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授業邪魔してマジでゴメン

(おじゃましまーす)


 教室の後ろの扉を音をたてないように開き、小さく屈んだリズは扉の隙間から教室へと入り、そのままゆっくりと席へと向かう。教室の中にあるのは、教師の凛とした講義の声、生徒がペンを走らせる音、それぞれの息遣い。少しでも音を立てれば存在を気取られて隠密ミッション失敗となる。


 この教室の様子からもわかるように、今は二限の講義のまっ最中である。


 イチャイチャしてたら一限はおろか、二限の開始にも間に合わなかったリズは、仕方がないのでこうやってこっそりと教室の中に入っているのであった。


 こうやってこそこそと教室に入室する手法は、ギャル時代からのリズの得意技で。よくギャル仲間の用事、主に寝坊なのだけれど、それに付き合って遅刻した時などに、途中から授業に参加するのによくこれを使った。

 ギャルのくせに気配を消すのはうまかったのか、これで教科担任はおろかクラスメートにすら気づかれず忍び込み、最初から教室にいた風を装って、遅刻をなかった事にした事が何度もある。


 昔取った杵柄だし、ギャル時代の高校の教室と、貴族学院の教室では随分と趣が違う所はあるけど、まあ教室に忍び込むって事に関してはそう違いはないだろうと、体当たり的にやってみれば。

 なんとまあ実際ここまでは余裕である。

 貴族学院の教室は高校の教室というよりは大学の講義室のような形態で決まった席などはないようなので、後ろの方の空いた席に座ってしまえば問題は解決なので、決まった自席のある高校の教室にこっそりと入り込むよりもなお簡単であるから、ここまでバレないのも当然と言えば当然だろう。


 へへへ、よゆーっしょ。


 と、リズは心の中で勝ち誇る。

 まーねー楽勝だよねー。これなら、一緒の教室に入ると言って聞かなかったアルバを説得する方がよっぽど難しかったんだけどー。マジでー。

 などとアホな事を考える余裕まであった。実際、教室の前でぐずるアルバートを説得するのはとても大変だった。どうやら彼はリズと同じ授業を受けるつもりだったらしい。


 リズはそれを丁重に断った。

 みんなに迷惑だから、と。


 アルバートもそれを丁重に断った。

 私は守護騎士だから離れるのは無理だ、と。


 おっと、これでは平行線である。


 リズはふうと息を吐き出してアルバートに丁寧に説明する。


 いやいや、いくら守護騎士って言っても、アルバは二個上で、しかもさ、王太子だよ? それが一年生のクラスにいきなり現れたらマジで授業どころの話じゃなくなるし、それを同伴して教室に現れたあーしはクラスの中で完全に孤立するんだけど? そうなったら多分友達一人できないんだよ、わかる?


 との問いかけに。

 アルバートはむふんと鼻息荒くし、そんな奴ら斬るよ? と聞き返し、今度はリズにガチ目に怒られた。冗談でも守るべき国の民にそんな事を言うものではない。勿論、それはアルバートにもわかっているが、彼の中では優先度がリズになってしまっているのだから仕方ない。


 そんな感じで、コッテリとしぼられたせいか、ぺたんと折れた耳と丸まって脚の間におさまった尻尾が見える程にしょんぼりとしながら、それでもなおしぶしぶと云った程で、自分の教室へと去っていってからの。


 今である。


 結果として、その説得の時間のおかげで二限目も始まってしまったので、この潜入作戦はアルバートのせいと言っても過言ではない。


 あーもーホントなら二限のはじめには間に合ったのになー。もーアルバはー。いい奴なんだけど過保護なんだよなー。


 などと頭の中で嬉しそうに愚痴りながらも、しれっと教室の端の目立たない席にするっと着席したリズ。


 よし完璧! ミッションコンプリートー!


 と、正面を見れば。

 さっきまで淡々と授業を行っていたはずの教師が、無言でリズを見つめている。

 つまり正面を向いたリズとは、ばっちりと視線が合っている状況。


 うん。

 ままま、ギリギリセーフかなー? あーしはずっとこの席にいたしー? 講義もずっと聞いていたよー?

