一員となってから三日が経った。


 彼女は相変わらずフェリス先生に夢中で、朝から晩まで猫の耳を触りたがっている。

 フェリス先生も最初は困惑していた(全くしてない)が、最近では慣れてきたようで、時々自分から耳を差し出すこともある。


 そんな平和な朝、家の前の広場で異変が起こった。


「エリカ、剣を交えない?」


 オルテンシアがエリカに挑戦状を叩きつけたのだ。


「剣?」

「私はそんなに剣が上手じゃないけど」


「謙遜しないでよ」


 オルテンシアが自信満々に言う。


 確かにエリカとオルテンシアの戦いは気になる。

 最強なエリカとオークを圧倒したオルテンシア。

 同じ剣士同士、決着をつけるのも悪くない。


「アタシの実力、見せてあげる。それに、アタシはA級冒険者だったのよ。それも1ヶ月もしないでね!

 きっとエリカより強いわ。だって、アタシは元貴族だもの。お城で最高の剣術指南役から教わったんだから」


 オルテンシアが胸を張る。

 確かに、A級冒険者の実力は相当なものだ。


 少し心配事がある。


 エリカは出産してから、まだそれほど日が経っていない。

 体調は完全に回復しているとはいえ、以前ほどの動きができるのだろうか。


 一方で、オルテンシアの剣術は確かに見事だった。貴族として幼少期から剣術の英才教育を受け、冒険者としても実績を積んでいる。

 と、自分で言っていた。


「分かったわ」

「でも、手加減はしないわよ」

「望むところよ」


 オルテンシアが剣を構える。

 美しい剣だった。

 貴族時代の家宝らしく、刃に細かな装飾が施されている。


「これは代々オルテンシア家に伝わる名剣『ロイヤルブレード』よ」


 オルテンシアが誇らしげに説明する。


「魔法を込めれば、雷を纏うことができるの。お城にあった宝物庫の中でも、最高級の一品だったのよ。きっとエリカの剣より偉いわ」

「剣に偉いも偉くないもないと思うけど」

「あるわよ! 貴族の剣は平民の剣より偉いに決まってるでしょ!」


 オルテンシアが力説する。

 俺の意見は遮られた。


 一方、エリカは愛用の月光剣ルナライトを抜く。

 月の光を纏ったような、神秘的な輝きを放つ剣だ。

 俺があげた剣を今も愛用してくれてるのは、素直に嬉しい。


「それじゃあ、始めましょうか」


 エリカが構えた。

 その瞬間、空気が変わった。


 エリカの殺気が、広場全体を包み込む。

 いや、殺気だけではない。

 魔力が溢れ出し、地面が微かに震え始める。


 俺は、エリカの本気を久しぶりに見た気がした。


 普段は明るくて優しい彼女だが、戦闘時の集中力は並外れている。

 そして、その殺気は出産前よりもさらに鋭くなっていた。

 母として家族を守る意志が、彼女をより強くしていたのだ。


 一方、オルテンシアは相変わらず自信満々だった。


「剣技:雷光一閃」


 オルテンシアが得意技を繰り出す。


 剣に雷を纏わせ、一瞬の閃光のような速さで、エリカに向かって突進した。


 その速度は確かに目を見張るものがある。

 周囲の空気が裂け、雷鳴が轟く。

 地面に雷の痕が刻まれ、凄まじい破壊力を感じさせる。

 A級冒険者(自称)の実力は伊達ではない。


「さすが元貴族のアタシ! この技は王国でも最強だったのよ!」


 オルテンシアが自画自賛する。


 しかし。


「月光剣技:三日月斬り」


 エリカが冷静はだった。

 月の光を纏った剣が、弧を描いてオルテンシアの攻撃を受け止めた。


 いや、受け止めただけではない。

 オルテンシアの雷撃を完全に相殺し、その勢いのまま反撃に転じる。

 月光の刃が、まるで生き物のようにオルテンシアを追い詰める。


「えっ?嘘でしょ?」


 オルテンシアは驚愕した。


