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信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
第8章 統合と愛性
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第93話 夢に触れて、想いが分からず

 また夢らしい。

 だって、目の前には彼女がいる。


 寝ている私を覗き込むように、リナが私を見つめている。

 思い上がりかもしれないけれど、愛おしそうに見つめてる。

 本当に夢らしい光景だと思った。

 夢でないとありえない光景だとも。


「おはよ。よく眠れた?」

「ぁ……」

「まだ寝ぼけてる? もう少し寝てても大丈夫だよ」


 そんな彼女の手が私の髪に触れる。

 ほのかな、けれど確かな熱が伝わる。

 まるで夢とは思えないほどに確かな熱が、身体の芯まで届く。


「ぇ、あ……」


 ひらりと白い髪が視界の端に舞い落ちる。少しくすぐったいけれど、嫌じゃない。嬉しい。すぐそこに彼女がいるのを感じるから。


 それでようやく私の意識も浮上してきた。

 夢じゃない。これは夢じゃない。


 今までは夢かと思ってしまうような光景だけれど、昨日私は色々あって……本当に色々あって、またリナと共にいることになったのだった。


「ぅん……」


 けれど、なんだか彼女が遠い気がして、思わず小さく手を伸ばす。

 それを引っ込めるよりも早く、彼女が私を手を取る。


「どうしたの?」

「……えっと」


 言葉にしていいものかわからない。

 こんなにもリナに近づく資格が私にあるのかな。

 でも、今ぐらいは……


「もうちょっと、近く……」


 そう呟ければ、リナは満面の笑みを浮かべて、身体を寄せる。

 それがなんだか暖かくて、安心する。

 これまでずっと寒いところにいたことなんて、嘘のよう。この温もりをずっと求めていた気がする。


「嬉しい。ミューリとこうしていられて」

「私も、嬉しいよ。またこうできて」


 本当に懐かしい。

 懐かしい感覚に包まれる。

 彼女の膨大な熱量に包まれるこの感じ。


「好きだよ。ミューリ」

「私も」


 そして彼女の想い。

 それに応えるようとして、そして言葉を詰まらせる。


 私はリナをどう思っているのか。

 好きなんだっけ。

 昔の私は、リナが好きだったはずだけれど。

 今の私は?


「ぇ、っ……」


 言葉が出ない。

 想いを言葉にできない。

 沈黙が流れる。何かを言わないといけない。

 けれど、私の口はぱくぱくとするだけで、音を奏でそうにない。


 その時、軽く戸を叩く音が部屋に響く。


「リナ、今、少しいいかしら」


 エミリーの声が扉の外からする。


「あ、うん。今行くよ。えっと、ミューリは、どうする?」


 ぱっと彼女が遠くへと離れる。

 それを酷く寂しいとも思ったけれど、同時に助かったとも思った。あのままの沈黙に耐えられるとは思えなかったから。


「まだ寝ておく?」

「あ、うん。そうしておこうかな」

「わかった。ゆっくりね」


 今、エミリーと話すのは得策じゃない気がした。

 だから、私は布団をかぶる。

 けれど、いつなら機会が良いのだろうか。


 いつでもあんまり良くない気もする。

 だって、エミリーはリナが好きだと言っていた。正確には愛しているって。


 彼女からしてみれば、私は酷い泥棒猫に見えている気がする。

 元々、私はリナと関わるつもりはなかったし、嘘をついたつもりはないけれど、結果的には酷い嘘をついてしまったことになっている。そんなつもりは本当になかった。というよりも、想像もしていなかったのだけれど……

 

