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与えられた幸せなだけの日常

 こんな感じで。

 リズは学院ぼっちデビューから、なんやかんやと聖女生活を謳歌していた。


 コツを得てから、より好きになった魔法の学習をメインとして、王太子妃教育などなど学ぶ事は多い。

 これらはギャル時代に嫌いだった学校の勉強に相当するのだろうけれど、聖女になってからは不思議とイヤではなかった。魔法に関してはグラッドの教えで自分が成長していくのは楽しかったし。王太子妃教育に関しては基礎的な知識は公爵令嬢としての知識や聖女教育の中で知っているが、王太子妃教育となるとその裏や知らなかった事実なども明らかにされるため、歴史の裏側を知るようでこれもまた面白かった。


 そんな感じで目まぐるしい生活は、一ヶ月という時間をあっという間に消費して。

 季節は春から初夏へと移り変わっていた。


 もちろん!

 その間、アルバートはリズをどこまでも甘やかす事を忘れなかった。


 そんな日々に軽く触れてみようと思う。


 リズは朝に起きる。

 まあ当たり前の事なんだけど。その当たり前が難しい人間だっている。


 しかしリズは違う。


 聖女となってからはもちろんだが、ギャル時代も割と規則正しい生活を送っていた。

 そんなリズが、朝決まった時間に目覚めると、侍女のジェイダはそのちょうどいいタイミングで入室してきて、寝ぼけ眼のリズの身支度をしてくれる。ギャルも聖女も基本的には身支度は自分でする。だから断ろうかと思ったのだけれど。一度その身支度を受けてしまうと断れなくなってしまった。


 なんとも心地が良いのだ。


 ギャル時代に一度スタイリストさんについてもらった事があるが、その比じゃなかった。髪のブラッシングひとつとっても特別で、髪が引っ張られて頭皮が痛む事はなく、むしろ引かれる刺激で頭皮マッサージを受けているのではないかと思う位に気持ちがいい。

 ジェイダの身支度は万事においてそのレベルで、今では断ろうと思っていた意思など溶けて蒸発し、リズ自身が蕩けてされるがままになっている。


 そしてアルバートはその様子を扉のそばに立ってとても幸せそうに眺めている。

 幻の耳はピンと立ち、尻尾をふぁっさふぁっさと揺らしているが、大人しく背筋を伸ばして待っている。

 これも日常の風景になっていた。


 いい子だアルバート。

 てかなんで、乙女の朝の支度中にいるんだよアルバート。


 そう思うのはごもっとも。


 この一月の最初の数日は、初日と同じように扉の前で待っていたアルバートだったが、どうやら待ちきれなくなったらしく。ある日から侍女のジェイダの許可を得たタイミングでリズの室内で支度を待つようになった。ジェイダが良いと言うのだから良いのだろうとリズも気にしなかった。


 しかし。

 そこから数日してそれにも慣れたのか、ジェイダの許可を待たずに部屋に侵入してきた事があった。


 ガチャ。


 それがちょうどよく着替えの最中だったものだから、当然アルバートの視界にはリズの諸肌が飛び込んでくる。運が良いのか悪いのか、リズは扉に背を向けていたので見えたのは剥き出しの背中から腰くらいまでだった。


 それでもそれを見たアルバートは大慌て。瞬時に目を閉じて平謝り。


「すまない! 責任はとる! 責任は絶対にとるから!」


 そんな訳のわからない謝罪をしているアルバートに、怒り心頭のジェイダ。


「乙女の着替え中に許可なく入室するなど! 王太子としてあるまじき行為! ぼっちゃま! そこになおりなさい!」


 どうやらジェイダはアルバートの教育係でもあったらしい。

 だからアルバートの行動をある程度制限できるわけだ。そんな母親のような姉のようなジェイダに叱られて、すっかりと耳と尻尾が萎れているアルバートの姿を見て、リズは思わず笑ってしまった。


 その溌剌とした笑い声に。


 叱り叱られ中の二人の視線がリズへ引き寄せられる。


「ふはっ、ごめ、笑っちった。怒ってくれてありがと、ジェイダ。でも別にそんなに怒んなくてもいいよー。胸見られたワケじゃないしさー。背中くらい水着着たらなんぼでも見えるっしょー? それにアルバー、責任とるって、言うてあーしらは婚約者なんだから、責任はどーせ取るんだよー。もーマジちょーウケるー」


 そう言って大笑いするリズを、アルバートとジェイダはポカンと眺めていた。

 この場はこんな具合にさらっと流れたが、後々アルバートはジェイダの教育指導をしっかり受けたらしく、それからは、しっかりと許可を待つようになった。


 そして、今のスタイルに落ち着いた、いうわけだ。


 ◇


 着替えが終わると、そこから食堂に移動してアルバとご飯を食べる。

 ここも初日を変わらず、朝の光差し込む廊下を、一緒に食堂まで歩いて行く。

 まっすぐに前を向いて、さながら緑萌える散歩道のような廊下を。


 ゆっくりと進んでいく。


 その時のアルバートの横顔はとても美しい。


 ギャル時代の周りの影響で自分の好みの男性はギャル男系のワイルドタイプだと自称しているリズでも思わず見惚れるほどに美しい。

 そんなアルバートの腕に軽く手をかけ、数歩後ろを歩いていく時間は、まるで本当にお姫様になったかのようにリズの気分を高揚させた。リズだってギャルになる前はお姫様に憧れる少女だったのだ。


 ほ、とため息がもれる。


「リズ、どうかした?」


 思わず横顔に見惚れてしまったリズにアルバートが反応する。


「んーん、何でもないよー! 今日の朝ごはんなにかなー?」


 アルバートに見惚れていた事実を朝ごはんの話題で隠蔽したリズはふふ、と笑った。


 そうやってなんて事のない会話をしながら進めばいつの間に食堂に入室している。リズはいつもの席に座るように促され、当然のようにアルバートはリズの隣の席に座る。ここが固定席のような感じになっていて、いつものように席に座って、いつものようにアルバートが切り分けてくれた朝食がリズの口の中に捧げられる。


「ちょ、アルバ! あーしは赤ちゃんじゃないから自分で食べられるんだってば!」


 最初の内はそう言って、何度もリズは断ったのだが、その度にアルバートが寂しそうな顔をするので仕方なく許可しているうちに、それが日常となってしまい、最近はもう完全に諦めている。


「はい、リズ、あーん」


 キラキラした瞳と、満面の笑みで、給餌をしてくれるアルバート。

 それをパクリと頬張るリズ。


「はむ、んー! マジんまー!」


 あまりのうまさに、頬を抑え、伸び上がり、机を叩き、音を鳴らす。

 美味しさを全身で表現するその様は公式の場であればはしたないと諌められる行為だが、アルバートはその姿をとても気に入っていた。

 ほんとはよくないよ。でもそれも仕方ない。

 王城の料理はとても美味しいのだから。アルバートが差し出すままに食べていると、体型維持が困難になると二日目あたりで早くも気づいたリズは、腹六分目位でストップをかけるように心がけている。


 リズのストップがかかると、今度はアルバートが自分で食べはじめる。

 背筋をピンと伸ばし右手左手が最小限の動作で食事をとるその姿もまた美しく。


 頬杖をつきながらそれを見ている時間もまた幸せだった。


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