 自分の必殺技が、あっさりと防がれてしまったからだ。

 いや、防がれただけではない。完全に圧倒されている。


「今のって、確実に当たったはずなのに。雷が消えた? どういうこと?」

「甘いわね」

「まだまだよ」

「月光剣技:満月連撃」


 連続攻撃が、オルテンシアを襲った。


 その攻撃は、もはや人間の動きとは思えない速度だった。

 十撃、二十撃、三十撃。瞬く間に繰り出される斬撃の嵐。

 空間そのものが切り裂かれ、月の光が無数の軌跡を描く。


 オルテンシアは必死に防御するが、エリカの攻撃は予想をはるかに超える激しさだ。


「速い、速すぎる」


 オルテンシアが息を切らしながら呟く。

 気を抜けば倒れそうなくらい圧倒されているように見える。


「こんなに速い剣術、見たことない。お城の騎士団長より速い。いや、王国最強の剣士より速い!」


 エリカの剣術は、確かに桁違いだった。


 オルテンシアの「雷光一閃」も速いが、エリカの「満月連撃」はそれを上回る速度と精度を持っている。しかも、単発の攻撃ではなく、連続攻撃だ。


 地面が切り裂かれ、周囲の木々が月光の余波で切断される。広場全体が、エリカの魔力によって青白く発光している。


「ちょっと待って、なんでそんなに強いのよ」


 オルテンシアが困惑しながら後退する。


「アタシ、A級冒険者なのよ? エリカはただの奥さんでしょ? お城にいた騎士たちより強いなんておかしいわ!」


 その言葉に、エリカの目が細くなった。

 

「ただの奥さん?」


 言ってやれ。


「私を甘く見過ぎね」


 エリカの魔力が、さらに膨れ上がる。

 月光剣ルナライトが、まばゆい光を放ち始めた。


 防御し続けるオルテンシアの体力は、みるみる削られていく。


「はあ、はあ、もう疲れちゃった」


 オルテンシアが息を切らしている。

 さっきまでの強気な姿勢はどこへ行ったのやら。


「ねえ、ちょっと休憩しない? 

 お城での訓練では、休憩時間があったもの」

「戦闘中に休憩なんてないわ」


 エリカがさらに技を繰り出す。

 俺の知らない技だ。

 

「月光剣技:新月の隠れ身」


 エリカの姿が、一瞬消えた。


 いや、消えたわけではない。

 月の光を操って、自分の姿を隠しているのだ。

 完全に気配を消し、視覚、聴覚、すべての感覚から逃れている。


「どこ?どこにいるの?」


 オルテンシアがパニックになって辺りを見回す。


「ちょっと、これ反則じゃない?

 姿が見えないなんて。お城の訓練では、こんなの禁止されてたわよ! 卑怯よ!」


 敵の姿が見えない恐怖に、完全に動揺している。

 剣を構える手が震え、汗が額を伝う。


 そして、背後から攻撃が来た。


「月光剣技:月下美人」


 エリカの剣が、オルテンシアの剣を弾き飛ばした。


 オルテンシアの愛剣『ロイヤルブレード』が宙を舞い、地面に突き刺さる。

 その衝撃で、地面に大きなクレーターができた。


 勝負あり、だった。


 戦闘時間は、わずか三分にも満たなかった。

 A級冒険者であるオルテンシアが、まるで子供のように一方的に圧倒されたのだ。


「負け、た」


 オルテンシアが呆然と呟く。


「アタシが、負けた。しかも、こんなにあっさりと。嘘、嘘よ、こんなの」


 彼女の目に、涙が浮かんでいた。


 プライドの高いオルテンシアにとって、この完敗は相当なショックだったようだ。


 

「うう、どうして?」


 オルテンシアが泣き始めた。

 

 ちょっと可哀想に思えてきた。


「アタシ、こんなに弱かったの?

 A級冒険者だったのに。元貴族だったのに。お城で一番強かったのに。なんで奥さんのエリカの方が強いのよ?」


 その様子を見て、エリカの表情が和らいだ。

 いつもの優しいママの顔に戻る。

 

