グッモーニンエブリワン
アルバートのターン!
となったのだけれど。
肝心のアルバートはどうにもモジモジとしている。あれだけの熱視線を送っていたというのに、いざ会話となったらまるでしまらない。
「一週間ぶりです……リ、リリリー……んヴンっ……ギャルレリオ公爵令嬢」
やっと出てきた言葉がこれ。
初回に引き続き、どうにもアルバートはリズの名前を呼べないらしく。辿々しく他人行儀な呼び方になってしまう。
さらに言えば、ぺこりと頭を下げた後、どうにも言葉が続かない。
それをリズが綺麗に拾っていく。
「うん、一週間ぶりー! あん時はごめんねー。あーしも起きたばっかで記憶が落ち着いてなくてさー。ちゃんと話せなかったよねー。でもさーやっと話せるねー。あ、ねーねー、なんかアルバートでっかくなったー? 見違えてはじめはマジわかんなかったんだけどー」
さすがのギャルの会話術。どうやらアルバートが緊張して会話もままならない状況だと察したリズは、そんなのに構わずにグッと会話の距離を詰めていく。
同時にモジモジしているアルバートの姿に懐かしい感情を思い出す。たくましくなって姿こそ見違えたが、リズの記憶の中にいるのはこうやって言葉に詰まってモジモジしているアルバートだったから。
だんだんと記憶が鮮明になっていく。
六歳以前のおぼろげな記憶だがなんだか暖かく感じる。
「あ、ああ。リリリリ……聖女を守るために鍛えたんだ」
幼少期を思い出したリズはふふ、と笑った。
初めて出会った時も同じような感じだったな、と。あの時はお互いにモジモジしてなかなか距離を詰められなかった。ギャルの魂を得ていなければ今回も同じようにアルバートへの対応に困り、自分もモジモジとなってしまった挙げ句に会話もなく、この場はおかしな空気になって終わっていただろうけれど。
今は違う。
リズはギャルの魂を得た。
「そっかそっか! じゃあさ、あーしも、しっかり守ってもらうよー! よろー」
リズはそう言って、アルバートの前に手を差し出す。
が、アルバートにはその手の意味がわからない。
ただただ、あほうの様に差し出された白く美しい手を見つめている。
それはまるで白磁の陶器のように艶々としながら、それに反して生命あふれる肉感に満ちている。無機物のように美しく魅力的な有機物。視線は奪われ、どれだけ見ていても飽きそうにない。そうやってしばらくそれに魅了された後に、アルバートはふっと我に返り、視線を上げてリズの目を見て問いかけた。
「あっと……聖女よ、これは?」
「ん? 握手だよ? わかんない? お互いの手を握ってさ、これからよろしくって感じで、シェイクハンドプリーズ? わかるー?」
違うそうじゃない。
リズよ言葉の問題じゃないのだ。英語で言った所で異世界の人間に通じる訳もない。この世界には握手の文化はないし、むしろ淑女の手を気安く握るのは憚られる文化であるが、リズとアルバートは婚約者であり、聖女と守護騎士であるから、手を握る位は問題にはならない。
「あ、ああ。そ、そうか。わかるー。いや、わかった」
わかったのか。アルバート。ちょっとギャルっぽいイントネーションがうつってしまったのをすぐに訂正するあたり流石の王族。理解も早い。そんな具合にリズの言っている意味を瞬時に理解したアルバートは、おずおずと差し出された手を握った。
その瞬間。
アルバートは手から脳を直接ぶん殴られた。
もちろん比喩だけれど、それ位にその手の感触はアルバートにとって衝撃だった。
柔らかく暖かく優しく潤いにあふれていた。それはまるでアルバートの全てを包み込むようで。大きさで言えばアルバートの手の半分くらいしかなさそうな華奢な手が、アルバートのごつごつした騎士の手の全てを包み込んで、さらにそれだけではおさまらず存在の全てを許容されるような、そんな安堵感を全力で与えられた。
母からの愛情すらそれほど多くを与えられない王族であるアルバートにとって。
それは人生初の感動体験だった。
「うんうん! そうそう。これでいんだよー! ナイスシェイクハーンド! これからよろしくね! アルバート!」
アルバート人生初の感動体験など知ったことではないリズは自分の知っている数少ない英会話が通じた事に上機嫌になり、その握った手をブンブンと上下に振って大いに喜んでいる。
英会話が通じた訳じゃないんだけれどまあいいだろう。
なにせ当人のアルバートが違う世界に行ってしまったのではないかと思われるほどに弛緩した顔をしているのだから。
幸せそうでなにより。
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