お姫さま扱いってうれしーんだね
アルバートのリズ甘やかし大作戦が始まった。
とは言ったが。
現状では甘やかすはずのリズに優しく手を握られてさすられて褒められて、状況的には逆にリズに甘やかされて骨抜きにされてしまっている気もする。
初手から思いっきりつまづいているけれど。
しかし不屈の守護騎士アルバートは諦めない。
優しくされて緊張して手と足が同時に動いてしまうが、それでもエスコートはできるのだ。
多少ぎこちないのはご愛嬌としておく。
そんな風に二人が長い廊下を進んで、食堂に着いた頃には、なんとかアルバートの緊張もほぐれて、その四肢の自由を取り戻していた。
ここに至るまでの行動は、守護騎士アルバートからしたらとても恥ずかしい所をリズに見せた気持ちだが、リズはそんな事を全く気にせずに、ずっと楽しそうにニッコニコと笑いながらエスコートされた。
実際お姫様扱いがリズはとても嬉しかった。
そんなリズ、今は食堂の椅子に座って食卓の上に並ぶ豪華な食事に目を輝かせている。
「えー! なにこれー!? チョーうまそーじゃーん!」
ギャルの記憶の中でもみた事のないようなゴージャスな朝食だった。ローストビーフらしき肉、ソースがかかった骨付きの肉、ゆで卵やスクランブルエッグ、大ぶりなエビらしき生き物の姿焼き、主食であろうパンも白くてフッカフカしてそうで、それらがテーブルの上に所狭しと並んでいた。
あまりに豪華すぎる食事に、むしろこれは朝食なのだろうか? とリズが目の前の皿たちを眺めていると、それを察したのか、その疑問にアルバートが答えてくれる。
「これらは王城の料理長、渾身の朝食だよ。このすべてが貴女の分から好きなだけ食べていいんだよ」
そう説明しながらアルバートはいつの間にかリズの隣に座っていた。
素早いなアルバート!
どうやらこれは本当に朝食らしいとリズはやっと認識した。
アルバートのいう通り、目の前にならぶこれらは確かに料理長渾身の料理ではあろうけれど。そんな事よりも、気になるのは。
この量を一人で食べんのか? という方がリズには大事だった。
「えーっと? これ、全部あーしの? みんなのじゃなくて?」
「ああ。そうだよ」
リズの疑問あふれる表情に、アルバートは当たり前といった顔で答える。
「王様とか王妃様は食べないん? あー、あの第二妃はいらんけどー」
昨日の口喧嘩が思い起こされ、リズの眉間に皺がよる。
ギャル時代のバイト先でうざい主婦があんな感じでダル絡みしてくる時があったのを思い出し、その記憶が空腹な腹の虫を別の意味で刺激してきた。
「ふふ、私もスライ妃は好きじゃないからもちろん同席はしないな。というよりも、スライ妃だけじゃなく、私たち王族は基本的に食卓を共にする習慣はないからね、父上も母上もここには来ないよ。ここは私専用の食堂だ」
そんなアルバートの発言に腹の虫はシュッと引っ込んだ。
え? それっておかしくない?
