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ダル絡みはやめろや

 謁見の間。


 リズが先頭に一人で立ち、頭を下げる。

 そしてその後ろに公爵家の三人が並んでいる状態。


 男性は胸に片手を当てて、その姿勢で頭を下げ、女性はカーテシーの状態で頭を下げている。リズも聖女の記憶があるのでこれ位は余裕でできる。したいか、したくないか、で言えば全くしたくないけれど。


「聖女、リズ。面をあげなさい」


 王の隣に立っているおじさん、この国の宰相がリズにそう命じた。

 聖女に至ったリズは公爵令嬢ではなく聖女という扱いであるためもう家名付きでは呼ばれない。


「はーい」


 やっと解放されたー。

 そんな感想と共に、リズはのんびり答えて、カーテシーの状態から直立に戻り、同時に顔を上げた。


 リズが見据える正面には王族の面々が並んでいる。


 中央の玉座には国王である、ココ・ブルームーンが座し、向かってその右側には王妃であるルルー・ブルームーンが座っている。

 その反対、向かって左側には、アルバートが座っていた。今日は真面目な顔をしている。リズが目覚めた日と違って、とても真面目な顔をして座っている。アルバートがいなくなった後、思い出した聖女の記憶の中のアルバートはもう少し細っこくてナヨナヨとしていた記憶があり、見違えたなーというのがリズの素直な感想だった。


 アルバートが八歳、リズが六歳の頃。

 ちょうどリズが聖女候補となったタイミングで決められた。


 聖女が生まれる時代、この国の王は聖女を護る騎士となる事が定められていて、その聖女と騎士が世界を歪みから救い、国を繁栄に導くのだとされている。


 まあ、国家を運営するためのテイの良い方便であるけれど、反面、連綿と続いてきた伝統でもある。


 リズが完全に聖女となるまではあくまで仮の婚約者であったが、今回リズが聖女へ至ったタイミングで正式な婚約者となる旨の通達を受け取っている。


 婚約者とは言っても、聖女修行中は男子禁制であったため、六歳から十年間顔を合わせた記憶はないが、一応婚約者という事で、手紙のやり取りや、節目節目のプレゼントの贈り合いなどの交流はあった。だがあくまで仮の婚約者という事もあり、それは事務的なものだったとリズは認識している。


 そんな記憶と。


 リズが目覚めた日のアルバートの行動が噛み合わない。


 はて?

 いつからあんな熱を持った対応をされていたん?


 不思議に思ってチラッとアルバートへ視線を投げれば、途端に喜んだようににっこりと視線を返してくる。熱視線とでも言うのだろうか。ずっと見られていると、不快ではないけれど、どうにもむず痒くなってきて、軽くぶるっと背中に震えが走って、リズはスッと視線を逸らした。


 こんなにも視線を送られる理由を考える。


 は!

 さては自分の服装かなんかが変な感じになってるから今日は特別見られてるのかな?

 ギャルの本能が気付かない内に服を改造してしまったのか!


 そう思って自分を確認する。


 うん、普通だ。


 家族に反対されたから、やっぱり今着ているドレスは改造していない。

 ギャルの魂、ミニスカートにはなっていないし、とう様が選んでくれたこの薄緑色のドレスは、全体的にどこから見ても清楚系で、それなりにちゃんとした格好をしているのだが、何かおかしな所があったのだろうか。


 そう考え、自分の姿を何度かチラチラと確認してみるが、やっぱりおかしな所はなかった。


「んーわかんね。変なの」


 考えるのもめんどくさくなって、口の中で一人ごちて小首をかしげていると、そんなリズの言葉を拾って。

 突然、女の金切り声が噛み付いてきた。


「無礼者め! 王の御前であるぞ! 変なの、とは何事か! この女、本当に聖女なのですか!?」


 その声のあるじは、謁見の間の左側、玉座に一番近い辺りに並んで立っている、一人の美しい女だった。彼女は第二妃のスライ・ブルームーン。元々隣国のサーフ王国の王族であり、第二王子、セシル・ブルームーンの母であった。そんな親子が揃って険のこもった視線をリズへと向けている。


「は?」


 リズは初手から喧嘩腰の第二妃、スライにイラッとしてそちらを睨みつける。

 玉座の脇に座っているアルバートも憤怒の表情で椅子から腰を上げ、腰の剣に手をかけているが、それを宰相が必死で止めている。


「まあ怖い! なんて視線をするのでしょうか!? 品のない! まるで下卑た獣ではありませんか? やはりそやつは聖女ではないでしょう。 王よ、聖女を騙る不届者を捕らえてください!」


