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これが守護騎士の本気だ

 アルバートは光り輝く。


 練った魔力がその光の源となっている。

 それは体内で増幅され、全身をくまなく巡った後、身体中を包み込むと、そのまま両手で握った守護騎士の剣も包み込んだ。


 アルバートの魔力を纏い輝く剣。


 これは守護騎士の剣として王家に長い間伝わるもので、年月を感じさせない美しさと重厚さを兼ね備えているが、ことさらに魔力を纏った今はその美しさと強さを増していた。


 アルバートは美しく光る切先を見て、自分の胸が高鳴るのを感じた。


 王家の宝物庫にあったこの剣を初めて見た時と同じだ。


 あの時も胸がドキドキした。これはリズを守るために絶対に必要だと感じた。なぜかはわからないが剣の方からも自分の力になってくれようとしている意志のようなものが通じた。


 そう思ったから後日こっそりと宝物庫から持ち出した。


 多分バレたら叱られる。アルバートはまだ幼いし守護騎士になると決まったわけでもない。

 それでもどうしても振ってみたくて鍛錬の時に持ち出して振ってみたが剣は甘くなかった。アルバートを助けてくれようという意思は感じるが、かといってアルバートを甘やかす気はないらしく、決して素直には振らせてもらえず、はじめは剣に振り回されるばかりだった。


 そこからアルバートは定期的にこの剣を持ち出しては何度か素振りをしては戻すという行為を行なった。

 鍛錬や冒険者としての武者修行を経た自分の成長具合を確かめるためで。自分の感じる成長と素振りの感触は同期していた。成長すればしただけこの剣はそれに応えてくれる。


 そしてここ最近、やっと剣を満足に振れるようになってきたと感じている。

 それは剣を振れば自然とわかる。

 はじめと違って剣はアルバートの意志をそのまま伝えてくれる。力もいらず振りたい方向に剣が動いてくるように錯覚する事もある程で、明らかに未熟だった頃とは違う。剣がアルバートを相棒として認めてくれている。そして同時にアルバートも剣を頼もしい相棒だと感じていた。


 そんな相棒と立ち向かっている。


 世界を滅ぼす歪みの地。

 元凶たるヤーン湖。


 とても静かだった。


 水の代わりに滔々と闇色した歪みの水をたたえていて。

 その湖面には波一つない。


 ただただノイズのような煙を、まるで朝もやかのようにゆらゆららと立ち上らせるだけ。


 アルバートは静かな怨敵を睨みつけて呟く。


「今こそグラッド師の研究を試すとき……」


 師を思い出す。

 古来から王家に客分として遇されているエルフ。

 彼は歪みに滅ぼされたエルフの国の生き残りで、それ以来聖女なしで歪みを浄化する研究を続けている。


 学院の誰かからそれを聞いた時にアルバートは即座に彼への弟子入りを決めた。

 守護者の剣に続いてリズを守るために必要なピースが手に入れられると考えた。その技術があればリズを危険の晒さなくてすむという事だから。


 だけれどはじめはけんもほろろに拒否された。


 というかシンプルに無視された。だけどアルバートはめげなかった。ガイアへの弟子入りでそういう対応は慣れっこだった。アルバートにできるのは相手が諦めて折れるまで自分の本気をぶつけるだけだ。


 それを繰り返すうちに、ガイア同様、グラッド師も折れた。

 そこからアルバートはグラッド師の研究を吸収し続けた。

 必要な魔法はなんでも覚えた。


 グラッド師の研究では歪みは闇の魔法の類と似た性質を持っているという。

 侵食し全てを塗り替えて世界を変える。

 であれば対となる属性の光魔法でそれを消滅させられるのではないか?

