ともだちひとりできるかな?
初登院から一週間ほど経ったある日。
「うーん……むっずいなー」
貴族学院の放課後。
リズは教室の席に座ったまま、机に突っ伏して、一人でむんむんと唸っていた。
リズが放課後に一人でいるのはとても珍しい。というか放課後だけではなく、休み時間も授業が終わったタイミングで、アルバートはいつの間にかリズの側に現れてそのまま離れない。貴族学院に入学してからの数日間だが、今日までずっと授業終わりのタイミングになるとアルバートはリズの隣に座っている。
そのあまりの素早さに、自分の授業はどうした? とリズが問えば、この日のために全てのカリキュラムを終えてあるという。その自慢げな様子、耳と尻尾がピンと立っているのが目に見えた。
もしや自分の授業中に外にずっと立っているのではないかという一抹の不安からは、流石のリズも目を逸らした。
そんなアルバートが今日は来ない。
どうやら王太子として、守護騎士としてどうしても外せない用事があるらしい。
「すまない! 本当にすまない! リズから離れるなんて、守護騎士失格だと思うけれど! リズを守るために必要なんだ! 今日だけは許してほしい!」
こんな感じで朝食時に平身低頭の勢いで謝罪された。
「オッケー! アルバも王太子だからお仕事あんでしょー? あーしもある程度慣れたから一人でも問題ナッシーン!」
リズが全く気にしない感じで返事をする。実際気にしてなかった。王城に帰って来れば基本的に自由時間で一人になる事もあるし、そもそもそこまで一人が苦になるタイプではない。
しかしアルバートは違った。あっさりしたリズの返答に、明らかにしょんぼりとして、幻の耳と尻尾はショボーンと垂れ下がっている。
リズはアルバートのそんな姿を見て、面倒くさいと愛らしいが良い感じに混ざった感情をおぼえる。
仕方ないので。
「もーアルバー、元気だしなー。また明日があるじゃん? ねー」
そう言って頭を撫でてあげると、秋田犬系王太子はたちまち元気になって仕事へ向かっていった。
こんな経緯で一人っきりで過ごす初めての学院生活となる。
これは! 友達を作るチャンスだ!
と、リズは意気込んだ。
が。
しかし結果は伴わなかった。
コミュニケーションをとるべく、リズが近づけば、学友は離れ、リズが口を開けば、学友は視線を逸らした。
子供の頃の学習雑誌についてきた磁石のおまけのようだった。
あー、うん。
無理だねー。
二度三度試してみて、今日の所は諦める事にした。
この状態でグイグイ行ってもやべえやつ扱いが加速するだけだ。
まーそらそうよねー。普段彼氏だけとしかいない奴が、男がいなくなった途端に女子のコミュニティに入ろうとしてきたら、そらもードン引きされるわなー。しゃーなし。
というわけで。
リズは一人の時間を魔法の練習に充てることにして、冒頭のセリフに繋がるわけであった。
リズは魔法にとても興味がある。
小さい頃には魔法少女に憧れ、親に無理を言ってピカピカと光る杖を買ってもらった事もある。流石に変身セットは買ってもらえなかったけどやっぱりほしかった。大きくなってからそれはあくまでフィクションだと理解して、そういうモノから卒業はしたけれど。この世界にはそれが実際存在している。
なら使ってみたいっしょー。
基礎的な部分は理解できる。魔力が体の中にあって。それを使って世界に干渉するのが魔法だ。
リズの中に魔力があるのは自分でわかる。
でもその魔力を魔法に変換して世界に何かを作り出す段階で失敗する。
何もない所から、何かを作り出す。
それがイマイチピンとこない。
なのでこのぽっかりとあいた放課後の時間を使って練習をしているのだが、やはりどうにもうまくいかない。
「マジわかんねー」
そんな風に悩むリズの横に、ふいに人の気配があらわれた。
もうすでに授業時間は終わっていて、生徒たちはみな下校している。
なんだ? と、不思議に思ってそちらを見ると。
派手な見た目の女生徒が一人。
険しい顔で立っている。
リズにはその女生徒に見覚えがあった。
一生懸命思い出す。
確かクラスメイトで、金色の髪を縦ロールにしていつも取り巻きを連れている……えーっと……なんと言ったかギャル時代にお母さんが読んでいた漫画に出てきたなんとか婦人とかいうキャラに似てんだけどなー……んー……名前はなんだったかなー。
聖女の記憶を探ってみるがなかなか出てこない。
