第85話 回顧的な景色
『突然のお手紙失礼します。
初めましてミューリさん。私はリナの友人のエミリーと言います。リナの現状について、連絡したくて今これを書いています。
リナは現在、ほとんど身動きが取れません。比喩ではなく、そのままの意味で身体を動かすことが難しいそうです。これは魔力的欠損が激しい、つまりは寿命が近づいているような状態だそうです。医者はあと1年、生きていれば良い方だと言っていました。
医者は治す方法はないと言いましたし、リナも諦めていますが、私は諦めたくありません。どうにか治す方法に心当たりはないでしょうか。お返事お待ちしております』
という趣旨の手紙が私に来たのが10日ほど前のことになる。
たくさんの疑問はあったけれど、それよりも単純にやっと命の使い所が現れた気がした。
たくさんの人に助けられて、私の命は私の元に返ってきたのだけれど、私は致命的なまでに命の使い方が下手で、この1年も生きているのか死んでいるのかわからない日々だった。
けれど、これなら私の命をようやく使ってあげられる気がした。
この無為な人生に意味を与えられる気がした。
つまりは、私の蘇生魔法でリナを助けられると思った。
だからとりあえず返事を送った。送り主の住所は手紙に書かれていた。というより知ってる住所だった。
私がリナと共に住んでいた家。もう5年も前の記憶だけれど、まだ覚えている。忘れられるわけがない。
まだ同じところに住んでいるというのは少し驚いた。
てっきりもう別の場所に移動していると思っていたから。
その時に気づいたのだけれど、この手紙に宛先の住所は書いていない。私の名前と識別番号は書かれているけれど。
これだけなら、普通は私の元まで届くわけはない。多分、魔法師管理機構が勝手に仲介して届けたのだろうけれど。
返信にはなるべくすぐに行くこと、リナの病気を治せるかもしれないこと、私が会いに行くことをリナに伝えないことを書いた。
すぐに行くのは、彼女の死期が近い可能性があるから。手紙にはまだ大丈夫そうとは書いてあるけれど、容体がどうなるかはわからない。
リナの病気が治せるかもしれないというのは、余計な希望を持たせるだけになってしまうかもしれないから書かないほうが良いかなとも思ったけれど、書かなければ次の条件を書けなかった。
リナに私が来ることを伝えない。それは必須の条件だと思う。
私は、もう彼女の人生に関わって良い人じゃない。
彼女との関わりは既に5年前に壊してしまったのだから。
それに多分リナは怒るだろう。
私が蘇生魔法を使いにきたとなれば。
怒ってくれる……と思う。私の知っている彼女ならきっと怒る。
そうなったら、彼女を簡単に助けられなくなる。それは困るから、私のことは伝えないようにと書いた。
流石に今のリナの恋人に昔のことをそのまま書くのは気が引けたから、酷いことをしてしまったからとだけ書いておいた。
もちろんエミリーがリナの恋人だろうというのは推測でしかない。だって私は、リナの5年間を何も知らない。
多分、色々な事があったのだと思う。
色々な事があって、変わっていたのだと思う。
私とは違って。
私は何も変わっていない。いや、変われなかった。変わる機会はあったのかなと思うけれど、自らを変えることができなかった。変えようとしなかっただけなのかもしれないけれど。
リナはもう私のことなど忘れていると思う。
忘れて、このエミリーという人を大切にしているのだと思う。
きっと、今回のことは彼女も関係しているのかな。わからないけれど、きっとそうだと思う。彼女のためにリナは命を使ったのだろう。
私を助ける時も同じように。きっと……今はもう私より好きな誰かのために、寿命を削って戦ったのだろう。
けれどそれで、本当に死んでしまったら、悲しむ人が増えるだけなのに。そこは相変わらず、わかっていないらしい。そこまでして助けて欲しいなんて、頼んでいない。少なくとも私は。
ずっと彼女には生きていてほしい。
こんなのが勝手な願いであることはわかっているけれど……でも、彼女には生きて幸せになってほしい。
だから私は命を使うことを決めた。
寿命がない人を私の魔法で助けられるのかはわからないけれど、多分できると思う。
ラスカ先生の解析で、私も蘇生魔法に関しての知識は増えた。
蘇生魔法というのは、思ったよりも強力な魔法らしい。それこそ死の淵に至った人を引き戻すのには無駄なほどに
無駄が多く、消費魔力も発動条件も多い。
先生が再現して、世界中に術式を公開した新世代回復魔法は、無駄を省いて使いやすくしていた。それでも死の淵から誰かを引き戻すには十分なぐらいだったけれど。
多分、その魔法ではリナを助けられない。
けれど、私の魔法なら多分できる。無駄なほどの効果で、彼女を蘇らせることができると思う。まぁ……実際のところは直接行ってみないとわからないのだけれど。
だから、私は彼女がいる町へと向かうことにした。
今いる場所からは、かなり遠い。けれど、時代が進めば便利になるもので、列車はこの辺りまで続いてくれているらしい。結構乗り換えはしないといけないようだけれど、列車だけでいけるみたいで助かった。そうでなければ、誰かに足を頼まないといけないところだった。
列車で10日程度。それがここから彼女のいる場所に行くまでかかる時間らしい。
随分と長い道のりだけれど、死までの猶予だと思えば、そこまで長いものでもない気もする。
独りで乗った列車はどうにも広々としていた。
もちろん普通車両はそれなりの込み具合なのだけれど、今回私が取ったのは個室車両だった。5年前、リナと共に来た時と同じ。5年前にも同じような部屋を取ったはずなのだけれど……独りだからかな。どうにも広くて寂しい。
一応、予約しておいたけれど、同じように個室を取っている人はあまりいなかった。私のほかに数人の団体が一組程度いるようだったけれど、その他には誰もいない。採算が取れているとは思えないほどにがら空きだけれど、やっぱりその理由は高いからだろう。
リナは軽そうに出していたけれど、私の金銭感覚が当てにならないことを差し引いても、かなり重い金額だと思う。
列車の旅は不思議なほどまでに順調だった。
まぁ今更何かが起こるわけもないのだけれど
けれど、それよりも不思議だったのは前と景色が違う気がした。
雪の積もる山脈も、どこまでも続いているような雪原も、無数の明かりを持つ星空も、どうにもつまらない。前はもう少し綺麗だと思った記憶があるのだけれど。
私はずっとぼんやりとしていた。本当にそれぐらいしかやることはなかった。
精々、私にできることは昔を思い出すことぐらいだった。
目を閉じれば、朧げな記憶が蘇る。蘇ってしまう。
もうほとんど忘れてしまった。
私を呼んでくれた声も、私に触れてくれた熱も、彼女への想いも。
もううまく思い出せない。
そう思えば、私にとっても彼女のことは過去になっているのかな。
ルミは、まだ私が過去に生きていると言っていたけれど。
多分、私は同じところに蹲っているだけなのだと思う。
死んでも生きてもいないのだから、ただなにもないところにぼんやりとあるだけ。
そんな私を連れて、幾度かの乗り換えを終えて、目的地についた。
今更ながら、この町は雪端町というらしい。そんなことをようやく知った。
ほんとに私は周りのことを何も知らない。ずっと流されているだけなのだから当然なのかもしれないけれど。
こんなことなら、ルミに怒られるのも当然な気がする。
こう思えば、ルミに出会ったのもとても幸運だった。
あんな風に私と友達でいてくれる人は、ほとんどいないはずだから。
もう会うこともないのだけれど。今度は予感ではなくて、事実として、彼女と会うことはできなくなる。少し悲しいけれど、それでも私はリナを助けたい。