「あら、泣かないで」

「あなたの剣術、確かに上手だったわよ」

「でも、負けちゃった」


 オルテンシアがしゃくり上げる。

 涙と鼻水で美人の顔が台無しだ。

 後で拭き取ってやろう。


「アタシ、貴族の誇りが。お城の人たちに顔向けできない。あ、でも、お城ももうないんだった」

「勝負に勝ち負けはつきものよ」

「大切なのは、そこから何を学ぶかよ」


 エリカの優しさに、改めて感動した。


 勝利した後でも、相手を思いやる心を忘れない。

 それが、エリカの素晴らしいところだった。


「それにしても」

「私を『ただの奥さん』って言ったのは、ちょっと傷ついたわ」

「ご、ごめんなさい」


 オルテンシアが慌てて謝る。


 素直に謝るのは意外だった。

 もっと一悶着あると思っていたが、そんなことはなかったらしい。

 少し残念だ。


「でも、本当にどうしてそんなに強いの? お城の騎士団長より強いわよ」

「私は最近戦い始めたばっかりよ」

「タクヤと出会ってから、始めたばかりなんだから」

「そうなの?」


 オルテンシアが驚いた。


「エリカも冒険者だったの?」

「ええ、A級よ」


 エリカがさらりと答える。

 その一言で、オルテンシアの表情が凍りついた。


「A級? エリカもA級冒険者だったの?

 嘘、同じA級なの?」

「そうよ。それも、かなり実力のある方だったと思うわ」


 実際、エリカは俺が知る限り最強クラスの冒険者の一人だ。

 出産を経てなお、その実力は衰えるどころかむしろ向上しているように思える。


「じゃあ、アタシが負けたのも当然なのね」


 オルテンシアがようやく納得する。


「でも、同じA級なのに、どうしてこんなに差があるの? アタシだって、お城で毎日訓練してたのよ。使用人が応援してくれてたし、剣術指南役も『素晴らしい』って褒めてくれてたのに」

「経験の違いよ」

「私は生死を賭けた戦いを数え切れないほど経験してきたの。

 あなたも強いけど、まだ甘いところがあるわね」


 確かに、オルテンシアの戦い方を見ていると、基本的な技術は高いものの、実戦での厳しさが不足している印象だった。

 貴族として守られた環境で育ったため、本当の意味での生死を賭けた戦いを経験していないのかもしれない。


「タクヤ」

「なでなでして」


 エリカが俺に甘えてきた。

 珍しくはない。

 妻になってからはよく甘えてくる。


 可愛くてしょうがない。


 きっと、勝利の報酬として、頭を撫でて欲しいのだろう。


「よしよし」


 エリカの頭を優しく撫でる。


「お疲れさま、エリカ。さすがだった」

「えへへ」


 エリカが嬉しそうに笑う。

 そして熱っている。


 その光景を見て、オルテンシアが割り込んできた。


「アタシにもしなさい」


 オルテンシアが要求する。


「負けて悲しいから、慰めて。元貴族を慰めるのは、平民の義務よ」

「え?」


 エリカが驚くいた。

 そして、すぐに反対の声を上げた。


「だめ」


 きっぱりと言う。


「これは奥さん特権なの。

 あなたは奥さんじゃないでしょ」

「奥さん特権?」


 オルテンシアが首を傾げる。


「そんなのあるの? 初めて聞いたわ。お城では聞いたことなかったわよ」


 オルテンシアの無知さが露呈した。


 貴族として育ったため、庶民の夫婦関係について全く知識がないようだ。

 というか、これは俺たちだけの関係かもしれない。

 

「当たり前よ」


 誇らしげに答えていた。

 エリカのドヤ顔はいつ見ても飽きない。


「夫に甘えるのは、奥さんだけの権利なの」

「へえ、そうなんだ」


 オルテンシアが素直に感心する。


「じゃあ、なでなでしてもらうには、奥さんにならないといけないのね。分かったわ」

「だったら、アタシも奥さんにすればいいじゃない」


 突然に宣言に、俺は言っている意味がわからなかった。

 

 同じく、エリカの表情が凍りついた。


「は?」


 その声色から優しさは感じられない。

 殺意が滲み出ている。

 今すぐ、ここを離れた方がいい。

 絶対に。


「何て言った?」

「だから、アタシも奥さんになるのよ」


 オルテンシアが無邪気に答えた。

 バカが!

 エリカの恐ろしさは身をもって体験しただろ!

 死にたいのか!?


「そうすれば、なでなでしてもらえるでしょ。ねえ、どうやったら奥さんになれるの? 手続きとか必要?

