謁見ってミニスカじゃダメなん?
リズの絶対聖女宣言から一週間ほど経過したある日。
「えー? ぜったい短いスカートの方がかわいーんだけどー。ねー! かあ様、やっぱこれの裾、切っちゃだめかなー?」
リズは大きめな鏡に自分の姿を映しながら、母親であるリーサ・ギャルレリオ公爵夫人に話しかけている。
質素に見えるが素材も仕立ても一流品であろう薄緑色のドレスを身にまとったリズはとても美しい。しかしリズはスカートの長さがどうにも気に入らず、その裾を軽くつかみ、膝丈くらいに、なんなら太ももが見える位まで、上げたり下げたり調整しながら、なおも母に向かってむーむーと不満を呟いている。
リズが聖女に目覚めたその後。
しばらくして、その知らせを聞いたギャルレリオ公爵家が総出でリズが目覚めた部屋までやってきた。そこからはもう父、母、兄が入れ替わり立ち替わりとリズの体調を確認するためにリズの取り合いとなってしまった。
そうしている内に王子、アルバートはいつの間にか部屋から消えていて、それに気づいた時にリズはなぜだか少しだけ寂しさをおぼえてた。
不思議な感情だった。
逃げ出したアルバートとしてもそれ相応の理由がある。いくら王子で婚約者とはいえ、乙女が睡る寝室に公爵の許可もなく入っていた事に後めたさを感じていたし、何よりも家族の再会を邪魔するのも憚られる。
だからこそ、こそっと逃げていったし、リズの父であるエッグ・ギャルレリオ公爵も王子の存在には気づいていて、言いたい事も色々とあったが、王子の感情を察して見逃す事にした。
そうして現在。
ギャルレリオ公爵家一同は、この国の王である、ココ・ブルームーンとの謁見のために前室で待っている状態となっている。
謁見の内容は、公爵家側からはリズが無事に聖女に至った事の報告と、それに対して王家からは褒美と今後の予定に関して話す必要があるためだった。これは聖女が聖女として目覚めた後には必ず行われる謁見で、聖女降臨の儀式とともに、前もって日程も決められていて、それは目覚めた日から丁度一週間後となっていた。
この予定があるがために、目覚めてから一週間、聖女の身の安全のためという名目で、リズは王城に滞在させられる事になり、ついでにリズを心配した家族も一緒に王城に滞在する事になった。
聖女修行で六歳から親元を離れて教会で暮らしていたリズと家族は、この一週間で十年の時間と距離を埋めるようにコミュニケーションをとり、冒頭のリズの発言に至るまでに仲良くなっていた。
「いけませんよ、リズ。普段はあなたの好きな服装で良いけれど、流石に謁見の間ではそれ相応の服装がありますからね。特に今日は伏魔殿の中枢の中でも特に荒れている獣がいるのです。弱みを見せてはいけませんよ。見せれば即座に喰われてしまいます」
そう言ってリズを諌めるのは母であるリーサ・ギャルレリオ公爵夫人、言葉は丁寧だがジェスチャーではオオカミさんガオーのポーズでリズを脅している。リズの美しさは明らかに母ゆずりでそんなおかしなポーズでも愛らしさを失わなっていない。
その様子にリズはクスリと笑ってから答えた。
「んーやっぱそうだよねー。あーしもそれはわかってるんだけどさー。やっぱり短い方が似合うのよー。朝イチの服装チェックを何とかしたら何とかなったりしないかなー?」
母に諌められても、どうにもギャルを諦めきれないリズが、前世の記憶でアホな事を言っていると、隣で小さなため息と一緒に一人の男が口を開いた。
「はあ……なんとかなんてなるわけないだろう? なんだよ朝イチの服装チェックって。リズだって本当は無理だってわかってんだろ?」
そう言って口を挟んだのは兄、メンズ・ギャルレリオ次期公爵だった。
言い方は厳しいが、すでに王城で執務に就いている四つ上の兄はあそこの厳しさが身に染みてわかっている。リズを不幸にしたくないがための厳しい発言で、リズもそれはわかっているが、どうしても身内には甘えたくなってしまう。
「えー、にい様、いけずー」
ぶう、と不貞腐れた顔で睨めば、兄、メンズは大げさにため息をついてから、向かいでニコニコとしている父に水を向けた。
「いけずって何だよ。父上もさ! ニコニコしてないで! リズにちゃんと言ってくださいよ」
息子にいきなり話を振られた父、エッグ・ギャルレリオ公爵は驚いた顔で息子に視線を向けて、え? 私? みたいな感じに、指で自分を差しながらジェスチャーだけでメンズに問いかける。メンズはその問いかけに、当たり前だろうといった表情で、顎だけを父に向かって小さく動かし、その顎をまたリズに向ける。
無言でヤレ、と言っているのだ。
娘に嫌われたくない父代表、エッグ公爵は、息子と娘の板挟みにあってしまい、不満げな顔でどうしようかと考えながら口を開く。
「うー、えー、あー、そうだな。とう様、リズにはその服そのままがすごく似合ってると思うなー。だってその服はリズに似合うと思って、とう様とかあ様が選んで買ったんだよ。だからとう様も今日はそのままがいいと思うなー」
なんともはや。
政治巧者なエッグ・ギャルレリオ公爵と言われる男とはとても思えない誘導だった。
メンズは自分の耳を疑って、は? そんな説得が通ると!? と言いかけたが、その言葉はリズの言葉で押し込められた。
「えー? とう様が選んでくれたの? あーしに似合うと思ってー!? マジー? じゃーしゃーないなー。今日はこの服でいいかー。ねー、とう様、どうどう? これ、あーしに似合ってるー?」
正解だったらしい。
エッグのその拙さが逆にリズには響いたらしい。
正直リズはちょろいのだ。
否定されると反発しがちだけれど、その逆に褒められるとすぐ嬉しくなっちゃう性質だ。そんな性質だったため、ギャル時代にショップ店員に褒められて服を買う事が多々あって後悔する事も度々あった。
「うんうん、似合うよー。リズは本当になんでも似合うよねー」
似合うかと問われたエッグはデレデレでリズを褒めちぎっている。
そんなわけもわからん感じに、なんとかついた一段落に安堵したのか親バカな父親に落胆したのか、兄、メンズは大きくため息混じりに、ソファの背もたれに倒れかかり、なおも会話を続ける親子二人を交互に見つめて言う。
「ダメだこいつら」
言葉では心底呆れているが。
しかしその表情と声音には喜びが確かにある。
「ふふ、いいじゃないの、聖女修行でずっと一緒にいられなかったリズが帰ってきたのよ。嬉しいじゃない。メンズだって本当は嬉しいのでしょう?」
それを理解している母、リーサもニコニコと微笑んで父と娘のコミュニケーションを眺めた。
メンズは答えないが機嫌が良さそうに鼻を鳴らす。
リーサもメンズも、リズが家族の元へ帰ってきたのが嬉しいのだ。
そんな家族団欒の時間を過ごしているうちに、謁見の準備を整ったと連絡を受け、聖女リズを筆頭に、ギャルレリオ公爵家は謁見の間に向かった。
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