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この肉マジうまいよ

「あ、あーん」


 照れくさそうに頬を染めて。

 アルバートはそう言った。


 リズは数回まぶたをぱちぱちと瞬かせてから、その行動と言葉の意味を理解した。

 アルバートは自分にこのお肉を食べさせたいのだろう。


 聖女の記憶ではそのような行動は認識していない。ギャル時代の記憶にはあるにはある。ギャルサーのメンバーが彼氏のギャル男を連れてきてその財力でポテトをつけた挙句に、そのポテトを指でつまみ彼氏の口に入れていたのを見た。リズにはまだそういう相手もいなかったし、そういう感情もなかったから周りの人間に混ざって揶揄っていた。


 それが今、目の前に起こっているのだ。


 ど、どうしよ。

 とりあえず、ごまかそ。


 とリズは判断した。


「え、あ? なに? あーしに食べろって事お!? 聖女の儀でぶっ倒れたけどさ、あーしはもう大丈夫だって! ご飯くらい自分で食べれるよー。ね、ほらみてー元気、元気だからー」


 両の腕でマッスルポーズで元気アピールをする。しかしそれを見たアルバートは無言で大きく頭を振った。

 違う、そうじゃない。と言っている。

 うへえ、そうですよねえ。とリズは表情は色々な感情がないまぜになってふにゃあと崩れた。


 アルバートの甘やかしからは逃げられない。

 追撃!


「私が食べて欲しいんだ。私は、あ、貴女を甘やかしたい! 冒険者の師匠に聞いたんだけれど、好きあった男女では食べさせ合いをするんだという」


 昨夜、ガイアに言われた言葉。

 優しくしてやればいい。

 アルバートはそれを実行に移した。

 朝からリズの部屋の前で待機して食堂までエスコートして食事を食べさせて学院まで一緒に行って授業もわからない所があれば教えて……あれこれもなんでもかんでもリズの全てを支えて守護しようと思っていた。

 だけれど。

 目論見は初手のエスコートから失敗した。

 自分が優しく甘やかすはずが、逆にリズに甘やかされてしまった。硬く無骨でおよそ王族らしくない自分の手を褒められたのだ。あまつさえそれを優しく撫でられた。それはとても嬉しかった。暖かい気持ちが手から染み入ってくるようだった。優しく甘やかされるという事がこんなに幸福なのかと心で理解した。

 その反面、自分がリズにそれを与えられなかった事が悔しかった。


 そんな覚悟を持ったアルバートの表情を見て、リズは観念した。

 そんなに言うならわかった! 好きあっているか、どうか、は別にしてあーしらは婚約者だもんね。理屈は通るしー。なんて言い訳を心の中でモニョモニョとこねながら決意を固めた。


 女は度胸! いっちょやったろうやないかー!


「そっかそっか! わかった! じゃあいただきー!」


 言葉とは裏腹に照れ照れで真っ赤に染まった顔で。

 パクリと食いついた。

 目の前に差し出されたロースビーフが桜色したリズの口内へ瞬時に消えた。


「「あ」」


 二人の口から同じ言葉が漏れた。


 アルバートからはリズの表情を見て漏れた感嘆。

 一瞬の出来事にアルバートの視線は全てを奪われた。

 魔獣の挙動を見透かし、騎士団長の剣戟を見切り、高位冒険者の暗器を見逃さない。

 その鷹の目で。

 リズが口を開き、顔を傾け、金色の髪を口に入れないように避けながら、あーんとした口をアルバートの差し出したフォークの元に近づけ、パクリと口を閉じ、歯ではなく唇でその肉をフォークから救出するフリをしてその口内におさめ、金色の髪を揺らしながらまた元の姿勢に戻るまでを。

 つぶさに見ていた。

 すべてを見逃さなかった。


「かわいい」


 感嘆に続く言葉はこれだった。


 対してリズに関して言えばシンプルに口内に飛び込んできた味に対する感嘆だった。

 聖女の記憶でもギャルの記憶でもこんなに美味い物を食べたのは初めてで思わず言葉が漏れてしまった。


「ん! まーい!」


 感嘆に続く言葉はこれだった。

 ローストビーフを口に含んだリズは少し肉が大きかったらしく片方の頬が大きく膨らみそれがもっきゅもっきゅと動かしている。

 アルバートはアルバートで、その横でリズを甘やかせた感動にフルフルと震えている。と思ったら即座に次の肉を今度は少しだけ小さく切り分けフォークに突き刺し、リズの咀嚼が終わったタイミングで差し出した。


