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マジキレそうなんだけど

「あさだ! あーさーだーよー!」


 テントから飛び出したリズは開口一番に朝を告げる。


 王城の部屋であればジェイダがにっこりと微笑んでおはようございますと返してくれる。

 されどここは屋外。

 もちろん誰からの反応もない。

 返ってくるのは自然の営みだけだった。

 だけれどそれがとても心地よかった。起きたばかりのリズの身を日の光が包み、すうと息を吸ったリズの鼻を木々の香りが満たし、小さく愛らしいリズの耳を小鳥の囀りがくすぐってくる。


 まるで絵に描いたような幸福。

 現状を知らないリズの一日は幸せに始まった。


 あれから。

 いっぱい食べて。

 風呂でゆっくりと休んで。

 ふがふがたっぷりと寝て。

 まるで野宿とは思えない程に豪華なもてなしを受けた。

 そのお陰か昨日の疲れは全て吹っ飛んでいた。


 さて、この万全な体制で、挑むは聖女の使命である。


 昨日のうやむやなままに連れてこられていた時とは違う。


 今日は明確な目的がそこにある。

 リズは心に力が漲るのを感じた。


 ギャル時代も聖女時代もリズにはやらなきゃならない事がいっぱいあった。なんのためにやらなきゃいけないのかわからないけれど、周りの人間はこれやれあれやれと脅してくる。やることはもちろんやっていたけれど。どうにも納得できなかった。だって「やれ」と人には命令するその大人たちには全く熱がなかったのだから。


