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やっばなにこれなつすぎる

 タヌっちの、請い願う声は、天に立ち昇り光となった。


 それは請願に呼応するように世界の光を集めてより強く発光し、やがてその光は凝縮され球体となった。


 まるで二つ目の太陽のように光り輝く球体。


 それは朝日にも負けない清浄さと気高さと美しさで天にある。

 輝き自体は本物の太陽よりも強く光り輝いているが、本物の太陽ほどの大きさはなく、集められた光は程なくしてその器からこぼれるようにキラキラと地へと降りそそいだ。


 降る先には聖女がいる。

 

 まっすぐに自分へと向かってくる光をリズが手のひらで受け止めてみると、光はそのままの形を保ち手の中に溜まっていく。それらを見てみれば、一つ一つの小さな光それ自体が小さく発光していて、リズが聖女に至った時にベッドの上で降り注いできた光に似ていた。


「なにこれー! ラメじゃなーい!? ねーねータヌっち、これってネイルにしていい?」


 リズがギャルらしい感想をタヌっちに問いかけている間も、降る光はその量をどんどんと増し、リズの手のひらからもあふれてこぼれる。まるで光の滝のようになったそれはリズの手のひらで止まっては、そこからこぼれ落ち、地に降り注いでなおその光を失わない。


 そんな神々しい光に向かって、ネイルにしていいかなどとは実にギャルらしい。


 降り注ぐ美しい光がジェルネイルに混ぜ込めそうな小さなキラキラだったのも束の間、それは量と密度をどんどんと増し、やがては山のようにうず高く降り積っては、リズの体をその山へと埋めていく、リズはその光に対して妙な安心感があるためなすがままに埋もれていき、最終的にはリズの全体はをすっぽりと包み込まれた。


「えーなにこれー? 外見えないんだけど、タヌっちいるー? 終わるまでいなくなんないでよー」


 周りが見えないだけでリズには特に困る事はない。

 呼吸もできるし、自分の姿も見えるし、声も出せる。


「大丈夫ーここにいるよう」


 タヌっちの声もしっかりと聞こえてきた。

 とはいえ、呑気なもので、まるでショップの試着室か休み時間中のトイレかのような会話。


 呑気な聖女と狸ではあるけれど。

 これからの事を考えれば状況的にはあながち試着室というのも間違いではないのかもしれない。

 なぜならリズは今から聖衣に変身するのだから。


 なんの予兆もなくそれは始まる。

 まるで魔法少女の変身のように、リズの体の一部が強く発光する。


「わわ、なにこれ?」


 その急な発光に慌てるリズ。


 身体を包むその光は下の方から輝度を増していき、その輝度が限界をむかえた所で弾け、ひとつその光が弾ける度にその部分がリズの思う聖女の服装へと変化する。


 ポンと足元の光が弾ければ。

 そこには、黒く輝くローファーと、ゴム抜きルーズが。


 ポンと下半身の光が弾ければ。

 そこには、グレーの超ミニスカートが。


 ポンと上半身の光が弾ければ。

 そこには、真っ白いシャツと、茶色のだぼっとしたカーディガンが。


 最後に残った部分。

 首元の光。


 そこが弾けると。

 そこには燦然と輝くチェックのマフラーが現れた。


 全てが揃った聖女の服装。

 つまりはこれがリズの聖衣となる。


「きゃー! やっばー! これあれじゃーん! いつものあれじゃーん!」


 聖衣の正体に気づいたリズは感動のあまりに語彙が消失している。

 それも仕方ない。

 今リズが着ているのはギャル時代にリズの好きだった制服の着こなしの一つなのだから。

 消失した語彙の中から感動の言葉を探しながら、足元から指先まで懐かしいアイテムをひとつひとつ確認する。


「あー! このスカートの折皺って……あーしの、じゃんね? え、マジ? マジあーしのなん? いやそんなワケなくね? でも……ここの無理くり折ってる感じ、そだよね? ほんとは切っちゃいたかったんだけど、金なかったからなー。あ、こっちのカーデの袖の汚れもマスタードソースだし、ルーズのソックタッチで固くなってるとこも……これ、ぜんぶ、あーしの……」


