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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
第8章 統合と愛性
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第97話 闇が蔓延り、道標を

 雪端町の駅の近くは、いつもより人通りが少なかった。

 多分、吹雪のせいだろう。もう止みかけているけれど。


 でも、これからどうしよう。

 もう死ぬつもりだったから、どうすればいいのかわからない。

 とりあえず、帰ればいいのかな。帰るって、どこに……

 私に帰る場所なんてないのに。


 雪が積もり、やけに白い景色の中の隅で座り込む。

 なんだか前もこんなことがあった気がする。

 リナと別れて、独り座り込んでいたことが。あの時は、雨だったっけ。


「先輩!」


 不意に聞き覚えのある声がした。

 そちらを向けば、見覚えのある茶髪が視界に入る。

 それと同時に、彼女に手を掴まれる。


「間に合った……!」

「る、ルミ、え、あ」


 ルミがどうしてここに。

 それを思うと同時に、忘れていたことを思い出す。

 ルミには私が死のうとしていることを伝えた。結局のところ、私は生き延びてしまったわけだけれど、そのことを伝えていない。


「先輩、死んじゃ嫌です!」

「あ、うん。えっとね」

「お願いです。考え直してください」

「あの、ルミ、ちょっと落ち着いて」

「先輩がいなくなったら私、寂しいですよ……!」

「あのね、私、死ぬわけじゃないから」

「……ふぇ?」


 普段のルミから想像できないほどに間抜けな声が漏れる。

 それほどまでに私の言葉は予想外だったらしい。


「し、死ぬわけ、でも、先輩」

「えっと、正確にはもう終わったんだ。で、なんかたまたま生き残っちゃって」

「え、その、あ、え?」

「ごめんね、連絡が遅れて」


 それから、軽く説明した。

 蘇生魔法を使ったこと。

 リナに助けられたこと。

 そして逃げるように出てきたこと。


「そう、ですか」


 ルミは最初は困惑しているようだったけれど、話しているうちに落ち着きを取り戻してきた。やっぱりその辺の呑みこみ能力は鋭いらしい。私の要領を得ない説明でも、こうして理解してくれるのだから。


