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ここに王子様が?

 ふ、と。


 一人の男の姿が入りこんだ。


 それはさっきの犬っぽい感じの王子様だった。

 少し気になり起き上がってリズがそちらを見れば、自分が認識されたと思ったのか、王子犬っぽい男がすごく緊張した素振りで近づいてくる。

 なんとまあ、手と足が一緒に出ている。

 実に古式ゆかしき緊張した素振りで近づいてきた男は、リズの座っているベッドの手前で、リードで無理やりに引き止められた犬のようにビンッと急停止した。

 よく見れば実際に後ろにいる侍女さんに背中を掴まれてそこで止められている。

 王子! ストップ! って感じで。


「リリリリリー……ゔん、ギャルレリオ公爵令嬢、少し話をさせてもらえるだろうか?」


 ギャルの記憶だけの時にはわからなかったけれど、この王子様は見覚えがある。

 たぶん顔見知りの王子は、最初に上擦った声で虫のように鳴いた後に、一つ咳払いをしてから、ほどよく湿った低音が響く良い声で、リズにそう問いかける。

 もちろんリズとしても事情を知っていそうな人間の話は聞きたい。


「んー、いいよー。あーしはリズだよー。よろー」


 まだ聖女(今世)の記憶もギャル(前世)の記憶もうすぼんやりとしているリズはとりあえず自己紹介をしておく。なんとなく見知った顔だから多分知ってる人だと思うけど、もし知らん人だったらちょい恥ずいじゃん。という安全策でもある。


「あ、ああ……私は、この国の第一王子で、アルバートというんだが、あっと、その、なんだ……覚えてないか?」


 リズにはじめましての挨拶をされて、アルバートと名乗った男は明らかにしょんぼりとした。そのしょんぼり具合はやはり大型犬のようで、パタンと畳まれた耳と股に挟まった尻尾が見えるようだった。


 言われてみれば、聖女の記憶の中に、アルバートという名前がある。


 そこから紐づくようにスルスルっと記憶が蘇る。


「ん! 覚えてる! たしか、あーしの婚約者っしょ? ごめ、まだ記憶が安定してなくってさ!」


「お、おお! そう、そうだ! 覚えてくれていたか……そうか……よかったぁ!」


 アルバートと名乗った男はリズの言葉に一喜一憂しコロコロと表情を変える。さっきまでたたまれていた耳と尻尾が一瞬でピンと立ち直る。


「で、では、聖女としての記憶はあるか?」


「うん! もちあるよー!」


 そこだけははっきりしていた。

 多分、リズ・ギャルレリオが聖女降臨の儀の最中に一番思っていた事だからだろう。


 リズは聖女に至りその力を用いて歪みと呼ばれる事象から世界を救うのだ。


「そう……か……」


 アルバートはリズの肯定に小さく呟いて頷いた。

 その様子は嬉しそうでいて、なぜか悔やんでいるような、そんな複雑な表情。しかしすぐにそれを強い決意で引き締めて普通の表情へと戻った。


 そんなおかしな様子のアルバートを気にする事なく。

 リズは、ヨッと飛び上がるようにしてベッドの上に立った。修行中の聖女が着る簡素なワンピースのスカートが揺れる。着地の時に柔らかいベッドに足を取られ、少しよろついたのを安定させるように、足を肩幅より広く開いて、そのままいわゆる仁王立ちになり。


 リズは高らかに宣言する。


「あーしは今から聖女(ギャル)道とギャル(聖女)道を極めて世界を救っていくので!」


 そこで一旦言葉を切り、ニッカリと人好きのする笑顔を顔いっぱいに溢れさせてから。


「よろしくね! ピース!」


 と、締め括った。


 それは絶対的聖女(ギャル)宣言。

 おのれの決意を一気に言い切ったリズは、満足げに鼻からむふーと息を吐き出した。


 そこに立っているのは確かに聖女(ギャル)だった。


 まっすぐ伸びた金色の長い髪、透けるほどに白い肌、キリッとした意志のある眉毛、色素は薄いが長いまつ毛、ぱっちりとした大きな目に、玉虫色の瞳、桜色の唇はぷっくりと愛らしく楽しそうに三日月を描いている。


 容姿だけであればまさに絶世の美女。

 ともすれば冷たい印象になりそうなほどの美だけれど不思議とそうはならない。


 それは聖女特有の慈愛からだろうか。

 それともギャル特有のカラッとして人懐っこい雰囲気からだろうか。


 きっと両方からだろう。

 聖女とギャルの魂は融合しているのだから。


 聖女は立つ。

 美術品のような顔をくしゃりと崩し、人好きのする笑顔を浮かべて。

 聖女は立つのだ。

 しっかりと前を見据え、手にはピースサインをしっかりと作って。


 アルバートはそんなリズを少しだけ悲しそうな顔で見つめた後、何かを決意したように、拳を強く握りしめているが、リズがそれに気づく事はない。


 ともかく喜ぼう。


 ここに!


 パラパラで世界を救う聖女(ギャル)が誕生したのだから!


お読みいただきありがとうございます。

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