はじめてのそとあるき
玄関を出たとたん、テンは初めての外の世界に目を丸くして、裕翔の手をぎゅっと強く握りしめた。
その頼りない感触が可愛くて、裕翔はそっとテンの手を包み込むように握り返した。
静かな夜道を二人で歩いていると、ふと道端に小さく咲く花が目に留まった。
テンは目を輝かせると、小さな足取りで駆け寄っていく。
「わぁ、綺麗…」
そう呟きながら花を一輪摘むと、嬉しそうに裕翔のもとへ戻ってきた。
そして摘んだ花をそっと自分の髪に差し込み、少し顔を赤らめながら無垢な瞳で問いかける。
「どお?かわい?」
その姿はまるで夜の妖精のようで、裕翔のくたびれきった心にふわりと温かいものが広がった。
「可愛いよ。」
裕翔はそう言って、テンの髪に差した花を優しく整えてやると、ふたりは再び夜道を歩き出した。
しばらく行くと、テンが何かを見つけたように立ち止まる。
目を輝かせてじっと地面を見つめたかと思うと、夢中で虫を捕まえようと奮闘し始めた。
しかしなかなかうまくいかず、もどかしそうに手を伸ばしては逃げられてばかり。
そんなテンの様子に思わず笑みがこぼれ、裕翔はそっと腰を屈めて言った。
「こうやって優しく取るんだよ。」
そう教えてやると、テンは真剣な顔で同じように手を伸ばし、ついに虫を捕まえることができた。
振り返ったテンの顔は無邪気そのもので、その子供のような笑顔に、裕翔の心はまたひとつ軽くなった。
テンは捕まえた小さな虫を興味津々に見つめ、指先でちょんちょんと触れてみる。
すると虫は羽を震わせ、一瞬のうちに夜空へ飛んでいってしまった。
「あ、いっちゃったぁ…」
テンは少ししょんぼりと肩を落とす。
その姿に裕翔は思わずくすりと笑って、「また捕まえればいいさ」と優しく励ました。
ふたりで再び歩き出すと、いつの間にか空には雲が広がり、ぽつり、ぽつりと冷たい雨が降り始めた。
「そろそろ帰ろうか。」
裕翔がそう声をかけると、テンは名残惜しそうに空を見上げ、それでもにこっと笑って頷いた。
ふたりは手をつないだまま、雨に濡れないように少し駆け足で家路へと向かった。