第90話 孤立的な鬱霧
不思議と思考が澄んでいた。
私の身体はもう感覚もないというのに不思議だけれど、妙に思考が澄んでいた。
だからだろうか。
私の人生という空虚な物語はここで終わりらしい。
それはなんとなくわかった。
これが私の結末。
多分、沢山あった結末のひとつ。
その中でもきっと……幸せな終わり方なのだと思う。
そこまでではなくても、不幸ではない終わり方になるのだと思う。
後悔がないわけではないけれど。
やり残したこともあるけれど。
でも、まぁこんなものだと思う。
私が選べる結末の中では十分なもので、この辺りで終わってしまうのも悪くはない。決して、最良ではないけれど、悪くはない。
リナが先に死んでしまうこともなかった。
強烈な苦痛を伴う死でもなかったし、誰かのせいで死んだわけでもない。
彼女の想いは失ってしまったけれど、それでも悪くない。
あとは、リナがどこかで私を忘れて幸せに生きていてくれれば。
そんな風に思えて死ぬことができるのだから、そこまで悪くはないと思う。
逆にここで終わらなければ、どうなるかはわからない。
私の人生がまだ続くというのなら、どうなってしまうのか。
きっと何も起こりはしない。
多分、明確に酷いことが起こるとは思わないけれど、きっと少しずつ生きているかも死んでいるかもわからないまま、魔力へと還っていくだけで。
だから、今こうやって何かのために死を選べたのはきっと良いことなのだと思う。私が、私の意思で、私の望んだ目的に私の命を使ったのだから。
蘇生魔法を持って生まれたことを酷く恨んだこともたくさんあったけれど、こんな終わりになるのなら、そんなに否定することもないと思えるぐらいには、良い終わり方だと思う。
死という終わり方だけれど、悪い終わり方じゃない。
これまでたくさん読んだ本の中では、死は悪いものとして描かれていたけれど、私はそうとは思わない。
望まない死は不幸だろうけれど、私のは望んだ死なのだから。
アオイは……どうだったのかな。
彼女も最後は自らの意思で命を絶った。
あの時は、彼女の気持ちが全然わからなかった。
どうして死を選んだのか。
その理由を考えて、そして勘違いをしたりもしたけれど。
今になれば、少しは分かる気がする。
わかる……というのは少し傲慢すぎるかもしれないけれど。
少しは察することができた気がすると言ったぐらいのほうが正しいかな。
アオイもきっと死にたかったわけじゃない。
けれど、生きていたいわけでもなかった。
正確には、人を殺してまで生きていたいわけでもなかった。
この表現も少し、違うか。ずるい言い方になってしまった。
……私を殺してまで、生きていたくなかったと言った方が良いのかな。
私は、そこまで私に価値があるとは思えないけれど。
でも、アオイは私を友達だと言ってくれて。
そして、私を殺すことを拒んで、自死を選んだ。
きっとすごく勇気が必要だったと思う。
自らの首に短刀を沿えて切り裂くのだから。そんなこと、想像するだけでも恐ろしい。人を刺すことすらあれだけ怖かったのだから。
その勇気が、正しかったのかはわからないけれど。
でも、そういう終わり方をアオイは選んだ。自分の意思で。
きっと幸せではなかったと思う。
でも、不幸でもなかったんじゃないかな……なんて、想うのは流石に傲慢が過ぎるかもしれないけれど。
私もアオイと同じなのかもしれない。
いや、彼女が自死することで、私を殺すのをやめたから、同じようにできただけなのかもしれない。
だから、こうして私が悪くない結末を迎えることができたのはアオイのおかげになる。彼女がいなければ、こうも簡単に蘇生魔法を使う決心なんかできなかった気がする。
感謝しないといけない。
アオイには。
ううん。みんなには。
私と向き合おうとしてくれたみんなには。
でも、結局私という人自体を見てくれた人は何人いるのかな。
正確なところはわからないけれど……でも、一番私を見てくれた人ならわかる。
それはリナ以外にはありえない。
彼女だけが私だけを見ていてくれた。
もう、失ってしまった視線だけれど。
でも、あの時の記憶もこの終わりには不可欠だった。
だってそうでなければ、蘇生魔法を使いたいと思える人がいないから。
リナに蘇生魔法を使ったから、こうも晴れ晴れとして死んで逝ける。
本当に彼女のおかげで。
最初から最後まで、リナのおかげだった。
私の人生の中で生まれた幸福というのは、全部リナが絡んでいた気がする。
酷い不幸もあったけれど。
でも、やっぱり私にとってリナと出会えたことは幸運だった。リナにとっては不運だったことは、やっぱり悲しいけれど……
だからまぁ……この辺りで私がリナの人生から永遠に退場したほうが良い。
これ以上、彼女を傷つける前に。
もう何度も傷つけて、しまいには殺してしまったのだから。
だから、そろそろ終わりにするべきで、私はこの終わりに文句はない。
これ以上生きようとしても、あの恐ろしい世界で、酷い孤独を抱えたまま生きていかないといけないのだから。きっと素晴らしい終わり方のひとつになるのだと思う。
思考も靄がかかったように薄暗く。
視界は見えず、感覚もない。
けれどなぜかどこまでも眩しい。
眩しいことだけがわかる。
そんな死が目の前に広がって。
そんな光だけの闇へと転がって。
暖かくはなくとも、冷たくはない。
そんな暗闇へと転がり落ちて。
私の意識は消えていく。
これが死。
こうして魔力的円環へと回帰する。
そう思ったのに。
でも、私は目を覚ました。