表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
信奉少女は捧げたい  作者: ゆのみのゆみ
7章 狭視と固執
91/121

間話 焦燥的な光景

 ミューリ。

 彼女のことを何度も思い出す。

 何度も思い出して、そして夢に見た。

 この5年間の間に何度も。

 彼女のことを夢に見ない日などなかった。


 だから、この光景も夢であることはすぐに分かった。

 もう何度も同じ夢を見たことがあるから。


『私はずっとリナを好きでいるから。だからリナも私を好きでいて?』


 この言葉を、この光景を何度も思い出す。

 この言葉は私が望んだ言葉だったはずなのに。

 私はこう言ってくれたミューリを拒んだ。


 あの時の私はとにかくミューリと離れたくなかった。

 私の手の内からミューリがいなくなってしまうことが、どうにも耐えられなかった。だから彼女の『離れ離れになっても、想いを忘れないでいて』という願いを受け入れられなかったのだと思う。


 後悔しない日などない。

 あの時もっと別の言葉を言えていたら。

 せめて彼女を拒絶する言葉を言わないでいられたら……もう少しは、この後悔も弱まっていたのかもしれない。


 けれど、どうなのかな。

 あれから5年。

 彼女は今も生きているのかな。


 蘇生魔法に関する情報は何も出てこない。 

 私はもうそれに関する情報を得られる立場にないのだから当然なのだろうけれど。


 正直なところ、既にミューリが死んでしまっていてもおかしくはないことはわかっている。私が胸にほんのりと抱いている希望にも満たない何かが虚構にすぎないことであることぐらいはわかっている。


 でも、多分まだ私が辛うじてこの世界にしがみついているのは諦められないからなのかな。

 私でもわからない。何故まだこの世界にいるのか。本当にわからない。

 ミューリがこの世界のどこかにいる。どこかにいて、また私に会いに来てくれる。そんなありもしない未来を捨てられないから、私はまだこの世界にしがみついているのかもしれない。


 夢の中でミューリは、私を見つめてくれる。

 何を言っているのかはわからない。

 わかることはない。

 きっと彼女の言葉を聞く資格が私にはないから。


「ミューちゃん……!」


 そう叫ぼうとしても、私の声は彼女には届かない。

 きっと彼女を呼ぶ資格はないから。


 手を伸ばしても、ミューリには届かない。

 きっとこの手は彼女に触れられるほど綺麗ではないから。


 彼女の姿は上手く見えない。

 だって私の目は閉じているのだから。


 いつもはここで夢は終わる。

 ただ朧げな彼女の姿をいつまでも追ったまま、夢は終わる。

 けれど、何故か今回はそうならない。

 

