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曲はBADBOY、選曲はタヌっちだよー

 リズの声に反応したアルバート。

 チラリとそちらに目線を移した瞬間にその目は奪われてしまった。

 リズのあまりな服装に驚き、視線を、意識を、全てをそちらへ放り投げてしまった。

 ともすればハレンチでありながら、それでいて決して下品にならない。

 まるで女神の様なその立ち姿に。

 意識は一瞬で飛んだ。


 そしてそんなアルバートを歪みが見逃すはずもない。

 飛んだ意識は外的刺激によってすぐに無理やりよび戻される事になる。


 体の内から伝わるドブんというこもった打撃音。

 体の外から聞こえる歪みが浸食するジュウと焦げた音。

 二つの音は重なってアルバートの中と外から鼓膜を響かせた。

 もちろん音だけにおさまらるわけもなく、同時に背中へと強い衝撃が走る。


「ガっ」


 そのあまりの衝撃に悲鳴すらだせず、ただ息が詰まったような声がアルバートの口から吐き出される。


 状況を端的に表現すると、気が逸れたアルバートの背中を歪みの槍が直撃した状態になる。

 ガイアと同様の状況だけれど、軽装だったガイアとは違い、幸いなことにアルバートは軽鎧を身につけていたため、腹を貫かれる事はなかった。しかしもちろん無事とまではいかない。その槍のインパクトに大きく体をふっ飛ばされて、ゴロゴロと地面を大きな体が転がる。もちろんその地面には歪みの水が撒き散らされていて、その上を転がったアルバートの体のあちこちが歪みに次々と侵食される。


 そのまま地面を転がった先には、不幸中の幸いというべきか、リズが立っていた。

 愛する聖女の前で勢いは止まり、アルバートはあおむけに地面へばたりと倒れ込んだ。

 もう目も開けられない。目を開けば愛するリズがいるというのに。


 それほどにボロボロだった。

 直撃した腹以外に腕も脚にも数えきれないほどの大小様々な歪みがあり、目も顔も髪も歪みの水に浸食されて至る所が歪んでいる。

 そしてただひとつ正常な脳は、その体のあちこちの異常を、痛みと表現してアルバートに伝えてくる。


 叫びたいけれど。

 それすらも歪みに浸食されている。


 そんな絶望の中。

 救いはもたらされる。


「アルバ!」


 足元に転がってきたアルバートをリズは迷わず抱きしめる。

 その途端にアルバートは柔らかくて暖かい慈しみの概念のような感触に包まれた。


 アルバートの全身の痛みが消えた。あれほどの痛みだったのに。それが全て消え去った。

 正直天に召されて、痛む肉体から解き放たれたのでは? と思ったくらいだった。


 でも痛み以外の。

 リズの感触だけは感じる。


 という事はアルバートは生きていてリズに抱きしめられているという事になる。


 歪みに触れば障る。


 痛みが消えたアルバートの脳裏にはその言葉が浮かんだ。

 自分はいま歪みに侵食されている。それを抱きしめたらリズまで歪みに侵食されてしまう。アルバートはリズの抱擁から逃れようと、残る力を振り絞って必死で身をよじった。しかしリズはアルバートを絶対に離さない。アルバートの弱りきった力ではリズを振り払う事はできなかった。


 もちろん。

 歪みに触ればアルバートのようになってしまうという認識は聖女の記憶にもある。


 でも関係ない。


 リズはキツくキツくアルバートを抱きしめて叫ぶ。


「もう! アルバ! あーしを置いていくなんてバカだ! これ! お仕置きだからね! 逃げないで! ちゃんとお仕置きされて!」


 身体中のあちこちを歪みに侵食されて元の形を保っていないアルバートを抱きしめる。

 アルバートの身体中に蔓延っている歪みはもちろんリズへとその不定形な指を伸ばす。だけれどなぜか不思議とリズには歪みが侵食しない。


 リズはキツく抱きしめながら、傷だらけのアルバートを見て思う。


 こんなにいい奴がなんでこんなにボロボロにされるんだ、と。

 この段階ではリズの中には自分が置いて行かれた怒りなんてどこにもなかった。

 今はもうただただアルバートが傷ついている事が許せない。


 歪みに対して憤りが腹からわいてくる。


 目覚めたばかりのあーしを心配そうに見ていたアルバの瞳。

 第二妃に噛みつかれたあーしと一緒に怒ってくれていたアルバの怒り。

 食卓でご飯を一緒に食べている時のアルバの笑顔。

 学校まで抱っこして連れて行ってくれたアルバの心音。

 あーしの魔法を見てる時の自分ごとのような自慢げ。


 アルバの歪んでしまった体をぎゅうぎゅうと抱きしめる度に思い出があふれかえる。

 思い返せばひとつひとつが幸せだった。


「やべえ、マジで泣きそう」


 天を仰いだ。

 それでも涙が目の中に溢れてきてこぼれそうになる。

 でもリズはこの状況では絶対に泣かない。


 不条理にも。

 理不尽にも。

 力の暴力にも。

 言葉の暴力にも。


 絶対に負けてやらない!