「なら、先輩は死ぬわけじゃないんですね」

「まぁ、うん。そうだね。結果的には」


 本当は死んでいるはずだったけれど。

 本当なら、こうしてルミとまた会うこともないはずだった。


「なら、いいです。また会えて嬉しいです。先輩」


 ルミは、ずっとこうなのかな。

 私と会って喜んでくれる。

 彼女は私を追ってここまで来たんだろうけれど。

 ……どうしてそこまで私に肩入れするのかな。あまりよくわからない。


「どうして、そんなに」


 私の疑問に彼女に考えるように指を頬に当てる。


「ミューリ先輩がいなくなったら、寂しいです」

「寂しい?」

「はい。寂しいです。だから、急いできたんです。


 寂しい。

 私が居なくなると、寂しい……? 私なんかが。


「だから、もうしないでくださいね。自らの命を投げ出すようなこと。って言っても無駄なんでしょうけど」

「……ごめんね」


 実際、多分またリナのために命を捧げることにそこまで抵抗はない。

 結局、私の命と言うのは、リナがくれたもので、多分、リナから奪ったものなのだろうから。

 私は自分の命にそこまでの価値があるとは思えない。


「少しは否定してくださいよ……悲しいです」


 悲しい。悲しいのか。

 私も、ルミが死んでしまったら悲しむことができるのかな。あまり自信がない。

 アオイが死んでしまった時、私は悲しめていたのだっけ。もう覚えていない。


「けれど、先輩もどうしてですか。リナさんと仲直りできたんですよね。どうしてこんなところに独りでいるんですか?」


 ルミの問いに少し考える。

 色々理由はある。

 エミリーに言われて、考えたことがたくさんある。

 けれど、一番簡単に言うのなら。


「私といても、リナは幸せには成れないからかな」

「そう、なんですか?」

「そうだよ。だって、私は、何も与えられないから」


 私の答えに、ルミは不思議そうに首を傾げる。


「先輩がそれでいいなら、いいですけれど。でも、それで先輩は幸せなんですか?」

「……どうだろうね。わからないよ。私の事なんか。でも、リナには幸せになってほしいから」


 それは本当だと思う。

 生きて幸せになってほしい。

 多分、それだけを願っている。せめてそれぐらいは願えていると思う。


「その、エミリーさん? なら、リナさんを幸せにできるんですか?」

「そうだと思う。少なくとも私よりは。だって、彼女は」


 喉がつっかえる。

 でも、私は言葉を絞り出す。


「エミリーはリナを愛しているみたいだから」

「愛してる、ですか?」

「うん。私はわからない。リナを愛したり恋したり……好きな自信がないから」


 それだけ言えば納得してもらえると思った。

 けれど、ルミはなぜか呆れたように、困惑したように首を傾げるままだった。


「愛、ですか」


 彼女は呟く。

 誰となく。

 そして私に向き直る。


「愛してるなんて、よく言えますよね。そんな簡単に」

「えっと、そうかな」

「いえ、私はその人のことをよく知りませんけれど……でも軽く言いすぎじゃないですか。だって、愛なんか、わかりませんよ。誰にも」


 私を見つめ、そして放たれた言葉に私は当惑を隠せず、間抜けな声を出すしかなかった。


「みんな、独りで生まれて、独りで死んでいくんです。どれだけ多くの人と繋がっても、最後は独りなんですよ」


 独り。

 そこまでも独り。

 それはそうかもしれないけど。

 でも、愛っていうものをみんなは知ってるのかと思っていた。


 「愛情が他者を想う心であることは疑いようがありませんけれど、それがどのような実感を伴う感情かなんて、誰にもわからないと思います。正解なんて、誰にもわからないんです」

「そう、なの? でも、愛してるって」


 エミリーがリナへの愛を語る時、そこに嘘があるようには見えなかった。

 彼女は間違いなく、リナに愛を持っているのだと思ったのに。


「ただ、愛を語る人は、何かの感情を愛だと決めつけてるだけですよ。そのエミリーって人も同じです。誰もわからないんです。愛なんて。先輩と違うところがあるとするなら、その人は愛を持ってるって錯覚できただけです。ただそれだけだと思いますよ」

「錯覚……?」

「愛してないってわけじゃないですよ。ただ、それが愛かどうか確かめる方法はないってことです」


 愛は、わからない。

 誰にとっても。

 ならどうなれば、愛しているというのか。

 みんな愛を知っている訳じゃないのなら、どうして愛してるなんてわかるんだろう。 


「だから、愛していないからとか、そんな些細ことで気にする必要なんてないと思います。それより大切なのは」


 私の中で生まれた疑問を、ルミは些細なことだと切って捨てる。


「ミューリ先輩が大切にしないといけないのは、話を聴くことですよ」


 ルミはそこで一度言葉を区切る。

 ちらりと彼女の目を見れば、

 

「私の話も、あまり聴いてくれませんよね」

「そう、かな。聞いてるつもりだけれど」

「聞いていても、聴いていないです。でも、私のことは別に良いです。先輩が私にあまり興味がないことぐらい知っていますから」


 そうなのかな……多分、ルミがそう言うのならそうなのだと思う。

 前も同じような会話をした。私はルミのことを友人だとは思っているけれど、同時に彼女のことを何も知らない。


 それに先輩も……最初に同室になった先輩も私に同じような評価をした。誰にも興味がない自分勝手な人だって。

 そう思えばやっぱり私は独りがよく似合う気がする。


「責めてるわけじゃないですよ。興味を持ってくれたらいいなとは思ってますけど。でも。良いんです。私とこうして話してくれるだけで、友人でいてくれるだけで私は満足してます」


 でも、ルミはそんな私でも良いと言った。

 穏やかそうに。けれど同時にどこか苦しそうに。


「でも、リナさんは先輩にとって興味のある対象じゃないんですか?」

「興味……?」

「だって、そんなに必死にその人のことを考えて、幸せを願って、そしてしまいには自分の命すら投げ出して。リナさんのこと、どう見ても好きじゃないですか」


 好き。

 ……そうだったはずだけれど。でも。今は。


「そう、なのかな。私、この感情がよく、わからないから」」

「あー、はい。好きじゃないかもしれませんね。もうなんでもいいです。でも、リナさんのこと考えているのは本当ですよね?」

「う、うん。まぁ、そう、なるのかな」

「なら、どうしてリナさんの話を聴かないんですか?」

「話?」

「そうですよ。愛とか、恋とか、そんなものを先輩は悩んでいたみたいですけれど、でもそんなの所詮は曖昧なものに過ぎないんですよ。想いなんか、想ってるだけじゃ何にもならないんです」

 

 ルミの視線は非常に強い。

 何かしらの強い意思が込められている。

 エミリーの視線と似ている。けれど、彼女とは違い、怖くはない。


「想いは、行動してみないと何も起きないんです。そして、リナさんはきっとミューリ先輩にそれをしています。曖昧な想いを必死に伝えようとしているはずです。ずっと。私もそうしていましたから」


 ……たしかにそうだった。

 今までも、リナは沢山私に言葉を尽くしてくれた。

 私に願いも望みを話してくれた。

 そしてそれが私に彼女の想いを伝え、熱が私を孤独から救ってくれた。


「どうしてですか。どうしてその言葉を聴かないんですか? 聴いて、そして話そうとしないんですか?」

「どうしてって……」

「リナさんの想いから逃げているんです。私から逃げることや、他のことから逃げるとはわけが違います。だって、先輩にとってリナさんはすごく大切な人なんですよね。なら、なら……」


 ルミは今にも泣きそうな声をしていた。

 彼女は苦しそうに言葉を発する。


「ならどうして、リナさんの想いから逃げるんですか。1人で悩んでいないで、2人で話してください。そうしてください。お願いです。そうしないと、きっと先輩は幸せにはなれません」