 という風にいかにもしぜーんな感じで、視線を手元に落とす。


 それに合わせるように、教師も一緒に視線を自らの手元に落とし、そこにあるファイルをチラリと確認してから授業と変わらぬ凛とした声で言う。


「リズ・ギャルレリオ公爵令嬢。遅刻ですね」


 シャッと。

 出席簿へ疾るペンの音が室内に響いた。


 うん。

 アウトだったー。バレたー。なんでだー? あーしの隠密は完璧だったのにー。

 にっこりと美しい笑顔を浮かべながら、リズの頭の中にはそんなバカな思考が溢れている。表情には一切それが表れないのは聖女教育の賜物だろうか。


 そんなリズに。


 教室中の視線が集まる。

 男女種族貴賎入り混じった人間からの色々な視線がそこには合った。

 興味。好意。敵意。迷惑。無関心。装う関心。打算。忌避。

 ポジティブもネガティブもごっちゃ混ぜだったし、個々人の中でも感情が色々と移り変わっているのがわかる。


 そのどれもがこの場の人間から贈られる、聖女への一次評価なのだろう。

 だからリズはその全てを甘んじて笑顔で受けとめる。


 受け止めた上で。


「ども、さーせん。遅刻したっす」


 リズは己のギャル道に基づき、軽ーい感じで、ぺこっと頭を下げる。


 評価を受け止める。とは言ったが、それを全部背負い込むとは言っていない。リズはこんな視線や感情には慣れている。ギャル時代から色々な視線や評価を受けてきた。嘲笑や侮蔑すらも、陰日向関係なくどこからも受けてきた。

 それがリズにとっては日常だ。


 こんなの問題ありませんけど?

 とばかりに。真っ直ぐな笑顔で、向けられる全ての感情をうっちゃるように、教師にだけ向けて謝罪する。

 それを確認した教師は一つ頷いて、パンっと手を打った。


 その音で全員の視線が教師へと戻る。他人を値踏みするような下世話な雰囲気から一転、一気にさっきまでの静謐とも言える授業の雰囲気にたちかえった。それは大きな音でもなく、強いわけでもなく、耳に刺さるわけでもないのに。

 全員の意識を一瞬で元に戻したのだ。


「おお、すっご」


 魔法だ!

 素直に驚いたリズに、教師は表情を変えず、真っ直ぐにリズを見て、口を開いた。


「初めまして、ギャルレリオ公爵令嬢。私はこのクラスの魔法学を担当しています、グラッドと申します。平民出の一代男爵ですが、この学院では建前上身分の差は存在しませんので、誰に対しても講師として接しさせていただいています。それは聖女であり、公爵令嬢である貴女にも変わりません。遅刻は遅刻として扱いますし、不正は不正とします。誰であれ特別扱いは致しません。それでよろしければこのまま講義を受けていってください。気に入らなければ出ていっていただいて構いません」


 どうしますか?

 と、表情と身振りで問いかけてくる。


 リズはさっきまでの笑顔から、普段なりの反省した顔へと表情を変える。

 自分の非を認める事ができる女なのだ。


「いや、こそっと入ってきたのはマジでさーせん。ついギャル時代の癖で! もうしないっす! あと、ちゃんとせんせーのいう通りにするんで、あーしも授業受けていっすか? 魔法ってすごいっすね。さっきのパンって手を鳴らしたやつも魔法っしょ? マジヤバくない?」


 ギャル時代の教師にも生徒の意識を向けるために手を鳴らす人がいたが、あんなにも見事なのは見た事ないし、リズの中にある聖女の力がそこに魔法の力を検知していた。


「ええ、勿論構いません。受講してください。不正はいけませんが、それを反省した貴女には私の講義を受ける権利があります。では講義を再開します。魔法の元素が……」


 リズの魔法云々の問いかけに関しては一切触れる事をせず。

 何事もなかったように教師は講義を再開した。


 その様子を見てリズは小さく笑った。


 無視されたというのになんだか嬉しくなった。

 理由は色々あるんだろうけど、大きいのはグラッドという講師のリズを見る視線だ。

 そこには偏りがなかった。

 好意も敵意もない。プラスもマイナスもない。とてもフラットだった。


 そこに有ったのは、ただ授業を遅刻してそれを誤魔化そうとした生徒への叱責だけだった。


 それをリズは心地いいと感じた。

 ギャルであれ、聖女であれ、さっき生徒たちから向けられた視線のように偏った視線を向けられる。枠からはみ出した人間を、枠の中の人間は、無駄に好いたり、無駄に嫌ったり、好いていたのが反転して嫌ったり、その逆もまた往々にしてある。


 でもこの教師の視線と感情にはそれがなかった。


 そこにあるがままにあって。

 自分の与えられる恩恵を平等に与えてくる。

 いやならここから去ってくれ、いいならここに居たらいい。

 そういうスタンスを感じる。


 大っきな樹みたいだわー。


 淡々と授業を進めるエルフの男性教師に、リズはそんな感想を抱いた。


お読みいただきありがとうございます。

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