 多分、リナはエミリーの想いに気づいてはいないのだと思う。

 私が話すべきなのかな。まぁ……そうなのだろうけれど。

 でも……私には難しい。


 多分、エミリーは私に怒っているのだろうし……そんな人と話す術を私は持たない。どうすれば納得してもらえるのかな……いや、許してくれないか……


 私はこれまで誰かの怒りを解除する術を知らない。

 私に怒りを覚えた者達から、逃げてきた。ずっと逃げて、そして許されることを知らない。どうすれば険悪な関係を変えられるのかを知らない。


 私から、謝った方がいいのかな……

 でも、謝ることなのかな。悪いことをした気はしない。結果的に嘘をついたようにはなってしまったけれど、私は悪いことをしたとは思っていないし。

 それに謝れば、謝るだけ相手の怒りを増長させてしまうかもしれない。そうなったらもうどうしたらいいかわからない。


 できれば、エミリーとも仲良くしたい。

 これからリナと共にいるのなら、リナの友人であるエミリーとも仲良くしたほうが良いと思う。そうしたほうが、きっとリナの隣に長くいれる。

 

 けれど、どうしたらいいかわからない。

 わからなくて、気分が悪くなってきた。

 

 ちらりと扉を見る。

 あの扉の向こうにはエミリーがいる。もしも今、彼女が入ってきたら私に逃げ場はない。


 一旦、逃げよう。

 私はそう決意した。


 扉を開け、居間へと出る。

 そこにはエミリーとリナが机を挟んで向かい合っていた。こちらを見る2人の視線に耐えきれず、私は視線を外して、逃げるように玄関へと向かう。


「ミューリ、どこか行くの?」


 リナの声が私の歩みを止める。

 視線が痛い。特にエミリーの方の。気のせいかもしれないけれど。


「う、うん。ちょっと外に」


 私はそれだけ絞り出して、外へと飛び出した。

 もうこれ以上、あの場所にいたくない。

 あまりにも怖い。


 誰かの怒りに触れるというのは、とても恐ろしい。

 どうしてかはわからないけれど、母に怒られた時も、先輩に怒られた時も、私は怖くて、ただ逃げることしかできなくなってしまう。


 今も荒い息を呑むことしかできない。

 また逃げてしまった。

 多分、私はせめて向き合うべきだったのに。


「はぁ……」


 無駄に晴れやかな空の下、雪の中を歩き出す。

 昨日まではこんな悩みなかった。

 だって昨日で死んでしまうつまりだったのだから。


 生きるって難しい。難しいことばかり。

 疲れる。死んでしまうほうが楽だったかな……


 寒い。

 冬だから当たり前かもしれないけれど。

 まだ本格的な冬というわけではないはずなのに、身体が冷える。


 ここからどうしよう。

 とりあえず逃げ出してきたは良いけれど……


「ミューリ!」


 不意に私を呼ぶ声がする。

 そちらを見れば、リナがそこに立っていた。

 彼女は軽く駆けて、私の前で止まる。


「私も、一緒に行っていいかな」

「ぇ。い、いいけど」


 そう答えれば、彼女は嬉しそうに笑って、私の手を取る。

 朝も感じた熱が伝わる。さっきまで寒かったことなど嘘のように。


「あ、これ、持ってきたよ。寒いかと思って」


 そう言って、リナは外套を羽織らせてくれる。


「どうかな。暑くない?」 

「うん。暖かいよ。ほんと……暖かい」

「なら、よかった」


 本当に暖かい。そして温かい。

 外套のおかげだけじゃないことは分かっている。

 こんなにも想いの熱とは強いものだっけ。忘れていた。ずっと忘れて……いや、忘れているふりをしていた気がする。


「どこに行くの?」

「別に、決めてない。ちょっと散歩、みたいな」

「そっか。えっとじゃあ、行きたい場所があるんだ。いいかな?」

「あ、うん。わかった」


 そしてリナと共に歩きだす。

 なんだか本当に昔に戻ったみたいだった。

 同じような道を、昔もこうして歩いた記憶がある。あの時も、リナについて行った。


 ……どうして彼女は隣にいるのに、ついて行く感じがするのかな。握られた手を引っ張ってくれている気がするからかな。

 それとも、私が意思を持たないからかな。ただ流されるだけの人だからな気がする。


 まぁ、いいか。

 リナに流されるのなら、それで。


「あ、ご飯、食べてないよね? 朝ごはん」

「そう、だね。うん。まだだよ」


 言われてみればそうだった。