 そう推測したグラッド師は過去に歪みが発生した時に、実際に聖女の歪み浄化に同伴して、少量の歪みに対して光魔法を試したが、それは確かに有効で、歪みは消滅したという事だった。

 ただし大元の歪みに対しては試す事ができず聖女の力をもって歪みは浄化させられたそうだ。


 つまりは今回が初めて聖女の力なしで、人間が歪みに対するという事だ。


 目の前に広がるヤーン湖は闇色をしている。

 きっとグラッド師の研究は正しい。

 そう、アルバートは自分に言い聞かせる。


 剣も魔法も必要なものは全てアルバートの手の中にある。


 リズを守るため。


 リズを危険から遠ざけるために。


 リズにただ幸せに笑っていてもらうために。


 その手の中に入れたものたち。


 それはアルバートの十年の努力全て。


 その全てを!


「今! お前に向かって放つ!」


 アルバートの気合いと覚悟に呼応して剣が光輝を増した。

 その輝きは薄靄のかかったヤーン湖周辺を一気に照らす。


 アルバートはその光り輝く剣を振り上げ。


 湖に向かって。


 歪みに向かって。


 元凶に向かって。


 一気に振り下ろした。


守護者(ガーディアン)一刀(スラッシュ)!」


 目にも止まらぬ速度で振り下ろされた剣から、その身に纏っていた光輝が剣閃となって放たれ、それは湖になみなみとたたえられた闇を大きく切り裂いた。

 裂かれた湖はかの預言者に別たれた海のように半分になって、湖岸から見える範囲で普段隠された湖底をあらわにしていて。アルバートが期待していた通り、光は歪みの元凶を消滅させているように見える。


 しかしそれでもアルバートは気を抜かず、渾身の一撃を放った姿勢のまま歪みの元凶を睨んでいる。


 練りに練った魔力を放出しきってなお、アルバートの体とその剣は輝きを失っていない。もちろん最大値からは輝きは減っているが、それでも残存している歪みから放たれる靄を全く寄せ付けていない。


 アルバートも動かない。

 歪みも動かない。


 不気味な均衡。


 そこには静寂がたちこめた。


 抉られた歪みは抉られたまま。


 死んだ森は死んだまま。


 露わになった湖底は露わになったまま。


 動かない。


 それを少しだけ気持ち悪く感じたアルバートは、振り下ろした剣を正面に構え直し、その露わになった湖底を睨みつける。

 そこには元々は魚だったのだろうか。存在が歪みによって変容させられて、この世のものとは思えないような生物が数多にのたうち回っているのが気味が悪く、アルバートは一瞬だけ瞼を閉じた。