 書類とか? でも、アタシ字が読めないから、タクヤが書いてくれる?」


 オルテンシアの無知さが、さらに際立った。

 結婚というものを、単なる手続きか何かのように考えているようだ。


 エリカの顔が、見たこともないほど恐ろしい表情になった。

 額に青筋が浮かび、目が吊り上がっている。

 魔力が再び膨れ上がり、周囲の空気が震え始めた。


「ちょっと待ちなさい」

「あなた、何様のつもり?」

「貴族様よ」


 オルテンシアが答える。


 空気を読まない発言だった。


 オルテンシア、さようなら。

 短い間だったけど呆れと笑いをありがとう。


「元貴族だけど。それに、アタシだって美人だし、強いし、タクヤの奥さんになる資格は十分にあるでしょ。お城にいた頃は、たくさんの貴族がアタシに求婚してきたもの」

「貴族だからって、何でも思い通りになると思ってるの?」


 ボンッ。


 エリカの怒りが爆発した。


「タクヤは私たちの大切な夫なのよ。そこに割り込もうなんて、図々しすぎるわ」

「でも、アタシもタクヤのこと好きよ」


 オルテンシアがまた爆弾発言をする。


 この世界で俺、モテすぎている気がする。

 絶対にバチが当たるだろ。

 このままじゃ。


「優しいし、強いし、造形魔法も素敵だし。それに…」


 オルテンシアが少し顔を赤らめる。


「アタシのこと、変だって言わないもの」

「変だって?」

「アタシ、お城にいた頃から、ちょっと周りと違うって言われてたの」


 遠い昔を思い出すかのように語り始めた。

 

「名前を覚えられないし、字も読めないし、オークを貴族だと思っちゃうし。でも、タクヤはそんなアタシに怒らないで、ちゃんと教えてくれたでしょ。馬鹿にしないで、優しく接してくれたでしょ」

「だから、好きになったの。こんな頭の…」


 そこで、オルテンシアが慌てて言い直す。


「いや、頭は悪くないわよ! アタシは元貴族だから、頭はいいの! ただ、ちょっと知らないことが多いだけ! でも、タクヤはそれを受け入れてくれたから、好きになったの」


「だから、奥さんになりたいの。それって、愛ってやつよね?」


 オルテンシアがさらに無邪気に続ける。


「貴族の結婚は政略だったから、愛のある結婚なんて初めてよ。どんな感じなのかしら。きっと素敵よね」


 エリカの殺気が、さらに強くなった。


 俺は、これ以上エリカを怒らせるわけにはいかないと思った。


「ちょっと、二人とも落ち着いて」


 仲裁に入った。


「話し合いで解決しよう」


 でも、仲裁は意味がなかった。


「あなたは黙ってなさい」


 エリカが俺を一喝する。


「これは女同士の問題よ」

「そうよ、タクヤは黙ってて」


 オルテンシアも同調する。


 なんで俺が責められているんだ。

 妻の作りすぎのせいか?

 

