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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
第8章 統合と愛性
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第94話 氷の上、想いが流れて

 私がこの家に来てから、つまりは蘇生魔法を使った日から、もう数日が経った。


 まだエミリーとは話せていない。軽く挨拶ぐらいはしたけれど、それぐらいしかしていない。

 それは単に私が逃げ続けているからなのだけれど。

 でも彼女からも無理に接触しようとはしてこない。


 意外と怒っていないのかもしれない。

 ……そんなわけはない。それはわかっているけれど、でもどうすれば良いのかは相変わらずわからない。

 それとも納得してくれているのかもしれない。自らの想いをすでに自分の中で決着をつけている説もある。もしそうなら、私がこの問題に対して話そうとするのは、問題を蒸し返すことにもなりかねない。


 そんな風にも考えていたら、数日が過ぎていた。

 そして今日も朝が来る。


 朝と言っても、もう日は結構昇っている。

 私はあまり朝には強くないから。

 それに、夜遅くまで起きてしまっているのも原因だろうけれど。


 別に早く寝られるなら、寝たいんだけれど、まだちょっと緊張する。

 リナの隣で寝るのは、どこか緊張する。なんだか本当にここにいていいのか、不安になってくるというか……わからなくなってくる。


 夜は酷く朧げな世界だからかもしれない。

 全部が夢のように見えてきて、これが走馬灯のような気がしてくる。寝てしまえば、もう全部が泡と消えてしまうような。

 だからあまり寝つきはよくなれない。


 そんな風にしていれば、リナが私を手を握ってくれる。

 それでなんだか少し安心して眠りについて、彼女に見つめられながら目を覚ます。毎日そんな感じだったけれど、今日は少し違うらしい。


 扉を開ける音で目を覚ました。

 薄っすらと目を開ければ、ちょうどリナが外へと出ていくところだった。

 どうやらエミリーに呼ばれたらしい。

 

 起きて彼女がいないのは寂しい。

 けれど、まぁ特にやることは変わらない。


 もう少しばかり寝ていても大丈夫だろうけれど、私はのそのそと身体を動かして、軽く支度をする。重たい身体だけれど、なるべく早く外に出たい。

 酷く寒い外にわざわざ行くのは、どうかとも思うけれど、エミリーと同じ家にいるというのはどうにも緊張して辛い。


 それに、ここ毎日はリナと一緒に外に出るのが習慣になっている。

 どこに行くかは毎回決まってるわけじゃなくて、大体リナの案内に連れられて散歩しているだけなのだけれど。でも、楽しい時間で。

 逃げるために始まった朝の散歩だけれど、今では密かに楽しみにしている。


 でも、今日は少し違う。

 初日と同じで、リナがこの部屋にいない。


 彼女と一緒に外に出たいのなら、居間で立ち止まらないといけない。

 そうなれば、エミリーからの視線を受けてしまうのも確実なことだけれど、やっぱりそれは怖い。


 でも、独りで出ていけば、それこそリナを不安にさせてしまう。

 それは嫌だ。もうこれ以上、リナを傷つけたくはない。既にたくさんの傷をつけてしまっているのだから。


 扉をゆっくりと開く。

 それと同時に2つの視線が私を捉える。


「ミューリ、よく眠れた?」

「う、うん。あの、リナ」

「今日も、外行く?」


 リナから、提案してくれたことにほっとする。

 話が楽で助かる。


「うん。そうしようかと思って」

「わかった。じゃあ、エミリー、また」


 そう言って、リナは立ち上がり、私の手を取り玄関へと歩く。 


「あの」


 不意に声がする。

 リナの声でなければ、もちろん私の声でもない。

 エミリーが立ちあがり、こちらを見ていた。


 ごくりと唾を呑みこむ。

 ついに何か言われる。そんな気がして。

 けれど。


「私もついていっても構いませんか?」


 けれど、発された言葉は予想と違っていた。

 一瞬、それは困ると思った。だって、私が外に出ているのはエミリーから離れるためなのだから。


「あ、うん。ミューリ、いいかな?」


 リナは私の判断を仰ぐ。正直、あまり断るのも忍びない。

 というか、ここで断れば、いよいよエミリーと仲良くなるのは無理だと思う。仲良くなれるのかな……まだ期待していいとは思えないけれど、そんな簡単に期待を捨てられるほど私は大人じゃない。