 全てを念入りに確認した結果。

 これらがリズのギャル時代に着ていたものと寸分違わない事に。

 リズは気づいた。


 思わず、言葉に詰まる。


 魂一つ。


 異世界に渡ってきた時に必死で探した。

 ギャル(前世)の残り香。

 どこを探しても、どこからかき集めても。

 見つからなかったそれが、聖女になって、聖女の力を得て、初めて。

 いまリズの目の前に現れた。


 ぶわり。

 感情があふれかえる。


「ははは! やっばい! これマジやっばいわ! ふふ、はははは! なっつ!」


 喜び。

 大笑いしている。

 リズの頬を。

 一筋の涙が伝って。

 地面にポトリ落ちる。 


 そこで涙の堰は切られた。


「ふふ、はは、うっふう、うゔうう、ばはは、なにごれやっべえ。嬉しいのに、止ばんな」


 顔も感情も嬉しくて笑っているのに、なぜかボロボロと涙が溢れる。

 吹き出した感情が。情緒が暴走している。

 正確には涙と鼻水とが混ざって感情と一緒に吹き出している。


 悲しい、悔しい、辛い。

 そういうネガティブな感情では絶対に泣かないと決めているリズだけれど。


 歓喜の涙は抑えられなかった。


 『聖女リズ』は、すでにどうしようもない程に『聖女リズ』になっている。公爵令嬢のリズ・ギャルレリオも、ギャルの野口恭子も、個としては存在しない。


 どっちも聖女(ギャル)で、どっちもギャル(聖女)だ。


 なのだけれど。


 公爵令嬢が生きた証はこの世界のそこここに偏在する。父親も母親も兄もいるし、馴染みの侍女もいるし、貴族籍にだって名前がある。聖女となるべく育った狭い世界だったけれど、確かに目の前に実存していて、手にとって触れて抱く事ができる。


 でも。


 ギャルが生きた証はこの世界にはどこにもなかった。

 汚い部屋の中にあったあれこれ、鏡もこたつもペラペラになった布団も改造した制服もオキニのスクバも何もない。渋谷という世界観、ギャルもギャル男もショップの店員もレコ屋も怪しい大人もどこにもいない。


 聖女になって世界を救う事はすっと受け入れられたが。

 やっぱりそこには一抹の寂しさはあった。


 それが目の前に急に現れた。


 リズは目を閉じて、自分ごと、それを大事に大事に、抱きしめた。

 ぎゅっとしたマフラーが鼻に近づき、ギャル時代に使っていた香水と埃っぽい匂いが飛び込んでくる。それがより一層に郷愁を掻き立てる。もっともっと。嗅げば嗅ぐだけ、あの頃の世界がまるで瞼の裏に広がるようだった。


 しばらくそうやっていると。


 いつの間にかリズを包んでいた光の山は消えていて。

 目の前には聖女に力を授けた補助狸のタヌっちが、リズの姿に驚いた顔して宙に浮いていた。


 リズからすれば馴染みしかない服装だけれど。

 タヌっちからしてみれば全く見た事ない聖女の格好だ。


 しかも変身した聖女はなんかどろどろに涙を流しているし。自分自身を抱きしめてるし。なんかずっと笑ってるし。リズ風に言えばマジやべえ。


 もう、狸ドン引き。


 は、したのだけれども、それでも補助狸の胸には聖女への心配が即座に追いかけてくる。

 その心配は自然と口からまろび出る。


「……ね、ねえ、リズ、だいじょうぶ?」


 残念。

 狸も鳴かずば撃たれまい。


 タヌっちの呼びかけに、リズがカッと双眸を開く。

 気づけば、いつの間にか自分を包んでいた光は消えていて、目の前には恩人? 恩妖精? 恩狸であるタヌっちが気遣わしげな顔でリズを見ている。


 リズは知っている。

 ただでさえかわいい狸が、自分の魂を救ってくれた事を。

 それが目の前に浮いている。

 リズの中で選択肢はひとつだった。


「ありがど、タヌっち、マジでありがとー」


 叫びながら宙に浮いた狸に抱きついて頬を擦り寄せる。

 するとどうなるか。

 ちなみにリズは溢れ出した感情でずるずるです。


「え、あ、うん。喜んだなら良かった……けど、え? なんかつめた、ネトっとして……」


「ゔん! 全部タヌっちのおかげだよ!」


 そう。

 当然、涙と鼻水と涎(キズナ)で聖女と補助狸は繋がる事になる。


「毛並みが! 僕の毛並みが汚れるう! ああ、やめてええ……」


 狸の儚い抵抗(にくきゅう)悲壮な鳴き声(きゃーん)とは裏腹に、そこには確かな聖女との絆が生まれた。


 よかったね、補助狸。


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