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ぬるま湯のような幸せな日常

 幸せな食事を終えると、二人はそこから学院に登院する。


 初日は緊急事態だったからお姫様抱っこで登院した。そしてそれに味をしめたアルバートはいつだって遅刻気味に仕向けようとする。


「アルバ? また遅れようとしてゆっくり食べてない?」


「む、そんな事はない」


 リズが諌めると、バレたとばかりに、アルバートの食事のスピードを早まり、なんとか毎日馬車で登院する事ができている。たまにはお姫様抱っこでも良いかな? なんてリズも思わなくもないが、それを許した時のアルバート犬の暴走が恐ろしいので自重している。


 そんな静かな攻防を繰り返しながら、辿り着く学院の授業中はリズが一人になれる数少ないタイミングだった。


 初日に言ったように授業中の教室にアルバートが同席するのを許さなかった。友達を作るために禁止した同席だったが、初日の遅刻騒動やら休み時間の度に出現する王太子やらのせいで、リズは完全に友達を作るタイミングを失っていた。だから同席を禁止する意味などないのだけれど、授業中はやはり一人がいいと思ってた。


「だってさ、魔法ってちょーヤバくない?」


 リズの言葉にすれば、授業を一人で受ける理由はコレだ。

 ギャル時代には存在しなかった。聖女時代も余計な魔法が聖女降臨の儀式を邪魔するという理由で習う事はなかった。だからその授業の全てが新鮮だった。もちろん授業は魔法だけじゃなく、王国史や政治経済など多岐にわたるが優秀ギャルだったリズにとっては容易い授業だった。


 初めにつまづいた部分がグラッド師の教えによって解決した途端にリズの魔法は急成長を遂げた。あの次の日には水を生み出せるようになっていて、それをグラッド師に見せると、普段は無表情なグラッドの片眉がぴくりと動いた。


 そこからさらに研鑽を重ね、今や水で造形物を作り出せるレベルにまで至っていて、いつかの休み時間にアルバートにそれを見せると大袈裟に喜んだ。


 そう! ここ大事!

 相変わらず休み時間にはアルバートが必ずやってくる! 何度か休み時間も来ないようにお願いしてみたが、アルバートはガンとして受け入れなかった。リズにとってもなんだかんだ一番気安く話せる相手がアルバートなのも事実で、そこまで強く来るなと言えないのだった。


 どうにもトゥラーちゃんとの約束はまだ果たせそうにない。


 ◇


 そんな休み時間には練習した魔法の成果をアルバートに披露する。


「ね、アルバ、見てみてー、水でハイビスカスつくれたー。これでレイつくれないかなー?」


 それはギャル時代に馴染みのあるモチーフ。

 ギャル時代の服やバッグによくこの花が描かれていた。懐かしくてつくってみた。見慣れているだけあってその造形はしっかりとしていて、色彩もしっかりと赤い色を再現していた。


「な! は? リズ、すごいよ。え? これ? 水? 形状変化と、色彩変化、か? これリズが作ったの? ほんとに? もしかして私の婚約者、天才?」


 リズから手渡された水でできた花を手のひらに置いて、上から横からためつすがめつ、花が枯れるんじゃないかと思うほど見つめながら、その花に向かってブツブツとアルバートは呟きだした。


「ん? なに? アルバひとりごとの声ちっさいって。よく聞こえない。え? 天才って? なにこれすごいの? えーマジー? あーしって天才なのー!? イエー!」


 褒められて嬉しくなったリズは敢えて調子に乗った態度でその照れを誤魔化そうとする。

 しかしアルバートはリズの作った水魔法に夢中でそんなリズを見ていない。リズは放っておかれてただただ調子乗ってるやつになってしまい急に恥ずかしくなった。


「ってアルバー! ちゃんとつっこめよー! じょーだんだろー? もーちょー大袈裟なんよー」


 その照れをアルバートにぶつけて背中をバンバンと叩くが、なおもブツブツと呟いているアルバートは反応がない。

 それほどにこの魔法の練度は驚くべきもので、水に限らず魔法の形状変化とは精々攻撃に適した形に変えるとかその程度で、花びらやおしべめしべのような細かい造形を作る事は誰も成功していない。


