バカって言ったヤツがバカなんだからねって言ったヤツがダブルバカ
アルバートとガイアが男同士でたわむれている一方。
ギャルレリオ公爵家の面々。
国王からの話が終わり、王城内に用意された部屋に集合し、談話室での顛末を共有し終わった所だった。リズは母、リーサの膝に頭を乗せて膝枕状態で甘やかされている。父、エッグと兄のメンズは正面に置かれたソファに仲良く座っている。その姿勢は崩れているがさすが公爵家、どんな状態でも品というモノがあふれている。
リズももちろん同様に生まれながらの公爵家の品というモノを持っているのだが、いかんせん母の膝の上に頭を乗せて優しく髪を撫でられればドロドロに溶けきっているので品もなんもあったもんじゃない。
リズは聖女に至ってここまで。
とても短い期間に大きな変革を経験したが、さほど不安も不満もストレスも感じていなかった。
もちろん本人の性格による所もあるだろうが、一番大きい要因は家族が変化したリズを以前のリズと変わらずに完全に受け入れてくれている事による。
リズの記憶の中にあるリズ・ギャルレリオは今とは大きく違っていた。
消極的とまでは言わないが、いわゆる普通の貴族のお嬢様だった。少なくとも現在のリズのようにトラブルや獣じみた女と正面切って戦えるような性格ではなかった。言動だって過去のリズとは全く違っているだろう。
それでも家族は暖かくリズを迎え入れてくれた。
それが簡単じゃない事はリズにもわかっている。
そしてこの家族以外はこう簡単にはいかない事もわかっている。
だからこそ今は思い切り母の膝の上で甘えている。
「ねー、かあ様」
「なあに、リズ?」
リーサは自分の膝の上で鳴る鈴のようなリズの声を慈しむように頭を撫でながら優しく応える。
その行動がリズをとても安心させるとわかっている。
「あーしの名前って呼びにくい?」
「? 私は特にそう感じた事はないわね」
リズのおかしな問いかけにリーサの首が小さくかしげられる。
「だよね! よかったー!」
リーサの言葉に何か安堵したのか。
横を向いて膝の上に乗せられていたリズの頭が、言葉に反応してグイッと上を向いた。
まっすぐうれしそうな視線がリーサに向かう。
キラキラしたその視線を受けてリーサは我が娘をとても可愛いと感じる。十年間聖女修行で離れていた娘。リーサは女性だったため、一定の間隔で面会はできていたが、それでも家族としてのコミュニケーションをとるには時間が足りなすぎた。そんな娘が今は手元に帰ってきてこんなにも懐いてくれている。
幸せだった。
でも同時にこの幸せはすぐに失われると儚い幸せだという事もわかってる。
娘は聖女としてこの世界を救わなければならない。
同時に未来の王妃として立たなければならない。
歪みという世界の闇と。
政治や社交という人間の闇に。
同時に立ち向かわなければいけない。
学ぶ事ややるべき事はとても多い。
だからすぐにこの膝の上から巣立っていくだろう。
でもそれだけじゃない。
聖女になりたては敵も多くなる。聖女になれなかった勢力が聖女の命を狙うケースもある。聖女が死ねば同時に世界が死ぬというのに、そんな事よりも自分たちの権力や利益が重要な人間もいる。
今日の第二妃のヒステリーがいい証拠だろう。
聖女の身の安全は何がなんでも守らなければならない。
だから今日からもずっとリズは王城に住む事になった。
王からそういう風に伝えられている。
王城の中であれば外部の暗殺者はそうそう入り込めないし、守護騎士であるアルバートもそばにいられる。確かに公爵家にいる以上のセキュリティ、つまりはこの国の中で一番安全な場所だろう。
でも。
またはなればなれになる。
正面に座っている夫であるエッグも、息子であるメンズも、それを理解している。
だからこそ。
二人ともリズを愛おしそうに見つめている。
「呼びにくいも何もお前の名前は二文字しかないじゃないか?」
リズの名前に関してメンズが横から口を挟んできた。
「えー? 二文字でも呼びにくい名前だってあるっしょー。例えばヴェギョとかだったら呼びにくくなーい?」
「この国の文化体系でそんな名前はないんだよ、バカだな」
「にい様ー! バカって言ったヤツがバカなんだかんねー!」
「はいはい。じゃあお前はいま二回バカって言ったからダブルバカだな」
「むー!」
メンズにやり込められたリズが「かあ様! にい様がひどい!」とむくれ顔で訴えてくる。
きっと名前に関して何か不安な事があったのだろうと察したメンズがバカな話でリズの気を紛らわせようとしているのだろうとリーサは理解している。あの子もリズが大事なくせに不器用なんだからと思いながら、二人を優しくいさめる。
エッグもとてもうれしそうに息子と娘のやりとりを眺めている。
これからしばらくは訪れないであろう家族の団欒。
いっぱい味わいなさい。
かわいいリズ。
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