専用の食堂という事は、アルバートだけのための食堂という事で、そこに王も王妃もこないという事は、つまり食事はひとりぼっちの食事、という事になる。
リズの中の、聖女の思考、ギャルの思考、どちらから考えても食事を一人でとる行為はとても寂しいものだった。聖女修行時代は気の合う聖女仲間と一緒に食堂でワイワイと食事をしたし、ギャル時代はギャルサーのみんなと一緒にハンバーガーを食べて無料の水を飲んでバカな話で笑い合った。
どちらの食事も目の前の食事に比べたらとても質素なものだったけれど、仲間と食べるご飯はおいしかった。反面それが一人となればそれは途端に味気なくなる。
それは違うんじゃない? と思い、リズはアルバートに提案する。
「え? マジでー!? それってさびしくなーい? あー! そうだ! じゃあさじゃあさ! これからはアルバートはあーしと一緒に食べてよー。いいっしょー?」
二人ならさみしくない。
これでどうだ? とリズは問いかける。
対してアルバートは戸惑っている。
「あ、ああ。もちろん、もちろん良いに決まってる。だが、逆に、貴女はいいのか?」
そんなリズからの提案は、生まれてからここまで誰かと食事をとるという行為をしてこなかった身にはそれはそれは衝撃だった。誰かが自分と食事をとろうなんて言ってくれるというのは想像の埒外にある話だった。そのせいか逆にリズに許可を求めてしまう始末。
「いやいや、いいもなにもさー、これ全部は絶対にあーしには食べきれないからー。あーしを太らせても美味しくないよー。ぽっちゃり聖女ってのも面白いかも知んないけどねー。個人的にはあんまり太りたくはないんよねー。だから、ね、一緒に食べよ?」
目の前の大量の食事を食べていたらぷくぷくと太ってしまう。そうしたら大好きなギャル服が着れなくなるじゃないかとリズは恐ろしくなった。残せばいいのだろうけれど、平成ギャル魂からするとそれはもったいないと感じる。
リズには聖女の使命以外にこっそりと目標ができていた。
ギャルの服を作るのだ。今はまだこの世界の服を着ているが、どうにも自分にはしっくりこない。可愛いのは可愛いがそこにギャルの魂がないのだ。
そこで。
ないなら作ればいいじゃないとリズは考えている。
難しい事はわかんないけどなんとかなるっしょと思っている。
そしてその時に太ってて理想とするギャル服が着れないのは困る。
そんな思惑のこもったリズの優しい許可に、アルバートは一瞬で破顔して、幻の尻尾をフリフリ、椅子に座ったまま、コクコクと何度も頷いた。
「う、うん。うんうん。そ、それはそうだな。仕方ないもんな! じゃあ、早速食べよう! 貴女は肉が好きか? この肉がうまいんだぞ!」
そう言いながら、その椅子ごとリズの方へ近づいたアルバートは、テーブルの上の大皿を軽々と一枚持って、リズの前へと出す。その皿の上には大判のローストビーフらしい料理がのっていて、たくさんある料理の中でもリズの目をひいていたものだった。
「あ! これ、あーしもウマそーって思ってたー! アルバート、グッチョーイス!」
親指を立ててグッドサイン。
だから英会話は通じないのだ。アルバートもグッチョイスと言われてもポカンとしているし。だけれどリズにとってそんな事は関係なく、余裕で英会話が通じると思っているのだから、ご満悦な顔でアルバートを見てニコリと微笑みかける。その瞬間、アルバートにとって全てが些事に変わる。
「ぐっちょいす? ああ、ぐっちょいすだな。そのぐっちょいを私が今食べやすいように切り分けるから待っていてくれるかい?」
ギャルの適当さがアルバートにまで伝染している感がある。
ともかくリズの全てを受け入れ、椅子から腰を浮かせたアルバートは肉を切り分ける。
その腕は見事で。カチャリと音を立てる事もなく、大判のローストビーフを切りわけるその姿は守護騎士そのものだった。
あまりにも美しいその所作にリズが見惚れている間に、ローストビーフはあっという間に一口大になって、ソースをうっすらとその身に纏い、アルバートの手の中のフォークに刺されたそれは、お行儀よくリズの口の前に待機していた。
「んー? どしたのアルバート? 早く食べなー。ソース落ちるよー」
差し出された肉からソースが垂れそうになっているのを見てリズはハラハラした。ギャルはソースが落ちようが気にしないが、王族貴族はそうじゃないだろう。怒られちゃうよーと心配になる。
そんな心配を尻目にアルバートはもごもごと口を動かしている。
「どしたん?」
おかしな様子のアルバートを心配し、リズが問いかけると、その口から絞り出すような言葉がまろび出た。
「あ、あーん」
あーん。と、アルバートは確かにそう言った。
言った本人は、自分の発した言葉を恥ずかしがるように頬を染めながら、リズの美しい瞳を見つめている。
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