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ギャルは吠える

 リズの言葉は吸い込んだ決意と一緒に吐き出される。


「まずね、あーしは人形じゃないんよ。わかる?」


 決意してなお遠回りな言葉。


「うん、当然だ。リズは人形なんかじゃない。世界で一番の聖女だ」


 リズの柔らかな手に頬を挟まれ、幸せ顔のアルバートはこくこくとうなずいて同意する。


 うなずいているがわかっていない。

 迂遠なリズの一言ではアルバートには伝わらない。

 アルバートからしたら人形じゃないなんて当たり前の事だ。幼い頃に出会い、何者でもなかった自分を守護騎士という存在にしてくれた大事な女性。その生涯をかけて守ると誓った相手。人形なんかであるわけない。


 しかしリズはそう思っていない。

 アルバートの言葉に小さくうつむいたままに首を左右に振って。


「でもアルバの今の行動はあーしを人形にしてる」


 頬に添えられていた手がスッと下がった。


 このリズの言葉は。

 アルバートにとって完全な否定の言葉に聞こえた。

 すっと血の気が下がり、その反動で一気に頭が沸く。


「私が!? そんな事はしてないよ! え? 私のなにがリズを人形にしてるのか教えてよ! ねえ!」


 アルバートの語気が荒く、リズを責めるようなものに変わる。

 腰が椅子から軽く浮き、明らかに憤慨しているのが、声音からも姿勢からも見てとれる。

 普段の穏やかな感情とは明らかに違うその感情も、アルバートからしたら至極当然で、ここまでの全ての行動はリズを守るため、リズに幸福を与えるため、リズと一緒に笑うため、リズをリズにリズとリズのぜんぶぜんぶリズが平和に安全に人生を生きられるためにやってきた。


 その自負がある。

 だからこれは間違いなんかじゃないと、言葉の何倍もの大きさで、心が叫んでいた。


 これが、怒りなのか、憤りなのか。

 アルバート本人にも感情の名前がわからない。


 そしてリズも。

 初めてみるアルバートの感情に驚いていた。


 ずっと自分を甘やかすだけだった目の前の男が。


 今は牙を剥いて、自分に怒りの感情を向けてきている。


 聖女のリズだけであれば、この強い感情にあてられ、萎縮してなにも言えなくなっただろう。


 でも今のリズにはギャルがいる。


 強い感情には強い感情を返す性質だ。


 リズの表情が聖女からギャルに変わった。


 椅子から静かに立ち上がると、真っ直ぐ前を見据えてから、細く息を吐き出す。そしてその息が終わったタイミングで、くるりと綺麗な所作でアルバートに向き直り、そのまま一歩進むと、アルバートの胸ぐらをむんずと掴んだ。


 掴まれたアルバートの表情が怒りから戸惑いに変わるけれどそんなのリズには関係ない。


 睨みつけ、言葉を叩きつける。


「は? なんて!? あーしに教えろって言った?」


 アルバートの感情がリズの感情を起こした。

 リズの意思を無視して、リズの言葉を聞かないアルバート。この一ヶ月間はとてもよくしてくれたし、リズも感謝している。だからさっきまでは話し合って言い聞かせて折り合いをつけようと思っていた。

 だけれど今のアルバートは行き過ぎている。

 何より馬車の長旅で腰も尻も痛い。ムカつく。


 ギャルはキレていた。


「良いよ! 教えたるよ! なあちゃんと聞けよ!? アルバァ!」


 胸ぐらを掴まれ、眼前にリズの顔が急に出現した後に怒鳴りつけられたアルバートの驚きがわかるだろうか。

 自分の十年を否定された混乱からつい感情的になってしまって、守るべきリズに牙を剥き出して威嚇してしまったのは自分でもわかっているし、それが都合が悪くなった自分を感情で誤魔化しているというのはわかっていた。

 過去、周りの王侯貴族(おとな)が同じようにやっているのを見るたび、嫌な気持ちになっていたはずのに、それを自分がしてしまっている嫌悪感がまた悪い感情を加速させていた。


 そんな感情は胸ぐらを掴まれた時点でシュッと首をすぼめて。

 ギャルに怒鳴りつけられた段階で霧散した。

 人生の中で誰かに怒鳴りつけられる事などなかった。


 リズの言葉にこくこくと頷くしかできない。アルバの肯定にリズが再び口を開く。


「まずね、あーしは赤ちゃんじゃないんよ! 一人の女なの! わかる? 一人の人間なの! 危険だって、問題だって、一人でなんとかすんの! もちろん一人じゃできない事だってあるけどさ、そこはもちろん助けを求める。そしたら助けて! でもそれはあーしが決める事! アルバが決める事じゃない! わかった!? あーしには使命があって! そのためにこの世界に生まれた。だからあーしはあーしのなす事をなす! の!」


 随分とわがままな事を言っているはずだけれど、アルバートにはそんなのは気にならない。

 それよりも別の感情がアルバートを支配していた。

 向かい合ったリズの美しい顔。長く美しいまつ毛の一本まで鮮明に見える。

 あらためてリズの美しさを実感し、そしてそんなリズに叱られるという新鮮さ。


 なんだかドキドキしていた。


「わかった!?」


 ダメ押しのようにさらにリズの顔がアルバートに一段近づいた。


 リズの視線が。

 リズの吐息が。

 リズの熱量が。

 リズの全てが。


 自分に向いている。

 こうなってしまって。

 アルバートに抗いようがあるだろうか。


「……わかった」


 そう。抗えるわけがないのだ。

 実際問題として、リズの主張をアルバートは言葉では理解していた。


 リズには聖女との使命がある。


 言葉では理解している。


「よし! えらい!」


 アルバートの肯定にリズは満面の笑みで応える。

 そのまま、えらい、えらいぞ! アルバ! などと言いながらわしゃわしゃとアルバートの金色の輝く髪の毛を撫でる。撫でられているアルバートもうれしそうに顔が弛緩している。それでいいのかアルバート。とは思うけれど、好きな女性に頭撫でられたらそりゃうれしいよね。


 話し合いで時間を使ってしまった結果。


 すでに日は傾きかけていた。


「さすがにこれ以上進むのは難しいから今日はここで泊まろうと思う」


「オッケー!」


 腰も尻も限界を迎えていたリズはアルバートの提案に一も二もなく賛成した。

 よしとばかりにアルバートは立ち上がって、馬車から宿泊の準備をテキパキと進めている。

 リズは少し遅れてからそれを手伝おうと立ち上がってアルバートのそばへと駆け寄るのだった。


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