「元貴族と奥さんの話し合いなんだから」


 二人の強さに、俺が敵うわけがなかった。

 俺は、ただ見守るしかなかった。


「第一、あなたには資格がないのよ」


 エリカがオルテンシアを睨む。


「タクヤと出会ってから、まだ数日じゃない。私たちは、長い間一緒に戦ってきたのよ」

「資格って何よ」


 オルテンシアが反論する。


「愛があれば十分でしょ。それに、アタシは貴族よ? 身分だって申し分ないわ。お城に住んでたのよ。それだけで資格は十分じゃない」


 また身分を持ち出すオルテンシア。

 彼女の頭の中では、貴族という身分が万能の切り札のようだ。


「愛だけじゃダメなのよ」


 エリカが厳しく言った。


「信頼と絆が必要なの。それを築くには、時間がかかるのよ。身分なんて関係ないわ」


 エリカの言葉には、重みがあった。


 確かに、彼女は俺と長い時間を過ごし、数々の困難を一緒に乗り越えてきた。

 その絆は、簡単に築けるものではない。


「でも」


 オルテンシアが食い下がる。


「アタシだって、本気よ。それに、タクヤと一緒にいると、なんだかドキドキするの」


 オルテンシアが胸に手を当てる。

 豊満な胸に。


 エリカはすごい形相になっていた。


「これって恋よね? きっと。お城にいた頃は、こんな気持ちになったことなかったもの」


 恋すら初体験のようなオルテンシアの無邪気さに、エリカの怒りも少し和らいだようだった。


「本気なら、まず私たちに認めてもらいなさい」


 エリカが条件を出す。

 合理的な判断だ。


 俺の気持ちは考慮してくれないが。


「私とルナとクロエ、三人全員に認められたら考えてあげる」

「認めてもらう?」


 オルテンシアが困惑した。


「どうやって? 何をすればいいの? お城では、結婚は親が決めてたから、認めてもらうとか考えたことなかったわ」

「それを考えるのも、あなたの課題よ」


 エリカがきっぱりと言う。


 俺は、この展開に少し驚いた。


 エリカが、オルテンシアの気持ちを完全に否定しなかったからだ。

 条件を出すということは、可能性があるということだ。


 でも、その条件は相当厳しそうだった。


 エリカ、ルナ、クロエ、三人全員に認めてもらうなんて、簡単なことではない。

 ルナとクロエはちょろそうだけど。


 エリカは確実な難関だ。


「分かったわ」


 オルテンシアが決意を込めて答えた。


「アタシ、頑張って認めてもらう。元貴族の誇りにかけて」

「でも、どうすればいいのか分からないから、教えてくれる?」


 またもや無邪気な質問。

 自分で考えることすらできないようだ。


「そう簡単にはいかないわよ」


 エリカが警告した。


「自分で考えなさい。覚悟しなさい」


 こうして、オルテンシアの「奥さん認定」への挑戦が始まった。

 果たして、彼女は三人の妻たちに認めてもらえるのだろうか。


 俺は、この先の展開が気になって仕方がなかった。




 ◇ ◇ ◇




 翌日、家の女性陣で買い物に行くことになった。


 メンバーは、ミミ、クロエ、ルナ、エリカ、オルテンシア、フェリス先生の六人だ。


 俺は、リオネルとアナスタシアの世話のため、家に残ることになった。


「それじゃあ、行ってくるわね」


 エリカが俺にキスをして出かけていく。


「いってらっしゃい」


 見送った。


 たまには女性陣で楽しむのも悪くはない。



「買い物、楽しんでこい」


 六人の女性が連れ立って出かけていく光景は、なかなか壮観だった。


 特に、オルテンシアがフェリス先生の隣にぴったりとくっついているのが微笑ましい。


「フェリス先生、今日はどんなお店に行くの?」


 オルテンシアがフェリス先生に質問する。

 ルナの料理が美味しかったからだろう。


「野菜とか、お肉とか、色々ニャン」


 一応料理もできる万能な家庭教師だ。

 その分、渡さないといけない給料が増えるんだが。


「オルちゃんは、何か欲しいものがあるニャン?」


「特にないけど、フェリス先生と一緒なら何でもいいわ。それより、フェリス先生の耳、今日もふわふわしてて可愛いわね」


 オルテンシアの獣人愛は、本物のようだった。


 エリカが呆れながら呟くように。


「それにしても、賑やかになったわね。

 最近、家族がどんどん増えてる」

「でも、楽しいじゃないですか」


 クロエも同じ意見だ。


「みんなでいると、心強いです」

「そうですね」


 ルナもそうらしい。


「家族が多いのは、良いことです」


 ミミが嬉しそうに跳ね回っている。

 

「お姉ちゃんがいっぱい」


 無邪気なところがミミの売りだ。

 ミミにとって、オルテンシアも新しいお姉ちゃんの一人になったようだ。


 村の商店街に着くと、六人は手分けして買い物を始めた。


 エリカとルナは食材を見て回り、クロエとフェリス先生は日用品をチェックする。

 オルテンシアはフェリス先生にくっついて離れず、ミミは自由に駆け回っている。


「これ、美味しそうニャン」


 フェリス先生が魚を見つめる。

 猫だから魚が大好きなのだ。

 朝昼晩、全てで十匹は食べるほどに。


「今夜はお魚料理にするニャン?」

「いいわね」


 オルテンシアが賛成する。


「アタシ、魚料理大好きよ。お城でもよく出てたもの」

「ほんとニャ?」


 フェリス先生が嬉しそうにする。

 同じ仲間を見つけたと思ったのだろう。


 大丈夫だ。

 オルテンシアはそこまで魚好きではない。


「じゃあ、一緒に作るニャ」

「やったー」


 オルテンシアが喜ぶ。

 二人の関係は、日に日に深まっているようだった。


「ところで」


 オルテンシアがフェリス先生に質問する。

 純粋だからこその恐ろしい質問。

 