ちょっと思い出せなくてどうしようかとその女生徒の顔を眺めていると、いつまでも反応のないリズに苛立ったのか、女生徒の方から声をかけてきた。
「ワタクシ! ジャッシー公爵家の長女、トゥラーと申しますわ! ごきげんよう! リズさん! 少しお時間よろしくて!?」
言葉の内容の丁寧さとは裏腹に口調はものすごく強かった。
いつまで経っても反応のないリズに苛立っているのかもしれない。
しかしリズ的にはトゥラー嬢から名乗ってくれて助かった。
「あ! そうだ! トゥラーちゃん! 五歳の頃に、子息子女のお披露目会で会ったね! ふふ、ごきげんあそばせ? なんのご用かしらー?」
ごきげんようへの返答が適当すぎる気がするが、リズは相手の名前を聞いて彼女との記憶を思い出した。というかクラスメイトから話しかけられちゃってるからちょっと浮かれてる。
ごようじなあに? と聞き返してみると。
トゥラー・ジャッシー公爵令嬢は鼻から大きく息を吸い込んでから、それをすべて吐き出すように話し始めた。
「ワタクシ、思うんです。いくら聖女になったからとは言え、王と王母になるであろうお二方が、この学院の誰ともコミュニケーションを取らず、二人の世界にこもっておられるのは、著しく国益を損なうと同時に、国に尽くす貴族を育てるというこの学院の目的を馬鹿にしていると!」
「あー」
と言ったきりリズには黙るしかない。
返す言葉はなかった。ど正論だと思った。いま彼女が言っている事はごく当たり前の話で、この国の王太子とその婚約者たる公爵令嬢その二人のあるべき姿を心配して意見している。この国の貴族籍にいる聖女としても、ギャルとしても理解できる。
簡単に言ってしまえばギャルにギャルらしくしろと言われているのだ。
マジわかる。
「何もおっしゃいませんけど、そのお顔、理解してらっしゃると思ってよろしいかしら?」
そんなマジわかる顔のリズの表情を見て、自分の言っている事と、リズが置かれている状況を理解していると判断したトゥラー嬢の言葉。
「うん、マジわかってるー。でもさーアルバがねー聞かないんよー。授業中だけは来ないように何とか説得したんだけどさー。マジごめんねー。あーしーって完全にやべえヤツ扱いになってるよねー」
リズはうへえと困り顔を満面に答えた。
「そうですのね。でしたらリズさんの方での改善、期待しておりますわ」
やべえヤツ扱いに関しては否定も肯定もせず、リズの返答にトゥラー嬢は満足したようにうなずいた。
「そうなんよねー……改善かー……あーしとしても何とかしなきゃなって思ってんだけどさー……あっ! そうだ! じゃあトゥラーちゃんがあーしの友達になってくれれば……」
「お断りします」
食い気味の即答。
金色の縦ロールを右手でふぁさりと払うトゥラー嬢に、リズの提案はバッサリと切り捨てられた。
「えー」
「リズさんの方でしっかりと改善していただければお友達の件は考えさせていただきますわ」
友情の誘いをにべもなく断ったトゥラー嬢は用は済んだとばかりに踵を返して教室から出ていこうとしている。
その背中にリズは必至で声をかける。
なんせ友達を作る千載一遇のチャンスだ。
「じゃ、さ、せめて魔法でわかんない事があるんだけど、教えてくんない?」
「魔法の事はグラッド先生にお聞きなさい。ワタクシも学生ですの、聖女様に正しい魔法を教えられる自信はありませんわ」
これもあっさりと断られてしまった。
しゃーない。
「あー、だよねー。わかったーあんがとー。じゃあねー気をつけて帰ってーマジでありがとー」
これ以上はしつこいだろうと判断してリズはすっと引いた。
リズの別れの言葉を背中に受けたトゥラー嬢は振り返る事なく、失礼しますわと一言だけ置いて教室から去っていった。友達は出来なかったが、改善要素はわかったし、初めての女子との関わりは実りあるものとなった。
リズは小さな手応えを感じてほほ笑んだ。
「うん! 色々とトゥラーちゃんの言う通り! アルバに関しては今はどーしょーもないからまずは魔法かなー? よっし! わかんない時はせんせーに聞いてみよっと!」
リズは席から立ち上がり、クラスメイトのアドバイスに従って、魔法の教師であるグラッドの研究室へと駆け出したのだった。
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