 その反面、ギャルという存在は熱を持っていた。みんなからは熱があふれていた。やらなきゃいけない事じゃない、やりたい事の熱をみんなが持っていた。


 リズもそれを持っていて。

 持っている人間が自然に集まって。

 お互いの熱に触れた時には脳を焼かれたようだった。


 もしかしたらそこでリズはギャルになったのかも知れない。


 おしゃれして、化粧して、街に出て、みんなとの時間を過ごした。

 自分たちがいいと思うものを探して組み合わせて作り出した。

 大人からは、無駄だと呆れられたり、馬鹿にされたり、見下されたりしたけれど。


 それでも道を貫いた。


 そうしている内にいつの間にかリズたちの周りにはたくさんの人が集まり。

 それは大きなうねりとなって形を成して。

 いつしかギャルはカルチャーになっていた。


 その頃には大人たちがギャルに意見を求めてくるような状況にもなっていた。

 あれだけ自分たちを馬鹿にしていた人間が、だ。


 やった、と思った。


 そんな絶頂期に。

 リズは聖女に転生した。


 ギャルが市民権を得て、まだまだこれから楽しい時期が続いただろうに。

 普通ならば悔しいだろう。


 でも不思議とリズは悔しくもなく、すぐに転生を受け入れられた。

 それはきっとこの使命があったから。


 世界の歪みを浄化して。

 変容する世界を救う。


 目的を持った聖女(ギャル)は強い。

 昨日までのアルバートに甘やかされていたリズとは違う。


「よーし! あーしの聖女デビューだ! 歪みの浄化! いっちょがんばろー!」


 決意を言葉にする。

 心の中の力を言葉にして発すると、それが道になる。道が出来るとそこを力が通る。外に放たれた力は現実になる。リズはギャル時代からずっとそうしてきた。


 言葉が世界を作る。


 満足げににんまりと笑って一息つくと。

 同時に、ぐうとお腹が鳴った。

 しょうがない。いつもなら朝の支度も終わって、アルバートと一緒に朝食を食べている頃合いだ。それはお腹も空くだろう。腹もなるというものだ。何時かはわからないけれど。

 太陽で時間がわかるかと空を見上げてみるけれど朝日という事しかわからない。ギャル時代は朝日だと思ってたら夕陽だったなんて事もあるから朝日に見えても油断はならない。


 でも間違いない事が一つ。


 腹が減っている。


 まずは腹ごしらえか、と。


 辺りを見回してから。


 そこで、はたと異変に気づいた。


「アルバー?」


 アルバートの姿が見えない。

 普段であれば自分が起きてくる時間には絶対に起きていて、部屋の前で待機しているお利口秋田犬系男子が自分のそばにいないわけがない。


 だが呼びかけても返事がない。


 その姿を探すためにテントの周りから出ようと数歩を歩くと。


 むに。


 柔らかい何かにぶつかって先に進めない。


「へ? これなんだこれ?」


 その柔らかいナニカは。

 手で押しても、足で蹴っても、顔をむにいと押し付けてみても顔が伸びるだけ。

 まったく先に進めない。見えない壁を伝って歩いてみれば、それはテントの周りをぐるりと取り囲んでおり、空にも伸びていてドーム状になっているようだった。


「ビッグエッグ? に、しては小さいか」


 ふむ、と首を傾げて考えながら、見えない壁をためつすがめつ眺めていると。

 ふいっと、一ヶ月間の授業と自習で学んだ魔法の知識が頭をよぎった。


「これ! あれだ! これはーえっと……なんだっけ……あれだよ、あれあれ……外はカチカチ、中はやわやわ、これなーんだ。はいケッカイマホー! そう! 結界魔法だ!」


 王城の図書館にあったギャルでもわかりそうな魔法一覧に載っていた一文を思い出した。

 確か習得難易度はSクラスで特別な才能を持った人間が努力を捧げてはじめて習得できる高位魔法だったはずだ。こんな所にしれっと張ってあっていい魔法じゃない。じゃあ誰がこんなものを張ったか。


「んーその答えぇ、名探偵リズがぁ、答えましょぉう」


 ギャル時代に見たドラマの刑事を真似てみる。

 誰も見てないし、誰が張ったかなんて馬鹿でもわかる。


 アルバートしかいないのだ。


「くそう、アルバートめえ!」


 この段階でリズは現状に全て気付いた。

 先日の話し合いという名の矯正に納得したアルバートが、実は全く納得しておらず、絶対にリズを私が守るんだという使命に魂を燃やした挙句、結界魔法でリズを閉じ込め、自分一人で歪みの地へと旅立ったのだと。

 正確には結界魔法はリズを閉じ込めるためではなく、リズの身を守るためだったのだけれど。そんな事はリズには関係ない。リズに見える現状こそが真実なのだ。


「あんにゃろう、お利口さん秋田犬系かと思いきや、頑固さん秋田犬系だったかあ! やられたわあ! くっそーお利口さんに、はいわかりましたって顔してたのにい! もー許さん! 絶対にキャン言わせるからな!」


 拳を握りしめて結界を叩けば、ぽにゃんと手応えのない重みが返ってくる。

 リズがここで何を言おうと、この結界をどうにかしない事には、どこまで行っても負け犬の遠吠えである。

 というわけで、これを破ろうとへっぴり腰でパンチとキックを交えながら、聖女ラッシュをオラオラと繰り出すが、ギャルでも聖女でも格闘経験皆無な上に、筋肉スタミナも弱々なリズでは、無駄に自分の息を切らしてしまうだけだった。

 次に魔法を試してみたがこちらは結界を突き抜けて外へ飛び出してしまった。そういえば外敵を中から攻撃するのに魔法は結界を素通りすると王家の図書室で読んだ本に書いてあった。


 万策尽きて地面にへたり込んだ。


「ほへ」


 体力魔力ともにへとへとに疲れ果て、肩で息をしながら、力押しでは無理な事を悟ったリズは次の手を考える。


「んー、これって聖女の力でどうにかできんもんかなー?」


 そもそも高度な結界魔法に対して力押しやシンプルな攻撃魔法で対応しようとする事自体がナンセンスなワケだからこう考えるのが正解ではあるのだけれど、聖女的思考に関してもリズは聖女になったばかりで聖女の力の行使方法がわからない。


 聖女修行の中でもそれは秘中の秘とされていて、聖女になった人間にしかわからないとされていた。しかしその癖に精神鍛錬とか奉仕作業とか身にもならん事をさせられていた修行中を思い出してちょっとムカついた。


「聖女になったらさ、力の使い方がすぐにわかるんじゃなかったん? これって詐欺じゃね?」


 自分の手を不満げに見つめる。

 聖女になって使命を果たすと心に誓ったのに。

 自分にはなんの力もない。

 守護騎士であるアルバに自分の使命だのなんだのと言ったって。そのアルバの力を破る事もできない。こんな体たらくじゃあ、アルバが自分だけで歪みを浄化しようと考えるのも、あながち間違っていないんじゃないか。


 悔しい。


 普通の女性ならばここで涙でもこぼすのだろうけれど。

 リズは悔しくても決して泣かない。


 涙の代わりにその熱量が身体の奥底から湧き上がってくる。

 血が身体の中を迸る。


 どくどくと鼓動が増して。


 身体の中から音がする。


 外の音は聞こえない。


 熱くなった耳はソトの音を消し、ナカの音を増幅させる。


 そんな絶頂の身体の中から、リズのものではない声が響いた。


「力、欲しいの?」


 と。


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