 師匠も弟子も同じようなミスをする。


 その一瞬。

 その一瞬を歪みは狙っていた。


 湖面から音もなく浮かび上がった歪みの水は瞬時にその姿を球体と変えて中空に浮き上がり。


 その場で弾けた。


 その様は大量の水が詰まった水風船が弾けたようだった。


 弾けた歪みの水滴は指向性をもって放たれる散弾となる。


 そして向かう先にはアルバートがいる。

 歪みは自分の一部を消滅させたアルバートを敵として認識している。

 このままでは散弾はアルバートの全身に無数の数えきれない穴を開けるだろう。


 そうすれば当然死ぬ。

 避けなければならない。


 しかし瞼を閉じているアルバートはそれに気づいていない。


 このままでは次の瞬間にもアルバートは絶命する。


 そんな刹那に。


 アルバートの隣に一人の男が突如出現し、


「あっぶねえ!」


 そう言ってアルバートの腕を引いて投げ飛ばした。

 アルバートの強い体幹はあっさり崩され、立っていた場所から少し離れた場所にどさっと投げ飛ばされ、まるでそれと入れ替わるように歪みの散弾はそこへと着弾した。


「何をするっ! ……ってガイアか? こんな所にきてどうした! リズの護衛は!?」


 突如投げ飛ばされ驚いたが、慌てて身を起こしてから、自分を投げ飛ばした相手を確認してからの、アルバートの第一声がこれだった。


 自分の命が危機だった事。

 それをすんでのタイミングで救われた事。

 そこは全く理解していない。


 ガイアは呆れた。

 どこまでいっても聖女。

 自分が死んでたら世話がねえってのに。

 あくまでガイアはアルバートの護衛。聖女の護衛じゃない。だからガイアはアルバートに何か危機があった時にすぐに対応できるように、ガイアのとっておきをもたせてある。

 それはリズのいたキャンプを監視していたようなポイントの上位版。

 通常の機能に加えて。

 時間を無視してその場所にガイアが移動できる機能を持ったポイント。

 それを使うとそのポイントは壊れてしまうし、そのポイントを作るにはガイアの魔力に加えて守る対象の魔力をそれに長い間吸わせる必要がある。

 人生の中で数度しか使えないとっておきだった。

 ガイアがそれをアルバートに持たせていた事、ここへ走って向かう最中にアルバートの様子を見ながら移動していた事、これらの偶然がその命を救った。


 でもガイアの主人はそれを理解していない。


「それどころじゃねえ! てめえは俺がぶん投げなけりゃ死んでたんだ! さっきまでいた場所を見てみろ!」


 そう言われてアルバートは崩れた姿勢のままにガイアの指した方を見る。


 歪んでいた。


 地面の一部が地面ではなくなっていた。


 さっきまでアルバートがいた部分はもちろん。

 それ以外にも無差別に発射された歪みの弾丸。

 それらはあちこちに飛び散っていて。

 そのどこもかしこも歪んでいた。


 地面という概念が歪み。

 グズグズとしたシミのような歪んだナニカになってアルバートのすぐそばまでシミ寄ってきている。


 それが何か確かめようと無意識にアルバートの手が伸びる。


「アル! さわんじゃねえ!」


 途端にガイアの怒号にも近しい檄が飛ぶ。

 その声にアルバートの手がビクッと驚いたように少し引っ込んだ。


「それが歪みってやつだろうが! (さわ)れば(さわ)る! 俺ら平民だって知ってるぞ! 何をボケてやがる!」


 歪みが恐ろしい事を知っているのは王族だけじゃない。

 平民だって知っている。いやむしろ歪みの被害に遭うのは主に平民なのだから王族よりもリアルに知っているのかもしれない。


 歪みに触れば障られる。


 それは常識だ。

 アルバートだってもちろんそれは知っている。


 でもさっきまで歪みに勝っていた。一部とはいえ歪みを消滅させられた。グラッド師の研究は正しかったし、リズを危険な目にあわさずに歪みを浄化できそうだった。そりゃまだ全部を浄化しきれてなかったから終わりじゃないのはわかっていたし決して油断はしていなかった。


 表層のアルバートはそう思っていた。


 だが心の奥底では違う。

 明らかに油断していた。

 勝ったと思っていた。

 十年が報われたと思っていた。


 安心し慢心していたのだ。


 でもそれは急に暗転し反転した。


 歪みは消滅などしていなかった。アルバートの一刀で一部を削られたのは確かだったのだろうけれど、全然弱ってなどいなかった。攻撃を受けた後に静かだったのは敵対行動をとってきた人間の気が緩むのを待っていたのだ。歪みには知能がある? わからない。そんな文献はなかった。でも自分の隙を狙ってきた? わからない。


 アルバートは混乱している。


 でもそんな中ひとつだけわかった事がある。


 聖女抜きでの歪みの浄化は失敗だった。


「私は……歪みに負けたのか……」


 宙に浮いた手と口からこぼれた言葉が、その行き場を失い彷徨う。


「ガタガタうるせえぞ! 坊ちゃん! まだ勝った負けたのじゃねえよ! ケンカの最中だ馬鹿野郎!」


「まだ……続くのか……」


「ったりめえだろうがよ! ここで死ぬ気かバカが! 聖女の嬢ちゃんがこっちに向かってる! それまで俺らで何とかして持ち堪えんぞ!」


「リズが……」


「ほら! バカ弟子! シャキッとしろ! 歪みはまっちゃくれねえぞ!」


 ガイアの言葉を理解しているかのように。


 歪みは再び湖面から浮き上がり、宙に浮いた水球は今度はその場で弾ける事はせず、ウニのように形を変え、そこから複数本の槍がアルバートとガイアに向かって放たれた。


 第二ラウンド。

 ここからが本番だ、と言わんばかりに。


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