「フェリス先生は、どうしてタクヤの奥さんじゃないの?」

「えっ?」


 フェリス先生が困惑した。


 きっと、ガルドと結婚していることを知らないのだろう。

 知っていればこんなことは言わない。


「オルちゃん、なに言ってるニャン?」

「だって、フェリス先生もタクヤと一緒に住んでるでしょ?」


 オルテンシアのその無邪気さが恐ろしい。


「一緒に住んでる女の人は、みんな奥さんなんじゃないの? お城では、お父様と一緒に住んでる女の人は全員お母様だったわよ」


 この発言に、周囲の女性たちが固まった。


 オルテンシアの結婚観が、あまりにも稚拙すぎるからだ。

 いや、稚拙というより、完全に間違っている。


「オルテンシアさん」


 クロエが慌てて説明する。

 彼女もまた、拓也と出会って幸せになれた一人だ。


「結婚っていうのは、もっと深い絆で結ばれることなんです」

「深い絆?」


 オルテンシアが首を傾げる。

 常識知らずにも程がある。


「よく分からないわ。お城では、結婚は親が決めるものだったし」

「つまり、お互いを愛し合って、生涯を共にすると誓うことニャ」


 フェリス先生が分かりやすく説明してくれた。


「ただ一緒に住んでるだけじゃ、夫婦じゃないニャ」

「へえ、そうなんだ」


 オルテンシアが素直に感心する。

 純粋すぎるから悪になってしまうのだろう。


「結婚って、思ってたより複雑なのね。お城では誰も教えてくれなかったわ」


 一方、エリカは野菜を選びながら、複雑そうな表情をしている。


「エリカさん、どうかしましたか?」

「オルテンシアのことを考えてたの」

「彼女、本当にタクヤのことが好きなのかしら」

「どうでしょうね」


 ルナが考え始める。

 正妻としてのメンツを保つためにもみんなで考える必要がある。

 ルナの場合は、本気でオルテンシアのことを考えている。


 ひどいことを言われても、だ。


「でも、昨日の様子を見る限り、本気のようでしたが」

「そうなのよね」


 エリカがため息をついた。

 そのためいいからは不安と迷惑が混じっていた。


「だから困るのよ」

「困る、というと?」

「冷やかしなら簡単に追い返せるけど」


 説明し始めるエリカ。


「本気だと、簡単には断れないでしょ。それに、あの子、結婚とか恋愛について本当に何も知らないのよ」


 エリカの優しさが、ここでも発揮されていた。


 相手が本気なら、ちゃんと向き合おうとする。

 それが、彼女の人柄だった。


「でも、簡単には認めないわよ」


 エリカが決意を新たにする。


「私たちの夫を奪おうなんて、そう簡単にはいかないんだから」


 買い物を終えて家に帰ると、俺は子守りに疲れて昼寝をしてらしい。


 リオネルとアナスタシア、二人の面倒を見るのは、思った以上に大変だった。


「お疲れさま、タクヤ」


 エリカが俺を起こしてくれた。


「子守り、ありがとう」

「いや、これも父親の仕事だからな」

「みんなは、買い物楽しめたか?」

「ええ、とても」


 クロエはもうオルテンシアに怯えていない様子だった。

 人が仲良くなる場面はいつ見ても嬉しいものだ。  特に高い人との関係性になると。


「オルテンシアさんも、すっかり馴染んでました」

「そうなのか」


 ほっとした。


 オルテンシアが家族として受け入れられつつあるようで、安心できる。


 ただし、「奥さん認定」への道のりは、まだまだ長そうだった。

 エリカたちが、そう簡単に認めるとは思えない。

 でも、オルテンシアの頑張り次第では、可能性があるかもしれない。


「ねえ、タクヤ」


 オルテンシアが突然聞いてくる。


「アタシ、どうすればエリカたちに認めてもらえるのかしら」

「それは自分で考えろって言われただろ」

「でも、分からないもの」


 オルテンシアが困った顔をする。


「お城では、こういうこと考えたことなかったし。使用人が全部やってくれてたもの」

「使用人はもういないんだぞ」

「あ、そうだった」


 自分でできるようになることをサポートしないとな。

 もし、失敗した時のためにも。


 この先の展開が、楽しみでもあり、不安でもあった。


 俺の家族は、また新しい局面を迎えようとしていた。


 オルテンシアは、果たして三人の妻たちに認められる日が来るのだろうか。

 それとも、このまま「お供」として家族の一員であり続けるのだろうか。


 時間だけが、その答えを教えてくれるだろう。

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