吸えば聖女の泉がわくんだよ
「歪みの地はどこじゃー? あーしを置いてった悪い子はいねえがー」
リズとタヌっちコンビは無事にオネーの森に辿り着いていて、リズは言葉の通りにナマハゲよろしく片手を振り上げ森の中を歩いている。
森の中の雰囲気はアルバートが歩いていた時よりも明るい。
聖女パワアで歪みの霧が浄化されているのが原因だろうなあとタヌっちは推測しているが、リズにはもちろんよくわかっていない。
そんな無自覚にパワアを駆使しているリズは、なんと本当に三時間程度でキャンプ地から森まで辿り着いた。入り口から見た森の中はうっそうとしていかにも歪みの森です。呪われますよう。と主張していたが、自分を置いてけぼりにしたアルバートに怒っていたリズは、そんな事は全く気にせずそのままの流れで突入して今は元気に森の中を歩いている。
お気に入りのローファーを汚したくないからなのか。
聖女パワアでちょっと地面から浮いて歩いているのも多分無自覚。
たぶん某猫型ロボットの歩行方法を参考にしたんだと思われる。あれってちょっと浮いてるらしいよ。そんなん言われたら先生もびっくりするよね。
時刻は昼を少し回った頃。
朝ごはんも食べていないリズは少しだけお腹すいている。
ぐう。
可愛らしくお腹がなった。
その音にかぶせるようにリズが口を開く。
「早く歪み見つけてアルバートにお仕置きした後にご飯食べさせてもらわなきゃー。ねーねータヌっちー、歪みの場所ってどこにあんのー?」
鳴ったお腹を少し恥ずかしげにおさえながら、腰に巻きついている補助狸に問いかける。狸は可愛く鳴ったお腹の音を間近で聞けたので少し嬉しい。
「うーん。補助妖精には正確な場所はわからないんだよう。でもさあ、僕に聞くまでもなく聖女なら歪みの場所を正確に把握できるはずだよう」
狸は腰に巻きついたままわからないという。あまつさえリズにはわかっているはずだと言う。実際に補助妖精にはその場所はわからないし、歪みの地の正確な場所は聖女にしかわからない。逆に聖女ならわかる。
古来からそういう風になっている。
「えー? あーし? あー、まだ聖女の力に目覚めたてでなれてないからなー。わかんないなー。補助狸にサポートしてもらわないとわかんないかもしんないなー」
言い終わりにふふぃーと下手な口笛でうそぶいてから。
そこでピタッと歩む足を止めた。
「え? なんか補助できる事あ……」
あったかな?
そう言うはずだったタヌっちのセリフは自らのぎゃあという悲鳴にかき消された。
叫びの原因はリズに急に掴まれて腰からひっぺがされたから。
そうやって掴まれて剥がされたタヌっち、今はリズの両手にむんずと掴まれて二人は正面で相対している。
リズは満面の笑みでタヌっちを見つめた。
わかるよね?
タヌっちはその笑顔に怯えた。
わかるけどさあ。
そんな視線の交差だけでこれから行われる事の意思疎通が終わると。
「えい!」
気合いの入った掛け声と同時。
問答無用とばかりにリズのその美しい顔がタヌっちのもふりんとした腹毛の中に埋まった。
猫吸いならぬ、狸吸い。
顔をその腹になすりつけこすりつけ空気の代わりに狸を吸い込みその体の隅々にまで狸を行き渡らせるという禁断の行為で、それはあまりやりすぎると狸が切れた時に禁断症状すら起こすという恐ろしい行為だった。
荒い鼻息が数回繰り返され。
一度リズは顔を上げた。
「むふー! キタキター! 聖女の力がみなぎるー!」
違法な狸ドーピングに聖女の目は瞳孔が開いてガンギまっている。
恍惚と微笑んだ後、再び狸の毛の海にダイブした。
「ぎゃあー! やめてよー! 怖いってー! そんなんで聖女の力を補助できるわけないじゃないかー!」
叫んで嫌がる狸だけれど、いやよいやよも好きのうち。
リズとのコミュニケーションに喜んでいる心の裡があるのはあるのだけれど、それをリズに伝えてしまえばこれが日常となってしまう。そうなればきっと妖精の尊厳が失われ自分は本当の狸になってしまうのではないかとおそれる気持ちが表面上で狸吸いを嫌がらせている。
「そんなこと言ってー。ほれほれ、この腹の辺りがいいのじゃろう?」
そんなタヌっちの気持ちがわかっているのかいないのか。
より毛並みがもふもふしているあたりにリズは額やら頬やらをすりつけ続ける。
「あーやめてー」
タヌっちも拒否する力が尽きてきたのか、時代劇の町娘が嫌がるようなトーンになっている。
それがどれくらいそれが続いただろうか。
ふっ、とリズの顔がタヌっちの腹から離れた。
「え、あ、終わった?」
タヌっちは突如の終焉に嫌がっていたはずが逆に名残惜しいような声になってしまった事に気づき、それを恥じるようにリズの手から逃げ出してリズの肩あたりの宙に浮いた。
狸吸いを終えたリズは森の奥の方をじっと見つめている。
どうしたの? とタヌっちが問いかけると視線はまっすぐ森の奥を見据えたまま答える。
「歪みの場所、わかったかも。多分あっちだよ」
そう言って、森の奥の方を指差した。
タヌっちも浮いたままそっちを見てみる。
言われてみれば確かに歪みから発生しているモヤが濃いように思える。
「え、ほんとにあれで補助できてたの?」
「んふふ、どうでしょう?」
まさかと戸惑うタヌっちの問いかけにリズは意味深に笑う。
「あーやっぱり嘘だったあ! 絶対元々場所わかってたでしょう!」
リズの返答に嘘を確信し、怒ったように太い尻尾をリズの背中にやら肩やらへバシバシとあてて抗議するが、それはむしろご褒美にしかないならないのを新米狸は知らない。
「えー? そんなわけないじゃーん! タヌっちに補助されたんだってー! ね、ほらほら、あっちだって、タヌっちー! さっさと行くよー!」
リズは誤魔化すように笑って、森の奥へと駆け出した。
くだらない真相は森の中に置いて。
二人は歪みの地の核心へと迫る。