 幸せになれない。

 私が。

 でも、それは。

 私なんか。どうでもいいのに。


「本当は私が幸せにしたかったんです。きっとそうすれば、先輩の心が手に入ると思ったから。でも、それは無理なことですから。先輩の心の穴を塞いで、幸せの箱を埋められるのは、リナさんだけなんですよね。それは私にもわかってます」

「そんなこと……」


 そんなことはないはずなのに。

 ルミだって、私にとって大切な友人なのだから。

 そう思ったけれど、彼女は首を横に振る。

 

「慰めはやめてください。私じゃ、無理です。私にできるのは精々繋ぎとめるぐらいです。ミューリ先輩も気付いているんですよね? リナさんといたら、幸せだって」

「それは……」


 どうなのだろう。

 幸せ、かはわからないけれど。

 でも、この数日彼女と共にいた時間は、とても穏やかで。

 そして息ができていた。今は難しくなり始めた呼吸ができていた。


「気づいていないんですか? 先輩、リナさんのこと話すとき、すごく楽しそうですよ。前とは違いますね」

「そう……なの?」

「はい。なのにどうしてですか。どうして幸せから逃げてしまうんですか」


 何故か。

 そんなつもりはないけれど。でも、そうなのかもしれない。私は自ら、あの穏やか時間を手放したのだから。

 でも、それは。


「そうしたほうが、リナが幸せになれると思って」

「それも推測ですよね。リナさんが望んだことじゃないんですよね」

「けれど、私といても何もあげられない。そんなの、だめだよ」

「リナさんにそんなこと言われたんですか? 言われてませんよね」


 たしかに、そうだけれど。

 多分きっとリナは私といることを望んでくれるけれど。

 でも、それは。


「一緒にいたら嬉しい人が、一緒にいることを望んでくれているんですよね? なら、そこに乗っかればいいじゃないですか」

「そんな。そんな単純な事じゃ……」

「単純な事ですよ。先輩は気にしすぎなんです。未来のこととか、自分の感情の事とか、難しいことばかり、答えのないことばかり気にしすぎなんです。どうだっていいじゃないですか。そんなこと」


 単純なことなのかな。

 わからない。

 けれど、考えているたくさんのことが答えのないことばかりというのは、当たっている気がした。


「好きな人と共にいれる。その幸運をどうして手に入れないんですか? 何をそんなに怖がっているんですか?」

「怖がってる、のかな」


 怖がっている、のかもしれない。

 たしかに私は色々なことが怖い。

 リナを傷つけるのも、リナの幸せを奪うのも怖い。

 けれど、理由はわからない。


「はい。先輩は怖がっているように見えます。私には、わかりません。聞き出すことも、きっとできないと思います。先輩にもわからないでしょう。考えても、きっとわからないことです。わかるために、話してください。リナさんと。そうすればきっと、全部わかります」


 そうなのかな。

 でも、もしそうなら。

 怖がっている理由が分かれば、リナへの感情の正体も少しはわかるのかな。


「もう、なんでですか。どうして私がこんな。敵に塩を送るみたいなこと……」


 ルミは涙目で何かに毒づくように言葉を吐く。


「でも、私は先輩は話すべきだと思います。なにもわからなくても、感情がわからなくても……いえ、わからないからこそ、話すべきです」


 ルミの言葉が怖くないのは、多分私を想って言ってることがわかるから。

 多分、それがわかるのは、彼女が想いを必死に伝えようとこうして話してくれるからだろう。きっと、ルミが言いたいのはそう言うことなのだと思う。


「リナさんと話して、そして想いを探してみれば、そうすればきっと、何かがわかるはずです。それが先輩の望む結果になるなんて、そんな甘いことは言えません。でも、このままじゃ、あまりにもリナさんがかわいそうです」


 可哀想。

 どうして。


「可哀想、なの?」

「はい。だって必死に想いを伝えたのに、無視されるなんて。なかったことになるなんて、そんなの辛すぎます。それは確実に不幸です。悲しいことです」

「そう、なんだ」

「はい。経験してますから」


 それが私への想いのことを言っているのは、鈍い私でもわかった。

 けれど、それに何かを言う資格は私にはない。何も言うことはない。

 でもリナに対してなら、言葉が見つかるかもしれない。


「……このままじゃ、リナは不幸なんだね」

「そうですよ」

「そっか……なら、うん。話してみる。どうなるかわからないけれど」

「やっとわかってくれましたか」

「ルミ、ありがとう。少し……うん。じゃあ。戻ってみるよ」


 私はそう言って、立ち上がる。

 そんな私にルミは何かを言おうとするけれど、言葉を詰まらせる。

 そして一瞬の沈黙の後に、言葉を絞り出す。


「また……会えますか?」

「……うん。そうだね。またいつか」


 私の言葉にルミはにこりと笑った。

 そして私はそんな彼女に背を向け、来た道へと視線を向けた。

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