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アルバートみっけ!

「しっずかな湖畔の森のかげから〜カコウカコウカコカコカコウ!」


「なにそのへんな歌?」


 静かな湖畔はリズの歌声で静かではなくなっている。

 タヌっちはどうにも聞いた事がある歌なような気はするけど、どうもリズの歌ではよくわからない。

 だからシンプルに問いかけてみた。


「ん? ギャル時代の歌だよー」


 そう言った後にまたご機嫌でフンフンと続きを歌い始める。


「ふーん」


 タヌっちは納得した。

 それなら確かに僕も聞いた事あるだろうなあ、と。

 なぜなら聖女と契約した補助妖精は聖女と記憶を共有する。それは聖女の器たる現し身と転生した魂、両方の記憶が共有される。だからリズの歌うギャル時代の歌も知識として共有しているのだけれど、タヌっちの記憶の中の歌とリズの歌ではやっぱりメロディが違っていた。

 たぶんリズは音痴なんだろうなあ。

 そんな失礼な感想をタヌっちは心の中で思い浮かべた。


 リズはそんなタヌっちの感想など知らず、ご機嫌に森の中を歩いている。

 それはまるで自分の家の中を歩いているかのようにリラックスして見えるが。


 その実。

 リズは少しだけ緊張していた。


 だけどその緊張は悪いものではない。


 もう少し進めばそこに歪みの元凶であるヤーン湖がある事をリズはわかっている。

 聖女の力が完全に覚醒しているリズにはその場所が明確にわかっている。距離にすれば数十メートル程度で、その距離を進めば森を抜けてヤーン湖に辿り着く。


 そこに辿り着いてやる事は決まっている。


 聖女の舞で歪みを浄化するんだ。


 踊れる。

 この事実にリズの胸はドキドキと高鳴った。


 ああ、ワクワクする。

 タヌっちに聖女(ギャル)(ダンス)って聞いてリズにはすぐにピンときた。

 あれだ。ギャル時代にセンター街とか代々木公園で踊ったあの踊り。誰かが持ってきたラジカセで音楽をかけてよく踊ったあの踊り。こっちの世界にはラジカセないけど多分なんとかなるっしょ。ギャル時代でもたまにヒップホップのお兄さんから借りた事もあるし。


 転生してから初めて踊るパラパラだ。


 うまくやれるかな? 手はちゃんと動くか? 足もちゃんと踏めるかな?


「あー! 早く踊りたーい!」


 ワクワクが抑えきれず言葉が溢れ出し、向かう足取りも早まる。まるでリズの心中に呼応するように聖女の力が満ち溢れ、体の周りにまとっていたキラキラとした光がより高度を増していく。

 あまりの興奮に少し足を止めてぴょんぴょんと飛び跳ねてしまう。


 トンっと地面に着地したタイミングでリズが何かに気づく。


「ん?」


 気づいたのは音だった。

 水の弾ける音と人の足音。


「ねえ、タヌっち、なんか音する?」


 問われたタヌっちは耳をぴくぴくと動かしてリズのいう音を探すけれどなにも聞こえなかった。


「え? 別に聞こえないけど?」


「なによー狸なのにあーしより耳悪いのー?」


「待って! 僕は不本意ながら狸の姿をしているけれど! 妖精だからね! 獣のような聴覚は持ってないんだよう!?」


「えー? ふーん、そっかー」


 返ってきたのは明らかな生返事だった。すでにタヌっちの猛抗議はリズの耳には届いていない。


 リズはじっと集中する。


 森の奥から聞こえてくる音を聞こうと。


 全神経を集中させている。


 聞こえてきた音は、距離的に確実に歪みの元凶の地である場所から聞こえてくる気がする。それにあの足音は聞いた事がある。多分アルバートだ、と思う。


 いつの間にかリズのそばに現れるアルバートだったけれど、だんだんとリズはアルバートが自分のそばにやってくる兆候を察せられるようになっていた。それがアルバートの足音で。その足音が森の奥から聞こえてきた。