「えっと……はい。もちろん」

「ありがとうございます。すぐに準備しますね」


 ということで、今日の朝の散歩は3人になった。

 けれど、なんだか緊張する。でも、なんで今日は急にエミリーもついてくることにしたのかな。


 少し考えたけれど、考えてみれば単純なことな気がする。

 エミリーはリナが好きだから。想い人と一緒にいたいと思うのは当然なことだと思うし……


「どこか行きたいところはある?」


 外に出て、リナが問う。

 物思いに耽っていたせいか、それが私に問われたものだと気づくのに少しかかる。


「えっと」

「リナ、あそこはどうでしょう。この前行った湖です」


 私がどこでも良いと言うよりも先に、リナの向こうからエミリーが答えを発する。

 リナを挟んだ並びになったのは助かる。エミリーと隣り合わせになっても上手く話せないだろうから。


「い、いいですねー……」

「そう? じゃあ、そこにしようか。えっと、こっちだったかな」


 上手く相槌を打てていただろうか。

 なんだか微妙だった気もする。

 どうしたらいいんだろう。


 こうして共に散歩をしていても、人と仲良くなる方法なんてわからない。それも私を嫌ってそうな相手を。

 嫌ってる……というのかはわからないけれど。

 でも、敵だと認識していてもおかしくはない。


 私はできれば彼女と仲良くしたいのだけれど。

 でも……これは、私の勝手か。


 もしも逆の立場なら。

 私がここに来た時は、リナとエミリーは恋人なのかと思っていたけれど、あの時は彼女達を見て、酷く苦しくなったのを覚えている。

 もう死んでしまうから、それぐらいだったけれど。でも今なら、もっと別の感情を覚えていてもおかしくはない。相変わらず私の感情は読み取れないから、わからないけれど。


「ミューリは、どう?」


 思考の渦に呑まれている私を、リナの声が現実に引き戻す。


「ぇ? あ、ごめん。えっと」

「暑いのと寒いのどっちがましかなって」

「私は……寒いほうがましかな」


 暑い日はちょっと燦々としたとした明かりが眩しそうで困る。

 寒いのも、寂しくて嫌だけれど、こうしてリナが手を繋いでくれるなら、寒さなんて怖くはない。


「私は暑いほうが楽ですかね。やはりこの辺りは雪が降ると困りますから。1年前の17遺跡の時も覚えていますか?」

「あー、うん。入口が分からなかった時だよね。あれはたしかにちょっと困ったかも」


 リナとエミリーの会話を聞きながら、それなりの距離を進む。

 やっぱり、3人だと、何を話せばいいのかわからない。

 なんとなくの相槌を打つぐらいだけれど、これで合ってるのかな。


 新しい人と関わることなんか、ここ数年なかった。

 いや、正確にはあったのだけれど、大抵はもっと距離のある関係ばかりで、こんな近くに人が来たのはそれこそルミの時以来。あの時、ルミのおかげでルミとは仲良くなれたけれど……今回は多分そうはならない。


 エミリーとの関係を良好にするには、もう少し頑張らないといけないのに。でも、考えれば考えるほど、余計にどうしたらいいのかわからなくなってくる。

 