 実に嘘くさい怯えた演技で、王に秋波を送っている。

 それに対してリズは冷めた目を投げつける。


「なに言ってんの? 先に睨んできたのも、キャンキャンと吠え始めたのも、そっちっしょ? 下卑て躾けがなってない犬はそっちじゃん? 恥ずかしげもなくこんな場所で胸をほっぽりだして、どう見ても下品なのはあんたっしょ。渋センあたりのギャルだってTPOって言葉を知ってるかんね」


 聖女に至る前のリズであればきっとこの状況に押し黙ってしまったであろうが今のリズは違う。


 ギャルの魂を持っている。


 売られた喧嘩は買う生き物がギャルだ。ちなみに渋センのギャルがTPOを知っていたかは定かではない。あくまでリズ個人は知っているという話だ。だから今だってミニスカートは履いていない。前室で言っていたのも家族のじゃれあいだ。たぶん。


 それに対して第二妃、スライの服装といえばまるで娼婦のようである。豊かな胸を主張するように襟ぐりは大きく開いていて、その豊満な体のラインを見せつけるようにタイトに体に沿ったドレスを着ている。


 確かにリズのいう通り、TPOにはあっていない。誰もがそれはわかっているが、しかし王の寵愛を受けているスライにそれを指摘する勇気のある忠臣はこの国にはいなかった。


「キャ! キャンキャン!? 言うに事欠いて! 王の寵愛を受けたるわらわに!?」


「だれから見たってあんただけがキャン言ってんだよ。周り見てみろ」


 リズはそう言って、べえ、と舌をだしてスライを挑発する。

 いかにもなクソガキムーブであり、聖女らしくもないと言われてしまうであろう行動だが、慈愛と美しさの象徴のような見た目のリズがやれば、そこにはほのかな品が香り、愛らしいという表現しか当てはまらない。


「は、ははあ、はあ!?」


 スライもリズのその品のない行動を指摘したいが。

 正面から美しさと愛らしさにぶん殴られて、どうにも言葉にならない。可愛いの暴力は全てを解決する。

 隣にいる第二王子も憎々しげに歯噛みしながらリズを睨んでいるが所詮十四歳の小僧である。言葉に起こして批判するだけの頭はないようだ。


 他の王族たちはといえば、王妃、ルルーは冷めた目で正面を見る事もなく見て、第二妃に視線を向ける事はないし、アルバートはいまだに剣に手をかけていて、宰相がずっとそれを抑えている。リズとしては宰相のおっさん止めんなよと言いたい気分だが流石に言わない。


 聖女のお披露目はカオスを極めていた。


「クカカ!」


 その混乱した場に、一つ、男の笑い声が響いた。

 大きくはないがよく通る声だった。

 笑い声だけで場の人間の注目をひきつけるのは。

 誰であろうこの国の王、ココ・ブルームーンだった。


「今代の聖女は随分とジャジャ馬らしいな」


 その言葉に批判めいた表情はなく。

 ただこの状況を楽しんでいるという声音で、リズを『今代の聖女』と定義した。それはつまりは第二妃、スライの偽聖女発言を完全に否定する言葉だった。


「ココ!? あの偽物を処分してくれるんでしょう?」


 それを理解しないスライはなおも王に縋り付くように、潤んだ瞳で媚びた視線を投げる。

 しかし王はそれに一瞥も与えない。

 与えるのは言葉だけ。


「第二妃よ。ここは公の場である。そして王である俺が、そこにいるリズを聖女だと言っている。さすがにこの意味はわかるな?」


 感情のない平坦な声。

 スライはその言葉にぐうと喉を鳴らして俯いて黙りこくった。どうやらココ・ブルームーンは愛人に甘いだけのバカな王ではないようだった。だったらはじめから犬を躾けとけよとリズは鼻を鳴らした。

 それに気づいている王はリズにも釘を刺す。


「聖女リズも、愚かな挑発にはのらないように」


「はーい」


 まるで聞く気のない返事であるが、王もそこまで強制する気はないらしい。逆にスライに対して愚かな挑発とする事で聖女に咎がない事をあらためて宣言したのだった。


 これにて茶番は終わった。


 ケチのついた聖女お披露目は一旦中止となりこの場は解散。


 聖女の今後の役目については別室で行われる事になった。


 こちらの話こそが国の肝要。


 王が聖女にするべき話であった。


お読みいただきありがとうございます。

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