 別に朝ごはんぐらいなくても、困らないけれど。


「食べに行こうよ。良い所、知ってるんだ」


 そして彼女が私を連れてきたのは、駅の近くにある焼き菓子屋だった。

 甘い匂いがする。おいてある菓子はなんだか変な色のものばかりだけれど、あれで完成系なのかな。


「ミューリ、どれがいい?」

「えっと……わかんない。なんでもいいよ」


 紫とか緑とか……本当に食べ物の色なのかな。

 まぁ、リナが良いというのだから、美味しいのだろうけれど、でもどれにすればいいかはわからない。


「リナのおすすめがいいな」

「うん。わかった」


 そうして彼女は紫色の菓子を2つ買った。


「はい。どうぞ」

「ありがとう……」


 袋に閉じられたそれはとても熱くて、思ったよりも大きい。食べきれるかな……それに、この距離までくれば、余計に甘い匂いが強い。

 美味しそうだけれど、見た目は紫で少し怖い。


「暖かいうちに食べよっか」


 私達は、近くの建物の壁に背中を預ける。

 少し緊張したけれど、美味しそうに食べるリナを見れば、私も意を決して口にいれる。


「美味しい?」

「……うん。美味しい。あったかい……」

「良かった。また、食べにこようね」


 なんだか懐かしい。

 昔もこうして彼女と色々なものを食べた。

 ……あの時の私は、どんなふうにリナを見ていたのかな。

 今の私は……


「はー、寒いね」


 彼女が白い息を吐く。

 それを見ながら、菓子にぱくりとかじりつく。

 一度食べてみれば、紫という色もおかしくないような気がしてくる。

 夢中になって食べていれば、大きいと感じた菓子もすぐに無くなってしまう。

 

「ごみ、貸して?」

「え、うん」


 リナが軽く手を振り、2つの袋を灰に変える。

 灰は無数の塵となって、空中へと消えていく。


 相変わらず、綺麗な魔法。

 ほとんど発動時の魔力変動は感じなかった。私の魔力感覚が弱いだけかもしれないけれど。


「そろそろ帰る?」


 そう言って、彼女が私の手を取る。


「あー、えっと」


 あまり帰りたくはない。

 エミリーがいるから。

 まぁ、いつかは帰らないといけないわけだけれど、もう少しぐらいは外にいても大丈夫だろうし。


「もうちょっと外いようかな」

「うん。わかった」

「あ、リナは先に帰ってても大丈夫だよ。あとから帰るから」


 あまり考えずにそう口に出す。

 リナにも予定があるかと思って。寒いかもしれないと思って。それぐらいの気持ちだった。

 けれど、彼女は狼狽えたように、繋いでの指を動かす。


「ミューリは、」


 リナは言葉を詰まらせる。

 目を伏せて、言葉を探しているようだった。


「帰って、戻ってくるよね? どこかに行ったりしないよね?」


 リナは酷く不安げに問う。

 こんな彼女は珍しい。けれど、見たことがないわけじゃない。前に見たのはたしか……


「う、うん。そのつもりだけれど……」


 もしかして、驕りでなければ、彼女の不安は私がどこかに行ってしまうことなのかもしれない。だから、彼女は。


「だから、ついてきたの?」

「……うん。前みたいにどこかに消えちゃって、私の手の届かないところに行っちゃったらって……怖くて」


 確かに、逃げ出すように出てきてしまったから。

 エミリーから逃げ出すように。

 

「あ、あのさ」


 ちょっと勇気を出す。

 ほんの少しだけでも、昔みたいにリナに想いを伝えたくて。

 

「もうちょっと一緒に、いる? 一緒に散歩しようよ」

 

 帰りたくはないけれど、別に1人になりたいわけでもない。

 リナといたくないわけでもない。

 ただ帰りたくないだけで。


「いいの?」

「うん。一緒にいて欲しい」


 それは多分、素直な気持ちだった。

 それほどまでにリナの想いは暖かくて心地が良い


「そっか。ありがと」

 

 リナは嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 それを見れば、少しの勇気も意味があったように思える。


 ……本当にエミリーに対しても、こうして向き合わないといけないのだろうけれど。

 もう少し。

 もう少しだけ。

 この熱を何も考えずに受け止めていたい。

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