 むく毛秋田犬モードのアルバートは期待した目で真っ直ぐリズを見ている。


 わんこそばならぬ、わんこビーフかな? なんて思いながらも。


 リズはそれをまたパクリと食べてもきゅもきゅと咀嚼する。


 サッ。

 パクッ。

 もきゅもきゅ。


 こんなリズムでしばらく繰り返され、リズのお腹がいっぱいになってギブアップするまでそれは続いた。


 こんなリズムでしばらくアルバートの甘やかしは繰り返され、リズのお腹がいっぱいになってギブアップするまでそれは続いた。朝からお腹いっぱい食べされられたリズは椅子に浅く腰掛けてもう動けんと言いながらケプケプと口から小さなゲップを吐き出し、アルバートはアルバートで目的を達し、その達成感と、リズの可愛らしい食事姿に恍惚となっていて、食堂には朝の時間が静かに流れていた。


 時間は流れれば進むもので。

 そうやっているうちに、気がつけば学院に登院する時間になっているわけだけれど。それに最初に気づいたのは意外にもリズだった。お行儀悪く椅子にふんぞり帰ってる時にふと思った。


 あれ? がっこは? そもそもアルバートとがっこに行くから王城に泊まってるんじゃなかったけ?


 そんな素朴な疑問。


 素直にアルバートに聞いてみる。


「ねね、アルバート、がっこは行かなくていいの? 今日からっしょ?」


 そのためにわざわざ王城に一泊させられているんだけど? とリズの瞳が訴える。


「あ、ああ」


 恍惚を通り越して陶酔まで行っていたアルバートはリズの言葉で我を取り戻し、胸ポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認して一つうなずいた。それを見たリズはまだ大丈夫なのだと安心してふうと胸を撫で下ろした。


「遅刻するな」


「ダメじゃーん!」


 リズはギャルだけれど不真面目ではない。ギャル時代に通っていた高校もやむを得ない場合以外は遅刻も早退もしなかった。もちろん周りの雰囲気に合わせてサボったりはあるが、基本的には授業もマジメに受けたし、成績も上位はキープしていた。


「少し急いでいいかい?」


 アルバートはリズの目を真っ直ぐに見つめる。


「ん? いいけど?」


 リズの許可を得たアルバートは秋田犬モードに変化し、ガバッと椅子から立ち上がってリズを上から見下ろす。そんなアルバートの行動に驚いたリズは座っている椅子ごと少し後ずさる。


「ど、どしたんアルバート?」


「イソグ」


 秋田犬モードを通り越して、喋る秋田犬程度の発声しかできなくなったアルバートは一言だけ発すると同時にリズの上に軽く覆い被さって、背中と膝裏に手を滑り込ませた。


 そしてそのまま両手でリズをふわりと抱え上げる。


 前世で言う所のお姫様抱っこの形だ。


 リズの体から重力が消える。


「んぎゃあ」


 当のリズはびっくりして聖女らしからぬ悲鳴をあげてしまった。普段ならばリズが驚けばアルバートも冷静になるのだろうけれど。

 愛しいリズを胸に抱えた喜びの感情が暴走した秋田犬は止まらない。


 リズを横抱きに抱えたまま食堂の扉を開け、そのまま王城の廊下を駆ける。


 駆ける駆ける。


「いや、これ早くねえええ!?」


 リズが驚いて叫ぶのも無理はない。その速度はギャル時代に乗ったバイクの後部座席よりも早い。ビュンビュンと窓が後ろに流れていく。走るアルバートが切り裂く空気で風が起こり王城のカーテンが揺れる。すれ違う侍女も驚いて悲鳴をあげて避ける。


 アルバートはそのまま王城の出口から外へ駆け出して市街を走る。

 その頃にはリズも落ち着いてきたというか、諦めたというか、おとなしくアルバートの腕の中におさまっていた。始めはびっくりしたけれど、腕の中は意外にも居心地がよかった。抱えられたまま走っているというのにリズはほぼ揺れない。バイクの後部座席は揺れるし落ちそうになるし風は痛いしで怖かったが、アルバートの腕の中は全く違う。まるで高級車に乗っている感覚だった。乗った事はないけれど。


 暴走している風でもアルバートは自分を心底気遣ってくれているのがわかってリズの心はとても温かくなった。後ろに流れていく見慣れない市街の街並みを見ながらリズはアルバートに問いかける。


「ねえ、アルバート。このまま学院に行くの?」


「あ、ああ。この方が早いから」


 どうやらアルバートも少しだけ冷静さを取り戻して会話が可能になったようでリズの問いかけに正面を見たまま答えた。


「ふーん、じゃあ大人しくしてる」


「……すまない」


 何がすまないなのかはアルバートにしかわからないので、リズはとりあえず大人しくしてようと思い、アルバートの胸に頭を寄せると、ちょうど胸に耳が押し当たった。


 音が聞こえる。


 ドッドッド。


 ドッドッド。


 ドッドッド。


 一定間隔で繰り返す鼓動は。

 こんなにドキドキしているのは! 走っているからだけじゃないぞ! と一生懸命主張しているが。

 それがリズに伝わっているかはわからない。


 だって。


 リズは赤くなった顔を隠して、ただその音を聞いているだけだから。


お読みいただきありがとうございます。

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