 そう決めているから。


 覚悟がすとんと腹に落ちた。


 歪みを浄化する。

 そう決めて、丁寧にアルバートを地面に寝かせてから、リズは静かに立ち上がる。


「タヌっち!」


 肩のあたりでぷかぷかと宙に浮いている相棒。

 そちらを見る事なく名を呼ぶ。


「うん!」


 補助狸もそれに自然と応える。


 浄化の始まりはスムーズだ。

 成すべきことを成すように為す。


 リズの体が自然に動き、宙に浮いた相棒のタヌっちのヘソをポチりと押した。


「あ」


 急にヘソを押されたタヌっちは間抜けな声を出してしまったが、すぐに自分が行うことが理解できた。リズが聖女の舞を舞うためには音楽がいる。なにも言葉にしていないのにそれが一瞬で理解できた。


 ヘソはプレイボタンだった。


 音源は頭の中に入っていた。


 口はスピーカーになった。


 補助狸のタヌっちは一瞬でサウンドシステムに変化した。


 その口から爆音で放たれるのはユーロビート。


「おお! タヌっち、BADBOYじゃん! いい選曲! そだよね! 悪い子アルバが一人で行くからこんなんなってんだよ! あーしの気分にぴったりっしょ!?」


 褒められたタヌっちだが口から音楽を流しているので反応できなかった。


 でも嬉しい。


 仕方がないから目をミラーボールみたいに光らせて嬉しい気持ちを表現したが、それで嬉しい気持ちがリズに伝わったかはわからない。だけどその光を見たリズがギャル時代を思い出して嬉しそうに笑っているのは確かだ。


 満面の笑顔で生き生きとリズは踊る。

 BPM138の音楽に合わせて、リズの手が動き、足は交互にステップを踏みはじめる。


 右に左に手がリズムにあわせて動いてはせわしなく空間を走る。

 光に包まれた腕は歪みの空間を切り裂く。切り裂かれた空間は正常に戻る。


 リズの動きに異世界に転生してからしばらく踊っていなかったブランクなどどこにも感じない。全部身体が覚えている。文字通りキレキレだった。リズムに合わせて左右に揺れる体と足を見れば一目でリズがノリにノッているのがよくわかる。美しいリズの手が、交差したり、くるりと回ったり、グーになったり、と色々な表情を魅せながら蝶のように舞い躍る。


 その度にリズがまとう光は増していく。

 そしてその増した光は踊りに合わせて飛び散って空に舞い踊る。

 もう空間を切るだけじゃない。


 リズが手をふる度に、光は空中にまかれる。

 撒かれた光は空に昇って天を覆うドームとなる。


 リズが左右にステップをふむ度に、地に光が広がる。

 広がった光は大地に根を張る。


 光が光を呼ぶように、その輝度とその範囲を増していく。


 やがて、天にはオネーの森全体を覆う光のドームができ、地にはヤーンの湖面を覆ってなお広がりオネーの森の地全体を埋め尽くす光の床ができた。こうやって天と地を光で埋め尽くし歪みの地は聖女の結界に包まれる。


 ここに聖女ドームが完成。


 聖女ドームは範囲内の全ての歪みを浄化する。

 ドームの屋根からは光が降り注ぎ、歪んだ空気を浄化し、地面では地に根を張った光が土も木も水も、森の中の全てを浄化した。ヤーン湖になみなみとたたえられていた歪みの水は美しく透き通った水に、森全体に充満していた歪みのモヤも清浄な森の空気に、湖畔に撒き散らされていた歪みの水も、それによって形を歪めてしまったアルバートの体も、歪みに貫かれたガイアの腹も。


 全てを浄化した。


 歪みによって歪められた全ての事象がリズの力で正された。


 全てが元に戻ったタイミングで、タヌっちから響いていた爆音のユーロビートは鳴り止み。


 リズは最後の決めポーズのままに音の余韻に浸っている。


 これで聖女の舞(パラパラ)は終わった。


 水の歪みは完全に浄化され。

 全てが正常に清浄となった森の中で鳥が囀り始めた。


 元に戻った世界で。

 アルバートはそれを行った聖女を見つめている。


「これが聖女の力か……」


 リズの浄化で体の傷も歪みも全部元に戻ったアルバートは、自分でも気づかないうちにいつの間にか正座し、手を合わせてリズを拝んでいた。もう短いスカートも気にならない。神への崇拝に似た感情を持って、リズの舞を見ていた。終わった後も目が離せない。


 それほどに美しかった。


 初見で見たハレンチな姿はこの舞を舞うために用意された聖衣である事が一瞬で理解できた。

 それはアルバートが守護者だからなのか、それとも万人がそう思うのかはわからない。

 でも少なくともアルバートにはあれが正しい姿なのだと理解できた。


 リズの光が自分を包んだ時に。


 一緒にリズの感情のようなものに包まれたと思った。


 暖かくて。

 優しくて。

 自分への感謝と心配と怒りとがまぜまぜされた感情だった。

 それはまるで一緒に世界を救おうと差し出された手のようにも感じた。

 身勝手な自分の感情を優先してリズを置いてけぼりにした自分に、だ。


 見ながら、自然と目からは涙が溢れていた。


 謝りたい。


 そうして許されるのならば、次からは一緒に歪みの浄化に行きたいと言いたい。


 正座している私を見つけて笑顔で駆けてくる聖女ならばきっと許してくれるだろう。


 ちゃんと謝ろう。


 そしてこれからの二人の関係を話し合おう。


 アルバートは立ち上がってリズのもとへと駆け出した。


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