 もっとよく聞こうと。

 リズはより耳を澄ました。

 そのタイミングで。


『ガイアアアアア』


 人の叫び声が飛び込んできた。

 間違いない。あれはアルバートの声だった。


 やっと見つけた。


「あ! 今のは僕にも聞こえたよ!」


 塩対応に若干しょぼんとしていたタヌっちは面目躍如とばかりに腰の辺りでピコンと尻尾を立てた。


「うん! あれはアルバの声で間違いないっしょ! 急ぐよタヌっち!」


 モフッとふくれたタヌっちの尻尾をひと撫でして。

 リズは駆け出した。


 ヤーン湖まではもうそれほど距離はない。

 走ればあっという間に着く距離。

 よっしゃ! さっさとヤーン湖に行って歪みを浄化した後にお仕置きするんだ。お利口さんなフリをしてリズを置いていったアルバートにさあ! そうすればこの腹のあたりのモヤモヤも解消されるっしょ。


 怒り。

 リズは自分の中のモヤモヤをそう理解していた。


 でも少し違う。このモヤモヤの正体が本当は何かは本人はまったく気づいていない。リズ的にはアルバートに騙されて置いて行かれたからムカついているんだという事にしている。

 まあそれも全部が間違っているわけではないけれど。

 本質は少し違い、もっとシンプルな話で、何かといえば寂しいという言葉に尽きる。


 リズは単純にアルバートがそばにいなくて寂しかった。


 朝起きてから半日くらい。

 それだけの間アルバートにあっていないだけだったけれどリズの心は乱れている。この世界に来てからずっとそばにいたアルバートがいなくなった事はリズ本人が思っているよりも大きな事だった。

 もちろん今までだって半日くらい離れる事はあったけれど、その時は必ずアルバートが離れる事を謝ってから、実に名残惜しそうに離れていった。

 でも今回は違う。

 アルバートはなにも言わずにいなくなった。しかもリズに嘘をついてまで。


 それがリズのモヤモヤの正体で。

 それがいまリズを走らせている原動力。


 会いたい!


 気持ちが無自覚に溢れた。


 すると、まるでその気持ちに応えるように森の木々も、目の前を暗く覆っていたモヤも、リズの目の前から一気に晴れて消え去った。


 リズの視界が一気にひらける。


 眼前には一面に広がる大きな湖。


 そこにはたたえられた真っ黒い歪みの水は、見事に真っ二つになっている。


「なにこれーやっばー!」


 その異様な光景に意識を奪われた。

 だけれどそれは一瞬。

 すぐにその湖畔で戦っているアルバートの姿を見つけてリズの意識はそちらに向いた。


 アルバートの姿を見たリズの胸はトンと跳ねて。


 あ、うれしい。


 そんな素直な気持ちが跳ねた胸の音と一緒に自然に弾んだ。

 リズはそんなくすぐったいようなむずがいゆいような自分の胸を右手で軽く叩いてやる。

 モヤモヤはとっくに腹からいなくなって、今度は逆にこの胸のくすぐったさが治らない。治らないどころか、さらに胸をくすぐられている。いくら叩いてもおさまらない。


「もー! うれしいってなによ!? あーしはムカついてたの! そうだ! 嬉しいってあれだ! アルバにお仕置きできて嬉しいって事だよね? てかあれなに? なんかアルバ、ボロボロになってない?」


 よく見れば。

 知らないおっさんを抱き抱えたアルバートは黒い球体に取り囲まれている。

 リズにはよくわからないけれど、明らかに良い状況ではない事だけはわかる。


 リズはアルバートが心配で、そちらに向かって走り出した。


 そうはさせない。


 と、ばかりに黒い球体がそれを阻もうと道を塞ぐけれど、リズの全身から放たれている聖女の光に歪みの球は瞬時にかき消された。歪みは聖女の光の前では無条件に存在を浄化される。


 結果、それによってアルバートとガイアを囲っていた歪みの包囲網の一部が崩れた。


「もー! アルバー! なにしてんのー!」


「リズ!?」


 自分を呼ぶリズの声に振り向いたアルバート。


 そこには確かに愛する聖女リズがいた。


 見慣れないハレンチな衣装に身を包んでいる。


 あまりにも刺激の強いその姿を見て。


 アルバートの意識は歪みから完全にそれた。


 そこを見逃すほど歪みは甘くなかった。


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