「やっぱり、凍ってるね」


 それなりの距離を歩いてついた湖は、氷に閉ざされた場所だった。

 周りの木々との雪景色が綺麗で、なんとなく絵になる光景で思わず感嘆を零す。


「そうですね。滑ってみますか?」

「そうする? でも、氷の厚さとか大丈夫かな……」


 そう言って、リナとエミリーが湖へと近づいていく。その半歩後ろから私も、彼女達の背を追う。

 エミリーは軽く氷を叩いたりして、氷の上へと足をつける。


「大丈夫そうですね」


 エミリーが軽く氷をけると、流れるように彼女の身体が氷の上を滑りだす。


「ミューリ、ほら」

「私には、無理だよ」


 身体強化魔法が使えない私にできるはずがない。

 というか氷の上を魔力を回することで滑るというのは、それなりに高度な技術なはずで。エミリーもリナもそう簡単にやるほうがおかしいのだけれど。

 だからこそ余計に私にできるはずはない。


「大丈夫、私の手を握って?」


 リナはそうして手を差し出す。

 その手に恐る恐る触れる。しがみつくように彼女の手を取る。

 そして氷に足をつける。

 その瞬間、なんだか今にも転んでしまいそうな気がして、やっぱりやめておこうかと思ったけれど。


「いくよ」

「あ、ちょ」


 それよりも早く、リナは滑り出す。

 それにつられて、私も氷の上を流れる。

 視界が回る。

 必死に彼女の手を握る。


「あっ」


 それでも転びそうになって、私の視界が揺れる。

 気づいたら、私はリナの腕の中で抱えられていた。


「大丈夫?」

「……う、うん」


 急に彼女の顔が近くなって、少し熱を帯びるのを感じる。

 彼女の熱のせいか。それとも。


「ごめんね。怖かったよね」

「けれど……大丈夫」

「なら、良かった」


 そして氷の上を流れていく。2人で。

 視界が回り、彼女以外の景色がぼやけていく。

 まるで私達だけみたい。

 そんなことを考えている間に、私達は滑り始めた地面の上に戻ってきた。

 

「降ろすよ」

「あ、うん。ありがと……」


 もう少しぐらいは、あのままでも良かったけれど……そんなことをほんの少し思う。


「リナ、終わりましたか?」


 その時、不意に声がする。

 エミリーのことを忘れていた。先に彼女は陸に戻ってきていたらしい。


「あ、うん。エミリーも、もういいの?」

「はい。久しぶりに滑ると楽しいですね」

「そうだね。ミューリは、どうだった?」

「え、まぁ。楽しかったよ。ちょっと怖かったけれど」


 けれど、リナのおかげで怖くはなかった。

 その言葉を呑みこむ。エミリーの前でそれを言うことはできない。

 というか、さっきのことも彼女に見られていたのかと思うと、ちょっと後悔してくる。まるで見せつけているみたいになってしまっていたらどうしよう。そんなつもりはないんだけれど。


「えっと、これからどうしましょうか」


 どうするのかな。

 私はもうこうなるのならなんでもいいけれど。

 そう思いながらぼんやりとしていれば、視界の端で白いものが降るのを見つける。


「あ、雪ですね」

「ほんとだ……そろそろ、帰ろっか。吹雪になったら困るし」


 リナのその言葉通りに、すぐに吹雪になった。

 そこまで酷いものではなかったけれど、身体強化魔法も使えない私には辛いもので、リナに手を引かれなければ、歩くこともできない。

 ……相変わらず、私は彼女に頼ってばかりらしい。


「ただいまー。ひゃー、すごい雪だねー」

「私、火をつけてきます」

「あ、ありがとう」


 エミリーがそういって、一足先に奥へと消える。

 私も何かをしたほうが良いかと思ったけれど、何をすればいいかもわからなければ、できることも何もない。


「ミューリ、大丈夫?」

「う、うん。大丈夫だよ」


 そうは言ったものの、吹雪に当てられた身体は震える。

 リナはそれを見て、私の頬に触れる。


「すごい冷えてる。暖かくした方が良いよ。毛布出してくるから。ちょっと待ってて。部屋の布団使っていいから」

「ぁ……」


 そう言って、リナもどこかへと消える。 

 私は1人玄関に残され、何をしたらいいかもわからない。

 

 私はとりあえず、部屋に戻り、布団を羽織る。

 冷え切った身体が少し温まる気がする。

 手のひらに白い息を吐く。

 本当に寒い。

 早くリナに戻ってきてほしい。毛布とか要らなかったのに。リナがいれば、それで大丈夫なのに……


 でも、こうして助けようとしてくれるのは嬉しい。 

 嬉しいけれど、助けられてばかりな気がする。これじゃあ、前と同じ。それは、あんまり良くないと思っていたのに。

 

 扉が開く音がして、そちらを向く。


「あ、り」


 そして私は言葉が詰まらせる。

 光景が予想と違っていたから。


「ミューリさん、少し話せますか?」


 そこにいたのはリナではなかった。

 薄明かりの下にエミリーが立っていた。感情の読めない表情と共に。

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