「いや、リズ! これ…… リンゴーンリンゴーン(凄いんだよ! 王立魔法研究所の人間でも作れるか怪しいんだよ!)」


 言いかけた言葉は鐘の音に消された。


「あ、予鈴だ。ほらアルバ、授業始まるから、帰れー帰れー」


 アルバートの太い腕を両手で掴んで引っ張る。まあそれ位では微動だにしないのだけれど、それでも帰れアピールにはなっているし、普段のアルバートだったら素直に帰っているが、この日は違った。その手の中にある水でできた花が衝撃的だった。


「え、待って、待って! これ!」


 手の中のハイビスカスをリズの目の前に差し出し、その凄さをアピールしようとするが、それは悪手であった。


「もー! アルバ! 鐘が鳴ったら帰る約束! 忘れた!? 花が欲しければあげるから! 早く帰る!」


 リズは怒っている。アルバートが何にびっくりしているのか知らないけれど、リズにとっては授業の方が大事だった。

 この学院の授業は面白い。アルバートが隣にいるのも好きだけれど、やはり好きな授業は集中して受けたい。


「あ、はい。帰ります」


 その怒りを察したアルバートは手の中の花を恭しく掲げたまま、そこで素直に立ち上がった。これ以上リズに逆らえば怒られるのがわかっている。今までも何度か怒られているからわかる。リズは授業の邪魔をされると怒る。こればかりは仕方がないと、すごすごアルバートはリズの教室を後にした。

 そんな後ろ姿を見送り、また授業を受けて、次の休み時間にアルバートが来て、それを繰り返し、授業が全て終わればアルバートと一緒に王城へ帰る。


 ◇


 王城に帰ってからはある程度リズは自由になる。


 自由とは言っても、セキュリティの問題があるらしく、街に出たりは許されていないが、城の中を自由に歩き回る許可はもらっている。王城に戻ってからのアルバートには王太子としての公務があり、その間リズのそばにはいない。代わりにジェイダが常にそばにいて、行って良い場所と行ってはいけない場所を教えてくれる。

 初めは好奇心で色々と動き回ったリズだが、最近は概ね図書館に入り浸っている。

 図書館ではこの国の歴史や文化を学んでいる事が多い。ギャルとしても聖女としてもこの世界をあまりに知らないからだった。それに加えて王家の図書室だけあって魔法の指南書も豊富で、この世界で好きなった魔法をギャルらしい解釈とアレンジで試したりもしている。そうやって出来上がったのがハイビスカスの水魔法だったりする。


 こうやって勤勉な怠惰を貪っているといつの間にか時間は過ぎていて、そのうちに公務を終えたアルバートがどこからともなくリズのいる所へやってくる。リズのいる場所はその時によってマチマチなのだけれど、だいたい決まった時間にやってくる。匂いでも追っているのではないかと、リズは自分の脇の匂いをこっそりと嗅いでみるが、ギャル時代と違ってなんの匂いもしなかった。


 ◇


 夜はそんな感じでどこからともなく現れるアルバートと一緒に夕食をとる。


 夕食も朝食と同様にアルバートが給餌してくれる。一緒にギャルと聖女の人生合わせても初めてもお酒というものを軽く嗜んだりもする。どうやらリズはアルコールに強い性質らしくある程度飲んでもほろ酔いでおさまる。

 アルバートは普通にしていれば王太子らしく会話も洒脱でリズを喜ばせる。その時間はとても楽しいもので、幸せだった一日を食事と一緒に噛み締めて飲みこむようだった。


「んー! マジ幸せー!」


 ほろ酔いのリズが全てに満足して言えば。


「リズ、今が幸せかい?」


 アルバートが柔らかくて優しい顔で問いかけてくる。


「もちだよー! あんがとねーアルバー!」


 酔いに任せて、隣に座るアルバートの金色のふわふわ髪を軽く撫でる。


 褒められたアルバートはもっと撫でられようと頭を下げる。

 その顔も柔らかく優しい。


「誰がどう言おうと私がリズを守るからね」


 うつむいたアルバートがこぼした小さな言葉はリズには届かない。

 届かなくても良いと思っている。

 これは自分だけでリズを守るというアルバートの決意だから。


 そうやって一時間ほど二人の食事を楽しんだ後は、それぞれの寝室に別れた後、そのままの上機嫌で風呂に入って、ぽかぽかになった暖かい体を、最高に寝心地のいいベッドに横たえる。


 いつの間にか一日が終わっていて。


 気づけば次の一日が始まっている。


 平和で平穏で波もなく、ただただなだらかで幸せなだけの日々だった。


 それら全てはアルバートが意図して与えた生活だと知らずに。


 リズは一ヶ月。


 その生活を享受したのだった。


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