 ミューリが立ち止まる。

 私は必死に走って、そして彼女へと手を伸ばす。

 いつもなら手は届かない。

 近くに見えるのに、どこまでも遠いように手は空を切る。


 けれど、今回の夢は違った。

 私の手はミューリの身体へと触れ、そしてすり抜けた。


「ぇ」


 まるで霞のようにミューリが消えていく。


「ぁっ」


 私は急いで彼女を抱き寄せようとするけれど、何をしても彼女の身体の崩壊は止まらない。

 気づけば、今までは朧気でも見えていたミューリの姿はどこにもない。


「ミューリ!」


 そして夢が消え、私はいつのまにかいつもの部屋に戻ってきていた。


 酷い夢だった。

 そう思いながら身体を起こす。

 いつもは悲しくとも、ミューリに会える分酷くはないけれど。

 でも、今日の夢は酷い夢だった。ミューリが消えてしまう夢なんて。


「ぅ」


 小さく息を吐いて、一応隣を見る。

 隣を見てもミューリはいない。

 どこにも彼女はいない。

 わかってはいた。けれど、夢から覚めるたび、ほんの少し期待してしまう。

 そんな現実に戻ってきてしまった。


 その朝は、なんだか不思議な朝だった。

 無駄に日が眩しい朝というか。

 最近は酷い調子だった身体が妙に楽に動く。相変わらず少し身体は重いけれど、それでも普段よりはましに感じる。


「おはようございます」

「うん。おはよう」


 扉を開ければ、エミリーが椅子に座っていた。

 彼女がこの家に来てから、2年ほどが経つ。


 知り合ったのは、それよりもう少し前で、特に明確な接点があったような記憶はないけれど。

 でも、何故か彼女は私の世話をしてくれる。特に不意に倒れてしまった時などは、誰かが家にいてくれるというのはとても助かる。助かるけれど、どうしてしてくれるのかはわからない。


 正直、私などに構っていないでもっと自分のために時間を使って欲しいけれど……彼女は『これで良いんです』と言って譲らなかった。

 まぁ、それももう少しで終わる。私の命はもうすぐ終わるのだから。そうなれば、エミリーもこんなところにいないで自由になれるだろうから。


「リナ、身体の調子はどうですか?」

「今日は、うん。ちょっと調子いいよ。それどころか……」


 昔に戻ったみたい。

 そう言おうとしてはたと気づく。


「リナ?」

「ちょっと待って」


 意識を集中させ、体内の魔力を軽く動かす。

 魔力は私の意思通りにひらりと動く。


「やっぱり」


 私は確信と共に、魔力に力をこめる。

 瞬間、魔力は魔法へと変質し、部屋に軽い風を起こす。


「わっ。こ、これ、魔法ですよね? リナ、もしかしてもう大丈夫なんですか……?」

「そうみたい……」


 昨日まではこんな風にはできなかった。

 できるはずがなかった。

 私の魔力は、幾度の負荷がかかり、酷い状態で、私の意思通りに動かすことすら困難になっていたのだから。

 魔力量がやけに減っていたせいで気づくのが遅れてしまった。


 それに、昔に戻ったみたい、ではない。

 完全に昔に戻っている。昔のような魔力の状態に。

 それこそ一度も制限解除をしていない頃の魔力状態まで。

 魔力量も今は少ないけれど、時期に回復することぐらいはわかる。

 

「なんで……」


 それがわかっても、何故かはわからない。

 

「エミリー、何かした?」

「い、いえ。私は何も」


 おかしい。

 こんなことありえない。

 

 もしかして。

 嫌な予感がする。


 私は知っている。

 どんな回復魔法よりも強力で。

 どんな状態であろうと治すことのできる魔法を。

 死んだ者さえ蘇生できる魔法を。


「ミューリ……!」

「り、リナ?」


 わからない。

 けれど、確信が欲しい。


 私は自分の部屋に戻る。

 さっきは寝起きだったからか感じなかったけれど、今ならわかる。魔力がいつもと違う。


 軽く手を振って、解析魔法を起動する。

 魔法の痕跡。それが確かにある。

 もう薄くなっていて、何の魔法かはわからない。

 それに他の魔力も混じっている。これは……私の魔力?


 何が起きたのかはわからない。

 わからないけれど、魔法が使われたのは確かで。


「エミリー、昨日、家に誰かいれた?」

「い、入れてないです。何かあったんですか?」

「魔法痕がある。私を治してくれたみたい」

「……ほんとですか? 良かったですね!」


 良かった……?

 良かったのかな。

 もし、私の想像通りなら。

 ほんとに最悪の結果がそこにはある。


 ここにミューリが来て、そして蘇生魔法を使って死んだ。

 私なんかを蘇生して、死んだ。


「っう」


 想像するだけで吐きそうになる。

 ミューリがこの世界にもういないなんて。

 そんなの嫌だから。

 嫌で、死んでしまいたくなる。

 けれど、この命が本当にミューリから貰った命なら、私はこの命を粗末にはできない。


「……違う」


 そんなわけはない。

 少なくとも、ミューリはここで死んでいない。


 解析魔法によれば、この魔法痕から考えれば、魔法が発動してから半日と経っていない。私が寝ている間なのだから、多く見ても数刻なはずだけれど。

 もし、ここでミューリが死んでしまって数刻が経ったなら、もっと魔力が充満しているはずだから。


「探さないと」

「え? 何か言いましたか?」

「私、ちょっと出てくる!」

「あ、リナ!」


 もう居ても立っても居られない。

 ミューちゃんを探しに行かないと。


 もうそれしか考えられない。

 エミリーが何かを言っているのも良く聞こえず、急いで外に出る。


 久しぶりに見た外の景色は、薄暗い雲と灰色の雪に包まれていた。

 あたりを見渡しても、ミューリの姿はない。


 まだ鈍っている気がする魔力を動かして、魔力探知魔法を起動する。

 探知魔法は、周囲の魔力の大きさがわかる魔法。

 術式次第では他のこともできるけれど、今はこれでいい。

 この辺りには不自然な魔力溜まりはない。


 内心、ほっと息をつく。

 もしも魔力溜まりがあれば、それがミューリの死体と同義だから。


 外に勢いよく出てきたはいいけれど、どう探せばいいのかな。

 ミューリなら外にでて、どっちへ行くか。

 わからない。

 わからないけれど、選ぶしかない。


 道は大まかに言えば、駅の方へ行く道か丘の方へ行く道か。

 どちらかを選べば、もう片方に行く時間は大きく遅れる。

 けれど、こうして悩んでいる時間すら惜しい。


 勘。というより、願望だけれど。

 ミューリには丘の方へ行っていて欲しい。

 私達の想い出があるあの丘に。


 地面を蹴り、飛行魔法を起動する。

 久しぶりの魔法だけれど、前に使った時と同じように飛行魔法は私の身体を運ぶ。

 けれど、そんなことに感動している余裕は私にはない。

 ミューリを探さないといけないのだから。


 ……エミリーにも手伝ってもらえば良かったかもしれない。もう移動してからでは遅いけれど。

 でも、先にミューリを見つけられるのは……少し、嫌な気がする。ミューリを見つけるのは私が良い。


「こんな時に」


 こんな時にも何を考えているのだろう。

 ミューリが危ないかもしれないのに、私は相変わらず彼女への独占欲を抑えられそうにない。


 ……というか、本当にミューリが来たかもわかっていないのに。蘇生魔法だったかもわかっていないのに、こんなふうにしても徒労かもしれない。

 全然的外れなことをしているのかもしれない。

 そんな思いがふらりと心をよぎる。


 いや、違う。

 徒労に終わるなら、それでいい。

 ミューリが死んでいないことがわかるなら、それでいい。

 でももし、万が一にでもミューちゃんが蘇生魔法を使ってしまったのなら。


 ……私は、どうしたらいいのかな。


「ぁっ」


 探知魔法が何かを捉える。

 それは魔力の足跡というべきだろうか。

 ほんの少しだけれど、雪に魔力が付着している。


 私は飛行魔法を停止する。もう魔力がない。

 これ以上使えば、魔力欠乏症になってしまう。そうなれば、もう探知魔法は使えなくなってしまう。それはまずい。

 地上を走るしかない。痕跡を見逃さないようにしながら。


 痕跡は丘のほうへと続いている。

 ミューリと何度も来た道を、1人で走る。


 久しぶりについた小高い丘は何も変わっていなかった。

 ミューリとふたりで来たあの時のままで。


「ミューリ……ミューちゃん……」


 灰色の雪の上についた小さな魔力。

 多分これは、血痕だと思う。

 もしそうなら、その意味は。


 そしてこの先にいるのが本当にミューリなら。

 ……私はどうしたらいいのかな。

 考えないようにしていたけれど、でも。


 蘇生魔法を使った人を助ける方法なんてわからない。

 どうしたらいいのか、どうすればミューリを助けられるのか。

 わからない。


 でも、行かなきゃ。

 ミューリのところへ。

 ミューちゃんのところへ。


 そして私は丘を登り切って。

 私の光を見つけた。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